気の活用術(入り口)
お越し下さりありがとうございます。
お待たせしました。2章開幕です。
窓辺の花瓶の水をかえる周に明周が声をかける。
「そんな事までお前がしてたのか?」
「明周宮で、私以外の誰がこの雑務をこなしていると?」
平然と名前も付かない雑務をこなすアルカナの守護者に明周が絶句する。
(もう少し、人を回してもらおう。)
穏やかな休日の朝、明周は本のページをめくる手を止めて、窓の向こうの管理棟に目をやった。
「ところで、我が君。
木蓮がお好きですね。毎年この時期はこの花が飾ってあるように思います。」
庭木として愛でるには良い花だが切花として生けるには、少々扱いづらい木蓮を連日飾る明周へのちょっとした苦情を混ぜて周は何気ない会話を続ける。
(思えばこんな、なんでもない会話はいつぶりだろう?)
「ああ、木蓮は好きだよ。」
木蓮の前に立つ周と花瓶のそれを交互に眺めながら明周の笑みが深くなる。
「昔は王都の木蓮の存在感に、少しびっくりしたんだが、今思えば、こっちの方がしっくりくるな......。」
(確かに今、目の前に立つ凛々しい剣士には離宮の可愛い木蓮より王都の立派な木蓮の方がイメージに合うのかもしれない。)
明周は読んでいた本を閉じる。
(過去の自分に会ったと言っていたのだから、周はあの日のことを思い出せてるはずだよな。)
「なあ、周。離宮の火事の日の昼......。」
「......どうかされましたか?」
明周の言葉に何故か周の顔が一瞬引き攣ったように見えた。
「いや.....。あの時のお前はまさに離宮のあの木蓮のイメージだったが、今はその木蓮が似合うなと思っただけだ。」
「ありがとうございます?ところで離宮のあれは、コブシですよ?」
臆面もなく恐ろしい破壊力の殺し文句を無自覚で放つ主人。
こともなげに受け流し主人の勘違いに言及する臣下。
朝の光に包まれた明周宮は今日も平常運転だ。
太陽が少し高い位置にきたお昼前。
食堂のおじさんが新鮮な牛乳で作ってくれたクリームを前に、ウインナーコーヒーとロイヤルミルクティーのどちらが良いかと真剣に悩む周に、明周は苦笑混じりに今日のお茶請けに合わせてはどうかと提案してみる。
そうか、その手があったかと周が厨房にかけて行った。
「ほんとに、有事と平時ではまるで別人になるな......。」
明周は本の続きに目をやった。
程なくしてウインナーコーヒーの盆を手に周がしょんぼりと戻ってくる。
「あんまりだと思いませんか、我が君。
こちらの厨房も剣士棟の食堂も今は煎餅しかないと言うのです。」
厨房のは塩で食堂は醤油らしい。
「それなら、何故、今日なのでしょう?
クリームを作るのならシフォンケーキくらい準備するものではありませんか?」
なんだか周が独自の理論を展開して謎の空間が誕生し始めている。
「周、もう良い。せっかくの休日にそんなに走り回るな。」
明周が耐えきれず笑いだす。
そこで、明周は違和感に気付く。
(厨房と食堂?)
「周まさかこの短期間に明周宮と剣士棟を往復してきたのか?」
普通にしているがまだ体力も筋力も戻り切っていないと主治医は言っていた。大丈夫なのだろうか。
明周の心配を感じ取ったのだろう。そもそもの体力の定義が一般人と剣士では違う。このくらい、なんともないと周は答える。
「それに、何かがあったとしても、気をうまく体内に巡らせ大体のことには対応出来るので、ご安心下さいね、我が君。」
自分はズルも出来るから想定外の脅威であっても我が君をお護りすることに遅れはとらないと周は笑う。
明周はその笑顔に危なっかしさを覚える。
「まったく信用できない。その気の運用とかいうのは本当に無害なのか?」
証明してみせろと珍しく明周が食い付く。
そんな、王墓での魔女対決以前には無かった明周の反応に周は驚きを隠せない。
(私が病室にこもっている間に、本当に色んなことが変わったんだな。)
自身の影響力に萎縮して要望も感情も当たり障りない表現しか選んでこなかった明周の嬉しい変化に周の口角が上がる。
「では、体験してみますか?」
「えっ、いいのか?」
先程の心配とは別の意味で心が騒つく明周が嬉しげに返事を返してきた。
(気の流れを我が君に体験してもらうのも良いかもしれない。
幸い時間は沢山ある、今日は休日なのだから。)
ウインナーコーヒーのクリームの甘さを台無しにする醤油煎餅をかじりながら周はふわりと笑う。
ーーーー
『言霊』 『視覚共有』
明周のまわりが周色に染まる。
明周の視覚の情報量が一気に変わる。
空気の流れが生き物の生命の脈動が、人々の感情が、色彩へと変換され、その他のありとあらゆものの情報が未分割、未統制で可視化される世界。
「うわっ!」
怒涛の勢いで雪崩れ込む情報量に明周は圧倒される。激しい眩暈と吐き気にただ椅子に座っているだけのことが困難になり何か支えになる物を探す。
周の手がそっと明周を支え、彼と世界を切り離す。
「初めはゆっくりで......。気持ち悪かったら
こうやって視覚を遮って下さいね。」
両目を塞がれていくらかはましになったが、なお断続的に膨大な情報が脳内に流れ込んでくる。情報の濁流に飲まれながら明周は懸命に言葉を綴る。
「い.....いつもこんなものを......見ていたのか?」
「まあ、これが普通だったので。」
「処理速度を見える情報量の方に合わせる以外の解決策を思いつかなかったのです。我ながら不器用ですね。」
周がちょっと照れたように笑うが、それを認識して処理する力が今の明周にはない。
待つこと数分。
いくらか情報の視覚化の暴力にも慣れてきた頃合いに、周が自身の手を明周の手に並べるようにして明周に話しかける。
二人の手を注意深く見るようにと。
そこには淡いお日様色の湯気を放つ自身の手と淡く緑色の何かをまとう周の手が有った。
「これが気です。体内にはもっと濃いものがゆっくりと漂いながら存在しています。」
「わ、分かった。俺にもよく見える、なんの訓練もしていない俺と、訓練で統制を取ることのできる周との違いも分かる。」
明周の言葉に周は感心する。
(さすが我が君だ初見でそこに気づかれるとは......。)
「では、してみますか?訓練を......。」
周の琥珀色の瞳がイタズラっぽく光る。
明周が頷くのを確認して周が気を練る。
「見ていてくださいね。」
周の右手の人差し指に淡い緑色の湯気が集まり小さな光になった、途端に霧散する。
「どうでしょう、出来そうですか?」
「えっ.......。」
こともなげに言葉を放つ周の表情を見る限りこれは冗談ではなさそうだ。
つまりこれを、初見で俺にやれと言っている?
気の集め方も、意図的な移動のさせ方も、霧散のさせ方も、何の説明も無いままで......。
明周は自身の顔が引き攣っていくことを自覚した。
「......。」
「......。」
「......!」
不自然な沈黙の後、周が急に慌てだす。
「あっ!違う......じゃない、ごめんなさい。.....でもっ、意地悪とか.......。そんなんじゃ......。」
もう目を白黒させて盛大に一人反省会を繰り広げている、周の慌てっぷりが明周の笑いを誘う。
「良いよ、気にしていない。」
初心者のツボが分からなかったと青ざめる周に明周は首を横に振る。
それでも、しょげる周に明周が確認してみる。
「見えているのだろう?俺から不快の念など出ていない。」
「見ません。そんな不公平なこと.......。」
「え?だって.......。」
(見えている......。)
意味はまだ理解できないが兎に角、色彩化された情報がぐちゃぐちゃと混ざり合って無作為に押し寄せる情報過多な視界を明周は確認する。
その様子で察したのだろう周が反論する。
「見ません!そんなの覗き見ではないですか!
.......違う。見ないじゃなくて、処理しないかな?
えっと......。分かろうとしない.....ようにしているのです。」
明周の納得できない顔から勝手に答えを見つけた周がまだ言語化されていなかった自身の行いをたどたどしく説明した。
「そういうものなのか?正直言って俺にはよく分からない。でもそれが二十年近くかけてお前が辿り着いた考え方なのなら、それにしたがおう。」
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「では気を動かしてみましょう。」
体内どこでも動かせるが一般的なのは手足、腹辺りらしい。
「あっ、目という人もいますよ。千差万別ですね、我が君はどこと相性が良いのでしょうか。」
「周が初めて動かしたのはどこだった?」
明周が問う。
「えっ、私ですか?」
周の目が泳ぐ。
「いえ、その、私は、気付いたらもう動かせていて.......。」
「.......。」
「大丈夫です。教えられない訳ではないのです、我が君......。」
「ははは......。大丈夫だ今更止めるなんて言わないから、そんな顔をするな。」
明周は自身の受難を確信する。
今日は相当ハードな休日になる事だろう。
言霊の名手が必ずしも良い師になる訳ではないと、身をもって実感する明周だった。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
また火曜日投稿できたらと思っています。




