王都へ
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桃が唸っている。
どうやら模様替えで張り替えた真っ白な襖が不評らしい。
色々考えたが、やはり描くのが早いとなり、筆を用意して意気揚々と絵の具箱を開けたところで桃は、絵の具の色数が少ないことに気付いたのだそうだ。
「どんな感じかな?」
周が道具箱を覗き込んで絶句する。これは確かに、酷い有り様だ......。
周がいた頃には少なくとも常に6色7色は揃えておいた直ぐに使えるようにしていた絵の具も、それの原料となる鉱石や油、薬草も、ほぼ枯渇している。
(在庫の管理をもう少し教えておくべきだったな。)
今更ながらに周は自身の詰めの甘さを反省した。
まあ無いものは仕方ない、今あるものでなんとかする、これが西の山の流儀だ。
沢山ある黒と少しの赤青黄が存在するのを確認した周は表情を緩める。
「これならなんとかなると思うよ。」
「だって緑.....。」
訝しがる桃に周は丁寧に説明する
夏の竹林を描きたいらしい桃は緑がないことが不満のようだ。
「先ず、桃は色の三原色って知っているかな?」
周が少量の水と絵の具を皿に取り丁寧に練り上げて、赤、青、黄の3つの絵の具を作り。
また新しい皿に青を取り少し黄を加えて先ず青緑を、更に黄を加えて緑を作り、更に黄を加えて黄緑に変えてゆく。
「まあ!まるで魔法の様です。」桃から感嘆の声が上がる。
他にも色が見たいとせがまれて周は青い絵の具に赤を少しづつ混ぜて、群青、青紫、紫を作っていく。
「混ぜる色のバランスで大体の色は作れるから、工夫してごらん。」
周は桃に自身での工夫を促す。
「黒の濃淡で全体を描いて、所々の差し色に緑を使えば、雰囲気の良い竹林が描けるんじゃないかな。
そうそう、黒は出来るだけ薄くして使うんだよ。」
それでも、周に頼りたがる桃にもう少しだけヒントを残して、周は桃の居る土間を後にした。
「......。二人で襖の連作とか出来ると思ったのに。
絵の具の配合であんなに時間と意識を費やすなんて、さすが、あー兄様だわ。手強いったらないのだから.....。」
桃が残念そうに呟いた。
襖に夢中の桃に変わり今日は周が昼食を作ることにする。
数日の養生の甲斐あって日常生活を送る分には問題ないくらいには周は回復していた。
今晩の師匠の見立て次第では明日には気を練ることも解禁になりそうだ。
もっとも、筋トレや剣術はまだまだ先だと釘は刺されているのだが.....。
(戻れるのだろうか?本当に......。)
一瞬の焦りを周は首を横に振って霧散させる。
(焦るな。覚悟していた未来の一つではないか......。)
地道な努力以外には正解などない。
つとめて心を平坦に保ち、周は玉子焼きを焼く。
本日のメニューは玉子焼きと粟ご飯のおにぎりに味噌汁そして、沢庵だ。
金の気が頭から離れない周の無意識に作る、恐ろしく黄色い食卓は、意外にも子供たちには好評だ。
「もう黄色は落ちるのに青が全然落ちないのです。」
真っ青な指でおにぎりをつまみたくないと言う桃が箸でおにぎりを掴む。
「ハハ.....。」
筆で描いている桃の手が何故あのように絵の具まみれなのか理解に苦しむが、桃が頑張っているなら良しとしよう。
周は味噌汁のお代わりを桃によそってやる。
まだ本調子でもない周が甲斐甲斐しくおさんどんに勤しむことを信は本当は禁止にしたい。
しかし、これ以上暇を持て余せば、周は絶対に何かしでかす。
だから周の家事に関しては、信は目を瞑ることにしている。ガス抜きだ。
言いたいことを飲み込んで信は静かに茶を啜る。
そんな師匠の姿をちらりと見ながら周は考えるともなしに思考を巡らす。
(そう言えば師匠の気って青いんだよな。黄色と青色で緑色......。私は緑で爽兄様は群青......。あれ?)
周は何かに気付いた。筈だった.....。
「あー兄、俺も味噌汁!」
翔が汁椀を持って鍋に向かう。
「あ、良いよ私がよそうから。」
火傷でもされては大変だと、周は慌てて竈門の方へ移動した、周の思考から先程の考え事はすっかり忘れられてしまった。
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更に数日後
「まあ、軽い運動くらいにしておくと約束できるなら、良しとしようか。」
消極的でしかも条件付きではあるが、師匠の承諾も貰い周の鍛錬は再開された。
静かに始まる、朝夕の瞑想と言霊の再考と動作の最適化。
黙々と進める、落ちた筋力を補うための基礎運動。
そして、言霊で強化した身体での剣技の確認を同時進行させて.......。
「何故、何度言っても、やり過ぎるのだろうね、周?」
周は信に大目玉をくらう。
が近ごろの信の道場定番になりつつある。
「秘蔵っ子って何ていうか、止まると死ぬとか思ってそうだな。」
「ああいうのを、仕事中毒っていうらしいぞ。」
西の山のおっさんたちも流石にドン引きだ。
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さらに数日
少ない力でもスピードを損なわない踏み切り、今まで以上に正確な構造的急所の見極め、どんなに努力しても失ったものは一朝一夕では帰ってこない、ならば、今あるもので結果を出す。
愚痴も弱音も吐かず、周は黙々と自身を鍛え直す。
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(何だろう?ずっと引っ掛かるこの感じ。)
あまりに美しい朝焼けに本日の雨を確信して大物の洗濯を諦めた周は縁側で繕いものをしていた。
「あー兄様。お裁縫?」
「桃姉さまの髪飾り?」
「.....?
ああ、あのつまみ細工のことかな?」
「そう!あれ可愛いね。」
「茜や霞も欲しいのかな?」
「うん!」
「じゃあ、このハギレの中から二つ好きなものを選ぼうか?」
周がハギレの入った籠を二人の少女の前に置く。
二人は張り切ってハギレを選び、周はそれで髪飾りを作ってやった。
ご機嫌で去ってゆく二人の後にはぐちゃぐちゃになったハギレたち......。
周は静かにそれを畳み直し色合いの似たもの同士を纏めて整えてゆく。
いつのまにか籠の中には綺麗な虹色グラデーションが出来上がっていた。
(さて、そろそろ道場が無人になる頃だな。)
足運びの効率化でも考えようかと周は針箱とハギレ籠に手をかけた。
その時ずっと引っ掛かっていた金の気の謎を解くピースが周の中で整頓された。
(そうか!そう言うことだったんだ!)
周が師匠の部屋へ急いだ。
西の山から出る許可を貰うために。
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道場の正門
信は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、それでも周を見送ることにしたようだ。
「病み上がりではありませんか?」
桃が懸命に引き留めるのを、適当になだめて、周は西の山を出発した。
金の気を持つ頼様の封印......。お日様の気を持つ我が君の抵抗.......。そして優と私の違い。多分、魔女は.......。
時間が惜しい。魔女を滅ぼすには今が最適なのかもしれない。




