弱体化という現実
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渋る桃から自身の汚れ物を奪い洗濯した後、街に出向き綿を購入し師匠の布団を打ち直した。
久々の手仕事の会心の出来に大いに満足した周は、桃とともに台所仕事などをしながら、ウキウキと夜を待った。
(お師匠様、喜んでくれるかな。)
夜、信の私室にて
「周......。私の扇子を防いでごらん。」
しばらく、周をじっと見ていた信が懐から扇子を取り出し、周の頭を見ながらそれを上下に軽く振る。
どうやら、信は周の頭を狙うので、それをいつもの様に防いでみよと言っているようだ。
子供達の暇つぶしの遊びの様な提案に困惑しながら周は師匠の指示に従う。
「ではいくよ。」
信が扇子を周の頭めがけて振り下ろす。
慣れた手つきで周がそれを片手でつまむ。
ただそれだけ。
いつもと同じように振り下ろされる扇子がいつもと同じように掴まれないまま周の指の間を通り抜けて、
コツンと軽い音を立てて頭に降ってきた。
「えっ?」
何が起こったのか理解が追いつかない周は、しばし固まった。
防げる筈の師匠の扇子が頭の上に乗せられている。
師匠が今日に限り本気だった?
表情も腕の筋肉の動きも通常と変わらない、ならば何故?
答えは直ぐに理解はできた。
問題は師匠ではなく自分にあるのだと。
弱体化、タイムパラドックスの影響なのだろう。
微かに周の肩が震えた。
それでも、一瞬の動揺を周は根性で押さえ込む。
動揺など、周の剣士の持念が許さない。
覚悟の上の時渡りだったではないか、成功の未来しか見えていなかった訳ではない。
万が一の事だって考えていた。
それならば、
我が君とアルカナが無事なら他に何を望むというのか。
最初の禍の大半を受け取ってくれた優にも申し訳が立たない。
周は一度目を閉じて自身の気持ちを切り替える。
「どうやら、もう一度修行の仕直しが必要な様です。
道場の隅で構いません、私に修行の場を貸していただけませんか?」
周はつとめて明るく信に問う。
「何を言い出すのかと思えば、今はそこではないだろう?」
信が静かに周の方に近寄ってその肩に手をやる。
「強がるのも無理をするのも、その辺にしておきなさい。
努力を二度も無効にされて憤らない人間など、いないのだよ。」
そう言って周の顔を覗きこむ信の顔は周以上に悲しげだった。
「ご心配ばかりおかけして申し訳ございません。」
信の顔を見た周は申し訳なく思いながらも詫びの言葉と同時進行で、この先の事を考えてしまう。
(さて、どうしたものか。)
弱くなったのならもう一度強くなれば良い。
ただ、今はタイミングが悪い。
周は部屋のかべに掛かる鉄紺の装束に目をやる。
(アルカナの守護者が弱い。そんなのは許されない。)
ある程度の実力が戻るまでは、王都に戻る訳にはいかない。
こんな状態の自分が側にいて、我が君や皆にどんな迷惑をかけてしまうか想像すらつかない。
(先ずは、現状確認と最短で身体を元に戻すプログラムからか......。)
周は信に挨拶をし、すぐさま道場に向かおうと立ち上がった。
「待ちなさい。
当分、身体を動かすのも気を練るのも禁止だよ。」
信が周の腕を掴んだ。
そして、驚く周をよそにどんどん話を進めてしまう。
「桃。」
信が廊下に控えていた桃に周の寝具の用意を頼む。
待ち構えていたように手際よく奥の部屋に寝床が出来上がる。
そして、信も澱みなく周の手を離すことなく自室の奥に導いていく。
事前に打ち合わせをしていたとしか考えられない段取りの良さに周は苦笑を隠せない。
「お前は当分横になる以外のことをしてはいけないよ。」
今日は一日自由にさせてやったのだ。だからここからは養生に専念しなさい、と信は言う。
いつもながらに心配性の師匠に、周はちょっと困った笑みを浮かべた。
さて、どうしたものか......。
師匠の不安を払拭出来ることを願い、周は出来るだけ明るく現状を説明する。
「お師匠様、大丈夫ですよ。
休養なら昨日までにしっかりと頂きました。
それに、筋力も前ほど深刻ではないのです、今回は記憶も気の操作もありますので.......。」
5歳の時とか違い、色々とズルも出来るから回復は早い筈だと周が悪戯っぽく笑う。
一瞬の静寂。
その笑顔を見て信の眉が更に下がる。
「周.......。まさかとは思うが、本当に見えていないのかい?」
人は見たいものしか見ない......。言い換えるならば、本当に見たくないものには、無意識に蓋をする......。
信はグッと奥歯を噛み締めた。
邪気なく笑う弟子に事実を見る事を促す覚悟を決めて。
「周.......。おまえの目で、お前の手足をよく見てみなさい......。」
(......?)
周は意味も分からず自身の手をじっと見た。
ーーー
おや?手から気が溢れている......。手だけではないな、全身か.......。
気が溜まりすぎて溢れた事は以前にもあった。
でも、今回は過ぎるほどに使った後なのに......。
これはあの時とは違う現象なのだろうか。
それに溢れてしまうというよりは、薄く纏っている感じ?
そうか、無意識のダダ漏れではない、この均一で調整された感じ......。気の鎧いを纏っている感じなんだ。
気の鎧い?
無意識に?
......何故?
ーーーー
周の肩が今度こそ本当に震える。
「わかったね、術を解いて、床に入りなさい。」
その様子をじっと見ていた信がため息混じりに周を諭す。
「.....ダメです。多分、ご迷惑が.....。」
気で補強していなければ、自分は動けないのだ。
(なんて事だそもそもの前提を誤認していたなんて。)
「何度言わせれば理解してくれるんだろうね......。
ここはお前の故郷ではないか、そんな遠慮は無用なんだよ。
万が一立っていられない程なら、その時は私が支える。
さあ、安心して術を解いてごらん。」
信が周の肩と腰に手をやり優しく声をかける。
その優しい声に導かれるように、周は恐る恐る術を解いた。
途端に視界がぐらりと揺らぎ、周は信の腕に身を預けるほかなくなった。
「先ずは、ゆっくりと休みなさい。」
寝かせた周にふとんをかけて、部屋の隅の文机に向かい、信は手紙を数通用意した。
そして、就寝間際の桃に声をかける。
「すまないが、王都までお使いを頼まれてはくれないか、桃。」
翌朝、桃は日の出を待たずに西の山を立った。
信の手紙を携えて。




