西の山、大フィーバー
「周くんが帰ってきたぞ!」
「おう!聖火の凱旋か?」
「魔女討伐のご褒美休暇だとか.......。」
なんか うちの秘蔵っ子凄くね?
西の山のおっさんたちは今日も元気だ。
そして、色々と耳が早い。
情報の精度がイマイチなのが残念では有るが.......。
何があったか聞きたいな
とウキウキしながらおっさんたちは周を待つ。
そう、秘蔵っ子は必ず来る。信様のためにあれこれ作る材料を買う為に.......。
だって、数年まともに帰っていない秘蔵っ子の材料ストックが使い物にならなくなっている事をおっさんたちは知っているのだから。
しっかり者に見えて桃ちゃんは少々ガサツなのだ......。
秘蔵っ子の品質管理能力を受け継いだ者は今の信の道場にはいない。
さて作戦会議だ。誰がどこで、捕まえる?
あのお人好しは目の前で人が小石でよろけただけで釣れる!
よし。転びそうになる演技の練習だ!
「転ぶのなら年寄りに軍配が上がるというものじゃ。」
神職のじい様が鼻息荒く名乗りをあげる。
「長年の不摂生が祟ったこの太鼓腹を見よ。足腰が弱った事への説得力が半端無かろう。」
酒屋の主人が鼻息荒く名乗りを上げる。
「いや、お前......。それ有事の際に最悪だぞ?信様の結界が破れたら、俺ら戦わないとなんだぞ?」
「バカだね、小間物屋。秘蔵っ子のなんとか結界が有るから大丈夫なんだよ。」
「そう!しかも原動力は感謝!」
「超シンプル!」
「秘蔵っ子ありがとう!」
「.......。」
「楓、いつも神事の手伝いありがとう。」
「菫、素敵な婿養子と可愛い孫をありがとう。ちょっと早い結婚にはお父さん泣いちゃったけど。」
「椿、姿寿司を作らなくなってくれありがとう!勿論、孫も可愛いです。ありがとう。」
おっさんたちの無駄な会議は続く。
昨晩の怒涛の生還劇の余韻が残る信の道場でざっと家事を済ませた周が町に出ようと上着を羽織る。
「あー兄様、お出掛けになるなら、こちらをお召し下さい。」
桃が真新しい聖火の略式装束を差し出す。
「いや、えっと、それは......。」
「お城から届いたものです。アルカナの守護者の装束です。」
周が拒否を口にするより早く。桃が笑顔で正論の圧をかけてくる。
しかし、周も負けてはいられない。
桃の正論に抗う言葉をなんとか捻り出そうと頭をフル回転させる。
ところが、桃は周がひとつ言葉を見つける間に、ふたつみっつと言葉を紡ぐ。
恐ろしい口撃力だ。
「あー兄様。爽兄様はいつも鉄色の装束をお召しですね。私たちに稽古をつけてくれる時も、ご飯を食べていらっしゃる時も、それこそ、畑仕事を手伝って下さる時だって。」
「あー兄様。町の皆さんはあー兄様が聖火の装束を着た姿をお待ちですよ。」
「なんなら私がそちらの着古した稽古着をひっぺがして差し上げましょうか?」
などなど.......。
(もう勝てる気が全くしない。)
周は桃を説得する事を諦めた。
渡された装束にただ黙々と着替える.....。
「きゃっ。」
とか可愛い声が聞こえるが、ひっぺがすとか言っていた口が何を今さらである。
ーーーー
王都でも同じようなことがあったが、自分はきちんと手入れしたものを着用していると周は思っている。
洗濯も欠かさないし、ほつれやかぎ裂きなども当て布や補強をしてメンテナンスは完璧だとの自負もある。
ここまで、まわりからクソミソに言われる道理が分からない。
ーーーー
悶々としながら周は町までの道を歩いた。
町の入り口あたりで椿が小さな子供の手を引いてこっちに歩いてくるのが見えた。
この子にも強くなって欲しいので、アルカナの守護者にあやかりたいとの事だった。
人見知りがちなその子に、周は慎重に距離を取りながら、優しく言葉をかける。
抱けと言われて、泣いては可哀想だと断れば、そんなものはいっときのこと、
抱いてもらった事実は一生ものだから、抱いてくれと更に強く椿は周に頼んでくる。
「怖くないからね。少しだけ、我慢してね......。」
周は小さな子供を抱き上げた。
不思議なことにその子は泣かなかった。
泣かないどころか、どこか愛情深くまたちょっと憐れんだような若干の優越感のこもった表情で周に頬を寄せてくれた。
母親とのやり取りを見て母親に全く頭の上がらない弱腰の周のことを自分と同類と認識したようだ。
怖い母ちゃんに怒られて怖かったね、怒ってない母ちゃんは素敵なんだよ。
そんな声が聞こえてくるようなその子の夕焼け色の瞳にとても複雑な表情の自分が映っていることに気付き、周の顔はさらに引き攣った。
親子と別れ暫く行くと小間物屋が見えてきた。西の山の町の少ない商店は王都ほどには細分化されていない。酒屋には干物を置いているし、小間物屋には布地や糸、綿なども売っている。
(やれやれ、やっと綿が手に入る。)
周が戸口をくぐると店は無人だった。
( 不用心だな。)
と思いつつ小間物屋を出て、もう少し歩く。
この時間、町の男衆は酒屋の軒でワイワイやっていることが多い、周は酒屋を目指した。
酒屋では、男衆が楽しげにつまずく稽古?をしていた。
次々につまずき、そして地面に手を付く。
それから、やれタイミングが、ほれ角度がと互いに評価し合い。また、次のつまずきが始まる.......。
これは何?
周は麓の町の謎の流行に大いに困惑した。
程なくして、男衆は周を見つけて酒屋の軒先に引っ張り込む。
練習が無駄になったな、などの声も聞こえる、周としては申し訳ない思いでいっぱいだ、おそらく自分は、何かの邪魔をしてしまったのだろう。
((( 魔女討伐冒険譚、結界構築の胸熱くなる秘話。そう言うのが聞きたい!本人の口から。)))
そんな周を期待に胸を膨らませた男衆が取り囲む。
そして、周のなりをひとしきり眺めてから、何か気まずそうにゴニョゴニョと話し合い出す男衆。
「おいなんか......。」
「ちょっと地味......。」
(((そうか、あの噂!)))
「くーっ。なんと言うことだ!」
酒屋の主人が天を仰ぐ。
「秘蔵っ子、お前さん。王都で冷遇されているという噂は本当だったのか。」
神職のじい様が頭を抱える。
「可哀想に!」
彫金工房の親方が周を抱きしめる。
「おっちゃんに任せろ!」
小間物屋の主人が自分の胸をドンと叩いて咳込んでいる。
「爽くんの装束の様に飾り立てやるからな。」
男衆の謎の決意に周は一瞬言葉につまる。
真っ先に酒屋を飛び出した、彫金師工房の親方が大量に詰め込まれた鎖や台座でなんだか大変なことになった小箱と道具箱を抱えて戻ってきた。
小間物屋の主人も大事そうに包みを抱えて戻ってきた。
そして何やらジャラジャラと鎖を周に当てがいだす。
「鉄紺には、金か?」
「燻銀の方が.....。」
「秘蔵っ子には銀だろう!」
おっさんたちがテンション高くコーディネートを語る......。そして右手に持つ縫い針の存在が周は地味怖い。
おっさんたちの其々の分野での力量には周も信頼をおいている......。
しかし、縫い物は?
ここには小間物屋の主人以外に針を扱えそうな人物が見当たらない。
しかも、たのみの小間物屋の主人は包みを抱いたままその場を動こうとしない。
このままでは、悪意のない男衆に装束ごと皮膚まで縫い留められてしまそうだと周は思う。
(なんとかこの熱気を下げなくては。)
「皆さん、ご存知ですか。
これは、略式装束といって、守護者の装束の中では簡素なものなのです。華美で動き難い正装も勿論ありますよ。
色々付けると動きにくいので......。」
見る間にしょんぼりとしていく男衆の姿に周は何故か罪悪感を覚える。
そんな中小間物屋の主人がおずおずと声を上げる。
「飾りは諦めるがこっちは受け取ってもらえないか?」
差し出された包みを周開いてみた。
スッキリとした丁寧な作りの草履だった。
「有り難うございます。」
喜ぶ周に気を良くした男衆が口々に草履について語り出す。
「やっぱり秘蔵っ子にはこれが一番だと思っていたんだ。」
「後は、完璧なんだよ!」
「そう。そこだけなんだ、おっちゃんたち頑張ったんだ!」
「さあ、今すぐ履いて見せてくれ!」
( なんだかおかしい......。)
周は恐る恐る草履を履く......。
意外にも履き心地は良い。
ではこの気持ち悪いテンションはどう説明する?
周は男衆を見回す......。
ーーー
おや?
視界がおかしい......。いつもより少し遠くまで見える?
なんだろうこの違和感は......。
ーーー
「良いだろ?それ。」
戸惑う周に男衆から声が飛ぶ。
「やっぱり見える景色が変わるよな。秘蔵っ子どうだ?」
男衆の鼻息の荒さが周はどうも気になる。
「どう?5センチ高くなるんだよ。この草履くんエクセレント。」
小間物屋と酒屋の主人がドヤ顔で語り出した。
シークレット草履、開発苦労譚.......。
背の低い周の為に数年前から開発を続けていたこと。
最初は3センチだったが大したかさ増しにならないと気付き8センチにしたこと。
そして、試し履きした神職のじい様が捻挫して、5センチに落ち着いたこと。
後に全体のバランスを考えて若干はなおの太さや位置に工夫を加えてより自然な身長のかさ増しに成功するまでの長い長い開発秘話を聞かされること30分。
男衆の期待の目を見ながら周は覚悟を決める。
「ごめんなさい!履けません。」
剣筋が鈍るのだと説明すれば、普段履きにと、男衆は諦めない。
有事が必ず予告して起こる訳ではないと言えば、そもそも5センチで何が変わるのだ?と疑問をぶつけてくる。
仕方なく周は実践する。
まず今の草履で。
近場の大木を軽く叩くと、鯉口を斬り呼吸を整える。
周の気の圧に男衆が息を呑む。
そして周は、一瞬のうちに落ちてきた葉を
一枚残らず真ん中の葉脈に沿って二つに切る。
程なく
まわりから歓声が起こる。
続いて草履くんを履いて同じ動作を
葉は二つに切れた。
「なんだ同じじゃないか。」
と安堵する男衆に周は乱れた息を整えながら首を横に振り両方の葉を拾って見せる。
よく見ると一度目と二度目の葉には明らかな違いがあった。
二つに切れた葉には中心の葉脈が狂いなく半分に裂けて付いているもの、丸々葉脈が付いているもの、全く見当たらないものがあった。
そうか、精度が下がるのだ。
「秘蔵っ子、ただ二つに切っただけではないんだな?」
今はそれぞれの職に就いているが西の住人はそもそも剣士の修行をかじった者が多い。男衆は理解し、そしてまた感嘆の声を上げた。
やっぱりなんか凄いぞ、秘蔵っ子!
男衆の歓声に高揚した周が自分の身体の変調に気付くのはもう少し後になる。




