周、帰還。
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昏睡の末に周が目を覚ましたのは、懐かしい西の山。
信の私室だった。
側には心配そうにこちらを覗き込む桃。
そして、号泣直前の信がいた。
「ああ......。この馬鹿者!
お前は、お前たちは何度この老いぼれを残して逝く気なのだ......。」
これまでにもひしひしと感じていた師匠の愛情。
14年前を見てきた周は、そこに隠れた切ない記憶がある事を知った。
ーー 後に他者の不利益になる事が分かった時......。どんな思いでお師匠様はあの言葉を私に......。
周は師匠にされるがままに抱きしめられ続けた。
なかなかはがれない信を周から引き剥がし桃はことの次第を説明してくれた。
そして、
明周の無事とアルカナの平穏に安堵する周に、おかえりなさいませ。と極上の笑顔をくれた。
「うん。ただいま。」
「あー兄様。お疲れの事とは存じますが。先ずはお風呂にお入り下さい。」
言いにくいが、大変臭いと、ど直球の指摘をもらい。いたたまれない気持ちで周は風呂場に向かう。
そう言えば結界作りで何日も根を詰めて、魔女の襲撃でそれどころではなくなり......。そのまま、時渡りをして、ずっと寝ていた......。
(うわぁ最後に身を清めた記憶が遥か昔だ。)
余裕が無かったのも本当ではあるが、これは人としてアウトだ。
(お師匠様のお布団は後でしっかりと手入れをしておこう。)
そんな小汚.....いや大汚い弟子に自分の寝具を提供して、抱きしめてくれる師匠の重すぎる愛に周はただただ感謝した。
どうにか人としての体裁を整えた周が再び信の部屋に入ったのはつい先程。
信好みの濃く渋めのお茶と自分の湯呑みも一緒だ。
「改めまして。
ご心配をおかけしました。」
周は畳みに指をつき深く頭を下げた。
「おかえり。よく無事に戻ってきてくれたね.......。しかし、もうこれきりして欲しいものだね。」
寿命が縮む思いだったと、周の背中に手をやり信がぼやく。
「14年前の......離宮に行って参りました。」
おそらくこれで通じるはずだ......。思い切って周が切り出す。
「な.......。」
信の青い瞳が驚愕に見開かれる。
「申し訳ございません......。私は......お救いすることが出来ませんでした。」
慎重に言葉を選びながら周は言葉を続ける、
何が禁忌で何が大丈夫なのかが分からない。
もちろん、信に聞くことも出来ない。
そんな周の緊張を解きほぐすように信が優しく相槌をうつ。
「そうか......。
アレには会えたのかね?」
頼によく似た周の琥珀色の瞳を信は愛おしげに覗き込む。
「ほんの一瞬ですが......。」
そんな師匠の真っ直ぐな愛情表現に少し照れながら周が短く答える。
「強い男だったろ。」
大きく頷く周を満足そうに見て信はひと息ついた。
そして、話の本題に切り込む。
「何か気になることがあるのだね?私で分かる事は教えることも可能だよ。
まあ。可能な限りにはなるがね。」
愛弟子が理のわからぬ『口外無用の契り』に慎重に慎重に言葉を選びながら辿り着こうとしている......。
ならば自分も、答えてやらなければ......。
信は覚悟を決める。
「お師匠様、失礼を承知でお聞きします......。陽威様の気は何色でしたか?」
愛弟子から出てきた質問に、信は面食らってしまった。
気の色?
周曰く。人にはそれぞれ気に色があるらしい、特に言霊使いが技を出す時には周りがその色に染まるとのこと。
比喩ではなく本当に染まるのだと。
試しに聞けば、信は青、爽は群青、周は緑、そして頼は金。言霊使いではないが明周は淡い黄色だそうだ。
「金(黄色)の気と魔女の呪に何かあるように思うのです。
何か思い当たる事や思い出された事などございませんか?」
「我が君の......気。」
役には立ってやりたいが、気に色が有るなど初めて聞いたことだ。信は答えに窮してしまった。
「ワガママを言って申し訳ございません。どうぞ、お忘れください。」
周が謝罪とともに話題を変えようとした時、不意に信が予想外な言葉を口にした。
「では、見てみてはどうかな?」
言霊で記憶を共有して確認すれば簡単だと信は言うのだ。
少し申し訳なさげに周が気を練る、同意したとしても他人に記憶を覗かれる事にためらいのない者はいない。
『言霊』 『共有』
そっと信の記憶に寄り添えば、そこには伝説級の剣士に囲まれた、雄々しい王の姿があった。
陽威の気の色は赤かった。
「どうかな?」
「赤.....でした。」
「なるほど、血縁なら色が近いとも限らないわけだね。」
「そのようです。多分......。」
何か思うところがあるのか周は考え込んでしまった。
(まずは、周の長考待ちというわけだね。)
信はすっかり冷めて苦味の増した茶をすすった。
流石に温かいお茶を入れ直そうかと信が考え始めたころ、思考の沼から周が帰ってきた。
そして次の質問を始める。
「あの日。頼様は魔女を......。」
信の表情が僅かに曇る。
(ああ、これが禁忌の中心か。)
せめてどの封印が使われたのか、知りたかったが仕方ない。と周が話題を変えようとした時、信が昔話を始めた。
「思い出すね。お前たちがあの契りを交わそうとした日のことを......。あの時は本当に肝が冷えたものだ。ところで周、あの本は覚えているかな?」
微笑みながら、目だけは真っ直ぐにこちらを射抜く信の様子に周は確信する。
(多分あの中に載っているのだ......。)
書庫を借りること数時間、周はお目当ての記載を見つけた。
『堅牢』
自身の全てを賭けて対象を永遠に封印する......。
歴代の言霊使いが、他国の魔法使いが、どんな思いでこの技や、これに類似する技を行使してきたのだろう?
自分はそこに居なくとも笑い合える同胞の未来の為に......。どの術者も信じて疑わなかったのだろう、魔女の完全封印を。
考えるだけで、胸が苦しくなる。
魔女の出現は忌み事。
互いに情報を共有しなかったことが仇となっていた......。
時間に逃げ込める魔女を空間で封印する。
そもそもが間違っていることに気付く術者はいなかったのだろう。
切なくて悔しくて悲しい現実に周は奥歯を噛み締めた。
「滅ぼせる物なら滅ぼしていたさ。
それが叶わぬから次善策なのだよ。」
信がぽつりと漏らした。




