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凶事、その後。

お越しいただきありがとうございます

っ 読んだことある.......。と思った皆様は飛ばしていただいても構いません。新しくなくてごめんなさい。

 黒衣の魔女の封印と共に邪なモノ達もかき消され、離宮には、ようやく静寂がおとずれつつあった。


 遅ればせながら駆けつけた城の剣士たちが顔をこわばらせて、老人達に何があったのかと尋ねるが、三人は曖昧に言葉を濁し陽威の方を見るばかりだった。

離宮は消失し王墓からは徐々に薄らぎつつあるが、まだ敏感な者には判るほどの瘴気が残っている。


多くの者が足をすくませてそこに近づけずにいる。


「火のまわりが早くてね、囲炉裏に強風で煽られた屛風が倒れこんできてね。」

陽威が静かに答え、負傷者の救護と瓦礫の片付けなどを言いつけた。


 件の魔女のことは口外無用、アルカナからソレが出現したなどとなれば魔法後進国と見なされるこの国は封印を口実に入国してきた他国の人々に蹂躙されかねない。


 真相はけして口外しない、魔女の出現も封印も魔法剣士頼の死も全部を墓まで持っていく覚悟を決める。

残された五人は陽威を中心に悲痛な面持ちで互いに頷きあった。


陽威の意をくみ、信が印を結ぶ。

「『口外無用の契り』で良いかな?」

「「「「応。」」」」

これで、この秘密が他に語られる事は、決してなくなった。


 東の空が白み始めた頃。

片付け作業にあたっていた剣士が王墓の入り口あたりに小さくうずくまる子供を発見した。

不思議な事にこの子供の保護者を名乗る者が見つからない。

本人も自分の名前すら覚えていないと言う......。


 剣士達の不安を誘ったのはこの子供の風貌だった。

アルカナでは珍しい黒い髪。

そこに黄色く光る瞳の組み合わせ......。

どうしても、ドワナ大陸に伝わる黒衣の魔女を思わせる。

更に血の気の引いた白い顔には子供特有の溢れるような生気が感じられず薄気味悪く思えてしまう。


まるでこの大火から生まれた凶事の化身のようにさえ見えてくる。


 災害の後は人心が揺らぎやすい。

更に得てしてその負の感情は、立場の弱いモノに向かいがちだ。

ちょうど今のように。

 平時ならこんな事で心を乱しはしない王都の剣士達もあからさまに視線を逸らす者が現れたり、冷たい視線をこの子供に向ける者も現れた。



 子供はというと、忘れてしまったとはいえ言霊使いの能力の弊害か、剥き出しの恐れや不安が交じり合った他者の気持ちの流れが自分に向けられている事が視覚的に分かり、いたたまれない......。

 頼れる大人の存在も見つからず、限界を超えた心細さと恐ろしさが表情と言葉を奪い、なお更、得体の知れなさが増していく、悪循環だった。


ーーーーー

どこを見ても鈍色だ。

人も物も木や草の気でさえ。

ここは何かおかしい。誰か助けて......。


もうこんな真冬の岩山みたいな暗い灰色の場所は嫌だ。


 でも、どこに行けば鈍色じゃなくなるのかな。

誰に頼めば助けてくれるのかな。


何もイメージが湧かない......どうして?

ーーーーー

 自分の中に何も無い事に驚き、子供は更に怖くなる。


 もしかしたら、自分は本当に凶事の化身なのではないか?

そんなことすら簡単には否定出来なくなり、子供はうつむいて自分の膝ばかりを見ていた。


 不意に暖かい風が吹いた様に思えて子供は顔あげる。人垣の中に金髪の少年が見えた。

何やら、周囲の人にぶつかりながら四方に頭をぺこぺこ下げつつ自分の方に近づいて来る。

その少年は子供の目には淡い黄色にあたりの空気を染めていく様に見えた。

 ああ、早春のお日様みたいな人だ...。

子供はぼんやりとその少年をみていた。



 離宮で火事の知らせを聞き明周は慌てて駆けつけていた。大好きな祖父、陽威のことが心配だったからだ。それともうひとつ........。


「何、どうかしたの?」

まわりの剣士に事の次第を聞きながら、彼はもう一つの懸念対象も無事なことに安堵するとともに眉を寄せる。


(凶事の化身?何故そんな事になっているんだ?)


「うーん、俺この子知ってるよ。え、名前?知らないなぁ。

あっでも、火事の前からちゃんと居た!俺、昨日の昼頃、一緒に居たもん。凶事の化身とかそんな怖いのじゃないよ。」

まわりにもこの声が届くように、明周は出来るだけ大きな声で剣士に話しかけた。



いっぽう、子供もぼんやりと明周を見ていた。

(しきりにこちらに笑顔を向けてくるお兄さんがいる。)


 その少年が何か言う度に、少し動く度に、あたたかな気配がじわじわと広がり、辺りはホンワカと淡い黄色に包まれる。

その小さな変化が積み重なって、いつの間にか世界が色を取り戻しはじめている。


(すごいな、あのお兄さんが お話しすると、みんなの色が戻ってくるよ。)


鈍色の気に飲まれて剣呑としていた剣士達も、平常心を取り戻しつつあるようだ。


子供にも柔らかな陽射しがひとすじ届いた。


「ごめんな。ホントの名前を知らなくて、ちゃんと聴いてりゃよかった。

ほんとゴメン。

その代わりに俺が今から新しい名を付けてやるから。

それでかんべんな。

大丈夫。俺にはその力があるんだ。」 


小さく言葉を切りながら、大きな身振りで表情豊かに明周は思いを綴る。

そして、まわりの大人の制止もきかずに、子供の近くに膝をついて、その顔を覗き込み話しかける。


(ああ......心が暖かくなるような優しくて明るい春色の声だ。)


 この声をずっと聞いていたら、私の中の空っぽも春の景色で埋まるんじゃないかな。


子供の心には少年に対する崇拝に似た感情が宿り始めていた。



 少年は、少しの間ぶつぶつと独り言を言いながら考え込んでこんでいたかと思うと、子供の額に手をかざして、今度は朗々と皆に聞こえるちょっと大きな声で

こう宣言した。


「アルカナ王家の権限によりこの者に名を授ける。

我が名、明周(あきちか)より一文字を与え周(あまね)とする。」


 突然の展開に、それまで夢見心地に少年を見ていた子供は否応無く現実に引き戻された。


「やっと、俺の事を見てくれた。」

 その様に明周は満足げに笑みをうかべる。


 しばらく子供は眼を見開くばかりだったが、ふと何か言葉を返さなくてはいけないと思い至った。

長らく萎縮していたせいか、いつもなら良く通る声が上手く出せない。それでも精一杯なんとか声を絞り出す。


「身に余る光栄です。精進して必ず強い剣士となって、我が君のお側にお仕え致します。」


「うん?我が君か......。

爺様と守護者達みたいで、ちょっといいな。」

 明周が、また笑った。


 その笑顔はやはり春のお日様のようだと周は思う。

そして明周の治める国で働く自身の未来に夢を馳せる。


すると、不意にどこで聞いたのかも分からない、古い言い回しが口から飛び出す。

「願わくば、我が君の盾となり剣となりて、我が君とその国の守護者たらん。」


「へっ...?」


 小さな子供らしからぬ大仰な周の言葉に、今度は明周がちょっと面食らったような声をあげ、固まる。

その声に我に帰った周も自分の言葉に赤面し固まる。


 気まずい沈黙を追い払おうと、明周は何か言おうとしたが......。


「殿下!何をしておられるのですか。名付けの儀式のまね事など。」


 次の言葉は、血相を変えて追ってきた彼の従者の声に遮られた。

そして、明周は問答無用で仮設テントの方に引っ張っていかれてしまった。散々小言を言われながら。



「あまね!お前が強くても強くなくてもそんなことはどうでもいい。

俺が名を与えた事実は変わらない。後ろ盾など無くても、きっと皆が良くしてくれる。

うまく言えないがとにかく、これからは涙も出なくなる程に自分を追い込まないで欲しい。

出来たら次は笑ったお前と会いたい。」


 どんどん見えなくなる姿とは違い、励ましの声はいつまでも聞こえている。


(我が君は大変喉がお強いらしい。)


 何だか空っぽだった心に、つうっと柱が通ったようで、周はさっきよりは落ち着いてあたりを見渡すことが出来た。

 すると、つるつるの頭に濃い髭をたくわえた身体の大きなお爺さんが、ひょいひょいと人垣をかわしながら此方に向かって来るのが見えた。


そして、なぜかとても安堵した顔をして周の頭を撫でてくれた。

この人は私のお父さんかお爺さんなのかな。

などと思い見上げると、お爺さんは一瞬困った顔をして何やら独り言を呟いてから、また優しい笑顔で話しかけてくれた。


 「何も覚えていないのか...。まいったな。

 私は西の山で剣術道場を開いている信という者だ。

もしお前さえ良いなら.......。何か思い出すまで、我が道場に身を寄せてみてはどうかな。」


 周に他の選択肢などあるわけもない。

だまってうなずくと、お爺さんは周の頭をワシャワシャと撫でながら抱きしめた。


「よしよし、いい子だね。....周と呼んでいいのかな。うん、良い名を貰ったね。」

お爺さんのとても甘い声は聞く人をホッとさせる。


「あの、お爺さんは私の身内ですか?」

その安心感から周はこんなことを聞いてみる。


「いいや、お前と私は......面識は無いよ。」

言葉とはうらはらに、お爺さんは強く周を抱きしめながら何度も頷く。言葉と行動がどうにもチグハグに思えるが、この腕の温もりがとても落ち着くから深くは考えなくても良いかなと周は思う。


「しかし、私とお前は仲間と言えなくもないのだよ。

遠い昔、私も我が君より名を頂いた。大切な友人と対を成す名だ。」

お爺さんは周を抱きしめたまま少し遠い目をして、しばらく黙り込んだ。

 

そして、腕の中の子供の琥珀色の瞳を真っ直ぐ見据えてこう言葉を結んだ。

「私はこの名を誇りに思う。お前にもそう有って欲しいものだ、周。」


 お爺さんの腕の中で甘い声で紡がれる言葉を聞きながら、周は心の中の我が君に話しかけた。


 暫くお待ち下さい、我が君。必ず強くなってご覧にいれます。何が有っても笑っていられる様に。

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