凶事(過去)
そろそろ 本編も動き出しますがその前に過去のお話を挟みます。よろしくお付き合いください。
勝手ながら、向こうの4話を知っている方は最初の10行くらい読んで後は飛ばしていただくことも可能です。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。
満開のこぶしの下で 金髪の少年が少し塞ぎ込んでいた。
「兄上の代わりなんて、俺には高望みだったんだ......。」
隣に座る黒い髪の子供がうなずく。
子供の無言の肯定に少年の若草色の瞳が潤む。
違うよと、子供がいたずらっぽく笑う。
「君には君だけの良いところが沢山ある、私には見えてるよ。」
少年の顔を子供が覗き込む。
「うーんとね。私は、君がお兄様の代わりになる事はないと思うの。
みんな違うんだもの、当たり前。
それにね、すごく凄い人が沢山頑張るより、色んな得意な人が大人数で頑張った方がきっと素敵だよ。」
若草色の瞳と琥珀色の瞳がお互いを見つめ合う。
ーーーーーー
山間部の気候は変わりやすい。
昼食時には穏やかだった空が夕暮れを待たず、にわかに掻き曇る。
そして、見る間にバケツをひっくり返したような大雨になった。
数年前に王位を息子に譲り王墓に近いここ中の山で、墓守り兼隠居を決め込んでの離宮生活を満喫していた陽威のもとに、懐かしい顔ぶれが集まってきたのは今日の昼過ぎのことだった。
この冬の攻防戦で、息子を亡くした頼を励まそうとの酒宴らしい。
酒だの肴だのを持ち寄り近況報告から昔話にと皆思う存分に語り笑い、そして泣いた。
「年寄りは涙もろいものだ。」
そんな言葉をかけあい、繰言し気持ちの落とし処を見付ける、そんな時間を五人は共有した。
「あの見事なこぶしを愛でながら、もう一献といきたいところでしたが...。」
すっかり出来上がった様子で楽しげに酒を酌み交わしていた大男が、自宅で独り留守番させる訳にもいかず同席させていた息子の忘れ形見がうつらうつらしているの見て席を立とうとした。
「おお、優はもう就寝の時間か...。」
「大人ばかりの席で、よく大人しくできたものだ、景は子育ても上手だったのだね。」
「道理で、猪突猛進タイプの頼の孫とは思えんからなぁ。」
幾つになっても年の差というのは埋められないものの様で、八十にも手が届きそうな頼が信や建にかかれば手のかかる若者扱いだ。
「幼子に夜道はきつかろう。今夜は泊っていってはどうかな?」
皆の名残惜しい気持を察した陽威が声をかけ、頼も素直に厚意にあまえて、優を侍女に預けてまた座り直し、宴は再開された。
遅くに授かった孫というのは格別というが、頼もそうか?などの皆の問いかけに
「そうだな。あの子は器用だそれに言霊が使える。」
普段は身内の話をそう語るタイプではない頼がややピント外れとはいえ、珍しく話に乗ってくるので一同も調子づいて、ならば次期聖火は孫娘殿で決まりだな。などと大げさな言い回しの合いの手をいれたりした。
「いやいや、あれの父親......景は優には文官への道を、などと言って......。
まあ、結果的には、遺言のような形になってしまったのだが......。
それに、優は男の子だよ。」
頼がちょっと複雑な笑みをうかべた。
まずい合いの手を入れてしまったと建はばつが悪そうに白髪頭をかいた。
「おや、あのかわいらしい幼子は男子だったのか。
二三言葉を交わしただけだが、物静かで利発な子だった。
五歳の誕生日を迎えたら私の道場に通わせてみてはどうかな。
読み書きそろばん世情に至るまで文官としての基礎から実践までしっかり指導するよ。」
先ほどの建の失言をフォローするつもりで聡は言った。
それを聞いて頼は随分と困った顔をして、大きな体を小さくするように、更に済まなさそうに呟いた。
「いや......。優は今月末で六歳だ。」
どうしようもなく気まずい沈黙が部屋を満たした。
それを強引にやぶったのは陽威の豪快な笑い声だった。
「ぶっはっはっ。相変わらずだな、頼は言葉が足りない、建は考えが足りない、それから聡、お前は気を回し過ぎだ。頼と建の仲ならあの程度の行き違い、わだかまりになどならない。」
「まったくだ。」
誰ともなく笑いと言葉が溢れる。
往年の剣士達の楽しい夜はまだ続く。
深夜、頼は邪な気配を感じて眼を覚ます。
あたりに濃い瘴気が満ちている、慌てて陽威の方に眼をやれば、一際濃い瘴気がどす黒い霧状の渦を巻き陽威の身体を取り囲んでいる。
まずい、頼は剣をかまえ陽威の側に駆け寄ろうとするが、周りでうごめくぶよぶよしたゼリー状の邪な物に邪魔されて思うように進めない。
そうしている間にも、どす黒い瘴気は陽威の身体に魂にと侵食していく。
「黒衣の魔女だ。皆、起きろ!」
頼は叫んだが仲間の返事は返って来ない。
魔女の術に落ちて身動きすら出来ないのか、既に息絶えているのか......。
今は確認する余裕すら無い。深酒していたとはいえこの失態、頼は眠り込んでしまった事を心底後悔した。
程なく、身体が馴染むのを待っていたかの様に陽威の口を借りて魔女が言葉を放つ。
「さて、先ほどは邪魔をされちゃったけれど......。今度は上手く言ったかしら?
お前達の大切な主君は私の手の中ね。」
「!」
魔女の言葉には意味がよく分からないところもあるが、事態が最悪なのは分かる。
「まったく飽きもせず何度も何度も、忌々しい言霊使い達。
うふふ。
でも最後は私の勝ち。
お前はこの体には逆らえないのでしょ。この声で命じられれば、決して否とは言えない。
ふふ、試してみようかしら.......。」
魔女が楽しげに笑う。
そして、敢えて陽威の声色で紡がれる言葉。
【頼、私のために今すぐ死んでくれ。】
棒立ちの頼を魔女はじっと見据えている。
「なんてね。ふふふ。」
魔女は上機嫌だ。
陽威の顔が陽威とは思えないほどにひどく妖艶な笑みをたたえ、さも楽しげに言葉を紡ぐ。
「そう、先ずは、そこにころがっている、間抜け面たちを始末なさい。」
頼が天を仰いだその時、背後から聞き覚えの無い声が聞こえた。
「加勢に参りました。回りのモノはお引き受けします、頼様、陽威様の方をお願いいたします。」
よく通る声だ。少し息子の景を思い出す。
眼の端に鉄紺の装束の人影が入る、あれは聖火の略式装束か。
何故?相手に敵意は感じられないものの、頼は違和感を覚えずにはいられない、困惑しながらもその青年に言葉を返す。
「君は何者だ......。私に我が君を斬れと言うのか。」
敵味方の判別も付かない青年は頼の苦痛に満ちた言葉に一瞬、戸惑いの色を見せたが、すぐに事を悟る。
「頼様。『浄化の言霊』をお持ちで無いのですね。」
視界の端で声の主が一太刀で周りのぶよぶよをなぎ払い、その勢いのまま一跳びに頼と陽威の間に割って入る。
凄まじい剣圧に身体が持って行かれそうになり頼は身を屈めて踏ん張り耐える。
「ふふ、黒髪の聖火。先ほどはしてやられたけれど......。今回は私の勝ちよ。」
陽威の中に入り込んだ黒衣の魔女は勝ち誇ったように、頼と黒髪の剣士を交互に見る。が、その瞳には動揺の色が見て取れる。対して青年に焦りや動揺は見られない。
少なくとも頼にはそう見えた。
『言霊』
黒髪の剣士が剣を仕舞い両手で菱四の印を作る
『浄化』
凛とした声が辺りに響き印がほのかに光ったかと思うと、あたりの空気が密度を増し緩やかに陽威と憑依している黒衣の魔女を取り囲む。
陽威の口で魔女は何かを言っているが、頼はそれを聞き取る事は出来なかった。
目の前の信じ難い光景に意識が持っていかれて、他に気を回す余裕が無くなっていたのだ。
ーーーーー
『言霊』は万能ではない、人の作り出した言葉の力を使うのだから、世の理を逸脱した効力は期待できない、死人を蘇らせたり、神やそれに等しい存在を消し去るなど出来るモノでは無いのだ。
少なくとも頼はそう師に教わり、自身もそう教えてきた。
黒衣の魔女は人にあだなす存在ではあるが、神にも順ずる存在だ。
そしてアレほどに一体化が進んだ被憑依者は憑依したものと命運を共にせざるを得ない。
つまりは人ごと叩き切って動きを封じてから封印するしか術がない......。
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だからこそ、人柱として陽威を死なせる覚悟を決めかねて頼は動けずにいたのだ。
それを、今この青年は事も無げに憑依者と被憑依者の分離をやってのけようとしている。
さすがに一瞬とはいかず印を結び言霊を発動させ続けているが、頼の眼にはもう勝負はついている様に見えた。
直におとずれる魔女の消滅と共に、辺りの邪なモノ達も消滅するだろう、危機は去ったのだ。
安堵とともに頼のなかにいくつかの疑問が頭をもたげた。
「君はどこでそれを?」
確かめたいことは沢山あるが、最初に出たのはこんなものだった。まあいい時間は沢山ある。
そう、頼にはそう見えていたのだ。
しかし
「......!時間切れです。」
悔しげに視線を泳がせた青年の姿がゆらゆらと頼りない幻のようにかすみ始め、後一歩のところで青年は印を解き。
ならばと、剣をかまえ陽威に絡みつく霧状の闇と陽威を荒っぽく切り離したかと思うと、
頼の方に陽威を突き飛ばすようにしてよこす。
「......?」
一瞬事態が飲み込めない頼に、青年の金の瞳は心底申し訳なさそうに揺れていたが、開かれた口から言葉を伝える事は叶わず、彼の姿は最初から居なかった様に消えてしまった。
アレは夢か?いや、そんな悠長な事を考えている場合ではない。兎に角、我が君をお守りしなくてはならない。青年の存在が消えた事で俄かに勢いを取り戻しはじめた魔女はあのぶよぶよを増やし始めている。
「剣を取れ!」
頼は叩き起こした仲間達に魔女に精神を蝕まれ弱りきった陽威の身を託した。
そして、
『言霊』を発動させる。
自分には残りかすといえども魔女の『浄化』は手に余る、やはり『封印』しかない、それも最強の。
浅く息を吐き深く息を吸う、腹のあたりに気力を溜めて両手で印をつくる、先ほどの青年と同じ菱四だ。
「待て。早まるな。」
後ろから信の声がする、言霊使いには珍しい甘い声だ。
「黒衣の魔女を外には出せん。」
「障壁・結界なら私の方が適任だ。」
「信には異界封じの任がある。二つ同時はきつかろう。」
「しかし......。」
五人の中の最年長の信は、なおも食い下がる。
「優はどうする、父も祖父も黒衣の魔女に命をくれてやったなどと、私に伝えさせる気か?」
返事の代わりに、頼はちらりと振り返り大きな金の瞳を更に大きくして、おどけた様に少し笑う。
まるで優なら大丈夫と信に言って聞かせるように。
多勢に無勢の中、必死の形相で剣を振るいながら、何か他の策は無いのかと皆は考えをめぐらせるが名案など浮かぶ筈もない。
炎同様に焦りばかりが強くなる中、頼の凛とした良く通る声が響いた。
『言霊、堅牢』
辺りがかすかに光り空間がぐにゃりと歪む、黒衣の魔女もろ共に異界へとその存在が移行して行く頼は、周りからは離宮の地下へとゆっくり沈んでいくように見えた。
(願わくば、我が君の盾となり剣となりて、我が君と我が君の国の守護者たらん。)
昔から事あるごとに頼が口にした口上が四人の頭の中に響いたような気がした。
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次元の狭間、暗いとも明るいともつかない不思議な空間にこの大きな竜は存在していた。時の番人、人間達は彼をそう呼ぶ。
「知っていたのですね!ならば何故?」
満身創痍の黒髪の青年の琥珀色の瞳が非難に燃えている。
チラリとそちらを見たかと思うと竜はあくびまじりに答える、さも面倒そうに。
「予定調和」
暗転




