あべかわ餅をつくる際の塩の重要性について
お越し下さりありがとうございます。
年明け最初の出勤で周は素晴らしい贈り物を愁室長からもらった。
厳密にはアルカナ城内で働く者全員が上司より渡される毎年恒例の年賀の品だ。
王都での年末年始が初めての周は、それを知らない。
愁が何の感慨もなく事務的に配った。
まだ少しだけ柔らかいお餅をそっと懐紙に包んで懐に仕舞う。
(うわーお餅、貰っちゃった。どうしようかな?)
剣士棟からの書類を仕分けする周の頬が緩む。
(そのまま焼いてお醤油.....。砂糖醤油の方が良いかな?)
請求書と報告書に差異がないか確認しながらふわりと笑みを浮かべる。
(もし、おばさんが、きな粉など分けてくれたら......。あべかわにしよう。)
ふわふわニコニコと仕事をしていたからだろうか、周が皆の生暖かい視線に気付いたのは半日が済んだ頃だった。
「餅一つでそこまで幸せになれる奴を俺は初めて見たよ。
実家で年末年始ずっと餅を食べていたから、もう飽きてるんだ、良かったら、俺のも食べてくれないか?」
隣の席の葵が自分の餅を周の机に置いて話しかけてきた。
「.......。」
お餅に飽きる....?
一瞬何が起こったのか周は理解できなかった。
(これ貰っても良いのかな?)
きょろきょろとまわりを見ても皆、生暖かい目でこちらを見るばかりで、答えには辿り着けそうにない。
(いや、欲張ってはいけない!)
こんな素敵なものを独り占めなど、もってのほかだ。周は首を横に振る。
「こんな大事なものをいただけません。」
お気持ちだけ頂きますね。と周が笑顔で答えると、
堪えきれないとばかりに笑い声が溢れた。
「いやー、光速百面相!」
「お餅、好きなんだね。」
「良いよ、良いよ。おじさんのもあげちゃおう!」
愛想は良いが無口で自己主張の少ない新人の、意外な子供っぽい反応が新鮮だったようで、まわりの同僚たちがワイワイと周を囲む。
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業務終了後
沢山の餅を風呂敷で包んだ周が出ていったあと。
「俺たちはあの子の何をあんなに警戒していたんだろうな.....。」
「ほんとにねぇ、餅相手に百面相だよ.....。」
「だから、言ったでしょ、純朴で可愛いって。」
みんな見る目がないのよね。と鈴がドヤった。
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剣士棟練習場前
「あっ。勇!」
周が大きく手を振って勇を呼ぶ。
一瞬で、周から勇の間にあった人垣が二つに割れる、皆は周に絡まれたくないのだ。勿論、周自身も絡むつもりはない。
「自分から出向いてくるとか、大した胆力だよな。」
プライベートで剣士棟に出向ける図太さに脱帽だと勇が呆れるが、
せっかくのお餅だ、ぜひ勇とこの幸運を分かち合いたい。
「勇、見てみて。管理室の皆さんが譲ってくれてね。」
戸惑いなく地面にかがみ込んだ周が嬉しそうに膝の上で風呂敷を広げようとする。
クスクスと辺りから嫌な笑いが小さく起こる。
「あっ。ダメだね、私は.....。
まだ王都の仕様に馴染めていないね。」
周は慌てて立ち上がり餅を持っていない方の手で膝の土をはたく。
そして、
ごめんね、勇に恥をかかせてしまった。と少し困ったように笑った。
田舎者.....。誰とも分からない囁きが聞こえる。
(......!)
勇がまわりに鋭い視線を向ける。
「ダメだよ、勇。些細なことで心を荒げては.....。剣筋もつられて濁ってしまうよ。」
周の琥珀色の瞳が勇を諭すように優しく揺れる。
勇は怒って良いのか流して良いのか分からなくなった。
ーーー
あれだけ避け続けていたのが嘘のようにあの一件以来、周は勇の前にふらりと現れる。
いつの間にか仲良くなった食堂のおじさんの好意で食堂の厨房も時々使わせて貰っている。
でも今回は下宿の台所使うと周は言う。
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「おばさん。台所ちょっとお借りしても良いですか?」
「綺麗に使うならどうぞ.....。あ、この前のトゲトゲはダメだからね。」
「あはは......。もうアロエはこっちには持ち込みません。ごめんなさい。」
あれは自室でだけ試行錯誤することにすると答える周に、おばさんが渋い顔をしていたが、周はもうお餅のことしか考えていないようだ。
「良い匂いだね。」
七輪の上で餅が膨らむ、お鍋に沸かした湯にその餅をポンポンと放り込んで次の餅を七輪に乗せる。
「こっちはお醤油で良いかな?」
うきうきと周が餅を焼いていると、食堂で暇を潰していた年寄り達も寄ってくる。
「周くん、今日のも美味しそうだね。」
そして慣れた様子で、いそいそと小皿や箸の用意をはじめる。
(ああ、この爺さんたちにも振る舞いたかったのか。)
勇が石臼をゴリゴリひいて、きな粉が出来る。
それに砂糖を混ぜて、さっきの湯につけた餅を投入。
あべかわ餅と醤油餅の出来上がり。
「周くんは優しいね。
美味しいものはみんなでだよね。」
「これはお城のお年賀餅かい?たくさん貰ってきたね。」
年寄りたちと和気あいあいとする周が妙に楽しそうにしていて勇にはちょっと切ない。
それを誤魔化すように勇はあべかわ餅を頬張った......。
(あれ?なんかいつも程、美味くない。)
皆に熱いお茶を淹れて回る周に勇は目をやる。
「あれ?」
周も首を捻る。
餅もきな粉も砂糖も調べたが、おかしなところはない......。
ないのだが、何だか甘味が少ない、少し苦味も感じる.....。
何故?
年寄りたちは美味いと大絶賛だ。
でも、絶対にいつも程は美味しくないのだ。
理由が分からない.....。
周が考え込みそうになった時、おばさんから声がかかった。
「あんた.....塩は入れたのかい?」
「あっ」
間抜けな声を出して周が塩の壺を取りに行く。
ほんの少し塩を混ぜると、きな粉は断然美味しくなった。




