アロエの茂みで内緒の話(前編)
お越し下さりありがとうございます。どうぞ、お楽しみください。
(さて、どうしたものか.....。)
自室の机にポーチの中身を並べて周は少し困ってた。
傷薬などに使う薬草のストックが心許なくなって来たのだ。
西の山なら隙間時間でひょいひょいと採取できた質の良い薬草が王都では手に入らない。
整備されて草の一つも見当たらない大通りも、しっかりと石畳に覆われた公園などにも、設計されていない草木の入り込む余地がない。
王都管理局の裏には雑草が多かったが、どこかうらぶれた空間の水や空気は、必ずしも清廉ではない。
あの場所に質の良い薬草は望めない。
ーーーーー
「薬草なら、長寿苑ね。」
鈴が即答してくれた。
「案内してあげられるとよかったんだけど.....。」
生薬の匂いが駄目らしく、鈴には遠まわしに同行を断られてしまった。
「これに道順と地図を書いておくね。」
代わりにと鈴は長寿苑までの道順を記した後、他部署の同期とご飯を食べに行ってしまった。
ーーー
[長寿苑への道順]
[そこの道をギューンと行ってドンしたら左にトントントンで右側のお店です]
ーーー
恐ろしく簡潔な図形と、謎の擬音が並んだ紙片を手に周は途方に暮れた。
王都の地理に、そこまで詳しくない周が一人で訪ねるには、長寿苑への道はあまりにも、謎に包まれていた。
ーー剣士棟はずれの小さな練習場ーー
「長寿苑なら、にいちゃんが案内してやろう。」
凡は人の良い笑顔を浮かべて胸を叩いた。
ーーー
自分の失敗で剣士の道を閉ざされたかも知れない少年の事を、凡はずっと忘れずにいた。
あの、試験の日。
必死に説得して上司を連れて凡が門まで戻った時にはその少年の姿はなかった。
次に向かった落選組の人並みでも。
その次に向かった合格組の剣士の待機室でも。
凡は、少年を見つけることができなかった。
自身の不注意を謝ることも、その少年を助けることも叶わない自分に腹も立った。
待っていてくれなかった少年に、心の中で悪態をついたこともあった。
それでも数日もすれば、人は生来の気質から来る考え方を取り戻す。
(もしどこかで、あの少年に出会う事があるのなら....。
きちんと謝って、今度こそあの子の力になってやろう。)
ーーーー
その願いが叶ったのは、最近のことだ。
王都管理局に備品の申請に出向いた凡の対応をしてくれたのが、その少年だったのだ。
「お元気でしたか?探して下さってたんですね。」
嫌味でも恨み言でも無く、普通に挨拶してくる少年の屈託ない笑顔に凡の方がたじたじとなる。
今は王都管理局の管理室に所属しているが、今日は応援でここに来たとの事。
今からでも、各部署に謝罪と訂正に向かうと凡は申し出たが。
少年あらため周はそんな事は必要ないと、取り合ってくれない。
曰く「自分は今の職場をとても気に入っている。」
「自身では全く気付かなかった、視点の偏りを正す、素晴らしい機会を貰ったのだ。」
と言い出す。
最初は嫌味かとも思ったが、どうも本気のようで、凡は持論を押し通すことができなくなってしまった。
だから、凡は頑張ることにした、どんな些細なことでも、周が困っている時は必ず力になろう。
また、力になれるように自身の能力を磨き上げようと。
ーーーーー
長寿苑までの道すがら凡は周の近況を聞く。
上司にいじめられていないか?
何か困った事はないか?
などなど、周に語り掛ける時の一人称は[にいちゃん。]
生活面や待遇を気にしまくる彼は、傍目からは周の保護者のように見えたのだった。
ーーー長寿苑ーーー
古めかしい店構えとは違い、店内は意外にもすっきりとした明るいものだった。
入り口付近と支払い場所近くには[お買い得]と書かれた美しいラッピングのポプリや薬湯用の茶葉が品良く展開してある。
一通り店内に目をやったあとに周は奥まった薄暗い一角に向かう。
「店主さま、こちらの薬箪笥の中を観たいのですが。どうすれば良いでしょうか?」
薬箪笥の取手を磨いていた店主に声をかける。
ーーー
店主の許可をもらい薬箪笥の中の生薬を一通り見せてもらい説明を受ける。
お目当ての薬草の他にも心惹かれるものが沢山あったが、自身のお財布事情を考慮しながら数種類の乾燥した薬草を購入した。
そのタイミングで、ふと不思議な植物が目に入った。
「店主さま、それは何ですか?」
支払い台の上に乗った葉の両側に鋭い棘のついた多肉植物。
「ああ、アロエね、又の名を医者要らず。アルカナでは珍しいよね、普通なら越冬できないからね。」
店主がアロエを手にナイフを出した。
丁寧に両端の棘を外し、硬い皮を剥く。
「ちょっと手を貸してごらん。」
店主に促され周は手を差し出す。
店主は出された腕の内側に丁寧に取り出したアロエの中身のプルプルをぺたりと乗せた。
「ひんやりしますね。」
「火傷やら炎症に効くんだよ。」
「.....持ち歩く事は?」
「鉢ごとならね。」
「.....残念です。」
(確かに乾燥させてしまってはこの効果は望めない、諦めるには惜しい効果だけれど仕方ないなぁ。)
周が少々名残惜しそうにアロエを眺めていると主人が耳元で囁いた。
「このアロエがなんで医者要らずなんて大層な二つ名を持っていると思う?」
「?」
「実はね、
効能が凄いんだよ。」
「保湿に抗炎症作用。胃腸の保護に、消化の促進。
その他色々な病気の予防にも効果がある....。塗っても食べても言うことなしのまさに万能薬だよ。」
「それは、凄いですね。」
周の関心を見てとった店主は更に畳み掛ける。
「霜や雪に弱いのが欠点だがそれさえ気を付ければ痩せた土地でもぐんぐん育つこれぞ家庭の常備薬草!」
色々と魅力的な多肉植物だが周を特に惹きつけたのは、この効能。
胃腸に良い......。
(そういえば、お師匠様も兄さまも.....。最近は室長も胃のあたりを良く摩っておられるな。)
しかし、先程の薬草購入でお財布はかなり小さくなっている。
周は少し思案してから購入の意思を表してみた。
「それを譲っていただけますか?」
「ああ、良いよ。店の裏にあるから思うだけ持って帰りなさい。
もうほんとに半分くらい持って行っても良いからね。」
(あれ....代金は?)
周の顔から色々察した店主がニヤリと答える。
裏のアロエの茂みを使えるように剪定してくれたらタダで上げるよと。
この言葉にちょっとだけ嬉しくなった、周はまだ知らない。
世の中には、
ただより怖いものはない。という言葉がある事を......。
楽しんでいただけたなら幸いです。またお越しください。




