念願叶う1
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あの日、剣士棟に続く回廊で見掛けた剣士の捜索は意外にも難航している。
該当者が多過ぎるのだ。
せめて彼が所属するチームや配属地域を表す腕章でもしていてくれれば良かったのだが、記憶の中の後ろ姿にそんな物は見当たらない。
ならばと意を決しって、剣士の何人かに黒い髪に琥珀色の瞳の剣士はいないかと聞けば皆一様に眉を寄せる。
殿下、そんな縁起でもない色の、居もしない剣士を探すのはおやめ下さいと。
(そんな.....。恋しさの余り俺は幻聴でも聞いたというのか?)
意気消沈した明周はぼんやりと剣士棟から窓の外を眺めていた。
窓の下に広がる練習場では剣士達が思い思いの昼休みを過ごしているようだ。
自主トレ励む者、昼寝をする者、書類仕事に追われている者......。
書類?
その一角に意識を集中してよく見れば、十数人の剣士達が懸命に筆を走らせている。
身体を動かすことが専門の彼らが筆を手に取っている様は実に奇妙だ。
どちらかと言えば、乗り気でない集団を、中程に居る人物が逃さない様に纏めているそんな感じだ。
へー面白い事もあるものだ。明周が窓から離れようとした時、集団の中程に居る人物が垣間見えた。
ーー黒い髪の文官ーー
明周はその瞬間に全てを悟った、自分はとんでもない思い違いをしていたのだと。
彼女の残した剣となり盾となりという言葉と先日の剣士にすっかりミスリードされていたのだ。
彼女は文官だったのだ!
明は練習場に急ぐ。精一杯の速さで
肩で息をしながら酸欠で吐きそうになるのを堪えて明周は書類仕事に勤しむ集団に近付く。
居た!確かに九年前のあの時の面影を宿す彼女が、大きな琥珀の瞳でこちらを見ている。
見ている?
ーーーー
「さて、今回も私の勝ちですね。」
周が柔らかく笑うと剣士達が、ぐぅと唸る。
「約束です。今からこれを仕上げて下さいね。
大丈夫です、急げば昼休みが終わるまでには仕上がりますよ。私がお手伝いします。」
何かにつけて書類提出を先延ばし、あわよくば踏み倒そうとする無責任な剣士対策に周が編み出した意地の悪い作戦
ーー私が勝てば書類を出して下さいね。もちろん負ければ今回のは諦めます。ーー
いかにも人畜無害な世間知らず然としたおとなしげな文官にこれを言われて自身の勝ちを確信しない剣士などいない。
よく考えれば、本当に大人しい文官が剣士にこんな提案を持ち掛ける訳がないのだが......。
この作戦が思いの他うまくいくので周は内心ほくほくしている。
面白い事に一度ボロ負けした剣士のリベンジ率が高いのだ、一回りすれば十分と思っていた回収作戦だがこのままいけばもう半年は通用するかもしれない。
いつも書類の回収率の悪さを嘆いている鈴が喜んでくれる。
周は嬉々として自身を囮に書類回収率を上げていく。
一通りの勝負がついた後。
嫌々ながら筆を取った剣士達に報告書や申請書など、それぞれの書類を仕上げて貰う。
( よし今回も楽勝だ。)
周はふと視線を上げた。
明周がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
( 何故?)
目が合う、明周が一瞬立ち止まり。
激しく咽込んだ。全力疾走からの急停止に身体がついて行けなかったのだろう。
「我が君!」
周は反射的に明周に駆け寄る。
身体を二つ折りにして咳き込む明周の背中をさすり手慣れた様子でその額の汗を拭う。
その様子に明周が更に感極まっていく。
感情のままに普段ではありえない行動に明周がでる。
「周!......会いたかった!」
ぜいぜいと身体全体で息をしながらも明周は周を抱きしめた。
「えっ?」
今度は周が混乱で固まる。夢にまで見た再開だ、でも、違う。
何かが決定的に.....。違和感の答えは直ぐにはっきりした。
「俺は.....明日にでも.....お前に逢えると。」
明周が周の表情を伺うように覗き込み、無言を肯定ととったのか続ける。
「あれだけの数の剣士がいたんだ、誰かが気を利かせてお前を、俺のところに.....。女官として.....。」
また明周が咳き込む。
ああ、我が君は勘違いをされていたのだ。周が理解するのとまわりの剣士が理解するのはほぼ同時だった。
くすくすと嫌な笑いがまわりに広がる。
剣技に光るものを持たない明周は剣士たちから軽く見られがちだ。
「ああ、殿下は運動神経だけでなくどうやら視力も.....。」「いや案外、頭ではないのか?」などと不敬極まりない囁きが周の耳に届き始める。おそらくは明周にも.....。
( このままでは、いけない。
大切な主人の悪評が立ってしまう。なんとかしなくては.....。)
周は明周の腕の中からするりと抜け出す。
(簡単だ私の悪評にすり替えれば良い。)
そして、一歩距離を置き大きな声で詫びる。
皆に聞こえる様に声を張って朗々と、その言葉を綴る。
地面に額を擦り付ける様に土下座しながら。
「殿下。申し訳ございません。私は性別を誤ってお伝えしてしまった様です。
幼い時とはいえ王族を惑わせた罪は消えません。どうぞお裁きを!」
まわりの空気が一転する、攻撃の対象が入れ替わる。
幸か不幸か、ここ最近の意地の悪い書類収集方法で得た剣士たちの周への悪感情も上手い具合に機能した。
嘘つきがまた嘘を重ねたと皆の負の感情は周に向かい。
明周への侮蔑の感情はどこかに消えていった。
(良かった.....。)
周は主人を守れたと安堵した。
ーーーー
昼休み、周の悪辣文官商法(勇は最近の周の書類収集の手段を心の中でこう呼んでいる。)を見るのが嫌で勇は練習場から離れていた。
だから今、目の前で繰り広げられている光景に驚愕する。
明周殿下に周が土下座している。
何故?
ああ、周!お前はやっぱりやらかしたのか?
ストーキングがバレたのか。それとも自分すら知らないもっとまずい何かが?
勇は周の元にゆっくりと近づく。
どうやって謝ろうか?悪気はないと言えば人の良い明周殿下のことだ笑って納めてくれるかもしれない。
ーーーー
勇が周たちに
近づくにつれ外野の囁きが聞こえてくる。
「やれやれ最近は多少はマシかと思っていたが。」
「嘘つきは何歳でも嘘つきというわけか。」
嘘つき?なんの話だ?周は嘘をつかない。勇はその事をよく理解している。
ーーーー
「殿下構うことは有りませんその様な嘘つきは、きつく罰を与えるべきです。」
誰かが言う。
「そのような不敬を見過ごしてはなりません殿下。」
手のひら返しの無責任なヤジが飛び交う中で明周はため息を吐く。
あの子は....周は一度だって自分が女の子だとは言わなかった、男の子だとも言わなかったが。
勘違いして盛り上がって、感情のままに行動して失敗したのは自分だ。
しかし、周は全部を自分の罪と言い、俺に裁けと訴える。
俺の少しばかりの名誉を守るために。
( 敵わないなあ。)
明周は周の手を取る。
「まずはそれをやめてくれ。お前は悪くない何も。勘違いしたのは俺だ。」
固まる周を立ち上がらせてから、明周がまわりに目をやり悪びれずに言い放つ。
(もう良いや。)
「だってこんなに可愛いんだぞ。普通に間違えるだろう!」
明周の言葉に誘われて広がる失笑の波を、明周は正論と屁理屈をまぜあわせて、力技で叩き消す。
「そもそも、第二次成長期前の子供の性別なんて皆、本当に正確に見抜けるのか?」
俺は無理だ。
着ている物や髪型以外での判断がどれほど難しいことか。
頭に赤いリボンを結った幼子が女の子か、赤が好きな男の子かなんてどうやって見分けるんだ?
その上で見てくれ、何度も言うが、周は可愛いんだ今でこれだけ可愛いのだから幼少期の愛くるしさが想像できるだろう。
間違えない方がおかしいんだ。
と壊れたレコードのように可愛いを連発して剣士たちの平常心を麻痺させて行く。
ーーー
目の前で可愛い可愛いと連呼されている小憎らしい文官が可愛いとはほんの少しも思わないが。
蓼食う虫も好き好きだ。ここは肯定しておいてやろう。
ーーー
明周にペースを持って行かれて。練習場で毒気を抜かれた剣士たちただうなづくことしかできない。
「と言うわけだ、悪いな。俺の勘違いだ。」
色々忘れてくれと明周は周に済まなかったと伝えて踵を返す。
九年越しの初恋が盛大な誤爆で幕を閉じたのだ。明周だって一人で感傷に浸りたい。
「私がお支えするのも無しですか?」
周が振り絞るように明周に問う。
「えっ?」
こんな恥ずかしいやつを主人とか嫌じゃないのか?
今度は、明周が問う。
「私は、今日この日を夢見て精進して来たのです。どうぞお側に、役に立たせてください。
その....剣士としては、少々....いえ....かなり?小さいですがきっとお役に立って見せます。」
周が少し戸惑いながら答えた。
ーーーー
(周、可愛いは小さいの隠喩じゃねえよ。ついでに言えば、お前今、文官だし。
.....お前って時々信じられないくらいに馬鹿になるよな。)
俺は何の茶番劇を見せられているんだろう?
蚊帳の外で勇が生温かい笑みを浮かべた。
お付き合いくださりありがとうございました。
ここからもよろしくお付き合いくださいますようよろしくお願いします。




