にわか彫金技師
よかったら読んでいって下さい。
西の山の麓の町にて
「秘蔵っ子、剣士なんか辞めて工房に弟子入りしたらどうだ?」
彫金職人のオヤジが唸っている。
工房にふらりと現れた周が「数日中に作ってほしいものが有る。」と無茶なお願いをしてきたのが三日前だ。
遠方に越して行く友達に贈りたいのだと
ーー詩のためだーー
オヤジにはすぐに分かった、作ってはやりたい。しかし職人が足りない、こちらも暇ではない。
工房の状態を聞き困った顔をして何やら考えていた周がおずおずと口にしたのが、工房の隅で自分に作らせてはくれないかという無礼極まり無い提案だった。
「いいか、坊主。職人にとって工房は戦場であり神域だ、素人が大きな顔をして出入りして良いところでは無いんだ。お前さんだって道場で近所のおばちゃんが菓子をボリボリしながら茶を啜っていたらムッとなるだろう?」
オヤジはできるだけ怖くならないように気を付けて周に伝える。
ところが、普段は物分かりの良い周が食い下がってくるのだ。
「お菓子を食べながら居座られるのは困りますが、身体を鍛える為に健康体操をしにいらっしゃるなら考慮します。」
詭弁だとオヤジは思う。
しかし、多分引く気のない目の前の小僧と不毛な討論も面倒だ。
「分かった。試してやる、坊主がお菓子なのか健康体操なのかをな。」
オヤジは少し意地悪く笑った。
その、数時間後オヤジは周への認識を大きく改めることになる。
お山の秘蔵っ子は器用だとは聞いていた......。一度聞いた祝詞は忘れない、薬草野草の類いも本職並みの採取率と完璧な処理で匂い袋の量産化案まで示唆してくる。
神職のじい様も小間物屋の主人もにわかには信じられない事を語ると思っていたが......。
オヤジが基本的な知識とともに与えた初見のはずの道具を周は長年の愛用品のようによどみなく扱う。
「どこで覚えた?」
オヤジが聞く。
「えっと......。今?」
周がちょっとだけ申し訳なさそうに答える。
「今?」
「えっと、今回は本当に......どうしてもネックレスが要るのです......。こんな......職人さん達の神域を荒らすような事をして......申し訳ございません......でも。」
研磨剤ですっかり黒くなった指先で先程自身が作った習作をオヤジに差し出す。
オヤジは確信する、周はものづくりの神さまに愛されているのだ。
数日工房に通って納得のいく物が仕上がった周はオヤジのスカウトをふわりとかわして信の道場に帰って行った。
道場にて
「詩の愛槍をここに封印して......。」
とても可愛らしい三色石のペンダントトップに並ぶ禍々しいまでの写実的意匠の黒い槍......。
周は大満足のようだが、そもそも封印する入れ物が中身と同じ形でないといけないなどというルールは無い。
この数日桃は周をずっと見ていた。
そしてこの根本的な勘違いにも、実はかなり早い段階で気付いていた。
指摘すれば周は、はっと息を飲んだ後、「よく気付いたね、ありがとう桃。」と頭をぽんぽんしてくれたかもしれない.......。
しかし、桃はじっと我慢して、この事実を言わなかった。恋敵に塩を送るつもりなど桃にはないのだ。
大好きな周の左のピアスも、初めて手掛けたお手製のペンダントも、当たり前のように受け取ってしまう詩。
その胸元にこれ以上可愛いペンダントなど決して飾らせてたまるものか。
桃は誰にも気づかれないように、
フンッ。
と鼻息を荒くした。
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