詩の嫁入り
お越し下さりありがとうございます
詩の嫁入り
西の山に激震が走る。
「あの詩が嫁に行く!」
おっさんたちは目を剥く。
「アレを嫁にできる猛者は誰だ?」
(いやマジで思い浮かばない)
「何でも王家に召し上げられるとか......。」
「あの凡庸で名高い明周様のか?」
「ついに御本人の剣術の上達を諦めて嫁に丸投げという事か!」
「それなら納得だ!」
信の道場
「あー兄!それ新芽!」
塩漬けにしようと摘んでいた高菜の葉を中心の新芽から摘んで固まる周。
大変なことになった高菜と周を交互に見ながらちびっ子剣士たちが気まずそうに労いの言葉をくれる。
(いたたまれない。)
周はそっと空を見上げた。
昼食後、勇が腹ごなしの鍛錬に精を出していると、ちびっ子剣士たちが今にも泣きそうな顔でやってきた。
「勇兄。助けて!」
「ああ?そう言うのは周に行けって。
いつもそうだろう?」
勇が雑に答えるとちびっ子剣士は更に泣きそうになって続ける。
「だって、今日のあー兄怖いもん。詩姉もいつもより怖いし。」
「たっく......。 分かった、分かったから泣くな。」
勇が重い腰を上げる。
「言いたいことがあるなら言いなさいよ!鬱陶しいわね!」
詩の槍が真っ直ぐに周を射抜く。
「言わないのは詩じゃないか?私たちは友だちではなかったの?」
その槍を周の剣が弾く。
『言だーー」
周の喉に向かって槍が勢いよく突かれる、堪らず周が仰け反りながらそれをかわす。
「言霊なんて発動前に術者の口を塞げば怖くないのよ!」
恐ろしい反射速度と胆力で言霊を封じ、周の剣を叩き落として、この勝負は詩が押しきった。
互角の剣士の本気の勝負にちびっ子剣士たちはすっかり怖気付いてしまったようだ。
道場の縁側にて
「で。どこまでが本当で、どこからが誇張なんだよ?」
勇がぶっきらぼうに問う。
「アルカナ王家に養女に入る。」
詩もぶっきらぼうに答える。
「理由は.....?」
「......。」
「やっぱり、あのボンクラ王子かよ?」
勇が吐き捨てるように言う。
「違う。嫁入りじゃない。養子縁組。」
詩がイラりとした様子で勇の勘違いを正す。
そもそもこの色(白銀の髪に紫の瞳)を持って産まれたのだからタイミングによれば十分有り得る事なのだと。
本来なら一番動揺してもおかしくない詩がさも当たり前だと言わんばかりに状況を説明する事に周は言葉が出なくなる。
「アルカナ王家がなんで今更?」
事態が飲み込めない勇が食い下がる。
「......サンドラに嫁ぐためよ。」
いがみ合っていた、隣あった国を親切にも大国ドゥーラが仲裁してくれるそうだ。
「なっ......!」
それは 国の為に人柱になれと同意ではないか。二人が愕然と詩を見る。
こんな理不尽が許されるものなのだろうか?沈黙が続いた後搾り出すように周が師匠の存在を口にする。
「詩......。あのね......嫌なら、お師匠様にお願いしてみるとか......。」
師匠の信なら王都にも話を付けれるはず
今からでも遅くないと、皆で何か打開策を考えようと。
「そうね。お師匠様なら可能かもね......。」
詩が遠くを見つめる。
「じゃあ。」
周が小さな希望にすがる。
「で、その後は?」
詩が真っ直ぐに周を睨む。
「......!」
周は自分の浅慮に気付く。
「知らない誰かが、代わりに同じ目に遭うの?
冗談じゃないわ!」
詩が叫ぶ様に思いを吐き出す。
「あたしは剣士なのよ!
あたしは、誰かを、何かを守るために剣を持つの!
誰かの犠牲の上に胡座をかいて幸せとか絶対に許せないの!
お願いだからあたしの誇りを土足で踏み荒らす様な真似はやめて!」
詩が怒鳴り散らすのはいつもの事だ、しかし......。
こんな、怒鳴る側が痛々しい怒号があるのだろうか。
三人はただ自身の無力を噛み締めた。
あの日から詩はこの話をしない、道場でも暗黙の了解のようにこの話は語られない。
麓の町だけがお祭り騒ぎだ。
「某系とは言え、うちには王家の血が流れてるんだもの。」
「そうそう、確か......曾祖父さんの母方の曾祖父さんの嫁さんが......。だっけ?」
詩の両親も兄弟も表向きはにこやかに過ごしている。
表向きには......。
(娘の、妹の望みもしない未来に異議を唱えられない自分たちが不甲斐ない。)
「ちぃーす!」
おばさん。詩居る?
珍しく勇が詩の家を訪ねた。
「あら勇くん。何の大荷物?」
「へへ。ちょっとね......。
詩借りていい?」
「そうね......。
気晴らしにお友達と長話も良いかもね。
勇くんこれも持っていきなさい。」
詩の母親が奥の戸棚からいくらかのお金を取り出して震える手でそれを勇に握らせた。
詩の部屋
夜逃げ道具一式を広げてドヤる勇を前に詩がこめかみに指をやった。頭痛を通り越して眩暈を覚える。
「殿は任せろ!お前は周と駆け落ちだ!あいつなら師匠の追跡も異界の魔物もきっと撃退してくれる!」
そして、何よりも生活の質が絶対に落ちない。と勇が鼻息を荒げる。
「あんた、学習能力がないの?
それとも、記憶力がないの?」
翌朝道場にて
「もう、学習能力の無さにいっそ清々しさを覚えたわ。」
昨晩勇をしばき倒して、いつもの調子を取り戻した詩が周に愚痴る。
柄にもなく悩むのがバカバカしくなったと詩が不敵に笑う。
「どうせ剣士としてしか生きられないんだから......。あたしは剣士としてサンドラに嫁ぐ!」
周はもう行くなとは言えなくなってしまった。
詩が覚悟を決めたなら、私はそれを応援するべきではないのだろうか.....。
だから小さな、本当に小さな餞別を贈る。離れても自分達は三人一緒なのだと、そして、これをいつか本当に困った時に使って欲しいと......。
詩の中には不安も心細さも確かに有る、しかし、それを補って余り有る剣士の持念と自身の正義が有る。
「私を可哀想とか思わないでよね。」
不敵な笑みを浮かべた詩は可愛げのない言葉を残して王都に旅立って行った。
王都にて
本物の王族。明周よりも威厳をただよわせて詩が自室でくつろいでいる。
(こんなにゆるゆるのスケジュールで本当に輿入れに間に合うと思っているのかしら?)
今日の予定は早々に全て終わらせた詩がアルカナ王家の脳筋外交にもの言いたげに、明日からのスケジュールを見ていると、明周がやってくる。
「えっと、詩......せっかく兄妹になったんだ、少し話しても良いかな?」
飾らない、人柄の良さげな王子明周......。
周の我が君。勿論、明周からそんな話は聞かない......。十中八九、周の妄想なのだから当たり前だ。と詩は心の中で居もしない友達に毒付く。
「あら?お兄様と呼んで良いのかしら?」
詩が書類をテーブルに置く。
「あっ。改まった言葉でなくて良いよ。
気楽にね。」
椅子に座ると明周は人好きする笑顔で詩に寛いでくれと促す。
「そうね.....。」
詩が肩の力を抜くと首元の小さなペンダントが光った。
「おや、ピアスとお揃いか、洒落てるね?」
明周が珍しげに詩のピアスとペンダントを見比べている。
「ふふ。あたしのお守りです。見ます?」
詩はそれを外してテーブルに置く。
プラチナのチェーンに緑と黄色と紫の石が光っている繊細なペンダントはいかにも女の子らしい可愛い物なのだが......。
もう一つペンダントトップに異様な存在感で黒々とした槍のモチーフがぶら下がっている。
「......なんと言うか個性的な装身具だね。」
明周の視線が可愛らしい三色石と無骨な槍の間を行き来する。
「そうでしょ。友達が作ってくれたんです、このペンダントトップは私の愛槍にそっくりなんですよ。」
困惑する明周を気にも止めず詩が極上の笑顔でペンダントを眺めている。
さて、本当に困った時、この周の気をまっとったペンダントは、どんな働きをしてくれるのだろう。
不謹慎かもしれないが、詩は少しその時が楽しみでもあるのだ。
楽しんで頂けたなら幸いです。よろしければ評価やブックマークなど、よろしくお願いします。




