蟹!蟹。カニ?前編
いつも有り難うございます。
笑っていただければ幸いです。
何を思ったのか、宙から蟹が届いた。
西の山の木々がうっすらと雪化粧し始めた頃だ。
ーー煮て良し、焼いて良し、生で良し。
地元でも特に美味しいと言われている
亜種・速毛蟹を贈る。師匠に食わせてやってくれ。ーー
冒険商人として名高い宙は信の弟子の中でも古参の部類だ。
今は海の国で大きな取り引きを成功させてご機嫌だそうで、月一のペースで信の道場になんだかんだとあやしい食材を送り付けてくる。
一抱えもある木箱を前に周が困惑のあまり動きを止めてしまった。
(蟹?何?コレが食材?)
おがくずに埋もれた、赤黒い刺々しい毛に覆われた、ずんぐりした物体。
可食部は多分中身。しかし、剥き方が分からない。
周は箱の中から蟹を一杯抱えて道場裏の池に走って行った。
「塩水に生きるものを、我の神域に入れるでない!」
磯臭くなるではないかとプリプリ起こる池の精をどうにかなだめて、蟹の下ごしらえを周は聞く。
「蟹のう......。色々あるが、初心者なら、そのまま茹でよ。
その赤黒い甲羅が鮮やかな朱色になれば食べ頃じゃ。」
「皮.....甲羅はどうやって剥くのですか?」
「剥くではない。外すじゃ。
.......まあお前達なら適当に粉砕すれば良いのではないか?」
「えっ?」
「壁を素手で砕く様なアルカナ剣士に身の外し方など不要ではないか。」
池の精のあんまりな評価に周は笑う他ない。
なんとか関節から分解して食べる方法を聞き出し。帰ろうとする周に蟹は茹でるまで決して縄を解くでないぞと池の精が声をかける。
ーーーー
少し前、周が蟹を一杯抱えて出て行った台所に勇が入ってきた。
「なんだよ、居ねーじゃん。」
勇は小腹を満たす何かを作って貰おうと来たのだが、お目当ての周がいない。
諦めて帰ろうとする勇の目に木箱が目に止まった。
中身はおよそ食材とは思えない物体だが、側にある宙の手紙を見る限りは、なかなかにイケてる食材のようだ。
ここで勇の中の策略家が目を覚ます。
おそらく周は、これからこの食材をなんだかんだして、いい感じの美味しいものを作るのだろう。
そこで!
もし、周が席を外している今、何かしらのお手伝いを自分がしていたら、台所に戻った周はそれをひどく嬉しがるのではないか?
そしてきっとこんな感じのことを言うのではないだろうか。
「うわー。ありがとう勇、助かったよ。お礼にこの何かしらは一番たくさん勇によそっちゃうね。」
完璧だ。
例えば.......。
この小汚い縄を、解いておいてやれば。
勇お得意の電光石火のハサミが舞う。
木箱の中の赤黒い物体を拘束する縄は全て取り除かれた。
これで良し、後は周を待つだけだと思った瞬間また勇は閃く。誰だか分からんお手伝いに感動しているアイツの前に颯爽っと現れる俺、カッコ良くね?
こっちにしよう、勇は台所を後にした。
木箱の中では、赤黒い物体が静かに蠢いていた......。
ーーーー
池の精よりの助言を頭の中で繰り返しながら周は台所の引き戸を開けた。
大きな赤黒い蜘蛛が台所にうじゃうじゃしている......。
「......。......!」
一瞬理解が追い付かなかったが察してからの行動は早かった。
台所の中に入り戸口にしっかりと錠をする。
それから蟹たちを刺激しないように釜戸の火を起こし湯を沸かす。
その時、廊下に繋がる戸口が微かに動いた。
勇だった。
「勇、入るな!今すぐ戸を閉めて!」
周が叫ぶのと勇は台所に入り戸を閉めるのは同時だった。
「勇......。なぜ?」
逃げれば良いものを、何も分からずとも自分からこの非常事態に、迷わず飛び込んでくれる勇の漢気に涙が出そうだ、と周は思う。
「あれ?すげーな。やっぱ、分かるのか。
どうだよいくらかは役に立ってたか?」
勇にはこの事態が見えていないようだ。
では、何が[分かるか。]に繋がるのだろう?周は考えた。
「もしかして、縄を切ったのは......。勇?」
周の声が少し震えた。
「おう!いくらかは楽になったか?」
居ない間に荷解きを手伝ってやったと勇は得意満面だ。
そして、
「ところで、これからコイツ等どうすんの?」
と聞いてくる。
「私の感動を返せ、勇。」
周が勇を睨みつける。どうしてくれるのだこの恐ろしい事態をと。
「とにかく、蟹を茹でる!」
周がきっぱりと言い切る。丸ごと茹でるしか教わっていないのだ、茹でる以外の選択肢はない。
「勿論、勇も手伝ってくれるよね」
と向かい合う勇に周は凄まじい圧をかける。
「おう。なんか分からんが、手伝うのは当たり前だし.....。」
想像とは全く違う展開に勇は歯切れ悪く答えた。
勇が蟹を捕まえる、周が足を縛る。
単純作業の始まりだ、そのはずだった。
勇が手近な蟹に手を伸ばす、ハサミに気を付けながら。
その気配に気付いた他の蟹が勇の背中に体当たりする。
「うげ、痛え....。」
勇の隙を突いて先程の蟹は勇の射程から離脱する。
勇に体当たりした蟹を周が煮えたぎる湯に向けて鍋蓋で叩きつける。
ところが、さらに別の個体が、その軌道を体当たりで変えてくる。
(連携がすごい、これは本当に食材なのか?)
勇の剣士魂に火が付いた。
「油断してんじゃねーぞ周。」
勇が鯉口を切る。
「食材を駄目にしちゃいけないよ。」
周がそれを速攻で鎮火する。
切るも刺すも潰すのも禁止。
上手く力を加減した鞘付きの剣で、湯に叩き込む!
あとは自分がしっかりと蓋を押さえるからと周が酷い難題を出す。
勇は理不尽に叫びたくなりながら蟹を優しく叩いて叩いて、叩き込み続けた。
「よっしゃ!これでラスト!」
勇の一振りで一際大きな蟹が周の待つ鍋に向かって飛んでいく。
なべの横には美しい朱色に茹で上がった蟹の山。
刹那、蟹が自身の大きな爪で鍋の縁を叩き辛くも熱闘地獄から逃れた。
虚を突かれた周の一瞬の隙を突き蟹が明かり取りの窓から逃げて行った。
慌てて蟹を追った二人だったがどうしても蟹を見つけられなかった。
たくさんの茹で蟹を皆で囲みながら。
「海の生き物なんだろう?山じゃどうせ生きられねぇし、もう諦めようぜ。」
「うん.....。でも、どこかで腐って、臭うのは嫌かなあ......。」
「臭い出したら、探す手間が省けるじゃない。」
「えっ?そんなので本当に二人は良いの?」
勇と詩の豪快な理論に押されて、周の腐る前に回収案はあえなく却下された。
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