23.異なる史実と揺らぐ正義
side.ニア
私の前世は聖女だった。
聖女として、人々のために”悪”の象徴である魔王討伐に加わり、文字通り命をかけて平和を守った。
人々の安寧を守った。
それが正しいと信じて。私は私の正義に従って生きてきた。
でも、それは間違いだった。
「ニア、人間に近づいてはいけないよ」
聖女として生きて、そして死んだ私はどういうわけか魔物として生まれ変わっていた。
白い毛皮で覆われ、頭には大きくて長いウサギの耳がついている。二足歩行の獣の姿に驚愕した。受け入れるまでに時間がかかったし、今でも受け入れているとは言い難い。
どうして神様は私を魔物なんかに生まれ変わらせたのだろう。
前世ではあんなに信じていた神様を今世では恨めしく思うことが何度もあった。
「どうして、父さん?私たち魔物が”悪”だから?」
「ああ、ニア。人間どもの話をどこかで聞いてしまったんだね」
「ニア、悪いのは人間よ。全て、人間が悪いの」
父さんも母さんも人間が悪だという。
ふざけるなと聖女(私)は怒鳴りたいのを我慢した。
あんたら魔物のせいでどれだけの人間が悲しみ、絶望したのかと言いたかった。でも、言えなかった。
だって今の私は魔物だから。
「ずっと昔、私たち魔物と人間は共存まではいかなくても、それなりに上手くやっていたの。お互い、干渉せずに生きてきたと言っていいかしらね」と母さんは続けた。
「魔物は森や山の奥を棲家にし、人間たちはそこに近づくことはしなかった。近づけば、我々魔物の領域だから殺されても仕方がない。それが私たち魔物と人間の共通の認識だった。でも、ある日突然、人間は私たちの領域を侵犯してきた」
二人が語る魔物との人間の歴史、それは聖女(私)の知らないものだった。
生まれた時から魔物は悪だった。意味もなく人を殺す存在だった。
だからその親玉である魔王は悪の象徴だった。
もし、二人が語る歴史が事実なら私たちは何のために戦ったの?
何のために死んだの?
あの時、魔王はなんて言った?
『戦いの原因が自分たちにあることすら忘れて』
『人間が何もしなければ、魔物が人を害することもなかった。魔物が多くの人間を殺すのは、殺されるからだ』
魔王は知っていたんだ。
人間は知っていたのだろうか?
私たちに戦えと、魔王を討伐せよと命じた彼らは知っていたのだろうか?この事実を。
知っていて、隠したのだろうか?
人間の恒久的平和のために、私たちは贄となったの?
「人間よっ!」
一族の誰かが叫んだ。みんな何も持たずに急いで逃げ出した。私も父さん、母さんと一緒に逃げた。
魔物は無条件で人間を襲う悪で、厄災の根源で、どんな魔物でも攻撃的で、強いのだと思っていた。
でも、違った。
私も、私の父さんと母さんも、私と同じ種類の魔物たちは戦えない種族だった。
食べ物だって、森にある木の実が主で人間に危害を加えたことなんてない。それでも構わず人間は私たちを襲ってきた。
聖女だった時、私もそうしていた。
ただ魔物というだけで。それがどれだけ理不尽なのかなんて考えたことなかった。
人間だって、良い人もいれば悪い人もいる。それは魔物も同じだった。そんな当たり前のことに気づかず、ただ魔物は悪で、殺されて当然の存在だって思ってた。
人間に悪い人がいるから、殺されて当然だなんて思わないのに。
「父さんっ!母さんっ!いや、やだ、やめてぇっ!!やめてよぉ」
人間に捕まった。
人間たちは悪いながら戦う術を持たない魔物(私たち)を捉え、殺していく。
人間が化け物に見えた。
父さんと母さんは殺された。
生きながら、皮を剥がれて、絶命した。人間たちは笑っていた。
「どうして、どうして、こんなに酷いことするの?」
「酷い?魔物が何言ってやがる」
「お前たちは俺たち人間の懐を潤すために存在するんだよ」
「そうそう。ただの素材がグダグダ言ってんじゃねぇよっ!」
「きゃあっ」
ゲラゲラと笑いながら人間の男は縛られて動けない私の顔を蹴り飛ばした。
「おい、商品」と一人の男が注意をする。
「大丈夫だろ。痣ができても毛皮で何も見えねぇよ」
父さんと母さんは貴族が使うコートや絨毯にするための毛皮として殺された。
子供の私はそのどちらかをするには素材として足りないので奴隷商に売られることになった。
家族を魔物に殺された恨みとかはない。
ただ、お金になるから殺す。
人間は魔物に何をしても許される。それが罷り通る世界
そんな世界を守るために、こんな人間(奴ら)を守るために聖女(私たち)は戦ったの?
人生の全てを捧げたの?
「おら、飯だぞ」
奴隷商で首と手足に鎖をつけられ、何が入っているのかも分からないマズいものを無理やり口の中に押し込まれて、無理やり生かされる。
大事な商品だから。
生きるのが辛い。
でも死にたくはない。生きたい。死にたくない。死ぬのは怖い。
誰か、誰でも良いから助けて。
聖女(私)が殺してきた魔物もそうだったのかな。
聖女(私)、最低だ。聖女だって言われて、感謝されて、良い気になって。
殺される側の気持ちなんて考えたことなかった。
だから罰が下ったんだ。神様が最低な私に罰を与えた。だから、誰も助けてくれない。
助けを求める資格すら私にはない。
一緒に捕まった友達、奴隷商に捕まって売られた知らない魔物
ついさっきまで一緒だったのに、買い手がついて売られてしまった子や、どこかに連れて行かれたと思ったら死体になって、戻って来たこともあった。
私の番はいつだろう。いつ、私の番になる?
怖い。怖くて、たまらない。
「・・・・・・い。ごめんなさい。ごめんなさい」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。
「もう、許して」
「・・・・・まさか、ここにいるとは」
「?」
地上に繋がる扉が開いた。差し込んだ光が逆光になって見えなかったけど、でも分かった。私の目の前に現れた美しい姿の人間が誰なのかが。
「・・・・・魔王」
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