18.全ての悪魔は地上にいる
side.リリアーヌ
私が物心つく頃にいたのは薄暗くて、カビ臭い場所だった。
私の近くに私よりもずっと大きい薄汚い女が落ちていた。それは、私を産んだ女だと教えてくれたのは誰だっただろうか?
「・・・・して、私が、こんな目に、私は、私はこんな人生を歩むために生まれてきたわけじゃない。どうして、私ばっかり、どうして、こんなにも不幸なの。どうして」
私を産んだ女は目から大量の水を流しながらいつも何かを呟いていた。何を呟いているのか大半は聞こえなかった。ただ、周囲に振り撒いているのが自分の悲劇を嘆く言葉とは違う、憎悪であることが何となく分かった。
その目がいつも、誰かを殺そうと、殺せる相手を探っているよに見えた。
私だけじゃない。私と同じ年頃や少し年上の人間が数人、同じ場所にいたけど、誰も逃げようとはしなかった。
逃げる場所なんて、なかったし、その気力もない。それに、どうでも良かった。
私はずっとここで、息を吸って吐くという作業をし続けるのだと思っていた。
でも、ある日を境に私の人生は大きく変わった。
このカビ臭い場所には時折、人がやって来る。私に、私たちにいろんなことを教えたり、いろんなことをしたりする。中には連れて行かれて、戻ってこない子もいた。ショブン、されたらしい。使えない子はそうなると最初に教えられた。正直、よく分からなかった。
私は勉強が苦手だった。
地下にいる子供の中でいつも底辺を彷徨っていた。このままだとショブンになると大人たちが話しているのを聞いた。
私を産んだ女は私のことを「デキソコナイ」とボコボコ殴ってきた。でも、全然痛くなかった。
普段からあまりご飯を食べていないし、起きているのか寝ているのか分からない生活をしているからきっと力も体力もなかったのだろう。
だけど、たまにやって来る人がケンサ?というのをしたら私には魔力があることが分かった。
すると、「ああっ!さすがは私の子供だわ」と私を産んだ女がとても喜んでいた。
「この子は私が産んだ子供なの!この子には私が必要よ。当然、私も上に連れて行ってくれるのよね。ねぇっ!」
「うるさいぞっ!」
「きゃあっ」
私を産んだ女は殴られて地面に転がった。
「お前が上に行くことはない。お前は旦那様に買われた時点で、ここで朽ちていくだけだ。恨むのなら子供を産むことでしか役に立てない己の無能さを恨め」
ムノウはショブンされる。
私を産んだ女はムノウだったのだろう。だから、ショブンを受けたのだ。
私はどうなるのだろう?
上に行った子供は地下に戻されることもあったし、戻らないこともあった。
下に戻って来た子は、たまに上に行く子もいれば、ずっと下にいる子もいる。
でも、一度上に行ってしまったらみんな下がジゴク?だと言って上に行きたがっていた。
私はどうなるだろう?
どうでもいいと思っていた。何もかもが。
でも、上に連れて行かれている時、今まで動いているかどうか怪しかった心臓がどくどくと脈打っている。
私みたいなのでも心臓は持っていたんだ。今まで、その存在を感じたことなんてないのに。
「今日から、お前は私の娘だ。私に恥をかかせないよう、せいぜい励むように」
よく分からないけど、偉そうな男にそれだけ言われて今度は別の部屋に連れて行かれされた。
周囲はあの男を「旦那様」と呼んでいた。でも、私は娘になるから「お父様」と呼ぶようにと私を別室に連れて行った男がそう言った。
そしてお風呂に入れられてゴシゴシ洗われた。かなり痛かった。髪だってクシとか言う奴で思いっきり引っ張られるし、もう最悪。
しかも、触り心地はいいけど動きにくい服、ドレスというやつを着せられた。
私は今日からレイジョウという奴になるらしい。
色々と最悪だったけど、ただ、地下にいた時とは違ってご飯をお腹いっぱい食べられた。取る奴もいないから実に快適だった。寝床もベッド?というのがあって、その上で寝た。
すると、起きた時に体がどこも痛くならないし、ぐっすり寝られた。
地上というのはとても快適だ。
地上から地下に戻された連中が地下での生活を嫌がった理由がよく分かった。
これからこの生活が続くのだと思うと心がほっこりした。
「おはようございます、お嬢様」
シヨウニンと呼ばれる女たちが数人来た。
オジョウサマというのは私のことらしい。それから私にはリリアーヌという名前が与えられた。
別に呼び名なんて要らないけど、地上で暮らすには必要なことらしい。
「お嬢様、まずはお顔を洗ってください」
「?」
水が入った銀の盆を目の前に置かれたけど、正直どうしていいか分からなかった。それを見たシヨウニンの女は呆れていた。仕方がないと思う。だって、地上で暮らしたことがないのだから。
彼女たちだって私と同じように地下での暮らし方なんて知らないだろう。それと同じだ。
そう、伝えたら鼻で笑われた。
「私たちは人間ですので、地下で暮らすことはありません」
「?」
シヨウニンは人間で私は人間じゃない。同じ姿をしているのに違うの?よく分からない。分からないけど、なんか、モヤっとした。
「お顔はこうやって洗うんですよ」と言って後頭部に手を添えられたと思ったら力づくで押し倒された。
水の中に顔を沈められ、息ができなくてもがいている私をシヨウニンの女たちは笑っていた。
苦しい。
「ぎゃあっ」
悲鳴と一緒にシヨウニンの女が離れたから顔を上げると女の腕が燃えていた。何が起こったか分からなかったけど、後から私がしたことだと教えられた。これが魔法というものだそうだ。
怒られるかな?って思ったけどお父様は「それでいい」と言った。よく分からないけど、気に入らない奴はさっきの力を使って痛い思いをさせればいいということなのだろう。
あの事件以来、シヨウニンが私に酷いことをすることはなくなった。
とても快適になった。だけど、地下にいた時よりも大嫌いな勉強をする時間も量も増えた。しかも、魔法が暴走しないようにと魔力封じの枷まで付けられた。これじゃあ、最初の時みたいに気に入らない奴に魔法が使えない。
しかも、お父様の許可が必要なんて訳が分からない。私の力なのに。
それを伝えるとお父様は「そうか」とだけ言った。でも、その後で真っ暗な部屋に閉じ込められた。
右も左も分からないほど真っ暗で、自分の体がどこにあるのかすら分からないような部屋に一週間も閉じ込められた。
最初は平気だった。でも、だんだんと怖くなった。今が朝なのか夜なのかも分からない。水だけしか与えられなくて、気が狂いそうだった。こんなのは初めてだった。
自分の身に何が起きてもどうでもいいと思っていたけど、それは違った。ただ、私が無知なだけだったんだ。
「出して、お願い。言うことを聞くから、ここから出して」と何度も叫んだ。喉が枯れて声が出なくなった。とりあえず、ぶつかる所を手当たり次第に殴った。
見えないから分からないけど、ぬるっとして、生温かいものを感じたから多分だけど血が出たのだと思う。
それでも誰も来てくれなかった。
どれくらい経ったか分からないけど、そこから出されたら今度は鞭で何度も叩かれた。
お父様の命令に背くとどうなるかを教えられた。そしてショブンについてもその時、教わった。私と同じぐらいの子供が私と同じように鞭で打たれて、私よりもたくさん打たれて、そして動かなくなった。動かなくなったその子はお父様が飼っているイヌ?と言う生き物に食われていた。これがショブンというものらしい。
嫌だと思った。そうなりたくなければ、お父様に従順でなければいけない。役に立つのだと、自分には価値があるのだとお父様に示し続けなければいけない。
地上は地獄だ。




