晩餐の灯、影の微笑
館内に夜の静寂が降りると、暖炉の火とシャンデリアの柔らかな灯りが、広間の壁を金色に染めた。
テーブルの上には銀の燭台が並び、火の光が揺れるたびに、皿やカトラリーがきらきらと輝く。温かい湯気と料理の香りが漂い、日中の光景とは異なる、落ち着いた優雅さが広がっていた。
リリアーナは椅子に腰を下ろし、ドレスの裾を整える。髪にはさりげなく夜の香水が漂い、燭光に照らされて淡い金色の光を帯びる。
「今日は皆で一緒に食事ね。楽しみだわ。」
そう言って微笑む彼女の横顔は、柔らかくもどこか凛としていた。
アルフォンスはテーブルの脇に立ち、静かに食器を整える。皿の配置、ナイフとフォークの角度、すべてに完璧な均衡が保たれる。
「お嬢様、火の加減も完璧です。どうぞお楽しみください。」
リリアーナは軽く頷き、穏やかな夕食の始まりを告げた。
ヘンリーとイザベラ夫人も席につく。父の鋭い瞳は、家族の一挙一動を穏やかに見守る。母の柔らかい笑みが、食卓に温かさと品格を添える。
「リリアーナ、今日は学校の話を聞かせてくれませんか?」
「はい、お母様。今日は図書室で古文書の整理をして、そのあと庭園の花々を観察しました。」
「ふふ、相変わらず知的好奇心が旺盛ね。」
「そういうところは私に似たのかしら、父上?」
「いや、母上に似た部分も多いでしょうな。」
家族の会話は、静かでありながら温かく、笑い声が広間に柔らかく響く。
ルイーザがさりげなく摘んだ小さな花をテーブルの中央に置く。
「この花、灯の下で見るとさらに美しく見えますね。」
「本当だわ、ルイーザ。」
花の香りと燭光の温もりが、食卓に静かな彩りを添える。
その傍ら、エリスは紅茶を注ぎ、カトリーヌは皿の位置を微調整する。
レアはリリアーナの隣に立ち、微かな背後の気配や廊下の音を警戒しながらも、今日の穏やかな夜に心を和ませている。犬面の表情は変わらぬままだが、静かに守る役目を果たしていた。
窓の外、庭園の影が長く伸び、微かな風がカーテンを揺らす。
その陰に、黒い影――ノアの存在がちらりと覗く。しかし、まだ手は出さず、ただ微笑むだけの距離感。
食卓の会話が和やかに続く中、リリアーナはふとレアを見上げる。
「ねえ、レア。あなたも一緒に座ってもいいのよ。」
レアの瞳が少しだけ光を帯びる。犬の顔は変わらぬまま、しかしその気配は確かに温かさを帯びていた。
「光栄でございます。では、少しだけ……。」
灯の揺れる広間、家族とメイド、執事、そして犬面の守護者――すべてがひとつの優雅な調べを奏でていた。
しかし微かに、廊下の端や窓の外の影が揺れる。ノアの微笑は、日常の裏側に潜む静かな不穏を、ほんのりと匂わせていた。
夜が深まるにつれ、館内はさらなる静寂と優雅さに包まれ、家族と使用人たちの存在が、その温もりを優美に形作っていた。
今宵の晩餐は、ただの食事ではない。家族、守護者、そして微かに影を感じる存在――すべてが交わる、静かで滑らかなゴシックな調べのひとときだったのだった。




