十四話
登校時の学園入り口。
わたくしは早朝から待機し、彼女を待ち伏せしていた。
しばらくして、待ちに待っていた彼女が登校してくる姿を見つけ、テンションが爆上がりするのを抑えて深呼吸する。
ツンと澄まし顔をして、ツカツカと彼女の元へ歩いていく。
「あ、ベラドンナさま、おはようございます……?」
今日も思わず抱きすくめたくなるほど可愛い……と内心思いつつ、悪役令嬢らしく彼女に詰め寄り、声を大にして問う。
「ロゼリア・ローズクォーツ! あなた、生徒会役員に加わったという話は本当ですか?」
登校中の生徒たちが一斉にこちらを見て騒然とする。
彼女はわたくしの大声にびっくりし、つぶらな瞳をパチクリと瞬かせた。
「は……はい、それは本当です。会計の補佐として、お仕事を手伝っていますけど……?」
わたくしは心底憎らしいといった表情を作り、彼女をキッと睨みつけて言う。
「礼儀作法もままならない不躾な者が高貴な方々の生徒会に入るだなんて……下賤な出生らしく、男性に取り入ることだけはお上手なようね! なんて卑しい女なのかしら!!」
「取り入るだなんて、そんな……あたしはベラさまに手伝いを頼まれて、アレク殿下が許可してくださっただけで――」
彼女の言葉に目を光らせ、衝撃を受けたように叫ぶ。
「殿下をお名前で呼ぶなんて! それも愛称呼びですって!! なんてこと……婚約者であるわたくしですら、許されていないというのに?!」
愕然とした表情で大袈裟に驚いて見せ、次いで鋭い眼光で彼女を睨む。
「あなたのような礼節も弁えない者が、殿下へ気安く近づくどころか、愛称呼びまで……そんなこと、許されるはずがありません!」
彼女は困った顔で首を横に振り、なんとか弁明しようとする。
「あ、あの、会計の仕事を手伝っているだけで、殿下に近づくようなことではないんです。だから、安心してください、ベラドンナさま」
必死に訴える彼女。だけど、そんな言い訳なんて通用しないのが悪役令嬢である。
「黙りなさい! 卑劣なまねをする卑しい女の言うことなど、誰が信用できるものですか!!」
ピシャリと吐き捨て、悪役令嬢らしく激高して見せる。
すると、騒然とするそんな場面に、凛とした低く通る声が響く。
「喚き声をあげて騒ぎ立てるな。校外まで聞こえているぞ」
「で、殿下!?」
登校中に騒ぎを聞きつけてきた彼と側近たちが姿を現す。
彼は彼女の側に立ち、冷淡な表情でわたくしを見下ろして告げる。
「こちらが強引に生徒会の仕事を頼んだのだ。愛称呼びを許したのも、私から申し出たこと。ロゼにはなんの非もない。非難するなら、私が受ける」
「そんな……殿下が……」
顔を上げて彼と目が合った瞬間――
ズキッ……。
――不意に胸が痛んだ。
男の身体の時に向けられる視線とは、あまりにも違いすぎる。わたくしを嫌悪する、凍てついた目。
そんなことはわかっていたはずなのに、それなのに、胸がズキズキと痛む。
やはり、女の身体では彼を見ただけで、少し近づいただけでも、恋慕が募ってしまうのか。
どんなに必死に感情を押し殺しても、魅了体質の影響を受け、彼を傷つけてしまうのか……。
ショックを受け、ふらふらと後ずさるようにして距離をとり、わたくしは視線を落として呟く。
「所詮は下賤な出生の女……時が経てば、いずれ殿下もその女の本性がわかるはずです。殿下にそんな女は相応しくありません……」
彼は恋情の滲む目が怖いだろうから、目線を合わせないように気をつける。
だけど、未練たらしく彼のシルエットを見つめ、胸の痛みに涙を浮かべて悔しそうな顔を作り、彼女を睨みつけて叫ぶ。
「ロゼリア・ローズクォーツ、覚えておきなさい! ……ふんっ」
見事な捨て台詞を吐き、わたくしはその場を立ち去る。
彼を幸せにできるのは彼女だけなのだ。推しの幸せのため、悪役令嬢を演じ切ってみせよう。
わたくしが離れていくかたわら、彼や側近たちが彼女を心配して声をかけている。
「ロゼ、大丈夫か?」
「あ、あたしは全然……」
彼女は心配いらないと両手を振って見せるけど、側近たちは申し訳なさそうな視線を向ける。
「女嫌いなはずの殿下が生徒会に女性を入れて側に置いているんだから、女性陣からの妬みは相当すごいだろうね」
「あれは、完全にベラドンナ嬢から誤解されているな。俺たちが弁明したところで、火に油だろうし……どうしたものか」
「通例では婚約者の彼女が生徒会に入るはずでしたから。女性だから駄目だと突っぱねておいて、愛称呼びまで許している女性がいるとなると、さすがに……」
側近たちの冷ややかな視線を受け、彼が非常に困り果てた顔をし、彼女を見やる。
「すまない、ロゼ。私の配慮が足りなかった」
「あ、いえ……あたしこそ、お二人のご事情を知らなくて……」
「また何か誰かに言われるようなことがあれば、私に言え。責任は私が取る」
「え、責任なんて……いえ、でも、ありがとうございます…………ただ、ベラドンナさまに、また失礼なことをしてしまいました……」
彼女は肩を落とし、考え込んだのだった。
その一方、陰から覗いて見守っていたわたくし。
シナリオ通り、彼女が生徒会に入り、愛称呼びされていると公にできた。これで彼女が彼に特別扱いされていると、全校生徒が知ることになる。
さらに、学園校舎を背景に乙女ゲームの総メンバーが立ち並ぶ豪華な美麗画面を心のキャプチャーに保存でき、わたくしは大変ご機嫌だった。
今回はなかなかの悪役令嬢ムーブができたのではなかろうかと、自画自賛してほくそ笑む。
「ふ……ふふふふふ」
思わず扇子で口元を隠して小さく笑えば、不気味に嗤うわたくしを目にした生徒たちが顔を青くする。
そんな反応も悪役令嬢らしくていいと、ニヤリと笑みを深めれば、さらに周囲の生徒たちは戦々恐々と震え上がったのだった。
◆
数日が経過し、クラスメイトの彼女が何かするたび、わたくしは声を張りあげる。
「ロゼリア・ローズクォーツ!」
「は、はい! ベラドンナさま……なんでしょう?」
不安げに上目遣いでわたくしを見る彼女が可哀想可愛い。
ことあるごとに彼女へ絡み、ネチネチと嫌味を言うのが、最近のわたくしの日課となっていた。
なぜかと言えば、彼女に嫌がらせをする生徒たちを排除してしまったがために、その分を補完しなければ、攻略対象から守られる可哀想なヒロインにならなくなってしまったからである。
なんてことだ……少し考えれば、至極当然のことだった。
王太子が特別扱いしているお気に入りの女生徒。しかも、王家に次いで上位の公爵令嬢までもが、手を出すなと忠告しているのだ。
まともな神経の貴族なら、怖すぎて手なんか出せるわけがない。関わり合いたくないと思うのが、当然の反応である。
そのため、本当はしたくないけど、悪役令嬢のわたくしがやるしかなくなってしまったわけで……。
今日も心を鬼にして、わたくしは姑になりきり、小言を喚きまくるのだ。
品位も何もあったものじゃない、もはやヤケクソである。
「講義中に頬杖をつくんじゃありません! 講師の方に失礼です!! そんなだらしなく座るなんて、貴族令嬢とは思えません! 背筋を伸ばして足は揃えなさい!!」
「は、はい! 失礼しました……たしかにそうですよね。背筋を正すと気持ちも引き締まって、講義にも集中できそうです」
「歩く時はしっかり前を見なさい! 勉学のためとはいえ、本を読みながら歩くなど、他の方々に迷惑です!! 廊下は中央ではなく左側を歩きなさい! あと、淑女は大股で歩きません!!」
「は、はい! ごめんなさい……左側を歩くものなんですね。教えていただけて、とても助かります。ありがとうございます」
「制服は乱さずにきちんと着なさい! 暑いからといって、襟を開くんじゃありません!! なんですか、そのはしたない格好! 未婚女性が肌を晒すものじゃありません!!」
「は、はい! すみません……ベラドンナさまのおかげで、少しずつ淑女の心得がわかってきました。本当にありがとうございます」
彼女の着崩れていた制服を見かね、わたくしは一番上まできっちり襟を留め、リボンを整えてやる。
本当は一番上まで留めている生徒も少ないのだけど、このわたくしに整えられたら、暑くても着崩せないだろうという、極めて地味な嫌がらせである。
「はぁ、どうしてこんなに手がかかるのかしら、まるで子供の世話を焼いているようですわ。頭の出来は悪くないようだけど、貴族としての品位が欠片もありません……二度と同じことを言わせないでちょうだい! いい加減、恥を覚えることね!!」
「は、はい! お世話をおかけします……えへへ」
「ヘラヘラするんじゃありません! あなたが貴族らしくないと嫌味を言っているのよ! 少しは落ち込むなり、悔しがるなりしなさい!!」
「はい、ベラドンナさま! あたし、頑張って落ち込みます!! ………………えへ」
ああもう、彼女が健気で可愛すぎて、姑するのが辛い。
ここで現実逃避しつつ、改めてゲーム・シナリオの流れを確認しよう。
乙女ゲームでは、春夏秋冬それぞれに行事があり、攻略対象のフラグを立てるイベントがある。
【春の魔法薬学実習】【夏の魔物討伐演習】【秋の文化祭】【冬の聖夜祭】、最後にルートが確定する【卒業パーティー】だ。
そして、今からある講義が【春の魔法薬学実習】イベント。
乙女ゲームでは、このイベントでヒロインが高成績を修める。
そのことがきっかけで、高い能力を見込まれたヒロインは、生徒会役員の補佐として勧誘される流れになるのだ。
けど、前倒しですでに生徒会に入っているので、その点はまったく気にしなくていい。
気にするべきは、このイベントで彼女が成績一位になってしまうと、宮廷魔術師フェリクスのフラグが立ってしまうということ。
魔法薬学実習の講師として招いている特別講師は、宮廷魔術師の妻であり、フェリクスの母でもある。
一位の成績を納め、特別講師に気に入られると、フェリクスのフラグが立ってしまうのだ。
ゆえに、彼女が一位になることを断固阻止しなければならない。
打倒フェリクス・ルート! 推し以外のフラグは絶対に立たせない!!




