十五話
そのためには、成績一位をわたくし自身が獲得してしまうのが、最も確実な方法だろう。
わたくしには『古の魔女の血筋』という、魔法薬学に特化した生まれ持っての才能がある。
いくら彼女が優秀でも、学び始めたばかりで、まだまだ知識も経験も足りていない。魔法薬学に携わってきた年月が圧倒的に違うのだ。
わたくしが本気を出せば、この分野で負けることはまずないはず。
特別講師が教壇に立ち、【春の魔法薬学実習】イベントがはじまる。
「――以上の内容で課題を出しますので、すべての効能を満たす魔法薬を生成し、提出してください。順次、採点していき順位をつけます」
複数の効能を同時に満たす難解な課題。
頭を抱える生徒たちを後目に、誰よりも早く魔法薬を完成させて提出する。
「採点をお願いいたします」
わたくしが提出した直後――
「あたしもできました。採点お願いします」
「!?」
――予想よりも遥かに早く、彼女も魔法薬を提出したのだ。
実習室が騒然となり、生徒たちは信じられないといった表情で彼女を見る。
特別講師まで目を見開き、言葉をこぼす。
「これは驚きました。これまで講義してきた中でも最速の提出です。それが二人もいるとは……ですが、重要なのは完成度。厳正な採点をしましょう」
そう告げ、特別講師は魔法薬の解析を始める。
生成速度は僅差。
魔法薬の完成度次第では彼女が一位になってしまう可能性が出てきてしまった。
わたくしの採点が終わり、順位表に得点が表示され――99点の高得点。一人目なので当然暫定一位。
完璧だと思えた魔法薬のできだったのに、特別講師の採点は厳しく、満点を取り損ねてしまった。
続いて、彼女の採点が始まり、わたくしは気が気ではなくなる。
妙な緊張感で冷や汗が流れていく。
課題の効能の中には、癒し効果も含まれていた。
彼女の癒し能力は魔法薬にも反映され、ゲームでは高得点を取りやすかったのだ。
乙女ゲームの強制力でも働いていたらどうしようかと、焦燥感に駆られて不安になる。
惜しくも満点に足りなかった1点分――彼女が100点満点で、一位になってしまう可能性も0ではない……。
手に汗握り固唾を呑んでいる中、彼女の採点が終わり、点数が一覧に表示される。
提出順でわたくしの下に彼女の名前が表示され、得点は――90点の高得点。順位は二位。
それを目にした途端、強張っていた身体から力が抜け、吐息がこぼれた。
安堵したわたくしは目を閉じて一呼吸置き、気持ちを切り替えて再び目を開ける。
聴衆が見ている中、彼女を見下して居丈高な態度で鼻を鳴らし、悪役令嬢らしく振る舞うのだ。
「ふんっ、当然の結果ですわ。教養の乏しい元孤児になど、品位に欠けた卑しい女になど、このわたくしが劣るはずはありませんもの」
すると、彼女はわたくしを見上げ、薔薇色の大きな瞳をこぼれそうなほど見開いていく。
「やっぱり、ベラドンナさまはすごいです。99点なんて、もうほぼ満点じゃありませんか。さすがですね」
キラキラと目を輝かせ、ほんのりと頬を紅潮させて、それはもう嬉しそうに微笑むのだ。
もう彼女が可愛すぎて、こちらがどうにかなってしまいそう。
だけど、そんなに嬉しそうな顔をされては、周りから虐めているように見られなくなってしまうので、なんでもいいから難癖をつけて詰らなければ。
「あ……あなた、なんなんですか! いつもいつも、ヘラヘラと笑って! そうやって、わたくしを馬鹿にしているのでしょう!!」
「えっ! まさかまさか。あたしはベラドンナさまのことを尊敬しています!!」
彼女は慌てて手を振り、次いで拳を握って力強く断言したのだ。
「口先ではどうとでも言えますわ……どうせ、ご自分が特別だとでも思っているのでしょう! 嫌味で憎たらしいわたくしは殿下に相手にもされない、惨めな女なのだと思って嘲笑っているのでしょうね!!」
講義中だと言うのに気にせず、ヒステリックに喚いて見せると、唖然とした顔をする彼女が慌てて言い募る。
「そんなそんな、滅相もありません! ベラドンナさまに疎まれてしまうのは当然ですが、あたしがベラドンナさまを憎むなんてことはありえません!!」
力強く宣言した彼女はわたくしへと歩み寄り、真摯な眼差しを向けて訴えてくる。
「言葉は少し強くても、あたしは色々なことを教えてもらえて、本当に助けられているんです。ベラドンナさまに感謝こそさえすれ、憎むなんてとんでもないです」
わたくしの顔色を窺うようにして、彼女は眉尻を垂らし、困ったように微笑んで訊く。
「一途で一生懸命で、面倒見の良いベラドンナさまがあたしは大好きです……編入初日に迷っていたのを見かねて、校内地図を用意してくださったのも、本当はベラドンナさまなんでしょう?」
「なっ……!」
言い当てられてしまい、わたくしは開いた口が塞がらない。
なぜ、彼女がそう思ったのかわからず、言葉に詰まる。
「ベラドンナさまは文字も図表もお美しいですよね。ベラさまともよく似ていますけど……やっぱり、あんなに早く地図を用意できたのは、初日にあたしが迷っていたのを知っていた、ベラドンナさまだと思うんです」
「そ、それは……他の方々に迷惑になってはいけないと思って、仕方なくしたことです! 決して、あなたなんかのためにしたことではありません!!」
なんとか言い訳をしていると、彼女はやっぱりと呟き、可憐に微笑んで囁く。
「できることなら、あたしはベラドンナさまと仲良くなりたいと思っています。ベラドンナさまみたいになりたくて、少しでも近づきたくて、魔法薬学も猛勉強したんですよ。まだまだ足りないところだらけですけど、いつか認めてもらえるように、あたし頑張りますから!」
「っ!?」
健気可愛い彼女の笑顔に胸を打ち抜かれ、わたくしはたじろぐ。
うわあああああ! 愛されヒロインの健気スマイルの破壊力ヤバああああ!!
お願いだから、悪役令嬢のわたくしにその破壊力を発揮しないで! うっかり堕とされてしまいそうになるから! 光堕ちしちゃいそうになるから!!
わたくしは悪役令嬢だと己に言い聞かせ、どうにか持ち堪えて、冷たい目で彼女を睨む。
「人を侮辱するのもいい加減になさい! 誰があなたのような卑しい女と仲良くなんてするものですか! そうやって同情を引いて取り入ろうとしても、わたくしは騙されません!!」
辛辣な言葉を吐き捨てようと思うけど、丁度良い罵詈雑言が思いつかなくて、勢いに任せて叫ぶ。
「この、この……あなたなんて、あなたなんて大嫌いですっ!!」
わたくしがそう吐き捨てると、彼女は身体をビクリと震わせた。
「……ベラドンナさま……っ……」
それまではどんなに嫌味を言ってもニコニコと笑っていた彼女が、深く傷ついたような表情を浮かべ、大きな瞳を揺らめかせて呟く。
「……そうですよね……嫌いな相手にそんなこと言われても、迷惑なだけですよね……ごめんなさい……」
潤んだ目で泣かないようにと堪え、震えている彼女の姿に胸が抉られる。
う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ごめんね、ごめんね、ごめんね!!
純粋な好意100%で構成されている彼女を傷つけてしまった。
胸が痛い痛い痛い、痛すぎる。
こちらが罪悪感で精神的ダメージを食らって発狂しそう。SAN値がマジでエグい。
それでも、わたくしは悪役令嬢なのだから、言わなければならないのだ。
「このわたくしに馴れ馴れしくしようだなんて、卑しい女の分際で身のほど知らずにもほどがありますわ! 所詮は下賤な出生、己の分を弁えなさい!! ……ふんっ」
辛辣な言葉を吐き捨て、彼女の顔を見ていられなくなったわたくしは、憤慨した風に装って、逃げるように実習室を後にした。
どんなに嫌味を言っても健気で前向きな彼女には全然響かないから、何を言っても平気なのかと思いきや、悪役のわたくしが嫌いだと言っただけで、すごく傷ついちゃう。
そんな悲しそうな顔を見ていたら、彼女を抱きしめて全力で慰めたくなってしまうでしょうよ。
本当は彼女に嫌われないといけないのに、怖がられたり苦手に思われるくらいしないといけないのに、どうして上手くいかないの。
悪役令嬢ってどうすればいいの? もう加減がわかんなくて、しんどすぎて泣けてくる……ぐすん。
一方、静まり返っていた実習室。
「おほん」
特別講師の咳払いが実習室に響いた。
先ほどまでの怒涛のやり取りを眺め、固まっていた生徒たちが我に返り、慌てて魔法薬の生成に取り掛かる。
特別講師が立ち尽くしているロゼリアを見て促す。
「採点の終わった者から帰っていいですよ」
「あ……はい。あの、お騒がせしてしまって、ごめんなさい」
ロゼリアが講師や生徒たちへペコリと頭を下げ、足早に退室していく。
立ち去っていくロゼリアの目元から、煌めく雫がこぼれ落ちる。
それを目にした生徒たちは複雑な表情を浮かべた。
最近、人が変わったように苛烈になったベラドンナの姿や、ベラドンナを慕い健気に振舞うロゼリアの姿を見て、ロゼリアに同情の念を抱きはじめた生徒は少なくない。
「なんだか、ちょっと可哀想よね。少しくらいなら、認めてあげたっていいのに……」
「そうだよな。出生はともかく、魔法が使えて能力が高いなら、貴族として認められてもいいはずだよな」
「ご自分が殿下に相手にされないから、嫉妬して彼女に辛く当たっているのでしょう」
「ベラドンナさまって、あんなお方だったのか? 思っていたのと違う――」
ひそひそと噂話する生徒たちの背後から、特別講師が声を張り上げる。
「無駄話していないで、早く提出しなさい! 提出できるまでは帰しませんよ!!」
「「「は、はい!」」」
生徒たちは難題に苦戦しながら、【春の魔法薬学実習】をこなしたのだった。
◆
数刻後、特別講師用に設けられた控室。
「フェリクス、聞いてちょうだい! とんでもない逸材を見つけたのよ!!」
「わぁ、どうしたの? そんなに興奮するなんて珍しいね?」
フェリクスが控室に顔を出すなり、嬉々とした講師が鼻息荒く話しだす。
「ベラドンナ嬢よ! 古の魔女の血筋とはいえ、世代を重ねるごとに魔女の力は弱まり、今や家系図を飾る虚飾に過ぎないと思っていたけど、とんでもない……彼女は先祖返りもかくやの素晴らしい才能を持っていたわ!!」
見たことのない母の高揚ぶりにフェリクスは目を丸くする。
講師は目を爛々と光らせ、さらに捲し立てて語る。
「あの才能があれば、魔法薬学だけではなく、魔術研究も飛躍的に発展させることが可能なはずよ! ぜひとも我が家に迎え入れたい! 嫁に欲しいわ!!」
「えぇっ!?」
突然の母の発言に仰天し、フェリクスは狼狽えて言葉を返す。
「何を言い出すんだよ。彼女は殿下の婚約者だって知ってるでしょう?」
「それは知っているけど、不仲だともっぱらの噂でしょう。今日の講義の騒ぎでも、殿下は他の女生徒に入れ込んでいる様子だったわ。いつ婚約が解消されてもおかしくないでしょう? ねぇ、どうにかならないの?」
粘って詰め寄る母にフェリクスは苦笑いする。
「どうにかって……たしかに殿下は彼女を毛嫌いしているから、いずれ婚約は解消されるかもしれないけど……でも、ベラドンナ嬢は高嶺の花すぎて、伯爵家の僕がどうにかできるとは思えないよ……」
公爵令嬢を嫁に貰うとするなら、家格が見合うほどの功績を上げるなり、相当な努力をしなければならないのだ。
死に物狂いで頑張ったところで、望み通りに昇爵できるとも限らない。ましてや王家に次ぐ公爵家に見合う功績なんて途方もない。
「あら、あなたの父は身分違いを覆すだけの偉業を成し、宮廷魔術師の地位を手に入れて、わたくしを娶ったのよ」
フェリクスの父は元・下位貴族の六男。とてもではないが、上位貴族の令嬢を娶れるような身分ではなかった。
だがしかし、功績を上げて宮廷魔術師の地位を手に入れ、伯爵位を叙爵して母を娶ったのだ。
最初は父の一方的な懸想だったが、今では王宮でもオシドリ夫婦として有名である。
フェリクスは腕組みし、口元に拳を当てて考え込む。
「うーん。ベラドンナ嬢か……」
ロゼリアが入学してから、苛烈な態度をとるようになったベラドンナ。彼女に対してフェリクスは他の生徒たちとは違い、非難の感情ではなく同情に近い感情を抱いていた。
これまで、殿下と距離を置きつつも節度を持って接していたことを思うと、激変してしまった彼女の言動は、深い愛情の裏返しのように思えてならなかったのだ。
苛烈になってしまうほどの強い想いを抱え、否応なく激情に翻弄されるベラドンナ。けれど、他の女性たちのように殿下に纏わりついたり、迷惑になる行為は決してしない。
そんな彼女をフェリクスは嫌いにはなれなかったし、それほどの想いを自分が向けられたとして、不快とも思わなかった。
殿下への強い想いを持つベラノクスを間近で見ているからこそ、ベラドンナはベラノクスと似ていると感じていた。
殿下が体質のせいでベラドンナを拒絶していなければ、きっとベラノクスのように彼女も献身的に尽くしただろう。そう想像するのは容易だったのだ。
もしも、自分がベラドンナと共に歩める未来があるとしたら――。
そんなことを夢想して、フェリクスは思わず笑みをこぼす。
「どうなるかわからないけど、頑張ってみようかな……」
それこそ、王国最強の魔術師と謡われる父をも越えるくらいの努力が必要にはなるが。
「さすがはわたくしたちの子! 魔術研究のためなら何でもする、魔術マニアですわ!!」
「あははは。その言い方もどうかと思うけど、否定できないのが悔しいよ――」
魔術研究の進捗について談笑し、しばらくしてフェリクスは控室を後にした。
放課後、フェリクスが殿下の元へ向かう途中、急いでどこかに向かうベラドンナとすれ違う。
フェリクスはベラドンナを目で追い、後ろ姿を見つめて独り言ちる。
「僕を選んでくれるなら、全部受け止めて大事にするよ……」
フェリクスは向き直り、歩きながらベラドンナとの楽しい魔術研究の日々を夢想する。
ふと、生徒会で仕事をこなすベラノクスと殿下みたいな感じだろうかと思い浮かぶ。
真面目に黙々と仕事しているようで、時折議論したり、熱中している二人の姿。
ベラドンナともそんな関係になれたら、きっと幸せな毎日だろうなと笑みを深め、フェリクスは殿下の元へと向かうのだった。
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