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十二話

 推しカプ、きたーーーー!

 生きてる推しカプのリアルな出会いの瞬間、究極美麗な場面を心のキャプチャーに保存完了!!

 超絶美形と美少女が見つめ合う場面なんて、背景がキラキラ輝いて見えるし、花びらすら舞ってる気がするし、うわーうわー!!! (尊すぎて語彙力が死んだ)

 わたくしはスチル・イベントを間近で目撃できたことに、涙ぐむほど感激していた。


 ヒロインがおずおずと口を開き、言葉をこぼす。


「あ……あの、ありがとうございます。ふらふらしてて、ごめんなさい。もう放してもらって大丈夫です」

「あ、ああ……怪我がないようで良かった……」


 とっさに抱きとめていた手を放し、彼が戸惑いを浮かべた表情で彼女を見つめた。

 他の女性たちとは違い、彼女は魅了体質の影響を受けない。なので、嫌がる彼にまとわりついたりはしない。すんなりと離れて、彼女は距離を取った。

 これまでの女性たちとは反応が違うことに気づき、彼はひどく驚いた様子で彼女をじっと見る。


「……途中編入の新入生だろう。案内役とはぐれたのか?」

「はい……探し回っていたんですけど、見つからなくて……どこに行けばいいのかもわからなくて……」

「ここに校内の地図がある。渡しておこう」

「え……いいんですか? ありがとうございます!」


 泣きそうな顔で瞳を潤ませていた彼女が、パッと表情を明るくし、可憐に微笑む。


「地図だけではまだわからないだろうから、私が教室まで送っていこう」

「何から何まで、本当にありがとうございます!」


 彼女の花の綻ぶような笑みを見て、「あ、これは殿下も惚れたかもしれない」と思った。

 だって、一目惚れしてもおかしくないくらいの美少女の愛らしい笑顔なのだ。

 わたくしが彼だったら、いちころだったと思うし、彼が嫌悪し恐怖する女性たちとは明らかに違う。

 それがわかっただろうから。


 彼女をクラスへと送り届け、戻ってきた彼がどこか複雑な表情でわたくしを見つめて訊く。


「これで良いのか?」

「はい、完璧です! ありがとうございます、殿下」


 二人の出会いイベントは無事にクリアできた。大成功だ。

 わたくしは嬉しくなって満面の笑みで言う。


「言った通り、他の女性とは違ったでしょう?」

「まぁ、たしかにそうだな……あんな女性もいるんだな……」


 どこかホッとしたように呟き、彼は物思いに耽るように考え込んだ。

 彼の感触も良好そうで安心したのと同時に、わたくしは胸の奥がズキンと痛むのを感じた。

 女性に対してそんなに穏やかな表情をして考え込む彼を見たことがなかったのだ。

 ……ベラドンナのことだったら、絶対にそんな表情はしてくれない。

 胸を押さえて不可解な痛みに顔を顰めると、すぐに彼が気づいて顔色を窺う。


「ベラ……どうした? 体調が優れないか?」

「いえ、なんでもありません。授業の時間も迫っていますので、わたしはこれで失礼します」


 そう言って急いでその場を立ち去った。

 身体が熱く感じるのは、たぶん薬の時間制限のせいじゃない。

 胸の奥から湧き上がってくる熱い何か――これはきっと許されない感情。

 悪役令嬢としての溢れだしそうな激情――恋慕をわたくしは必死に押し殺す。


 彼を傷つけてしまう、こんな感情()なんていらない。早く消えてしまえ……早く、早く……。


 推しカプの運命の出会いを目の当たりにして興奮を抑えられない気持ちと、胸の奥がズキズキと痛む感覚とが入り混じる。


「……よかった。これで計画通り、推しを幸せに導けるんだ……」


 そう呟き、安堵するのとは裏腹に、胸の内で(くすぶ)り続ける熱に、わたくしは翻弄され続けるのだった。


 ◆


 昼食休憩の時間。

 生徒会室で彼の食事の支度を早々に済ませ、わたくしは自分の分のランチをいそいそと包んでしまい込んでいた。

 そんな様子を見ていた彼が首を傾げて訊く。


「忙しないな。どうしたんだ? ベラは食べないのか?」

「わたしは用事がありますので、今日は外出してきます。食器は戻ってから片付けますから、置いておいてください。あと、殿下に仮眠用の枕を用意したので、どうぞお使いください」


 手作りしてきた仮眠用の抱き枕(湯たんぽ付き)とフカフカあったかブランケットを取り出して彼に押し付ける。

 彼はきょとんと目を丸くし、次いで怪訝な表情をしてわたくしを見つめる。


「……なんだこれは?」

「冷え性な殿下用に作ってきた抱き枕です。中にお湯が入っているので温かいですよ」

「抱き枕って……いや、そうではなくて……」

「急ぎますので、失礼します」

「あっ、ベラ――」


 何やら物言いたげにしていた彼を置いて、わたくしはそそくさと生徒会室から出ていったのだ。


 ◆


 急いで向かったのは、あまり人が立ち入らない旧庭園。

 そこで辺りを見回し、探していたヒロインの姿を見つける。


 彼女は人知れないところで一人、涙をこぼしていた。


「ぐす……っ……」


 ヒロインとベラドンナは特別優秀な生徒が集まる、同じ特待生のクラスだった。

 彼女は入学試験も難なくクリアした、優秀な子であることは間違いない。

 そのため、ベラドンナとの一件も相まって、彼女を妬んだ生徒たちから嫌がらせを受け、昼食のランチをぐちゃぐちゃに汚され、食べられなくされてしまったのだ。

 

「ひぐ……ぐすん……」


 涙をすするそんな姿を目にしてしまえば、胸が詰まる。


 元孤児だった彼女は、事故で死にかけていた男爵夫妻をとっさに治癒魔法で救ったのだ。

 平民では使えるはずのない魔法を彼女が使えることに驚いた夫妻は、子供のいなかった彼らの家に養子として迎え入れた。

 目まぐるしい環境の変化に、彼女はさぞかし大変な思いをしていることだろう。

 貴族としての義務で学園にも入れられ、何もわからない場所でどれだけ心細いことか。

 それなのに、初日から散々な目に合わされるなんて、あまりにも不憫すぎる。

 せめて、お腹を空かせているのくらいは、どうにかしてあげたい……。


「君、途中編入の新入生だよね?」


 俯いていた彼女に声をかけると、ビクリと身体を震わせた。

 それから、そろりとわたくしを見上げ、困惑の表情で目を見開く。


「え……ベラドンナさま……?」

「その従兄妹のベラノクスです。ベラドンナとのことで大変な思いをさせてしまって、ごめんね。お詫びにもならないんだけど、良かったらこれ食べて」


 持ってきたサンドイッチの包みを開いて差し出す。

 彼女は渡された包みを見て、ぱちくりと目を瞬かせ、わたくしを見上げる。


「これ……こんなに美味しそうなの、もらってもいいんですか?」

「うん、どうぞ。あ、変なものは入ってないから安心して」


 一つ摘まんで毒見代わりにパクリと食べて見せる。

 「ほらね」とニッコリ笑いかけると、彼女もサンドイッチを手に取って、ゆっくりと口に運ぶ。

 もぐもぐと咀嚼するうちに表情が明るくなり、ごくんと飲み込んで彼女は言う。


「すごく美味しいです!」

「そっか、気に入ってもらえて良かった」


 涙が止まって元気な表情を見せる彼女にホッとし、隣に腰かけたわたくしは、申し訳なさに言葉をこぼす。


「ベラドンナがきつく当たってしまって、本当にごめんね……」

「いいえ、そんな……あたしの方こそ貴族の決まり事に疎くて、礼儀知らずで失礼なことをしてしまったので、叱られて当然です。高位貴族の方として、面子もあるでしょうし……」


 彼女はまるでベラドンナは悪くないと、何も間違ったことはしていないと言わんばかりに、苦笑いした。


「それに、さっきもベラドンナさまが他の方々を叱ってくださったおかげで、嫌がらせをされていたのも止まりました。実際は助けられているんです」


 わたくしは彼女にこそこそ嫌がらせする生徒たちを見つけ、激怒して叱責したのだ。


『わたくしの名を挙げ連ね、憂さ晴らしのように幼稚な行為で辱めて嘲笑うなど、なんて下品で卑しいこと……貴族として品位を欠いた恥ずべき行いです! 恥を知りなさい!!』


 それはもう、今まで見せたことがないような剣幕で。


『これからは、わたくしが彼女を躾けます。一切の口出しは無用。彼女に何かするということは、わたくしへの侮辱とみなします! 無礼者は断固として許しません!!』


 声高らかに宣言し、悪魔のごとき形相で周囲を睨みつけ、忠告したのだ。


『すでに見苦しい品位を欠いた行いをした者は、それ相応の処罰が待っているので、覚悟しておきなさい!』


 ギロリとそう脅せば、生徒たちは震え上がったのだった。

 ただ残念なことに、時すでに遅しで、彼女の昼食は駄目にされてしまった後だったのだけど……。


 そんな恐ろしい悪役令嬢の姿を目の当たりにして、助けられたと思える彼女はすごいなと感心してしまう。


「君は聖母のように慈悲深いね。いや、聖女だった」

「いえいえ、まさかまさか。ベラドンナさまやこうして気にかけてくださるベラノクスさまの方が聖人ですよ」


 驚いたように手を振る彼女の様子からは、打算的なものは感じられない。本心から言っているのだ。さすがは愛されヒロイン。


「あのベラドンナの悪魔の所業を聖人なんて言えるのは、君くらいしかいないよ……きっと、たぶん、いや絶対」

「悪魔だなんて、そんなそんな。女神もかくやのお美しさと高潔さなのに」

「人は見た目だけではわからないよ。見た目が良いに越したことはないかもしれないけど、貴族特有の外見至上主義なんてクソくらえだと思う」

「まぁ! 国一の美女と名高いベラドンナさまと似たお顔でそれを言いますか? ……ベラノクスさまは面白いですね。うふふふふ。ベラドンナさまも同じ考えなんでしょうか? いえ、だからこそ高潔なんでしょうね。ふふふ」


 楽しげにくすくすと笑う彼女に見惚れてしまう。

 一生懸命ベラドンナを良い方面に解釈しようとする彼女が、健気すぎて可愛すぎて、もう大好き。


「うふふ。あ、そうでした。名乗り遅れましたが、改めて。あたしはロゼリア・ローズクォーツです」

「ロゼリア嬢……ロゼリアさまと呼んでも良いですか?」

「はい、ベラノクスさま」


 居住まいを正して名乗った彼女が可憐に微笑み、可愛すぎてたまらなく癒される。

 こんなのもう、絶対に生徒たちから虐められないように守りたいし、他の攻略対象のルートを潰したい打算もあったりで、これからは一緒に昼食をとろうと誘うしかない。


「ロゼリアさま、明日からも一緒に昼食を――」

「駄目だ」


 彼女にお誘いの言葉をかけていると、背後から通る声でキッパリと断られた。


「「え?」」


 彼女と顔を見合わせ、首を傾げて聞き覚えのある声のした方へと、二人そろって振り向く。

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