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前世工作員は転生しても指令(ミッション)がお好き  作者: 寿多らんか


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8 エーリツ=ドゥ=オプティ=カプシックは好きなことだけして生きてゆきたいのに


 人生とはままならないものだ、とエーリツ=ドゥ=オプティ=カプシックはつくづく思う。



 目の前の少年は、先ほどまで、これで6歳だなんて信じられないほどの落ち着きと鋭さを見せていた。

 その彼が、まるで殻を破るかのように、自分に向けて年相応の笑顔を見せてくる。

 あまりのギャップに、「え、やば」と口に出さなかった自分をまずは褒めてやりたい。親父に聞かれたら2週間は魔道具に触らせてもらえない。いや、さっきの騒動で1ヶ月魔道具禁止は確定かも。


「その顔は、驚き、それから嬉しさか? あとは…面倒だとも思ってるな?」


 思わず、自分の胸に手を当てる。

 確かに、(え、やば)と思ったその中身は、不意のギャップへの驚きと、彼の感情に触れられたことへの優越感を帯びた嬉しさ、それから、これはきっと面倒なことになるぞという予感だろう。

 そんなに分かりやすかったか、と慌てて自分の顔を触ってしまう。まずい、口を開けっぱなしだった。


「ははっ、きみは本当に素直だね。貴族としては致命的なほどなのかもしれないな」


 あどけない笑みから放たれた辛辣な言葉がまっすぐ刺さったように思え、エーリツは俯き、今度は拳を己の胸に当てる。



 確かに、この少年の言う通りなのだ。

 かなり早い段階で、エーリツが根本的に貴族社会に向いていないことは分かっていた。周囲も、自分も。


 幼い頃から、自分の興味あるものには周りが一切目に入らないほど没頭し、興味のないものにはてんで身が入らなかった。

 これまでのところ、エーリツの興味は魔法と魔術にのみ、中でも魔道具に向いている。

 そして、エーリツにとっては運の悪いことに、『貴族にとっては普通のこと』に、まるで興味が持てなかった。貴族としての嗜みとされる教養や遊びにも。

 周囲の下級貴族の子らのように、上級貴族への憧れなんてものはまるで持てなかった。それどころか、17年生きた今でも、エーリツには身分の尊卑の感覚がいまいち分からず、人に対すれば、魔力量や魔法・魔術の技量の高低の方がよほど知りたくなる。


 もっとも、「だから興味のある世界の中だけで生きていく」と開き直れるほど、エーリツは突き抜けているわけでもなかった。残念なことに、周囲の目が気になる程度の社会性は持ち合わせているのだ。

 だから、生きづらいのだ。


 成長して、これはまずいと気がついてから、つまらないけれど必要なこと――貴族儀礼やマナーなど――は頑張って習得したし、工夫すれば、人の倍くらい時間と努力を費やしてなんとかなると気がついたが、幸いなことに、下級貴族の末端の三男坊には、そのコストをかけてまで習得すべきものはもうあまりなかった。

 だから、必要最低限のことはなんとかこなしつつ、後は社会の隅っこで好きなことだけして生きていくつもりでいた。そのつもりだったのに。


 十日ほど前、突然親父に呼び出され、嫌な予感とともに慌てて来てみれば、いきなり「執事になれ」ときたもんだ。エーリツには無理だと、ずっと前から分かっているはずなのに。

 なのに、すぐに修行とやらが始まり、魔道具工房に挨拶に戻ることもできず、師匠宛の手紙と言伝を頼むのが精一杯だった。


(そうだ。この少年に自分が貴族として欠陥品だと認めてもらえれば、親父も諦めてくれるかも)

 そう思いついて、パッと顔を上げると、少年はいつの間にかソファにゆったりと掛けていて、エーリツと目が合うととても楽し気に笑った。


「いやいや、きみを追い返したりはしないよ。できれば仲良くやりたいと思っている」


 もう全ての思考を読まれている気がして、エーリツは今更ながら、目の前の少年の年齢と振舞いのギャップが怖ろしいものに思えてきた。


「ははは、そんなに構えないで。

 僕もね、きみと同じ。いや、もっと酷いんじゃないかな。だって、生まれてこの方、ずっと孤児として生きてきたのに、ある晩に気絶したと思ったら、目覚めたら貴族の家にいて、お前は実は貴族だったんだと言われてね」


 目の前の少年の笑顔は実に穏やかで、身体を巡る緊張がだんだんと解けていく。そして、その口からゆっくりと紡がれる言葉は、エーリツの忙しなく動く頭にもしっかりと届いていく。


「きみのお父さんは()()言っていたけどね。僕には親の記憶なんて一切ないから、この身に貴族の血が流れているなんて実感があるはずもない。

 だから、まっとうな貴族として生きていくなんてできる気がしないんだよね」


(ああ、それは、確かに俺と同じかもしれない)

 壮絶な生い立ちが判明した彼と同視するなんて烏滸がましいのかもしれないが、()()()()()貴族になれそうもないという感覚は、確かに自分と同じなのかもしれなかった。


「でもね、だからって反抗する気もないのさ。そもそも反抗するご大層な理由もないしね。

 僕は、ただ、与えられた環境の中で、最大限、僕にとって心地よく生きていければ、それでいいだけだから」


 澄んだ紫の眼が言い切った言葉に、エーリツは思わず目を見開く。

 まっとうな貴族になれそうもないという思いも、周囲に逆らいたくないという思いも、確かに自分と同じだ。さらに、快適に生きていければいいという願いも同じ。

 でも、自分は、その願いを実現するために、なるべく貴族たちと触れ合わないような進路を選んだはずだ。この少年に仕えるということは、それに反することになるのではないのか?


「エーリツ」


 混乱しそうになる頭に、柔らかな声が凛と届く。

 エーリツは、ほとんど思考を手放しながら、紫の瞳を正面から受け止めた。


「そんなに難しく考えないで。

 言ったろ? 僕は、きみと同じ。

 だからね、エーリツ。僕はね、きっと、僕ときみとはうまくやっていけると思っているんだ。つまり、利害を一致させることができる、と。

 そのために、一つずつ解決していこう。あれもこれもと考えなくていい。きみは、僕の求めるままに応えてくれたらそれで大丈夫。

 まずは、自己紹介をしなさい。そして、あの警報音について報告を」


 柔らかいけれどぶれることのない、まっすぐな命令が、エーリツの耳から脳へと沁み込んでいくようだ。それが、エーリツにはもう心地よくさえ思えた。


(この少年の、いや、トーガシュ様になら、俺もお仕えできるかもしれない)

 促されるまま、何の気負いもなく、口を開く。


「俺、いえ、私は、エーリツ=ドゥ=オプティ=カプシックと申します。あの音は……」



◇ ◇ ◇


「ふむ。じゃあ、トーガシュ様は、お前が魔道具造りの腕を磨くことをお望みということか」


 常に冷静沈着な親父、いや、今やエーリツの上司にあたる”クラース様”が、楽しそうに呟く。

 

 トーガシュとの話し合いの後、エーリツは直ちにクラースのもとへと報告に来た。

 自分が改めてトーガシュから側近として望まれたということ、自分もそれを心から拝命したいということ。それから、「普通の貴族の在り様とは多少異なっても、互いの特性を生かした主従関係でありたい」と望まれたこと。何よりも、魔道具という特技を生かしてほしいと言われたこと。


 トーガシュの要望は、ありのままの自分でいることを認められたようで、エーリツにとってはとても嬉しいことだった。


「トーガシュ様は具体的にどのような魔道具をお望みなのだ?」


 興味津々といった様子でクラースが尋ねてくる。


(親父がこんなに感情を見せるのは、ピーリヒ兄さまが亡くなった時以来かもしれないな……)

 エーリツの長兄のピーリヒは、トーガシュの父パーニシュの側近として働き始めて間もなく、一家とともに襲撃に遭い、25歳の若さで亡くなった。当時、エーリツはまだ11歳だった。

 あの事件の直後であっても、父は淡々と仕事をしていたが、兄の葬儀の際は、静かに涙を流していた姿を覚えている。

 ちなみに、次兄のヌイールは、当時から今も、タカメッツ家当主ピメントの執事として仕えている。


(親父と兄貴と同じ職場ってのはちょっと嫌なんだよなぁ)


「エーリツ! 返事は」


 短い時間にもかかわらず遠くへ思考を飛ばしていたエーリツは、鋭い叱責に慌てて姿勢を正す。


「はい! 申し訳ありません!

 トーガシュ様は、んーと、具体的に何か、というよりも、ご自身も魔法や魔術を学びながら考えていきたい、といったようなことをおっしゃっていました」


「そうか。…くれぐれも仕事中にぼけっとするな。トーガシュ様に呆れられないといいのだが…」


「はい!」


 素直に返事をしながらも、エーリツは(呆れる、というか、もう俺のこの悪癖は見抜かれているんだよなぁ)とぼんやり思う。

 その上で、トーガシュには、「普段はぼんやりしても構わないから、僕が注意をした時は全力で僕に集中しなさい」と言われている。

 トーガシュの命令はシンプルで、『臨機応変』とか『その場の空気を読んで』とかが苦手なエーリツにとっては有り難い。


「その他、報告しておくことは?」 


「はい。トーガシュ様が10歳になられるまでに、私に執事としての平均以上の技能を身につけることを厳命されました。……つきましては、ご指導のほど、よろしくお願いいたします!」


(これに関しては全く自信がないんだよなぁ。でも「出来ない未来はないからね」とまで言われたし…。あれ? もしかして俺の人生結構ハードモードに突入しているんじゃ…)


 一抹というには大きい不安を今更感じながらも、エーリツは勢いよく頭を下げた。


 その姿を見ながら、父親が温かな目で微笑んでいたことを、エーリツは知らない。



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