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頑張ってね、小林君!  作者: もう無理だよ
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158_私とお嬢様とイナダの照り焼き


私の名前は田辺元気。男、独身、野望あり。



11月14日――


お嬢様の運転で山梨の有名なケーキ屋に向かいます。ドライブは快適でした。そもそも良い車なので座り心地も良かったです。


「イチゴのショートケーキをずっと楽しみにしていたの!」


今日のドライブの目的は私に会うことではなくケーキ屋だと思い知らされました。お嬢様と会ってそうそう気持ちが沈みます。


私は何を期待していたのでしょう…どんなサプライズが待っているのか…2週間ソワソワしていたなんて呆れます。


「田辺…もしかしてアタシの運転で酔ったの…?顔色が悪いわ」


「そんなことありません」


「そう…それならいいけど…帰りはアタシを助手席に座らせてね?あなたの運転をよく見てみたいの」


今日のお嬢様はハイテンションだと感じます。たとえ今日のドライブの目的がケーキだとしても私と一緒にケーキを食べたいと仰ってくれた…今はそのお気持ちだけで充分と考えましょう。




環お嬢様と婚約について話してから、私はずっと考えていることがあります。


――田辺には野心があったのにアタシのせいで遠回りさせたわ…だからアタシと結婚することで挽回できたらと思うし、もっと上に行けるように協力できたらと思ったの


――それが…結婚の返事ですか…?


――そうよ…他には何もないでしょ…?



お嬢様の言葉を思い返しては、ため息を繰り返すばかりです。


(私との結婚に気持ちはない…と言うことですよね…。当然でしょう、お嬢様が私に好意を寄せるなんて…考えても想像がつきません…)


「…はぁ……」


「田辺さん…浮かない顔してどうしたの?何か心配事?」


愛さんに心配されました。仕事中に上の空では怠慢ですね。


「いいえ、特に問題ございません」


「そう…?ならいいけど…ちゃんと眠れてる?」


最近は寝つきが悪いです。目の下のクマを気にしながら問題ない、と頷きます。


「ご配慮ありがとうございます」


(仕事をしましょう。ここで実績を上げれば私はさらに上に行ける)




11月25日――


東京で仕事をして、夜は環お嬢様と食事でした。食事や散策時はお嬢様が好きな話題…お姉さん、広瀬さん、小林さん、塩野さんの話を中心にします。


「今日はありがとう!すごく楽しかったわ」


「それは何よりです」


お嬢様は終始機嫌が良く、私も楽しかったと感じます。


「田辺……家に着いたら…連絡して?」


車のエンジンボタンを押そうとして、手が止まりました。


「…なによ?何か文句あるわけ?」


「そういうわけでなく…お嬢様が私の心配ですか?」


「…そうよ!夜道の運転は危ないのよ。教習所で習ったわ…昼間に比べて夜間は人影や車が見えづらくて…ペラペラ…」


「分かりました。安全を確認しながら慎重に運転し、家に着いたらご連絡差し上げます」


「えぇ、お願いね」


車を出します。


今日のお嬢様の服装はいつもの派手なミニワンピースではなく、地味ですが光沢のある落ち着いたデザインのワンピースでした。


(もしかしたら私に気を遣って下さった…?自意識過剰でしょうか?)


私は浮かれていました。

来月は繁忙期で忙しいですが、お嬢様はテストが終わったらこちらに泊まりに来てくれると言うし、私達の関係は着実に一歩ずつ歩み寄っていると感じていたのです。




そう思って過ごした2週間は全くの無意味でした。


『ごめんなさい、泊まりに行けなくなったって言うの忘れてた!』


(忘れてた…?お嬢様は私との約束をすぐに忘れる癖があるのですか?)


言いそうになって、口を抑えました。


『田辺…アタシは…あなたの仕事に対する身の入れ方に感化されたの…アタシも見習わなきゃって思って…今は遊ぶよりゼミの研究をやり遂げたいって思うの』


お嬢様は私が従業員に指示を出したり、お客様との接客を見たりして感化された、と言います。


「そうですか…それなら…仕方ありませんね」


お嬢様の視界に私は確実に入っている。今はそれだけで充分だと感じます。


「次に会う約束をさせて下さい」


12月25日、クリスマスに会うことを想定して休暇を取りました。お嬢様の運転手、川西さんと連絡を取り合って準備していたことです。


『…クリスマスってホテルは忙しいんじゃないの?大丈夫?アタシがそっちに行くわよ?』


「いいえ…クリスマスのプランも考えていますので…それではまた」


電話を切りました。

25日のスケジュールは考えてあります。体調管理だけ怠らないようにしましょう。




12月25日――


この日のために買ったカジュアルな服装に着替えます。クリスマスにお嬢様と会う約束をしてから私は毎日浮かれて過ごしていました。


そろそろ家を出る時間…と思った矢先、仕事用の電話が鳴り響きます。

愛さんからの電話でした。仕事を取るか、お嬢様と遊ぶか、すぐに判断できました。


「予定は特にないので、すぐに伺います」


カジュアルな格好から仕事着に着替えつつ、キャンセルの電話もします。

環お嬢様にも電話をします。


『まぁ、大変。別にいいわよ、無理して会う必要はないでしょう?』


「そう…ですか…」


私は勝手に思い込んでいました。20代の女性はクリスマスに予定が入っていないことに傷つくかもしれない…と。ですが、それは私の勘違いでした。私はお嬢様の恋人ではないのです。まして、SNSで自慢したいような彼氏でも婚約者でもない。ただの地味なサラリーマンなのですよ…私は…。


(何を浮かれていたのやら…せめて仕事はきちんとやりましょう)


フゥー、長い息を吐いて家を出ました。




19時過ぎ、やっと仕事が終わりました。すぐにお嬢様に電話をします。


『…今からこっちに来てどうするのよ?それに今は家にいないわ』


「それでは…どちらにいるのでしょう?」


『いまは…特別室の3番にいるわ』


「…はっ?」


(特別室の3番…?VIP室にいる…?私の聞き違いでしょうか…?)


『夜ご飯を作ったから早く来てほしい…』


(夜ごはんを作った…?お嬢様が…?私のために…?)


電話を切って、しばらく突っ立っていました。いえ、急いで向かわなければ…と思うのですが、足が思うように動かないのです。


「あっ!いたいた…」


愛さんが私に駆け寄り、環お嬢様のことを教えて下さいます。


「田辺さん、今日はごめんなさいね!環に田辺さんの疲れを癒す料理のリクエストをしておいたから…早く行ってあげて」


えぇ、とか何とか言って足がもつれそうになりながらヨレヨレと向かいます。




トントン、ノックしてお部屋に入ります。


「お嬢様…これは一体どういうことですか…?」


「サプラーイズ!」


部屋に入るとすぐにダイニングテーブルが見えます。その上はチキン、オードブル、ロールケーキ、サラダ、ブリの照り焼きが置いてあります。


「…ブリの照り焼き?」


クリスマスの定番メニューとしては考えづらいと思いますが…。


「ふふふ…そう…だってあなたはブリを目指しているイナダですもの!この話、覚えてる?」


前にお嬢様と話しました。自分自身を魚に例えるなら私は出世魚代表のブリがいいと言ったらお嬢様は私をブリになる二歩手前のイナダだと言い切りました。


ブリは大きさによって名前が変わる魚です。

「ワカシ」→「イナダ」→「ワラサ」→「ブリ」と変化します。


「…そんな話もしましたね…覚えています」


「そう?良かった。この照り焼きはイナダで作ったのよ」


「そうですか…」


「自信作だから温かいうちに食べてほしい。イナダで作っても見た目はブリの照り焼きそっくりだから、味も似たような感じなのかしら…?どう思う、田辺…?」


目の前の出来事が信じられません。美味しそうな料理に笑顔のお嬢様…私の妄想なのでしょうか…。


「…田辺?どうしたのよ?」


無意識にお嬢様を抱きしめようと動いていました。伸ばした手を引っ込めます。


「あぁ…えぇと…上着を…上着を掛けてきます」


落ち着きましょう。せっかくの楽しい雰囲気を壊すところでした、危なかったです。


「田辺…このシャンパンを飲みたいの…開けてくれる?」


「いいですね…私もちょうど飲みたい気分でした…」


適度なアルコールが大事な局面と感じます。


「えっ…?このシャンパン、ノンアルだけど…」


「…そうですか」


落ち着こう、と思えば思うほど、落ち着きません。困りました。


「お嬢様…音楽でもかけましょうか?」


クラシック音楽を流すことにしたら、やたらムードがある雰囲気になってしまいました。


「田辺…あの…アタシ…」


「…は、はい」


急にソワソワした様子のお嬢様に緊張して声がかすれます。


「お姉ちゃんにメリークリスマスって言うの…忘れた気がする…」


「…はっ?」




2008年12月25日、良い雰囲気だと感じているのは私だけで、環お嬢様は私と二人きりでも普段どおりでした





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