157_アタシと田辺とクリスマス_後編
11月25日――
寝る時間になって田辺から電話が入る。
『ただいま戻りました。すっかり遅くなってしまいましたが…お嬢様はもう寝る時間ですね?』
「よく知ってるわね」
アタシはベッドに入りながら返事する。
『愛さんに聞いています。環お嬢様は早寝早起きだと…』
「…田辺はいつも何時頃寝ているの?」
『私は…だいたい1時頃でしょうか?』
「そんなに遅いの…?」
『この時期は繁忙期ですから…あっ…ちょっとすみません…』
田辺は電話口をふさいで誰かと話している。マンションではなく、ホテルに戻ったようだ。
『…失礼しました。それでは、おやすみなさいませ、環お嬢様』
「…おやすみなさい」
私は携帯電話を置いて田辺のことを考える。今日は東京で仕事してアタシと夕飯を食べた後、帰ってからは山梨で仕事なのだろうか。
忙しい人なのだと改めて感じた。
12月に入って大学の試験が始まる。
試験が終わったら沙羅と山梨に遊びに行こうと約束していたが、沙羅は試験が終わっても卒論で忙しいと電話がきた。
『ごめんね~冬休みまでに仕上げないといけないから…遊びに行く約束してたのに~』
「仕方ないわ。実はアタシも冬休みまでにゼミの研究を終わらせないといけないのだけど、スケジュール通りに行ってないのよ。遊んでる場合じゃないって感じで…」
山梨に遊びに行くのはまた今度にしよう、と話し合って電話を切る。
(あぁ…そうだ…田辺にも連絡を入れないと…)
携帯電話を手に持って考え直した。
(この時期は田辺も忙しいって言ってたわね…。今度連絡が来た時に言おう)
アタシは試験勉強の続きをする。
12月15日――
やっと試験が終わった。
(これからゼミの研究に本腰入れるわよ!)
アタシはやる気に満ちていた。そんな時、メールの着信の知らせが入る。確認したら田辺だった。
『試験お疲れ様でした。今後の予定ですが、環お嬢様はいつ頃こちらにいらっしゃるのでしょうか?』
泊まりに行けなくなった、と連絡するのを忘れていた。アタシは慌てて電話する。
「もしもし…あの…田辺…遊びに行く約束だけど…」
『えぇ、早く予約を取らないと泊まれませんよ?』
「そのことなんだけど…ごめんなさい…」
アタシは今の状況を説明する。
『そういうことですか…それなら大学を優先に考えて下さい』
突き放した言い方だと思った。もしくは呆れたか…。
「田辺…あの…アタシは…あなたに感化されたの…あなたの仕事に対する身の入れ方…アタシも見習わなきゃって思って…」
田辺は無言だ。
「…田辺は社会人でアタシは学生だから立場が違うってことは分かってる…だけど目の前のことを一生懸命やろうって感じたの!」
『そうですか…お嬢様の気持ちは伝わりました』
(元の言い方に戻った気がした…ような…?)
『お嬢様…シフトが確定しましたので、次に会う約束をさせて下さい』
「えぇ…冬休み以降なら調整できるわ」
『そうですか…ということは24日以降ですね?』
(どうしてアタシのスケジュールを細かく知っているのかしら…?お姉ちゃんにも言ってないのに…)
疑問を問いかけた。
『運転手の川西さんから教えてもらっています。私がお嬢様のスケジュールを把握していることは嫌でしたか?でしたら川西さんから聞かないようにしますが…』
そういうことだったのね、と返事をし、別に嫌じゃないわ、と伝える。
『えっと…それで24日以降ということですので、25日はいかがですか?』
「クリスマスってこと?」
『はい…昨年は環お嬢様と一緒に過ごしていませんし…』
(一緒に過ごせなかったのは田辺がアタシを避けていたからじゃ…?)
『それでは当日、迎えに行きます』
「えっ…いいわよ…田辺は忙しいでしょう?アタシが行くからそっちで待ってて」
断われた。アタシの運転が怖いらしい。
『クリスマスのプランも考えていますので…それではまたご連絡差し上げます』
(クリスマスのプラン…?それは一体どんなプランよ…??)
電話が切れてしまった。もしかしたら忙しい時間帯に電話をしてしまったかもしれないが、せめて服装はどんな装いがいいか聞きたかったと携帯電話をしばらく見つめる。
25日――
アタシはお気に入りのワンピースに袖を通す。ヒョウ柄のコートもお気に入りで、ロングブーツに合わせるのが好きだった。
(アタシの好きな服装で良いって言われたけど…いつもの田辺の格好とアタシとじゃ不釣り合いじゃないかしら…?)
想像したら『ギャルと仏』という組み合わせになった。
(田辺と信頼関係があった女性従業員のような…きっちりしたスカートスーツにシンプルなアクセサリーの方が良いような気もするけど…)
そんなことを考えていたら田辺から電話がある。
『お嬢様…大変申し訳ありません』
「どうしたの?」
今日は休みだったが、ホテルでトラブルが起こり田辺が対応する経緯になったそうだ。
「そういうことね。アタシは平気だから仕事を優先して」
『ありがとうございます、トラブルが解決したらご連絡いたします』
「別にいいわよ…また今度会えばいいじゃない?」
『そう…ですか…』
「えぇ…それじゃあ…」
『お嬢様…やはり…ご連絡いたします。今日を逃すと次に会えるのがいつになるのか…』
(次に会えるのがいつになるのか…?別に来月でも再来月でもいいと思うけど…ダメなのかしら?)
『それではお嬢様、失礼します』
電話が切れた。携帯電話を置いてアタシは考える。
(前の婚約者、中原さんとは月に1、2回は会っていた…田辺はそれを知っているから同じようにアタシと会わなければ…と思い込んでいるのかしら?)
机の上のプレゼントを見る。今日のために買ったクリスマスプレゼントだった。
(田辺が忙しいならアタシがあっちに行けばいいじゃない)
プレゼントを鞄に入れて、アタシは家を出る。
山梨のホテルに到着した。運転中に田辺から電話があるかもしれない…と思ったが電話はかかって来なかった。
車を駐車場に停めてフロントに向かう。運よく姉の姿が見えた。仕事の邪魔をしないようコッソリと話しかける。
「環…どうしてここに…?」
お姉ちゃんに声をかけたら驚かれた。アタシは事情を説明する。
「田辺と会う約束だったけどホテルでトラブルが起こったからって言われて…それならアタシがこっちに来れば良いと思って来たんだけど…」
「そうだったの?田辺さん、環と約束してるなんて言わなかったのに…」
(アタシとの約束は言ってないんだ…別にいいけど…)
別にいいと思うのに気持ちが冷めていく。
「アタシ…やっぱり帰るわ…これ、田辺に渡しておいて」
鞄からプレゼントを取り出し、お姉ちゃんに渡す。
「ちょっと…私から渡せるわけないじゃない。今回のトラブルの原因は私なのよ」
「えっ…?」
「私が予約の確認ミスをしちゃったの…。宿泊する人数が増えてスタッフ一同、大慌て…。料理長もフロア係も人が足りてなくて、田辺さんが各部門のヘルプに回っているわ」
「そう…だったの…」
「本当にごめんなさいね!環と約束があるなら絶対に頼まなかったのに…予定はないって言われたからつい甘えちゃって…」
(田辺はお姉ちゃんのために頑張っているんだわ)
「お姉ちゃん…アタシも何か手伝う。アタシにできることはない?」
プレゼントは鞄にしまう。
「それなら環にしかできないことがあるわ!それをお願いしたい。ふふふ…」
「えぇ…何でも言って!」
アタシは今、VIP室にいる。このホテルにはVIP室と呼ばれる特別屋が三部屋あり、そのうちの一部屋だ。
「疲れている田辺さんを癒すのよ。今日はクリスマスだし、ディナーを作ってあげたら喜ぶと思わない?」
(アタシが田辺を癒す…?アタシの作ったディナーで田辺が喜ぶ…?)
お姉ちゃんは何か勘違いしている。アタシと田辺はそんな関係じゃない。否定しようと思ったけど、お姉ちゃんは忙しそうで話している暇がなかった。
とりあえず部屋のキッチンの前に立つ。運んでもらった食材を見ながら大事なことを思い出した。
(アタシ…和食しか作ったことがないわ!クリスマスって洋食よね…?チキンとかケーキとか…どうやって作ればいいのかしら?クリスマスに筑前煮なんて作ったらダメな気がする。アタシの得意料理なんだけど…)
携帯電話からレシピを検索し、運んでもらった材料を調理していく。
19時過ぎ、田辺から連絡がある。
『環お嬢様、ただいま終わりましたので、すぐにそちらに向かいます』
今から東京に向かったら21時前になってしまう…そんな時間に来てどうするのよ、と思う。疑問を直接ぶつけてみた。
『仰るとおりですね…申し訳ありません。その…顔を見たらすぐに帰りますから…待っていて下さいませんか…?』
「悪いけど…今は家にいないから」
今日一日、頑張った人に冷たい言い方をしてしまった。
『……それでは、今いる場所を教えていただけませんか?場所を教えていただければ伺います』
「アタシ…特別室の3番にいるの…」
『…はっ?』
「夜ごはんを作ったから早く来てほしい…アタシ、お腹ぺこぺこで…」
『…はっ?』
田辺は慌ててやってきた。
「お嬢様…」
「サプラーイズ!」
アタシは料理をテーブルの上にセットして田辺を迎え入れる。
「これは一体…どういうことなのでしょうか?」
田辺は料理とアタシを交互に見て驚いている。
「田辺が忙しいって言うからアタシがこっちに来ればいいと思ったのよ。料理はお姉ちゃんから食材をもらって適当に作ったわ…初めて作る料理だから味の保証はできないけど、いい感じじゃない?アタシ…料理はずっとお母さんから習ってて…」
田辺はアタシの話を聞いているようで聞いてない。アタシを見る瞳が変だ。
「田辺…?」
田辺はアタシに近づく。そのまま抱きしめれられる…と思ったけど、田辺は立ち止まった。
「あぁ、すみません、上着をかけてきます」
「……う…ん…」
なんだかドキドキして顔が熱くなった。
2008年12月25日、田辺相手にドキドキするなんて…クリスマスというイベントのせいだわ、きっと…
ディナー中の会話――
「お嬢様は昨年、私にクリスマスカードをくれましたね…覚えていますか?」
「…そうだったわね!確か…ケーキと一緒に渡したのかしら?」
「えぇ、そうです。カードの内容は覚えていますか?」
「えっと…クリスマスは一緒に過ごせないけど、いつもあなたのことを考えてるって内容だったかしら…?」
「はい…そうです…。私は最近、思うことがあるのですが、昨年のお嬢様の方が私のことを考えてくれていたように感じます」
「…そうかしら?そんなに変わらないと思うけど…?」
「変わらない…ですか…」
「えぇ…だけど…今年の方が田辺のことを考えている気もするわよ?」
「…そうですか?」
「えぇ…お姉ちゃんがよく田辺の話題をするから必然的に考えるわ」
「…そうですか」




