150_僕と父さんと写真立て
僕の名前は広瀬優斗18歳、男、彼女なし。アルバイトは雑誌モデル。高校3年生
12月6日――
ライアさんとトレバトで対戦した。
正直すぐに決着がつくと思っていたのに、思うようにプレーすることができなかった。
ハル兄がライアさんにトレバトを教えているのは知ってたが、それでも楽に勝てると思っていた。
僕が勝ったら、ライアさんは小林さんと個人的に会わないし、心の平穏が取り戻せて一件落着…なんて気楽に考えていたのに…冷や水を浴びせられた気分だった。
(僕…少し調子に乗っていたかな…?)
その後、小林さんにたい焼きを買ってもらい家に帰った。すぐに、お茶とたい焼きを用意する。
「……いただきます」
クリーム入りのたい焼きをかじる。少し冷たくなっていたけど美味しい。
小林さんにメールすると、すぐに返信が返ってくる。
『お疲れ様。優斗は雑炊が食べたいって言ってたのに、お土産にたい焼きを買って渡すなんて考えが足らなかったよな…無理して食べなくてもいいので、体調に気をつけて下さい』
僕の胃の心配をしているらしい。
『大丈夫です。最近は食べられるようになってきました。そんなに心配しないでください』
小林さんと何度かメールのやり取りをして大丈夫です、と言い続けた。
次の日――
宮永紗希さんと父さんのお見舞いに行く約束していた。待ち合わせ場所で待っていると、遠くから走ってくる女の子がいる。
「優斗さーん、遅れてすみません!」
今日も元気いっぱいと感じる。
「走らなくても良かったのに…」
「い、いえ…遅刻は人としてダメかなって…思って…だけど…苦しい…」
ゼハァ、ゼハァ、して息を整えている。紗希さんの呼吸が安定するのを待って僕たちは電車に乗って病院へ向かう。
仲野の病院に到着し、二人で父さんの病室に入る。
「まだ目は覚めないんですか?」
「そうみたい」
僕は窓を開けながら答える。
「…顔色は良さそうですね?」
「うん、前に来たときより良くなってる」
僕達が話していると部屋の扉が開く。
ガラガラッ…――
「こんにちは~」
女性二人と男性一人で面識はなかった。
「あらっ、紗希…?」
「お母さん…なにしてんの?」
紗希さんのお母さんとその友人がお見舞いに来てくれたらしい。会話を聞いて理解した。
「そっちの子は、もしかして伊織の息子の…」
僕は立ち上がって挨拶する。
「はい、息子の優斗です。初めまして、こんにちは」
「こんにちは、私たちは伊織と昔からの友達で、今は仕事仲間でもあるわ」
「優斗さん、私から説明します」
紗希さんのお母さんと奈々さんのお母さんと大輔君のお父さんだと紹介してもらう。
「優斗さんのお父さんが入院している、と母から聞いたんです」
「そうだったんですね」
紗希さんが僕の父さんに詳しい理由は、お母さんから情報を得ている、とのことだった。
「それにしても優斗君…すぐに伊織の息子だって分かったわ」
「僕…父さんと似てますか?」
「似てるけど…実はね~」
沖林さんが鞄から写真立てを取り出す。
「これ…伊織の仕事部屋に置いてある物を少し持って来たの」
何の写真だろう、と思ったら僕が写っていた。
(これ…小林さんが撮った僕とアジサイの写真…?)
座りこむ僕とアジサイが写っている。
「もう笑っちゃけど伊織のデスクって優斗君の写真ばっかり飾ってあるのよ」
「僕の写真が…飾ってあるんですか?」
「そうそう…確か…優斗君の専属カメラマンがいて、その人が写真を送ってくれるって言ってなかった?しかも写真立て付きで…」
「言ってた、言ってた」
(専属カメラマンって小林さんのことかな?小林さんが父さんに写真を送っていたってこと…?それも写真立て付きで…?どうして…?)
気になって聞いてみる。
「もし知ってたら教えてほしいんですけど…どうして専属カメラマンが写真を送っていたのでしょうか…?」
「私、聞いたことあるわ」
紗希さんのお母さんは写真立てをベッドの脇の机に並べながら教えてくれる。
「伊織からのリクエストだったらしいわよ。カメラマンさんに送ってほしいって頼んでるって聞いたことがあるわ」
知らなかった。父さんが兄さんにそんなことを頼んでいたなんて…。
「疲れた時は優斗君の写真を見ると頑張れるって言ってね、まぁ、倒れるぐらい頑張っちゃったのよねぇ」
僕は父さんを見る。ぐっすり眠っている父さんが少しだけ…ピクッと動いた。
「伊織…目が覚めたの?」
僕の勘違いかと思ったけど、沖林さんが父さんに話しかける。
「…ッ…ゆ…」
父さんが苦しそうに眉間にシワを寄せる。
「父さんッ!!」
それから誰かがナースコールのボタンを押して急にバタバタになった。お医者さんと看護師さんが来て、容体の確認と意識確認、僕は隅の方で突っ立てるだけだった。
「今から軽く検査をしたいので、ご家族以外は部屋を出てもらえますか?」
担当医の言葉に僕が一人残る。
「息子の…優斗です…よろしくお願いします」
挨拶して、僕はまた隅の方に移動する。
「優斗君…こっちにいらっしゃい…お父さんが呼んでるよ?」
担当医の先生に呼ばれて近づく。
「…ゆう…と……」
弱いかすれた声…久しぶりに聞く父さんの声だった。
「…意識もはっきりしていますし、少しなら会話も大丈夫です」
担当医と看護師さんは部屋を出ていく。
僕は体が小刻みに震えるばかりで先生たちにお礼を言えなかった。父さんが目を覚ました安心とイライラが交互に襲ってくる。
「…ッふぅ…ざけんな……よッ」
父さんの顔をまともに見れない。
「僕がどれだけ…心配したと…思ってるの?」
「…ご…めん…な」
「…謝って済む問題じゃないよ…!父さんは…いつもいつも…」
急に足に力が入らなくなって、僕はその場にしゃがみこんだ。父さんは思うように動かせない手を僕に伸ばす。
「ゆう…と…」
背中に回された父さんの手に反応して、僕は顔を上げる。初めて目が合った。
「心配…かけた…な」
げっそりと痩せた頬なのに…穏やかな顔つきだと思う。
「とう…さん…」
父さんはずっと背中をさすってくれた。
その後、父さんはまた眠ってしまった。
「優斗さん、入ります」
部屋をノックして紗希さんが病室に入る。
「お父さんが目を覚まして本当に良かったですね」
「うん、良かった…本当に…」
僕は椅子に座っていたので、隣に座って下さい、とジェスチャーで促す。
「優斗さんはお父さんに伝えたいこと…話せたんですか?」
「まだだけど、すぐに退院できるみたいだから…そのときに話すよ」
僕の言葉に紗希さんは驚く。
「すぐに退院できるんですか?」
「うん、年内にはできるって言われた」
「良かったですねっ!!」
「ありがとう…」
僕の目は赤くなってると思うけど、そのことに触れないでいてくれる気持ちが嬉しかった。
「今日はお見舞いに付き合ってもらったし、何か食べませんか?僕、おごります」
気がついたら、15時過ぎだった。
「気分転換に外に出たいし…安心したらお腹すいちゃって…」
「はい…私もすいてますっ!!」
元気いっぱいの声が返ってきた。
次の日――
父さんに呼ばれて学校が終わった後、病院へ向かう。
「父さん、入るよ?」
ノックして病室に入ると父さんは起きていた。
「呼び出して悪かったな」
「いいよ…僕も父さんに聞きたいことや言いたいことがあったから…」
コートを脱いで椅子に座る。
「そうか…それはちゃんと後で聞く。まずは僕から話していいかな?」
「…うん、いいよ」
「その…理恵から聞いたんだが…僕のせいでお母さんは出て行った…借金もあるって…紗希ちゃんに言ったって本当なのか?」
「…うん、言ったよ…」
下を向きながら答える。
「それは誤解だ!お母さんは…美穂は出て行ってないし、借金もない」
「…母さんは出て行ってない?でも家に帰ってこないし…。それに借金も…消費者金融の人から電話があって…取り立てられるし…」
「本当なのかッ!消費者金融って!?」
父さんはギョッとしている。
「うん、日野金融の金本って人に毎月決まった額を払ってるよ」
「そんなはずはない…もう全額返したはずだ…」
父さんは昔、借金もしたことがあるけど、今は借金とは無縁だと教えてくれる。
「その…金本って人の電話番号は分かるのか?教えてほしい」
「うん、このメモに書くね」
携帯電話で確認しながら書いていく。
「この人のことは…僕に任せてくれ」
腕を組みながら何かを考え始めた。
「…うん、分かった」
(頼りになる父親に見えてくる…)
「それから美穂のことは新年に話すってことでいいかな?」
「…うん、いいよ。そのかわり僕が納得できるまで話してね」
「あぁ、今まで美穂のこと…何も言えなくて悪かったな…」
「ホントだよ、なんで何も言ってくれないんだよ」
「美穂との約束があったんだが、まぁ…許してくれるだろう」
父さんは息を吐く。
「僕は…ダメな父親だな。加奈や理恵の方が立派だ」
「…そうだよ、駄目な父親だよ!でもこれから良い父親になってよ!!僕の父さんは一人しかいないんだから」
「あぁ…これから少しずつ頑張ってみるよ」
「そうだよ、頑張ってよ…それと…父さんに作ってきたんだ…」
僕は鞄からお弁当箱を取り出す。
「父さん痩せすぎだしさ…たくさん食べて早く元気になってほしくて…」
「お弁当か、じょうずに…」
出し巻き卵、コロッケ、おにぎり、ウィンナーなど定番のおかずを入れて作った。父さんはおにぎりを手にとって見つめる。
「これ…どうしてまん丸なんだ…?」
どうしてと聞かれても分からない。僕は昔からおにぎりは三角ではなく丸く作るのが好きなのだ。そのことを父さんに説明する。
「そうか…美穂が作ったのかと思った…そんなわけないのに…」
「父さん…?」
父さんは動かない。いや、少しだけピクピクしている。
「どうしたの…?大丈夫…?」
「…ゆうと…このお弁当…外のベンチで食べてもいいかな…?」
「えっ…いいけど…ちょっと待ってて…」
部屋の隅に置いてある車椅子を持ってくる。これに座って、移動しようと提案する。
中庭のベンチに座るが、すごく寒かった。
「ねぇ…大丈夫?寒くない…?」
「大丈夫だ…それより、優斗…僕は生きていて…いま…このお弁当を食べることができて…信じられない気持ちなんだ…」
父さんは車椅子から一本の太い木を眺めている。クリスマス用に飾られたライトが柔らかく点滅していた。
「…つまりどういうこと?」
父さんが何を言いたいのか分からない。僕はただ寒いなって思うけど、父さんは興奮していて寒くない、と言ってお弁当を食べている。
「あぁ…とても…懐かしい…優斗…ありがとう…」
「…うん」
目に涙を浮かべながら父さんはおにぎりを口に運ぶ。
10日――
仕事帰りの小林さんと仲野駅で待ち合わせをした。
「急に呼び出して…すみません」
僕はバイト終わりで待っていた。
「大丈夫だよ、水曜日はノー残業デーだから…それより付き合ってほしい場所ってどこだろう?」
小林さんはきっちりスーツを着て、きっちり髪の毛をアップにしている。
「あの…驚かないで聞いてほしいんですけど…父さんが倒れて今、入院してるんです」
「にゅ、入院?広瀬さんが…?い、いつ…?」
「えっと…11月の頭…ぐらいです…」
「それじゃ…もう一ヶ月ぐらい入院していたのか…」
「はい…父さんのこと言わなきゃな…と思ってたんですけど…なかなか言えなくて…。それで…これから病院に行くので一緒に行きませんか?」
「…へっ?病院に?い、行くよ、行く行く…。それより面会時間って何時まで?急がなくて平気?」
2008年12月10日、面会時間は余裕があるのに、小林さんに道中「早く、早く」と急かされて小走りで病院へ向かう




