149_私とタイガさんとドライブデート
私の名前は中川花音。23歳、女、大学4年生、彼氏なし
「どんな結末になってもいい、私はヒロ君に告白したい」
詩織を強い子だと思ったのが1年前。そんな詩織がチームを辞めてしまった。理由を聞いたら詩織らしい答えが返ってきた。
「私ね、このままチームにいてもヒロ君との関係性は変わらないって気づいたの。私はヒロ君に追いかけてほしい、私だけを見てほしい」
「そっか…どこに行っても応援してるからね」
「ありがとう、花音」
詩織はいつだって前向きに行動している。その行動に触発されて、私もタイガさんに告白しようと考えた。
だけど告白するといってもいつ言えばいいのか分からない。タイミングを測っていたら、時間だけが過ぎていた。
そんなある日、タイガさんから電話がかかってくる。
『…お願いがあるんだが…』
今度の休みに芹沢さんが働いている山梨のホテルに遊びに行くのでついてきてほしい、と言われた。
(き、来たっ!ついに告白のチャンスが来たんだわっ!)
「はい、私で良ければ…」
話しながら考える。
(だけど…どうして私を誘ってくれるんだろう…?芹沢さんに会いに行くなら増田さんや吉川さんを誘った方がいいんじゃ…?)
気になってしまいタイガさんに質問する。
「それは…増田さんや吉川じゃなくて…中川さんにお願いしたくて…理由は行きの車で話せたら…と…思います…」
「分かりました。何か理由があるんですね。お付き合いします」
「…中川さんには何でもお見通しだな」
タイガさんの言い方に悶絶しそうになった。
12月7日――
私は久しぶりに八百屋さんへと出かける。
「おじさん、おばさん、こんにちは!」
「あ~花音ちゃん~」
おじさんとおばさんが温かく迎えてくれる。
「花音ちゃん、柿あるよ~食べな~」
「親父…そんな時間はない…あの…中川さん、乗って下さい」
軽トラックの前に佇むタイガさんはカッコ良かった。今日はロングの革ジャンに白のタートルネック、細身のジーパンという装いだった。
「はい、お邪魔します」
おじさん、おばさんに挨拶して、軽トラックで出発する。
タイガさんは、慣れた手つきで運転している。山梨のホテルまで2時間らしい、ナビが教えてくれる。
車が走り出し、しばらくしてタイガさんは口を開く。
「あの…今日はありがとうございます。それで俺…考えが足りてなくて…中川さんを誘ってしまいました…えっと…つまり…中川さんは最近吉川さんと仲がいいので…もしかして…」
「…もしかして?」
「その…付き合っているのかと思って…俺…もしそうなら…後で吉川さんに連絡しないとって思って…」
「い、いえ…付き合っていません…」
「そう…ですか…それならいい…のか…?あっ、いや…その…吉川さんに誤解されたくないようなら…俺から後で連絡しますけど…」
タイガさんは私が吉川さんを好きだと考えている。
「タイガさん、私、吉川さんと付き合いと思ったことはありません。お気遣いは大丈夫です」
「そう…ですか…」
タイガさんは「私がタイガさんを好き」とは微塵も思っていないようだ。そのことに特別ショックを受けることはなかった。
私はタイガさんにとって「八百屋のお客さん」という立場から「知り合い」という立場になった。今では「相談できる人」に変化している。私は確実にタイガさんとの仲を深めているという自覚があった。
「タイガさんは私と出かけてもいいんですか?もし好きな人がいたら誤解されるかもしませんよ?」
「…わざと言ってますか?そんな奴いませんよ…というか…女子全般が苦手で…いや、中川さんは別ですけど…」
嬉しかった。タイガさんの何気ない一言で私は悶絶する。
「あの…大丈夫ですか…?もしかして…車酔いですか?」
「いえ…大丈夫です…」
意識を失うところだった。危ないし、もったいない。私は気持ちを引き締めた。
「タイガさん、サンドイッチを作って来たんです。お昼に食べませんか?」
「本当か…?ですか…?じゃあ…この先に湖があるので…そこで食いてぇ…食べたい…です」
高速道路を降りて、景色のいい場所を探す。
「私、軽トラックの荷台に座って食べたいです」
「俺は大丈夫です…けど…寒くないですか…?」
寒くないです、と伝えて、湖が見える駐車場でサンドイッチを食べることにした。
「お好きなものをどうぞ」
「うまそう…です…」
野菜をたくさん入れて作った。バナナが好きなタイガさんのためにフルーツサンドも作った。
「全部うまいけど、バナナが入ったサンドイッチが…特にうまいと…思います」
タイガさんはモリモリ食べている。
「それで…今日の目的ですが…戸矢崎にお礼が言いたくて山梨に行くんです」
「そうだったんですね!私はてっきり芹沢さんに会いに行くのだと思っていました」
「それも…あります…けど……俺は戸矢崎にお礼がちゃんと言えるか…じゃなくて…伝わるか…分からなくて…」
タイガさんの話を要約すると、戸矢崎さんにお礼が言いたいが、戸矢崎さんに自分の気持ちが伝わるか不安だ、と言うことだった。
「戸矢崎とは本当に相性が悪くて…」
この前も電話したが、ことごとく怒らせてしまい、しまいには黙っていることにした、とのことだ。
「…電話をしている最中に黙っていたんですか?」
「そう…です…口を閉じていたら…話がいい方へ転んで…だけど今日はお礼を言うから…黙っているわけにも…いかない…だろうと…それで中川さんの意見が聞きたくて…女性だし…俺のことよく分かっているし…」
「僭越ながら…タイガさんのことを一番理解している女は私だと自負しております」
「ははっ、俺も…そう思います…」
タイガさんが笑ってる。悶絶しそう。
「あの…大丈夫ですか…?貧血…とか?あっ、俺…温かい飲み物買ってきます…」
タイガさんは軽い身のこなしでトラックから降りてそのままダッシュする。
(危ない…気をしっかり持つのよ、花音…ここで倒れるわけにはいかない…!)
そう思った矢先、タイガさんが戻ってきた。
「…何が飲みたいか…聞くの忘れて…戻ってきました…何がいいで…しょうが?」
(ショウガ…?どうしよう…可愛すぎるよ…)
「あの…中川さん…?」
考えるフリをして私は気持ちを引き締めた。
飲み物を買って来てくれたタイガさんにお礼を述べながら自分の考えを伝える。
「先ほどの…戸矢崎さんにお礼を伝えたいと言うことですが、タイガさんの正直な気持ちを素直に伝えればいいと思います」
「素直な気持ちを…?いや…俺が一言でも話すと…戸矢崎が怒り出すんだ…」
「それは…戸矢崎さんは本当に怒っているんですか?」
タイガさんはちんぷんかんぷんという顔をする。
「えっと…戸矢崎さんはタイガさんのために色々と手を尽くしてくれたんですよね?嫌いな相手のためにそこまでするでしょうか?」
「俺には…よく…分かりません…戸矢崎が…アイツが何を考えているのか…それに…俺は…戸矢崎に酷いことをして…それも…ちゃんと謝ってなくて…いや、謝ろうとしたが…謝らなくていいと言われて…俺にはさっぱり…アイツが何を考えているのか…本当に分からない」
戸矢崎さんはタイガさんに対して複雑な感情を持っているようだ。
実は私も少しだけ聞いたことがある。戸矢崎さんがドッグタグのマネージャーをしていた頃、いじめに遭っていたと…その主犯格がタイガさんだと…信じられなかったけど、当時のタイガさんは荒れていた、という話だった。
「タイガさんの話を聞いて思うのですが…私には戸矢崎さんが怒ると思えないんです。ましてタイガさんがお礼を言って怒る人でしょうか…?」
タイガさんは頭を押さえて色々と考えているようだ。
「分かった…分かりました…俺…素直に…戸矢崎にお礼を伝えてみようと…思います」
「はい、私も微力ながらお役に立てるよう努めます」
「ありがとう…ございます…中川さんが今日来てくれて…一緒に来てくれて…良かったです…」
「お礼はまだ早いですよ。そろそろ行きますか?」
「あぁ…だけど…もう少し…湖を眺めていたい…です…」
「…そうですね」
荷台から見る湖には富士山が映っていて、ずっと眺めていられるな、と思った。
山梨のホテルに到着する。
私とタイガさんがロビーに入ると、芹沢さんがフロントから手を振っている。
「芹沢さん…かっけぇ…」
「はい…本当に…」
私は久しぶりに芹沢さんを見る。芹沢さんの仕事用のスーツはよく似合っている。二人でゆっくりとフロントに向かうと芹沢さんは一礼する。
「本日はお越しいただき誠にありがとうございます」
「芹沢さん…今日は忙しいのに…無理言って…」
「なに言ってるの、僕は不破君と中川さんに会えて嬉しいよ。後でイザヨイ君も不破君に会いたいって言ってた」
「イザヨイさんですか…?俺、先に会いたいです」
「うん、先に案内しようか…。中川さんは愛ちゃんが待ってるお部屋に案内するね」
芹沢さんの一言でスタッフの一人が私の前に立つ。タイガさんと芹沢さんに会釈して、スタッフの後ろを歩く。
「愛さんはこちらの部屋にいます」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりお過ごし下さい」
案内してくれた男性は良い人だった。コンコン、ノックして部屋に入る。
「あらっ…中川さん…?」
「こんにちは、お久しぶりです」
私が来た理由を戸矢崎さんに伝える。
「そうだったのね…ごめんなさい、私たちの面倒に巻き込んでしまって…」
私はコートを脱いで、ソファに座る。
「大丈夫です…実はラッキーというか…タイガさんとドライブデートみたいで嬉しんです…図々しいですよね…?」
「そんなことない…私、中川さんのガッツが好きだわ」
「えっ…?」
「だって…ずっと不破君が好きで頑張っているでしょう?大変だったと思う。不破君って女心が分かってないからたくさん傷ついたんじゃない?」
「そう…ですね…初めはタイガさんの何気ない一言にグサリとやられてましたけど、私…何もしないで諦めちゃダメだってタイガさんに教わったんです…だから…たとえ、いばらの道だとしても進んでいこう、歩いてみようって決めたんです」
「そう……不破君に告白するの?」
「そのつもりですが、タイミングが分からなくて…」
戸矢崎さんが紅茶を淹れてくれる。
「あの…近いうちに告白したいと考えているのですが…何かアドバイスがあれば教えていただけませんか?」
「そうねぇ…うーん…」
戸矢崎さんは考え込んでしまった。
「ねぇ…そもそも不破君の何がいいの?まずはそこから教えてほしい」
予想外の返答だった。
2008年12月7日、帰り道、戸矢崎さんのアドバイスに従って告白しようと思ったが勇気が出ずに言えなった…私って意気地なしだ…




