144_俺と優斗と秋休み
俺の名前は小林匡宏。27歳、男、独身、彼女なし。
11月9日――
テスト勉強を教えると言って優斗の家にやって来た。到着した途端、見せたいものがあると言われる。
「実は僕…大学に受かったんです!」
合格通知表をバーンと広げる。
「大学に…受かったのか…?そうか…本当に良かった…おめでとう」
「へへっ…ありがとうございます…」
スッキリ晴れやかな顔を久しぶりに見る。
「優斗…そのまま写真を撮りたい…動かないで…」
キョトンとしていたが、いざ写真を撮るとドヤ顔をしてくれた。撮った写真を眺めていると優斗がためらいながら話を始める。
「小林さん…僕…トラのマーチ交流会の活動内容のことを…ちゃんと決めることができたんです」
「…そうなの?」
携帯電話をポケットにしまって聞く体制を整える。
「はい…この前…トレバト夏季大会のDVDを見た時…やっぱり僕は大会に出場したいなって思いました。そのためにも活動内容は変更せず…今まで通りの活動を継続していこうってハッキリ思えたんです…」
「優斗…」
「それに…大学に合格したことで…気持ちが楽になったというか…大学進学することで…交流会の活動を変更する必要がなくなったというか…逆に父さんに大学進学のことを言えて良かったと言うか…」
優斗が一生懸命話してくれる。少し疑問に思うところもあるけど、色々と考え抜いて出した答えなら俺はそれでいいんじゃないかと思う。
「うん…それじゃ…活動変更はなしってことで…いいんだな…?」
「はい!」
「分かった」
なんだかお祝いがしたい。
「俺…甘いもの買って来ていい?ついでに飯も買ってくるよ。何か食べたいものある?俺が作ってもいいし…」
「そうですねぇ~何がいいかな…?」
散々迷ってアイス、と言われた。
11月23日――
優斗の学校の文化祭に春樹さんと二人で参加する。駅で待ち合わせして、一緒に高校まで歩いていると、校門の前が騒がしい。
「ユウ君…すごい目立ってるね~」
「そうですね…芸能人って認識が本人にないのかもしれません」
優斗が大勢に囲まれているのだ。
「それにしても…見ない間に背が伸びたね…でも…痩せた?」
「はい…進路やバイトのことで色々と悩みがあったようで…食べれなくなったって聞いてます」
食べても戻してしまうことがある、食べたくても食べれないものがある、と補足する。
「そっか…聞いといて良かった…。ユウ君が食べる時は…注意が必要だね…」
「そうですね」
校門前で大勢に囲まれていた優斗は俺たちを見ると駆けてくる。そのままクラスの模擬店や喫茶店に案内してくれた。
久しぶりの文化祭に春樹さんはテンションが高かった。俺も楽しかった。
文化祭が終わりホームルームがあるという優斗は学校に残り、俺と春樹さんは駐車場に向かう。春樹さんは車で来ていて駅の近くのパーキングにとめたそうだ。
11月の空は晴天で太陽のまわりに白く輝く輪が見える。
「あのさ…言いたいことがあるんだ…」
「…はい…」
春樹さんの言いたいこと、俺は薄々と感じている。不破さんや増田さんから電話が何度かあったし、愛さんとも電話で話した。
「もう知ってるかもしれないけど…匡宏には直接、伝えたいなって思ってて…僕は今月からドッグタグに戻ったよ…リーダーとして…戻った」
「はい」
「本当は戻るつもりはなかったんだ…ただ昔を懐かしんで…思い出に浸るぐらいで…だけど…」
春樹さんは立ち止まって足元を見ている。ドグダーマーチンの革靴の下に色づいた葉っぱが落ちていた。
「たまに…過去に立ち返ることがあって…忘れていた記憶がよみがえることがあって…君にした…酷いことも申し訳ない気持ちになるし…今さらどの面下げて君に会えばいいのかも…いまだに分からない…。こんな僕が…チームのリーダーになって本当にいいのかって不安にもなる…だけど…こんな僕だけど…ドッグタグのメンバーは温かく迎え入れてくれて…リーダーとして認めてくれて…だからここで匡宏にちゃんと言いたいって思う」
春樹さんは一息ついて横にいる俺を見る。その瞳が穏やかだった。
「僕はもう二度と同じ轍は踏まないよ…リーダーとしてふさわしい言動を心掛けます…だから僕のこと見ててほしい…間違ったことをしたら間違ってるって言ってね…他のチームのマネージャーに頼むことじゃないのは分かってるけど…」
「そんなの…いいに決まってるじゃないですか」
「フフッ…ありがとう…」
「いえ…俺も…春樹さんに言いたいことがあって…俺のわがままを一つ聞いてくれませんか?」
何でも言ってよ、と歩き出す春樹さんの後に続きながら俺は伝えた。恥ずかしかったけど、俺の大事な肩書のために口を開く。
「…そんなこと?」
「俺にとったら大事なことなんです」
「ハハッ、分かった…約束する…僕の忠犬は一人だけ…君だけだよ、匡宏」
俺は伝える…忠犬という愛称は他の人に使わないでほしいと…。
昔は忠犬ヒロ公と呼ばれるのが好きじゃなかった。むしろ嫌いだった。だけど今はその肩書に愛着がある。
「君は面白いね」
春樹さんはジャケットに差し込んでいたサングラスをかける。昔と同じ光景のまま変わらない…春樹さんは永遠に俺の憧れだ。
その後、優斗が合流して山梨のホテルに向かう。
ホテルの部屋に到着して、荷ほどきしている優斗に声をかける。
「体調に問題ないか…?文化祭の後だし…」
「大丈夫です」
本人は明るい表情だけど、もしかしたら疲れが溜まっているかもしれない。俺は心配になる。
「ちょっとだけ体を休ませたら…?お昼寝じゃないけど…横になると眠くなるかも…」
「えっ…大丈夫ですよ…眠くないですし…」
「まぁまぁ、そう言わず…」
俺は優斗の肩を押す。
「じゃあ…何か話して下さい…目をつぶって聞いてますから…」
「話し…?何の話しがいいかな…?」
ベッドにもぐって横になる優斗の隣に俺も寝そべる。
「…俺が…眠くなって来たよ…」
「もぉー兄さんが昼寝をしたいだけじゃないですかー」
優斗がプンスカしている声が遠く聞こえる…完全に寝てしまうかもしれない…だけど心地良くて…俺は目をつぶる。
「小林さん…」
「…ん?」
「ホームルームで…佐藤のきな粉モチ君に言われました…。広瀬の兄ちゃん達はカッコ良くて優しそうで羨ましいって…。僕…一人っ子だから…そんなこと言われたの初めてで…でも…嫌な感じじゃなくて…ちょっとだけ…自慢しちゃいました…。勉強も教えてくれるし、ご飯も作ってくれるって…」
「そうか…」
「はい…今日は文化祭に来てくれて…ありがとうございました…」
今日はやけに素直だな…と思ったところで、俺は完全に眠ってしまった。
「…きて…さい……おき……くだ…い…お…て…くだ…」
遠くから優斗の声が聞こえる…体が揺すられて…心地良い…。
『匡宏…起きて…』
目が開く。
「…春樹さん?」
メガネをかけても春樹さんはいない。呆れ顔の優斗がいるだけだった。
「もしもし…ハル兄…?ヒロ兄が起きました…すごいですね…一発ですよ…」
優斗の話を聞く。俺を揺すっても声をかけても起きる気配がないから、春樹さんに電話をしたと…そしたらすぐに目覚めたと…。
「そっか…悪かったな…起こしてくれて…あり…」
俺はハッとする。
「なぁ優斗…さっき俺のことヒロ兄って呼んでなかった…?」
「…さっき小林さんが寝る前に…今日は俺のことをヒロ兄って呼んでほしいって言うから…まぁ今日ぐらいなら…と思って…」
まったく覚えていない…だがしかし…良い仕事をしたと思う。
「…なにニヤニヤしてるんですか…お風呂に行きますよ!」
「はい…行きましょう…」
風呂に入って夜ごはん――
俺は早々に酒が飲みたくて部屋に設置されているバーカウンターに移動する。愛さんとくだらない言葉の応酬を繰り返して、それを聞いてる春樹さんが笑ってて…この雰囲気が懐かしかった。
「…愛ちゃんにお土産があるよ…」
そう言って春樹さんは果物が入ったバスケットを持って来る。
「これは…もしかして…不破商店から…?」
『不破商店』とは不破さんのご実家の八百屋さんだ。
「ご名答~。ちなみにメッセージカード付きだよ」
春樹さんは笑ってるけど、不破さんが愛さんに果物を贈るなんて…二人の関係は良好なのだろうか。
(愛さんの表情を見ているとそうでもなさそうだけど…)
その後、優斗の誕生日を祝う。カエルのケーキに18のロウソクを灯して…。
「ユウ君…明日は日の出を見に行こうと思うけど…どうかな?早起きになっちゃうから…やめておく?また今度にしようか…?」
「僕…見たいです…」
「オッケ~、匡宏が運転してくれるって話しだから…」
(明日は6時起きか…こんなに酒を飲んで起きられるんだろうか…?)
「春樹さん…スペアキーを渡すので…明日起こしに来てもらえませんか?俺…春樹さんに起こされたら一発で目が覚めますから…お願いします!」
「仕方ないな~じゃあ…リクエストに応じて…叩き起こしてあげるとしよう」
「あの…普通に声をかけて下さいね…?」
2008年11月24日、春樹さんに起こしてほしい、と頼む俺を優斗が呆れて見ていたけど…仕方ない…俺は一人じゃ起きられない…




