139_俺とロボット優斗と握手会
俺の名前は小林匡宏。27歳、男、独身、彼女なし。
11月8日――
田中さんと一緒にトレバト4制作発表会に来ていた。その途中、遠藤さんから電話がかかってくる。
『優斗が休憩中に泣いてたんだよ…何か理由を知っているかと思って…』
「またですか…?一体どうして…?」
『最近の優斗は見ていて危なっかしい…。気持ちが乱れているというか…思春期の不安定さを感じる…』
「そうですか…俺、今日は撮影所に迎えに行きます。明後日から学校のテストだって言ってましたから、ついでに勉強会もしたいと思ってて…」
『あぁ、助かるよ…頼んだぞ』
はい、と返事をして、田中さんに事情を説明する。
「ユウ君が?それは心配だね。俺は一人でも平気だよ。午後から芹沢さんや水野君も来るし」
午後からドックタグのメンバーと合流すると田中さんは言う。
「皆さんによろしくお伝えください」
「うん、分かった。気を付けて帰ってね」
足早に会場を後にする。会場から駅まで歩いて15分かかる。その間、優斗に電話をかけてみた。
「もしもし、小林だけど…」
『…ッ………ッぅ…』
優斗は何か言いたいのに言葉が出てこない、まるで日本語を忘れてしまったかのようだ。
「優斗…?どうした…?具合悪い…?遠藤さんから連絡があって…」
『もしもし…小林さんですか…?ライアです』
「ライア君…?あの…優斗の調子が悪いみたいなんだけど…大丈夫かな?」
『はい、心配しなくても広瀬君は大丈夫ですよ…俺もついていますから…』
ライア君は頼りになる先輩だな、と感じる。
「そうか…ありがとう。今から迎えに行こうと思っているんだけど…」
『広瀬君のお迎えに来るんですか…?でも…広瀬君なら大丈夫だと言ってますよ?』
「そうか…それならいいんだ…。じゃあ、優斗によろしく伝えておいて」
迎えに行く必要がないなら、トレバト4の制作発表会に戻ろうかと立ち止まる。考えていると優斗から電話がかかってきた。
『さっきはお電話ありがとうございました。あの…今日も泊まりに行っていいですか?甘いもの…何か買って行きますね!それじゃ…』
俺は状況についていけない。
だが、泊まりに来るならもう帰らないといけない。甘いものを楽しみに部屋の掃除を頑張ることにした。
20時過ぎても優斗はウチにやって来ない…電話しても繋がらない。
「おかしいな…」
撮影が伸びているのかもしれないと考え遠藤さんに確認する。
「今日の撮影はまだ続いていますか…?」
『いや、とっくに終わってる…なんでだ?』
優斗と連絡が取れません、なんて言ったら遠藤さんはパニックを起こしそうだ。無難に話しを切りあげて、俺は駅に向かうことにした。
21時を過ぎても電話は繋がらない。
本当に嫌な予感がする…と感じた頃、優斗からの着信が鳴る。
「ゆ、優斗ッ…?いまどこ?大丈夫か…?」
『……ッ…』
聞きとれない…ガチガチと歯が鳴っている音だけ聞こえる。
「優斗…ゆっくり話してみて…」
『こ、こ、は、仲野、の、病院、で、す…。ぼ、く、は、こ、こ、に、い、ま、す』
(仲野の病院…?)
「タクシーで行くから…10分そこにいて」
分かりました、一語一語ゆっくりと言われた…ちょっとだけ…怖かった…まるで壊れたロボットと話していると感じたからだ。
仲野の病院に到着して正面玄関を見ると、優斗がボッーと突っ立っていた。急いで駆け寄る。
「優斗、大丈夫か…?」
全身を見る。ケガはしていないようだ。
「兄さん…寒い…」
言うなり俺に抱きつくから驚いた。
「…ちょっと待て…顔が真っ赤じゃないか…耳も…赤くなってる」
パーカーに触れると冷たくなっている。
(一体なにが起きたのだろうか…って、悠長に考えてる場合じゃないな…)
乗って来たタクシーに優斗を連行する…引きずるようにして…。
タクシーに乗っても優斗は俺から離れない。
「兄さん…寒い…」
壊れたロボットのように同じセリフを連呼している。
「お客さん…暖房入れましょうか…?弟さんが寒そうにしているし…」
「すみません…お願いします…」
タクシーのおじさんにお礼を言いながら俺は自分のマフラーを優斗に巻きつける。顔が真っ赤だ。熱が出ているのかもしれない。
「兄さん…寒い…」
「もう少しで着くからな…」
着ているコートも脱いで優斗に着させたいが俺に抱きついている優斗を離すことができなくて諦めた。
マンション前に着いても優斗が俺から離れないから、引きずるようにして家に連行する。
「兄さん…寒い…」
「はいはい、すぐに暖房をつけます。体温も測るか…」
俺に抱きついている優斗の脇の下に体温計を差し込んだ。
「兄さん…お風呂に入りたい…一緒に入りたい…」
「風呂…?いや、俺は入ったから…」
ピピッ、体温計を調べると平熱だった。
「熱はないな…」
蛍光灯の下で見る優斗の瞳はぼやけている。目から光が失われているようだ。
(このロボットみたいな優斗が…自分の気持ちをちゃんと伝えてくれるのは…もしかしたら有難いことかもしれない…)
「兄さん…お風呂に入りたい…一緒に入りたい…」
「…そうだな…今から入るか?」
抱きついたままでどうやって風呂に入るのだろうと疑問に思っていたら、俺の言葉に反応して優斗は洋服を脱ぐ。
だんだんとおかしく思えてきた。
優斗の欲求に答えていけばいいだけだ、そう思って浴槽に入る。
お湯に浸かっても優斗の顔は赤いまま…その頬に触れてみる。
「まだ寒いか…?」
返事はないが、次第に瞳に光が戻って来た。
「あったかい…あれ…?どうして僕はお風呂に…?それも小林さんと一緒に…?」
「良かった…やっと正常に戻ったな…」
優斗が平謝りするから、俺は平気だ、と伝える。
「先に出るけど…何か食べる?」
グゥーとお腹が鳴る。返事はないけど腹減りか…。もう夜も遅い時間だし、消化にいいものを作ろうと考える。
キッチンで調理中、水も滴る高校生が登場した。
「…お腹すきました…」
また俺に抱きつくのか…と思ったが、ただ雑炊を眺めているだけだった。お腹をグーグー鳴らせながら…。
卵雑炊を作ってダイニングテーブルに置く。
「いただきます」
熱い、熱い、と言いながら優斗は猛スピードで食べ進めいている。
食べ終わったかと思ったら、そのまま電池が切れたロボットのように眠ってしまった。
怖いと思うか…プースカのパジャマを着て寝ているユウ君を可愛いと思うか…。このまま寝てもいいが歯ブラシはどうするかな…と思っていたら、優斗が目を覚ます。
「兄さん…ソファで寝ます…」
(出た…ロボット優斗だな…)
「寝る前に歯磨きだ…」
ロボット優斗に歯磨きができるか…?と不安を抱えていたが、無言で歯磨きをしている。
やはり怖い…と思ったらソファに移動し、毛布をかけて寝てしまった。
良くできたロボット優斗だと感じて俺も眠ることにした。
次の日――
9時に目が覚めて優斗の様子を見る。よく眠っている。念のため体温計で熱を測ったが、平熱だった。
(ソファで寝るよりベッドで寝た方が休まるよな…?)
毛布ごと抱きかかえてベッドに寝かせる。
「相変わらず軽いな…ちゃんと食ってんのか…?」
――今は食べるより、小林さん家のソファで寝たいです…
そう言って笑う高校生に…俺は心が痛くなった。
学校のこと…バイトのこと…お父さんのこと…色々と悩みが多いよな…泣きたくなることも…きっとたくさんあるよな…。
俺の夢のことでも悩ませてしまった。
――小林さん、眉間のしわが深いです…
寝ている優斗を見ていたら幻聴が聞こえた。俺はメガネを外して眉間をほぐす。
ノロノロと立ちあがってそっと寝室のドアを閉めた。
11時過ぎ、優斗が寝室から出てくる。
「…おはようございます…」
「おはよう…テレビが見たくてソファで寝ていた優斗をベッドに運んだんだ…」
「そう…でしたか…良かった…僕がベッドを占領しちゃったのかと思って…驚きました」
「大丈夫だよ…何か飲む?」
「ココアが飲みたいです…」
そう言って洗面所で顔を洗っている。そのままパジャマから洋服に着替えていた。
「体調はどう…?」
問題ないと言う。
「それじゃ…玉子焼き食べる…?」
昨日、歯磨きを終えたロボットユウ君が寝る前に「兄さん、甘いもの買って来ました」と言って、玉子焼きを俺に渡した時は何事かと思った。
「そんなことが…すみません、僕…覚えていません…」
「いや、面白かったよ…玉子焼きってチョイスがいいと思う。食べ終わったら家まで送るよ。明日からテストだろう…?少しだけ勉強会しない…?」
「でも…迷惑じゃ…」
「迷惑じゃないよ…遠藤さんに言われたんだ…優斗のテスト勉強に付き合えば、またお寿司屋さんで食べ放題していいって…だから俺のためにも頼むよ、大トロがまた食べたいんだ…玉子焼きも美味しかったしな…」
「…それじゃ…お願いします」
家を出る準備をして、優斗の家に向かう。
11月15日――
俺は宮永紗希さんを誘って、メンズノンノン主催の握手会に参加する。宮永さんと会うのは交流会以来だった。
「いよいよ握手ですね…緊張してきました…」
握手会には3人の男性モデルが笑顔で対応している。左から阿倍潤君、優斗、ライア君だ。
宮永さんは気丈な振る舞いで握手会に臨み、終わった後は、晴々とした表情に変わっていた。
「小林さん…今日は誘っていただき、ありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
2008年11月15日、余計なお世話だと思うが、優斗と宮永さんの関係が少しでも元通りになれば…と兄さんは思う。




