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頑張ってね、小林君!  作者: もう無理だよ
135/211

135_アタシと田辺と新しい関係_後編


「私に決まったんです…お嬢様の…婚約者に…」


開いた口がふさがらない。


(田辺がアタシの婚約者…?何かの冗談…?)


「…鳩が豆鉄砲を食ったよう…というのは今のお嬢様のようなお粗末な顔なのでしょうね」


「だ、誰がお粗末なのよ?冗談なら面白いこと言ってよね、ビックリするじゃない」


「冗談ではありませんよ…お嬢様…」


田辺が一歩近づくから、アタシは一歩下がる。


(いつもなら目が合わないのに…どうして今は目が合ってるの…?本当の話しだから…?)


ゴクリと唾を飲む。


「お、お父さんに…確認してくるわ…」


「…私は一週間、東京にいますので…その間に決めていただければと思います」


今日から夏休みなんです、と田辺は語る。


「…分かったわ」


分かったフリをして(実際は何も分からない)アタシは玄関まで歩いた…優雅に…。





「お、お、お、お父さん…!!」


書斎でお茶を飲んでいる父の前にへたり込む。


「どうした…?死ぬ寸前のような息切れじゃないか…?」


ちゃんと呼吸しろ、と言われたけど、それどころじゃない。


「た、田辺が…アタシの婚約者になるって聞いたわ…本当なの…?」


「あぁ、環に釣り合うのは田辺君だろう。愛とも意見が一致して、田辺君に縁談を持ちかけたんだ…」


「そ、それで…?田辺は何て言ったの…?」


「俺は断わってくれてもいいと伝えたが、申し出を受けてくれたよ。異論はないと…環さえ良ければ受けたいと二つ返事で承諾してくれた」


「本当に…?田辺がそう言ったの…?」


(アタシと結婚してもいいって…?なぜ…?田辺はアタシのことが好きなの…?いいえ、あり得ないわ…)


「あとは環の気持ち次第…一週間だけ考える時間があるだろう…?今回の縁談は環が決めていいぞ、破棄したけりゃ構わない。他の人を探すから…」


分かったわ、と言って(実際は何も分からない)書斎を出る。




(とりあえず沙羅に連絡かしら…?)


電話で事情を説明する。


『婚約者さんと別れることになった…?良かったねー!!サラはめっちゃ嬉しいよ』


「ありがとう…でも結婚相手が田辺になったけど…」


『…田辺さんッ!?』


沙羅が電話口で驚いている。そうよね、その反応が正しいわよね、と一息つく。


『田辺さんだったら環ちゃんを任せられるよ、絶対に幸せにしてくれると思う!』


「幸せに…?なぜ…?」


『だって…サラと連絡先を交換する時も環ちゃんのことをもっと知りたいって言ってたし、昨日の女子会を企画したのも田辺さんだし…そのことで愛さんと仕事のことで相談してたよ』


「田辺が…?」


『うん、他にも今の流行を教えてほしい、とか、どんな食べ物が好きか、とか…環ちゃんのお茶に付き合ってくれませんか…とか…?ちょこちょこ連絡来るよー』


(知らなかった…田辺がアタシの世話を焼いてくれてたなんて…)


『環ちゃんは結婚相手が田辺さんじゃダメなの…?』


「駄目…じゃないわ…。アタシに拒否する権利なんてないもの…」


『そういうことじゃなくて…一緒にいて楽しい、とか、会えなくて寂しい、とかはない?』


「…考えたこともないわ」


『田辺さんが理不尽だよー。環ちゃんのために頑張ってるのに可哀想だよー』


田辺は仕事の一貫として能力を発揮してくれただけ、仕事人間だもの…。


(上に行くためにアタシを利用して…)


ハッと気づいた。


田辺は上に行きたがっていた。野心もあるって言ってたのに…それなのに…アタシがお姉ちゃんの下で働いてほしいって頼んだから野心から遠のくけど仕方ないって…アタシがストレス溜めずに生活できるなら…それでいい…って言ってくれたわよね…。


(自分の野心よりアタシを優先して考えてくれたじゃない…)


『…環ちゃん?』


「沙羅…アタシ…決心がついたわ。田辺に婚約のこと話してみる」


お礼を言って電話を切る。





10月29日――


通っている大学の近くに公園がある。そこに田辺を呼び出した。


「呼び出して悪かったわね…」


待ち合わせ時間より早く行ったのに田辺はもう着いていた。


「いいえ…夏休みと言っても…やりたいこともありませんし…体を休ますことが本来の意味かと思いまして…ゆっくり過ごしていました」


二人で歩きながら話す。


「大人の夏休みって感じね…アタシなら派手に遊びたいわ」


ずっと忙しく過ごしてきたから一週間も休みがあるなんて想像もできないけど…アタシは目を細める。


「お嬢様は…一週間のお休みがあるとしたら何をしたいですか?」


「旅行に行きたいわね!国内でも海外でもいいわ!スポーツもしてみたい…海で泳いだり雪山に行ったり…温泉もいいわよね…あとお寺巡りや美術館巡り…楽しいでしょうね…」


二人で歩いていたら大きな池が見えてきた。この公園は釣りを楽しむことができるようで、池の周りには釣り糸を垂らしてる人がいる。


「何か釣れるのかしら…?」


アタシは近くにいる人を眺める。


「…ここはキャッチ&リリースなので…釣れたとしても持ち帰れません」


「あらっ…詳しいのね…」


「お嬢様の帰りを待つ間…たまにこの公園で過ごすことがありました」


「そう…だったのね…」


アタシは池を見る。


「…せっかくだから釣りをしてみない?」


断わられた。餌や魚は独特なニオイがして嫌だとか何とか…大人ってつまらないわ。


「あちらにベンチがあります…釣りを見ることもできますから…そちらで返事を聞かせて下さい」


田辺の後ろを歩く。今日の田辺は私服だ。しかも大きなバッグを持っている。手荷物が多いのかもしれない…営業職の時も大きい鞄を持って歩いていた。


小さく息を吐きながらアタシはベンチに腰掛ける。


「返事ならお父さんから聞いているでしょ…?」


「聞いています…ですが私は…直接あなたの口から聞きたいと思いまして…」


田辺がアタシの隣に座る。


(この距離…インターンをしてた時と同じぐらいの距離よね…?)


あの頃は田辺が隣にいるだけで緊張していた。今は婚約者になったけど…あの頃の気持ちのまま…何も変わらない。


「アタシ…気づいたの…。田辺には野心があったのに山梨のホテルで働いてほしいってワガママ言って…そのせいであなたに迷惑をかけたわ。だからアタシと結婚することで田辺が野心に近づくなら協力したいと思ったの…」


「それが…私と結婚する返事ですか…?」


「そうよ…だって…アタシには他に何もないもの…」


「そう…ですか…」


田辺は遠い目をしている。アタシも視線を上に向ける。

今日は太陽が出てなくて曇り空だ。少し肌寒い、と思っていると田辺がバッグからブランケットを取りだす。


「…結婚というものは…一生のことですよ…?しんどいと思っても、途中で倒れても、後戻りできません」


言いながらアタシにかけてくれる。


「お嬢様はインターンの時、乗り切ってみせると胸を張っていましたが、2週間しか続けることができませんでした」


耳が痛いわね。


「確かに…田辺の言うとおり覚悟が足りていなかった。あなたと結婚してもストレス溜めて倒れるかもしれない…でも…その時は田辺に寄りかかるから抱きとめてほしい…と思う」


「…相変わらずのワガママお嬢様ですね」


「そうよ…ワガママはアタシの長所なのよ…!」


「何を開き直っているのですか…それにお嬢様が倒れても私は助けません。自分で何とかして下さい」


「まぁっ…ウソでもいいから俺に任せろ、ぐらい言ってほしいものだわ…」


「言ってほしいのですか…?私に…?」


田辺と目が合う。


(いつも地蔵みたいな表情なのに今日はやけに感情的に見えるのはアタシの気のせい…?)


ジャバジャバジャバ、と大きな音がした。反射的に音がする方に視線を送ると、魚を釣り上げようとしている瞬間だった。


「田辺…見て…釣りあげそう!」


池から出てきた魚は弧を描いてそのまま池に飛び込んでいく。


「あぁ…あとちょっとだったのに…惜しいわね…」


田辺を見ると地蔵みたいな表情をしている。悟りを開いた顔というか…どうしてそんな顔してるのよ。


ブランケットをギュッと握る。


「田辺は…アタシに会いたいって思う時はある?同時に…アタシがいなくて寂しいと思うことは…?」


田辺は口を閉ざしてしまった。地蔵が話すまで待つことにした…池を見ながら…。


「お嬢様…私も同じ質問をします…。お嬢様は私に会いたいと思ったことはありますか?同時に私がいなくて寂しいと感じたことは?」


「ないわね」


「私は…ありますよ…」


「あ、あるの…?いつどこで?何時何分、地球が何回まわった時…?」


田辺が変な顔で驚いてる。まさに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔じゃない…?と思ったらお腹を抱える。


「ははは、小学生ですか?おかしいですね、お嬢様は本当に…。「一生のお願いよ」とか「バカって言う方がバカなんですー」とか平気でおっしゃいますよね?笑っちゃいけないと思って耐えてましたが…笑ってしまいました…残念です…」


「そんなに笑わなくても…いいじゃない…」


(でも地蔵より今の素の田辺の方が一緒にいてリラックスする…)


「ねぇ…今日はこの後空いてる…?アタシ…お稽古がないから…ケーキを食べに行きたいのだけど…」


「ショートケーキが美味しいお店を調べておきましたよ」


「本当…?」


「はい、行きましょうか?」


ブランケットを素早く畳み、バッグに収納している。


「あの…聞きたかったのだけど…田辺は甘いものは好きなの…?」


「特別好き…というものではありませんが…コーヒーは好きですね…」


(コーヒーか…アタシは飲めないわね…。だけど…大人になれば飲めるようになるのかしら…?)


歩いていると、ちょうど魚を釣り上げた人が目に入る。


「た、田辺…魚を釣り上げているわ…すごいわね、ちゃんと釣れるのね…」


魚から針を外して、すぐに池に放している。アタシは池に近寄る。魚は何事もなかったように自由に泳いでいる。


「お嬢様…私を釣り上げても…放さないで下さいね…」


「…ハァ?放さないわよ…アタシには針を外す権利はないもの」


「…そう…ですね」


また地蔵みたいな表情になってしまった…さっきまで笑っていたのに…何でそんな顔をするのよ…針が痛そうだから…?



2008年10月29日、針が痛いなら外すわよ?と言ったら、針を外しても私を放さないで下さい、と言われた、放さないわよ、ともう一回言った。








※ケーキ屋さんに移動中――


「お嬢様は釣った魚に餌を与えないタイプですか?酷い話しですね…魚だって生きてるのに…」


「ハァ?田辺は自分が魚だっていいたいわけ…?それは一体どんな魚よ?」


「そうですね…出世魚代表のブリなんていかがでしょう?」


「ブリ…?よくそんな高級魚を自分に例えられるわね…」


「別にいいでしょう?それにまだブリになる一歩手前の…ワラサですから」


「ワラサ…?田辺はまだまだでしょ?せめて二歩手前のイナダよ…」


「イナダですか…ではブリになるまでたくさんの餌が必要ですね」


「餌…?自分で見つけて食べてちょうだい」


「お嬢様が私を釣ったんですよ?世話くらいしてくれてもいいじゃありませんか」


「文句の多い魚ね…いいわ、何がほしいの?」


「私が何を欲しているか…釣りあげたお嬢様が考えるのが筋ってものでしょう…」


「…魚を世話するって大変なのね」


「生き物ですから当然です」



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