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頑張ってね、小林君!  作者: もう無理だよ
134/211

134_アタシと田辺と新しい関係_前篇


アタシの名前は戸矢崎環。大学4年生、21歳、女、独身、許嫁あり。



今日はアタシの家に沙羅が遊びに来ている。


「お河童さんをアッと言わせたいんだよ…環ちゃん、協力して」


「協力したいけど…アタシも茶道っていまいち…なのよね…」


茶道を基本から教えてほしいと沙羅に言われ茶器セットを用意した。


「いまいち…?じゃあ、環ちゃんが一番得意な習い事ってなに?」


「唯一の特技は書道かしら…?けど…お姉ちゃんの方が格段に上なのよね」


沙羅と話しながらお茶を点てる。沙羅はその様子を動画で撮りながら質問したり観察したりしていた。


「すごく勉強になったよー。とにかく所作がキレイ。流れるような動作だったり、指先まで洗礼されてて…」


沙羅の話を聞きながら、自分で淹れたお茶を一口飲む。お姉ちゃんが淹れるお茶と味が違った。


沙羅は褒めてくれるけど、形式だけの所作なら誰でも覚えられる。本当に上手い人…たとえばお姉ちゃんのお茶はピリッとした空気で真剣勝負…アタシにはあの空気は作れない。


「沙羅は…彼氏さんに喜んでもらいたくて…お茶を淹れたいのよね?」


「まぁーそれもあるけど…一番はお河童さんが好きな物をサラも好きになりたいっていうか、お河童さんが興味あるものにサラも興味があるっていうか…」


目が輝いてる。ずっと恋愛で悩んでいた沙羅が恋人を作れて、アタシは単純に嬉しかった。


「良かったわね…好きな人と結ばれて…」


ひとり言のようにつぶやいたのに、沙羅に聞こえたらしい。


「環ちゃんは…婚約者さんとイイ感じー?」


「それが…お相手に好きな人ができたから婚約を解消してほしいって一方的に言われて…立場上、アタシの方が受け入れるしかなくて…」


「なにそれ…ひどくない?」


「そうでしょ、酷い話しよね…でも…実はアタシ…婚約者を好きだと思ったことが一度もなくて破談になれば嬉しいのよ…。だけどアタシは結婚でしか親に恩を返すことができないから…もう一度お相手に会ってアタシと結婚してほしいって頼むつもりで…」


「そんなことしなくていいよ!!サラは、環ちゃんがイイって思える人と結婚してほしいよ!!」


「沙羅…」


「悔しいよ、そんな自分勝手な人…環ちゃんが許してもサラが我慢できないよ!!」


沙羅が泣くからアタシも泣きそうになる。


「沙羅が怒ってくれるから…ちょっと元気出てきた…」


ハンカチを取り出して渡すけど、受け取ってくれなかった。


「こ、こんな高級なレースのハンカチで涙なんて拭けないよ…ティッシュ、ティッシュ」


口元が緩む。


(友達に愚痴るっていいわね、サイアクな状況でも笑えるんですもの…)




10月末になって、私は婚約者の中原さんに会いに行く。


(気が重いわ…)


服装で迷っていたら支度に時間がかかってしまった。


玄関を出て車まで歩くと運転手の川西さんが窓ガラス用モップを使って掃除していた。


(あのモップ…田辺が使ってたロングのモップじゃないかしら…?)


懐かしいと思っていたら運転手は川西さんじゃなかった。


「…どうして…?」


「まったく…いま何時かお分かりですか?」


「田辺…」


「元気な顔を見せに山梨に来て下さいと申したのに…忘れてしまいましたか?」


久しぶりに会う田辺は嫌味しか言ってこない。


「私との約束なんてお嬢様にとったら空気より軽い存在だと思い知りますよ」


「ちょっと…久しぶりなんだから…もうすこし優しく接してよ…」


「なぜですか?なぜ私がお嬢様に優しく接しなければならないのでしょうか?」


「…ハァ?」


「あなたが元気で過ごしていることが私へのお礼だと思って日々生活して下さい、と申し上げましたが…?」


「アタシは元気に過ごしているわよ!」


「ご冗談でしょう?鏡を見てないんですか?」


「なによ…そんなに酷い顔かしら…?」


「えぇ…その顔で中原様に会いに行っても無駄でしょう」


アタシは唇をかむ。


「じゃあ…どうすればいいのよ…!アタシは…何の役にも立てない…結婚でしか両親を喜ばすことができないのに…」


「涙を拭いて下さい、お嬢様…。今から私とドライブはいかがですか?」


(ドライブ…?田辺と…?)


「お嬢様はストレスを上手く発散できてないとお見受けします」


田辺が車のドアを開ける。


「お嬢様のストレス発散に協力します。さぁ、乗って下さい」


頷いて車に乗り込む。悔しいけど、田辺はアタシのストレスを取り除くのが得意だと思う。


「…少し横になっていて構いませんよ」


運転席から言われた。確かに体調が悪い。田辺の言うとおり横になる。ケーキのクッションを枕にして目をつぶる。



キキィッと車が止まった音でアタシは目を覚ます。


(ここはどこかしら…?)


ぼんやりとしながら体を起こす。


「あっ、環ちゃん、目が覚めた?」


「沙羅…どうして沙羅がここに…?」


「あれ…聞いてない…?田辺さんから今日は環ちゃんと遊んでほしいって連絡が来てたんだよー?」


(田辺が…?)


「もうすぐ着くよ」


アタシは窓の外を見る。見覚えがあると思ったら、お姉ちゃんが働いている山梨のホテルの駐車場だった。


車から降りると、手荷物は田辺が持ってくれる。


「こちらのお荷物は私が部屋に運んでおきます。どうぞごゆっくりとお楽しみ下さい」


田辺はそう言うと、スタスタと歩いて行ってしまった。入れ替わりにお姉ちゃんがやってくる。


「環、沙羅、お腹すいてるでしょ?VIPルーム予約しておいたから食事にしましょう」


「VIPルームですかー?サラ、ホテルのVIPルームって初めてです、ワクワクします」


「沙羅はイザヨイ君に挨拶してきたら…?沙羅が今日来るってイザヨイ君知らないから…驚くと思うわよ」


「それは…どんな顔するか…楽しそうですねー!!」


ちょっと行ってきます、と言って沙羅は駆け出す。


「イザヨイ君…絶対に嬉しいわよね…好きな人と会えるんですもの…」


走って行く沙羅を見ながらアタシは思う。


「お姉ちゃん…アタシ、ちょっとだけ2人を見に行きたい…」


「…そうね、遠くから見ましょうか?」


頷いて、静かに沙羅の後をつけた。


ホテルの中にあるお茶屋さんをコッソリ伺うと、沙羅は幸せそうな表情を浮かべていた。


(見たことない顔だわ。好きな人といるだけで…それだけで幸せを感じるのね…)


「お姉ちゃんも…芹沢さんと話している時、今の沙羅と同じ顔してる…」


「あらそう…?私って顔に出やすいのかしら…気をつけるわ」


「うんん、すごくいい顔だから…気をつける必要ないわ」


「…そうね」


「お姉ちゃん…あのね………。中原さんに好きな人ができたって言われて…婚約が破談になりそうなの…」


「えぇ…パパから聞いてる…。破談にならないように環が中原さんに会いに行こうとしていることも…」


「そう…全部知っているのね…。お姉ちゃんの言うとおりアタシは破談にならないように説得を試みようと思っていたけど…それは違うのかもしれない…」


アタシは沙羅を見る。


「中原さんに好きな人ができたなら…アタシは祝福するべきなのかなって今は思う。だって沙羅はあんなにも幸せそうで…アタシまで心が温かくなるもの…」


「環…」


「中原さんはアタシといてもつまらない、楽しくないって言われてて、アタシの容姿についても…魅力を感じないって…。そりゃ、魅力はないかもしれないけど、アタシなりに努力してて…」


「チッ…私、中原を殴りたいわ!私の可愛い妹に何言ってくれてんのよ、どこに目ぇ、つけてやがる、ぽんぽこりんが!」


(ぽんぽこりん…?確かに太ってるし、タヌキみたいなお腹よね…?)


「あんな節穴野郎に嫁ぐことないわ、こっちから願い下げよ、ぽんぽこりん!!」


(お姉ちゃんがキャラ変したわ…!!ステキ…!!)


「パパも分かってる。だから、ぽんぽこりんと婚約解消して環に合う人を選ぶって張り切ってるのよ…聞いてない?」


「聞いてないわ…。それじゃ中原さんと婚約を解消してもいいの…?」


「もちろんよ!」


「本当に…?本当にアタシは婚約を解消できるの…?夢みたい…こんなことって…!!」


お姉ちゃんに抱きつく。


「環、今夜はとことん飲むわよ、カラオケもあるから歌って踊れるわ!」


「ケーキは?ケーキもある?」


「もちろん、環の大好きなショートケーキを用意してあるわ。ここのシェフに特注で作らせたの…」


「もぅー大好き、お姉ちゃん!!」


「私もよ、たまき…」


思い出に残る、楽しい女子会になった。




翌日、沙羅はもう一泊するというので、田辺が運転する車に一人で乗り込む。寝不足だったアタシはケーキのクッションを枕にして、すぐに寝てしまった。


目を覚ますと自宅の駐車場に到着していて、田辺にお礼を伝える。


「もう着いていたのね。起こしてくれて良かったのに…ありがとう…あなたのおかげでストレスがなくなったのよ…」


アタシが車から降りると、なぜか田辺も車から出てくる。


「いいえ、あなたのストレスを取り除いたのは社長とお姉さま、塩野さんです。私は何もしていません」


「そうだけど…運転してくれて…」


言葉が詰まってしまった。


(田辺の言うとおり、特に何もしてもらってないわ。運転だけ…。おかしいわね…問題を解決してもらったような気がしてたけど…?)


アタシは首をひねる。


「…あなたには元気でいてもらいたい。ストレス溜めて、酷い顔で泣くなんて…あなたらしくない、と思うのです」


アタシは田辺の前に立つ。


「前にも聞いたセリフよね…。もうストレスはないから、これからは元気に過ごすわよ!」


「もうストレスはない、ですか…。その…私から申し上げると社長に言ったのですが…言いにくくなりましたね…」


「…何のこと?」


「あなたの…婚約者のことです…。決まったんですよ、あなたの婚約者が…」


「どうしてアタシの婚約者を知ってるのよ…?しかも、田辺から言うってなに…?」


「それは…私に決まったんです…お嬢様の…婚約者に…」




後編へ続く――



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