<ハノキア踏査編> 92.どうすればいい
92.どうすればいい
(マジか‥‥おれはどうすればいい‥‥)
頭応留美からの “付き合ってほしい” という突然の告白に雪斗はただただ戸惑うばかりだった。
「私は‥‥ずっとひとりで生きて来た。妹の佳奈美を幸せにするために‥‥。ひとりでやっていけると思っていたの‥‥ダンが現れるまでは‥‥私は‥‥私は‥‥頑張ったけど‥‥もう意志が‥‥挫けそうなの‥‥このままじゃ私‥‥」
頭応留美は顔を覆って俯いたまま泣くのを抑えながら言った。
(強い女性だとばかり思っていたけどまさかこんなところを見せるとは‥‥)
「お願い‥‥私の支えになって‥‥三神くん‥‥」
「‥‥‥‥」
雪斗は言葉が出ず、眉を八の字にしてただ頭応留美の足元を見ることしかできなかった。
「そ、そうよね‥‥こんなこと、突然言われても困るよね‥‥しかもこんな場所で‥‥」
「‥‥‥‥」
「ごめんね、三神くん。やっぱりさっき言った話は忘れて?私は稀代の才女で敏腕経営者だからね。理屈でも理屈じゃないことでも解決する頭脳がある。これまでそうしてきたんだもの。これからもひとで乗り切る。やっていける」
まるで自分に言い聞かせるように頭応留美は言った。
雪斗は何か反応したかったのだが、何と言えばいいのか分からず、言葉が出なかった。
頭応留美はプライドの高い女性でもある。
そのプライドは見栄や傲慢さではなく、矜持そのもので他人に厳しく言う前に常に自分に厳しく接し律してきたものだ。
その人生に “誰かに弱音を吐く” などということは一切なく、社員全ての責任を一身に背負って来た強さがあった。
学生時代の友人に頼まれ自身の会社で雇用し、友人であるが故に無能であっても高待遇にしてしまったことの尻拭いも全て彼女が行って来た。
頼られ、甘えれることはあっても彼女が他人に甘えることなど一切なかったのだ。
その頭応留美が涙を流し、雪斗に “寄りかかりたい” と言ったのだ。
その重さは彼女本人だけでなく、雪斗も十分に理解できた。
(おれは‥‥どうすればいいんだ‥‥)
頭応留美は大切な存在であるリリアラを樹化した張本人だ。
正確にはこれから緑の天使ズールーとしてネツァクに降臨し、冷酷非情な性格でサンバダンと共にスノウたちと戦いリリアラを樹に変えてしまうのだが、目の前の頭応留美がそのズールーになるとは到底思えなかった。
目の前の頭応留美の辛さとプライドを捻じ曲げてでも助けを求めた悲痛の叫びが雪斗の胸に突き刺さりつつも、道具やフラガラッハの中庭にひっそりと生えているリリアラの樹を想うと胸に刺さる痛みが吹き飛んでしまう。
そして今自分が頭応留美の申し出を受けた場合に未来がどうなるのかも読めなかった。
雪斗が手を貸すことによって頭応留美が仮にダンと決別しネツァクへの精神体の転送を阻むことになる場合、ネツァクで過去に飛ばされたスノウと未来に飛ばされたレヴルストラの仲間たちと再会することが出来なくなる可能性もあるのだ。
(断れば頭応留美は予定通りいずれダンと共にネツァクへ行きズールーとなるだろう。佳奈美を守る約束は果たす代わりにリリアラへの攻撃をやめてもらう交渉は出来る。おれがネツァクから越界しレヴルストラの仲間と再会する結末を変えずにリリアラの樹化を阻止するためにはこのストーリーが有力だろう。だが、ここでおれが彼女を支える立場になったら‥‥研究から一切手を引いて逃げる道を選ぶ可能性だってある。既に佳奈美は腫瘍で亡くなることもないんだ。妹との幸せを選ぶなら妹と共にダンの前から姿を消せばいい。きっとおれはその手助け‥‥いやそれを促すことになるからな。彼女はダンから逃げる勇気を持つためにおれに縋りたいんだ‥‥。その気持ちを知りつつおれは彼女にダンと共にネツァクへ行けとは言えないだろうからな‥‥。そして頭応留美は佳奈美と幸せに暮らすことが出来るはずだ。だが、過去のおれは今この瞬間に行き着けなくなる可能性が出てくる。別の誰かがズールーとなり、リリアラを樹に変えてしまうかもしれない。予定調和で言えば、リリアラが樹化する運命を変えられない、またはおれがネツァクから何らかの方法で抜け出しレヴルストラの仲間たちと再会する運命もあり得る‥‥だめだ‥頭が回らない。混乱してきた‥‥)
パンッ
頭応留美は突然手を叩いた。
「はい。話はこれで終わりね。用は済んだわけだし出ましょうか。30分掛からず出ちゃうから大損だけどね。30分コースってのないのかしらね。あ、もしかして私のことセコい女と思った?甘いわね。会社を経営し収益が出始めるまで金融機関を駆けずり回った経験がない人の発想よ。お金で換算出来る時間とお金で換算出来ない時間があるの。これはお金に換算出来る時間。ロスは最小限にして、その積み重ねが大‥」
「頭応留美」
「!‥‥な、何よ急に驚かせないでよ!しかも何でフルネームで呼び捨て?」
「付き合うって具体的にどうするんだ?」
「え?」
「あんたがおれと付き合いたいって言ったんだぞ。だがその付き合うっていう状態はどういうものなのかをおれは知りたいんだ。こう見えてもおれは女性と付き合ったことがない。いや、仮に付き合ったことがあるとしても、今回の話は複雑な事情が絡み過ぎている。条件で付き合うわけじゃないが、ただ一緒に過ごし、飯食ってってわけじゃないんだろ」
「‥‥そ、そうね‥‥」
頭応留美は口を思い切り閉じながら思考を巡らせ始めた。
「‥‥‥‥」
「まさか、何も考えずに言ったわけじゃないよな‥」
「か、考えてなかったわよ。だってそうでしょ?やっと本音を言える人に出会えたのよ?はち切れそうな感情が溢れ出ている状態でやっとそれを言える人に話せる機会ができたのよ?仕事じゃないんだから話すストーリーなんて考える余裕もないし、そもそもそういうものじゃないでしょう!」
「!‥‥」
(なんでおれが責められているんだよ‥‥)
雪斗の困った表情を見た頭応留美はハッと何かに気づいたように顔を赤らめた。
「ご、ごめんなさい。貴方の言う通りよ。私が三神くんに何を求めているのか、そして私が三神くんに何をしてあげられるのか。それをしっかりと伝えるべきよね。私が三神くんに求めているもの。それは、今みたいに私と本音で会話してほしい。そして愛情をもって私を導いてほしい。私は間違えるの。間違えて間違えて間違えて学んで上手くまわしてきた。でもダンと佳奈美だけは別。間違えられないわ。間違えないために私を導いてほしい」
「導くって、また難しいこと言うんだな」
「すまないわね。これだけは具体的に表現出来ない。でも導いてほしい。三神くんの言葉なら私は信じることが出来るから」
「‥‥あんたに愛情をもってアドバイス‥‥みたいなのをすればいいってことか?」
「なんかちょっと違うけど、でもイメージはそんな感じだわね‥‥」
「そうか‥‥それくらいなら‥‥いや、愛情が何かも正直分かっていないが、あんたのことを大切に思いながらアドバイスは出来る‥‥と思う」
「ありがとう。それだけで十分。私が三神くんのために何をしてあげられるのか。それは宿題にさせて?愛情をもって真剣に考えるから」
「分かった」
ガッ‥
「!!」
頭応留美は雪斗の胸に顔を埋めて両手で服を掴み強く引っ張りながら抱きついた。
「ありがとう‥‥三神くん‥‥本当にありがとう‥‥」
頭応留美は堰を切ったように泣き始めた。
雪斗はそれを複雑な思いで見つめていた。
・・・・・
――翌日――
この日は一日中会議詰めだった。
その間、桑田向ユカイがひっきりなしにネガティブなことを言い続け邪魔して来た。
「三神さん。もしかしてこの企画書で稟議通ると思っているのですか?もしそうだとしたらかなりの楽観主義者か飛び抜けた無能かのどちらかですよ?まぁどちらにしても稟議が通らず仲本部長の逆鱗に触れる結果は変わらないので、この場ではかなりの楽観主義者ということにしておいてあげますけど。私はこの稟議書、ここをこう書いた方がいいと思うんですけどねぇ。なぁんて本当に書き換えたらいよいよ私の言葉がしっかりと聞こえているという証拠になりますから書き換えられませんでしょうけれど。あ、因みに私に修正能力がないと思われるのも癪なので、ちょっとだけ表現を変えてみましたけどいかがでしょうかぁ?おや、見えてますよねぇ。今一瞬眉が動きましたよ?‥‥ってまぁいいでしょう。仲本部長の逆鱗に触れるか、これまで散々無視して来た私の言葉に反応して聞こえていることを証明するか。いずれにしても私にはメリットがありますねぇ。前者であれば私は愉快、後者であっても私は愉快。ちなみに私の名前は桑田向ユカイですけどね」
(あーあ。マジでウゼェ。最近はこのオフィス外での仕事が続いていたから忘れかけてたが、こいつマジでウゼェ。でもこいつの資料修正能力は高いことだけは認めざるを得ない。だが折角積み上げた桑田向をいない存在として扱い続けた努力が失われてまたリセットされるのは耐えられねぇ。仕方なくジャバにネチネチ説教を受けることにするしかないな‥‥)
桑田向ユカイ。
カラクゥイン、またはクワンタムの残憶、つまりスノウの記憶の残ったカラクゥインが具現化している存在だ。
具現化といってもミネルヴァース社のオフィス内でしか姿を見せず、その姿は雪斗にしか見えないし、その声も雪斗にしか聞こえない。
異形の存在でスノウと賭けをした者であり、賭けの内容はスノウがマルクトで絶望しなければ勝ち、絶望した場合はスノウの負けとなるものだ。
賭けに勝った場合、スノウはオルダマトラの居場所を遭遇するまで得続けられるというもので、負けた場合はレヴルストラの中から1名だけ存在を抹消されるといものだ。
雪斗に対し、心を抉るようなネガティブな言葉を発し続ける存在なのだが、雪斗が気にしなくなるにつれ、存在感が薄れ全く気にも留めなくなると同時に消えるらしく、しばらく連勤していた頃はかなり記憶から消えかかっている状態であったが、数日別のオフィスで働いていたことで桑田向の人をイラつかせる存在感を思い出してしまったのだった。
「さて、会議は終わりましたが次の会議はあの頭応留美が三神さんの上申却下資料のレビューを行うものでしたねぇ。見ものですね、あの秀才、頭応留美が三神さんの資料にどうダメ出しするのか。ククク、最低でも30箇所は指摘されるでしょう。しっかりと受け止めて成長に繋げられるなんて、三神さん、ラッキーですねぇ」
(やべぇ‥‥マジか‥‥本当に次の会議は頭応留美が出席するやつじゃんかよ‥‥)
頭応留美はミネルヴァース社の子会社となったIITT社のCEO兼CTOであり、現在はミネルヴァース社のミネルデバイス事業本部の副本部長を務めている。
今回の上申はネイツァーク・ウォリアーズを大々的に世にアピールするためのイベントの企画の内容であり、予算は高額となるが成功すれば世の中のミネルデバイスへの期待値が上がる上ミネルヴァース社の株価も大きく上昇が期待されていることから、絶対に通さなければならない稟議書であったのだが、桑田向の心を抉るようなマシンガントークに雪斗は憂鬱な状態となっていた。
会議が始まると雪斗による稟議書の内容の説明から始まった。
それを頭応留美、不破賀照久、九寧翔、有留平太と数名のシニアマネージャークラスがレビューする。
「正気かお前、このような内容で稟議が通ると思っているのか?!この企画は絶対に遅らせられないんだぞ?!それを分かっていてこの稟議書なのか?!今回のミネルデバイスのテクノロジーが突き抜けている点をきちんと理解しているのか?!」
「マジでありえねぇ。おたくの会社はこんなゆるい稟議書でこの規模の投資を判断出来んのかよ。逆にすげぇな!てかよぉ、ミネルデバイスビジネス企画課を任されている俺の立場も考えろよ。マーケがそんな体たらくじゃ俺たちどんだけ残業したって仕事終わらねぇよバカが!」
ミネルデバイス研究開発課の不破賀とミネルデバイスビジネス企画課の九寧が雪斗の説明を小馬鹿にするように責め立てた。
(ちっ‥‥言い訳だが、ここ数日色々とあり過ぎて稟議書を書く時間がマジでなかったんだが、こんなことなら寝る間も惜しんで完璧に仕上げればよかった‥‥こいつらにこんな言われ方するのは本当に癪だ‥‥だが、この後、追い討ちをかけるように頭応留美が責め立てるんだろうな‥‥)
雪斗はさらに憂鬱な気持ちになった。
「頭応さん、コメントお願いします。まぁこれでは却下だと思いますがね」
不破賀の振りを受けて頭応留美が発言し始めた。
「三神さん、ご説明ありがとうございました。この稟議書の内容として修正が必要なのは企画の内容の表現だけかと思います。数字はほぼ問題ないので、企画の内容をより仲本部長が理解出来る状態に仕上げれば上申できるでしょう。本日時間がありますので、私も修正を手伝います。以上ですが、他に意見のある方はいますか?」
「おいおい、冗談だろ。企画の内容だけかよ。誰向けに発信するのかも曖昧なんだぜ?手の施しようがないクズ資料だろうが」
「九寧、少し発言を慎みなさい。そのような発言をするならこの場から退席してもらいます。今やOne Teamですが、その士気をみ出す言動をするのは、それこそ稟議を通す上での時間の無駄ですし、それをIITT社出身者がやるなら、私はそれ相応の評価をします。品位が感じられず恥ずかしくて会議に出すことを憚られますからね」
「!‥‥ちっ‥わぁったよ!だまりゃいいんだろだまりゃあ!」
「不破賀も同様です」
「!‥‥承知‥‥です」
「他に意見のある方は?‥‥いないようなら本日の会議はこれで終了としましょう」
会議は終わった。
・・・・・
――その日の夜――
「これでいいわ」
「流石だな‥‥」
雪斗と頭応留美は会議室に篭って稟議書の修正作業を行なっていた。
ほぼ頭応留美が修正したのだが、30分も掛からずにほぼ完璧な状態へと仕上がった。
「なんかすまない‥‥」
「気にしないことね。三神くん、最近忙しかったでしょ。事情は分かっているから。それにこの資料、ベースは悪くないし数字事はほぼ完璧だったから、この時間で修正完了したのよ」
「もっと責められるかと思ったよ。会議の場で‥‥。もしかして依怙贔屓とかじゃないよな?」
「レビューの結果は贔屓なんてしてないわ。不破賀と九寧の言い方には腹がたったから半分仕返しはしたけどね」
「あ、ありがとう。実は少しスカッとしたんだ。おれより10歳以上若いやつにあんな言われようしてムカッ腹立ってたから、見事にバッサリやってくれて、気分は良かったよ、ハハハ‥‥」
「ちょっと私が甘やかし過ぎたのね。おそらく近いうちに各課は部に昇格して、彼らも部長になると思うんだけど、それも私の一存で決められるからそれで大人しくなったのね。打算的で困るわ。今度また同じようなことがあったら私がさらにギャフンと言わせるわね」
「ギャフンて‥‥」
「何?これだけ資料直させておいて日本語でいじるわけ?」
「あ、いや‥‥すんません」
「何その謝り方!もう少しきちんと謝りなさいよ」
「申し訳ございませんでした」
「よろしい」
「それでもしかして、このスカッと指摘がおれのためにすべきことってわけ?」
「な!そんなわけないでしょ!私の三神くんへの愛情なめないでほしいわね!」
「お、おお‥そっか‥それはすまん‥‥」
「あ‥い、いえ‥その‥」
頭応留美は顔を赤らめた。
「わかりやすいな、あんた」
「は、はぁ?!っていうか “あんた” って言い方、いい加減にやめてもらえるかしら?」
「わかりましたよ、お前」
「お、お前ですって?!」
雪斗は頭応留美の怒った顔も笑った顔も活き活きとしているなと思った。
・・・・・
――その日の深夜――
一通のメッセージが雪斗の携帯に届いた。
同時に頭応留美の携帯にも同じメッセージが届いている。
“動きあり。L-α K”
「!」
Kとは呉人のことであり、ダンに動きがあったことを示していた。
雪斗はそれをみて思考を巡らせた。
(いよいよ実行の時なのかもしれない‥‥)
雪斗はいつになく真剣で険しい表情となっていた。
いつも読んで頂きありがとうございます。




