<ハノキア踏査編> 91.進展
91.進展
「瑠璃‥ちゃん?」
「雪斗さん。今の女の人は誰」
「えっ?」
突如アパートの前に七瀬瑠璃が現れたのだ。
雪斗は何故か全身から冷や汗が噴き出てくるのを感じた。
七瀬は笑顔なく腕を組んで雪斗の目を見ている。
「あ、あれは、えっと、頭応留美で、その、会社の関係者で」
「頭応留美ってあの‥‥へぇ‥こんな時間に2人でタクシーに乗っちゃうくらいの関係なわけ?」
「ちょ、ちょっと事情がありまして‥‥」
「事情って何?」
「えっと‥‥」
「まぁいいよ。取り敢えず部屋で聞く」
「はい‥‥」
何度も修羅場を潜り抜けてきた雪斗だが、何故か生きた心地がしなかった。
七瀬の一言一言がまるで槍で刺されているかのようにグサグサと雪斗の胸部に痛みを走らせた。
当然槍など刺さっていないし物理的な傷や痛みなどないのだが。
部屋に入り、ソファに座り足を組み、腕組みした七瀬の前で雪斗は何故か床に正座させられて説明させられた。
・・・・・
「なぁんだ、早く言ってよもう!」
状況を説明すると七瀬は安心したのか一気に声が明るくなり口調も優しくなった。
もちろんヘギャザテやヴァニタスマター、仲の事は伏せて説明した。
そもそも信じてもらえないのもあるが、知りすぎることで七瀬の身に危険が及ぶ可能性を避けるためだ。
そのため、単純にミネルデバイスを開発する過程でダンに精神的に追い込まれたと言う話と、クローンの話をしたに留めた。
当然他言無用なのだが七瀬は絶対に他人に情報を共有する事はないため、七瀬を信じて話していると付け加えての説明だった。
「ほっ‥‥はぁ‥‥」
「何そのため息!」
「いや、安堵のため息だよ。瑠璃ちゃん怖いから。何か悪いことしてしまったかと思ってどうすればいいか分からなくなっちゃったよ」
「辿々しく喋るからでしょ!それとも何か後ろめたいことでもあったの?」
「ないないないない!」
「怪しいね」
「ないないないし、あるわけない」
「何度も否定を繰り返す人は隠し事があるって言うよ?なんか日本語おかしいし」
「だから無いって!もうイジメるのやめようよ」
「フフフ‥‥じゃぁ勘弁してあげる」
完全に七瀬のペースに飲まれタジタジな雪斗はホッとしたのか、ずっと正座しており足が痺れていることにやっと気づいて足を摩り出した。
「でもさ、頭応留美さんって何だか可哀想な人だね」
「え?どうしてだい?」
「だってさ、妹さんのために自分を犠牲にしようとしてるし、心許せる人もいない感じじゃない?そんな中でサイコパスみたいなダン?に脅されてさ。今の私には雪斗さんがいるからいいけど、もし私が彼女の立場だったら孤独で頭おかしくなりそう」
「そうだね‥‥」
(その通りだ。頭応留美にとって幸せな人生って何なんだろう。あんな皆が羨む秀才で会社を持っていて資産も申し分ない程持っている。そんな彼女の願いは妹の幸せか‥‥。何故彼女がズールーになりあんな非道なことをやるようになってしまったんだ‥‥」
「雪斗さん!」
「ん?」
「ん?じゃないよ。何か恋しい‥‥って顔だったよ!」
「はぁ?!」
「そう言う切ない顔とかは私と会えない時に私を想いながらするんだよ?分かった?」
「ははは‥‥分かったよ。そうするよ」
「よろしい。許す。苦しゅうない」
「ありがたき幸せ」
「ぷっ!」
「ぷっ!」
『あははは!』
雪斗は七瀬といると心から幸せな気持ちになると思った。
・・・・・
半月が経過した。
そしていよいよ頭応佳奈美の精神体を彼女のクローンに転送する手術の当日となった。
手術といっても病院のオペ室などでは行えないどころか、倫理観上絶対に口外出来ない手術であり、ダンと頭応留美の2人で行われるものだった。
世に知られれば世界中の非難を受け、精神体転送技術の研究が出来なくなるばかりか、下手をすればその技術を他社または他国に奪われるリスクさえあった。
当然ミネルヴァース社にも伝えてはいない。
手術の方法は、頭応佳奈美の脳を摘出し、彼女の精神体を電脳世界へ転送させた後、精神体をクローンへと移すというものであった。
これまで電脳世界から現実世界へ精神体を戻すプロセスが悉く失敗に終わっていたのだが、頭応留美が雪斗から得たヒントで3体の試験体で成功したため、手術に踏み切ったのだ。
踏み切ったといっても、頭応留美が決めたわけではなく、ダンの判断によるものだった。
実際には電脳世界から元の体である脳に戻す実験で人工心肺装置で酸素供給を受けている脳内に精神体が戻った状態を確認できたというものだ。
人間では実験体が手に入らないため実施出来ていないが、動物実験ではクローン体へ精神体を移す実験も行っており、成功させている。
今回人間で電脳世界から現実世界のクローン体へ精神体転送を行うのは初めてとなるのだが、頭応留美としてはダンの天才頭脳には全幅の信頼を寄せていたため、手術に対する不安感は無かった。
ダンへの信頼だけでなく自らの検証として、実験データを何度も検証し失敗因子と成功因子を徹底的に比較し電脳世界から精神体を転送する際のデータ変換ロジックと転送経路の接続の改善によって100%に限りなく近い状態で電脳世界から現実世界へ戻すプロセスを確立出来ていた。
それらがあり、今回の手術の成功率は高いと頭応留美は理解していたのだ。
唯一の不安というより恐怖は妹の佳奈美から脳だけを摘出する工程を見ることだった。
何度も試験体で見ており若干麻痺しているがその対象が最愛の妹となると話は変わってくる。
だがこのまま何もしないで状態では、佳奈美に待っているには確実な死であり、そのタイムリミットがあと10日程となっており、選択の余地はない。
10時間にも及ぶ手術というより作業で佳奈美の精神体はクローンへと転送された。
「うぅぅ‥‥」
「佳奈美!」
「お‥ねぇ‥‥ちゃん?」
「そうだよ!分かる?!」
「おねぇちゃん‥‥」
「何?何が言いたいの?」
「うるさい‥‥鼓膜破れそう‥‥」
「!」
佳奈美はそう言うとスッと気絶するように眠り始めた。
「クローンへの適用で意識が途切れたんだね。PCでいう再起動みたいなものだよ。これは動物実験で得られたデータや事象と同じだ。半日もすれば起きるだろう。眠っている内に家に届けるといい。ここで目覚められると面倒だ」
「あ、ありがとう‥‥」
「礼など不要だよ。これはいい研究データとなったんだからね。それに、忘れてないね?僕との約束を」
「!‥‥ええ‥‥」
ダンは白衣を脱ぐとそのまま別室へと移動した。
頭応留美は佳奈美を連れて自宅へと戻った。
その後無事に目を覚ました。
翌日、病院で検査を受けたのだが、脳腫瘍が完全に無くなっており医師は驚きのあまりCTの画像を何度も見直していた。
「あり得ないことですが事実のようです。一応痛み止めを処方しておきますが、全く問題ないでしょう」
医師は終始キツネに摘まれたような顔だった。
当の佳奈美本人は以前と何ら変わらない様子だった。
元々痛みを伴う腫瘍ではなかったため、そもそも大きな変化がなかったのだが、唯一変わったのは怪我していた傷跡が無くなっていた程度で本人も不思議がっていた。
落ち着いた頃、頭応留美が雪斗を指定したラブホテルへ呼び出した。
「足がつくのを避けるとはいえ、他にいい場所ないのか?流石に1人で入るのは気が引けるんだけど」
「あら、一緒に入る人がいるみたいな口振りね」
「あぁ?いるわけ‥‥無いと否定すると何だかおれが何の甲斐性もない感じに聞こえて不本意なんだが」
「フフフ‥‥まぁいいわ。私だって1人で入るのなんて全く慣れてないし恥ずかしいから、他に良い場所があれば変えるわね‥‥‥」
「?」
頭応留美は笑みを浮かべながらも少し悲しそうな表情を見せた。
雪斗はそれを見て少し心配になった。
「そう言えば呉人は呼ばないのか?今や3人の活動だと思ってるんだが」
「今日は三神くんだけ。特別なお願いがあるから」
「特別なお願い?」
「ええ。後で話すわね。それでここへ来てもらった理由は、幾つかあるけど、ひとつめは佳奈美の手術が無事に終わった報告よ」
「そうか!良かった!本当に良かったな!」
この時間軸では雪斗は佳奈美とは会っていないため、喜び過ぎと受け取られる可能性もあったが、既に未来では成長した佳奈美と会っており、一時期懇意にしていたこともあり、彼女の未来が失われずに済んだことを雪斗は素直に喜んでいたのだった。
「まぁ方法が方法だけに素直に喜んでいいものか分からないが、とにかく良かった!術後の経過は順調なのか?」
「ええ。クローンを作る時に収集した情報にはない擦り傷なんかは生成されないから、本人は擦り傷が消えて不思議がっていたけど特に問題ないわ」
「そうか」
(もしかするとおれは以前ネツァクからマルクトへ来た際に会っていた佳奈美は既にクローンに精神体を転送した姿だったのかもしれない。いや、間違いないな)
雪斗は以前マルクトを訪れた際に見えなかった情報が入り、徐々にパズルのピースが埋まっていく感覚になった。
「それで‥‥佳奈美の手術‥というよりダンとしては実験なのだけれど、これが成功したことで次の段階に進む可能性が出てきたわ」
「次の段階?」
「ええ。これまでいわゆる肉体死状態の実験体を使って現実世界から電脳世界へと送っていたから電脳世界から現実世界へと戻すことが出来なかったの。戻す方法が確立されていなかったし、戻したところで生きている状態とは言えないから。それが佳奈美の件で、現実世界へと戻せることが証明されたわけね。三神くんから得た情報が大きく研究を進ませたわ」
「何だかタイムパラドックスに感じるな」
「そうね。でもこの根底にはいずれダンと私が電脳世界から現実世界へと戻す手段を開発する流れがあるから成立しているのだと思う。それが三神くんというきっかけによって早まっただけという理屈ね」
「なるほど。それで次の段階ってのは?」
「健常者を使った現実世界と電脳世界の往復ね」
「健常者!確か脳みそ取り出して接続って言ってなかったか?!」
「ええ。肉体に刻まれたDNA内の本能領域には精神体との深いつながりがあると言う説を有力視していて、精神体に肉体死もしくはそれに近い状態を認識させ、別の肉体への接続を許可させる必要があるの。そのためにダンは肉体死した実験体から脳だけを取り出し、人工心肺装置で酸素供給する形をとり、精神体に肉体死を認識させる手段をとったの」
「じゃぁ健常者ではどう実験するんだ?まさか健常者から脳みそを摘出するなんてことじゃないよな?」
「勿論よ、と言いたいところだけど、ダンは当初それをやろうとしていたわ。厳密には肉体を仮死状態にして脳にだけ酸素供給する手段を取ろうとしたの。つまり頭を割って神経系は傷つけずに血管を人工心肺装置へと繋いで供給して、戻す時は血管を繋ぎ合わせて蘇生して精神体を戻すというやり方ね」
「そんなこと出来るのか?ダンは外科医じゃないし素人のおれでもそんな手術、非現実的としか思えないぞ?」
「三神くんの言う通りよ。成功確率は極めて低い。いいえ、ほぼゼロだわ。でもダンは、一瞬でも現実世界の蘇生した肉体に精神体を戻し接続できている状態が作れてデータが取れさえすればいいと思っているの。そのあと実験体が死んだとしてもね」
「最悪だな」
「ええ。なので、それを阻止する上でも健常者の体には手を加えずに電脳世界へと精神体を転送し、現実世界の元の体へと戻す実験を行うことにしたの」
「そもそも転送出来るのか?結局精神体が電脳世界で混乱して死んでしまうんじゃななかったと‥‥」
「その通り。精神体が変調を見せる10日以内に戻す実験が1stステップとなるわ。そのデータを取り、10日をどう延ばしていくかを考えることになる」
「なるほど」
(実際には電脳世界にいる間、現実世界の肉体は飲み食い出来ない状態になるわけだから、定期的に戻ってくることになる。つまり実質10日以上現実世界へ戻らないなんてことはないから既に技術的には完成しているってことなんじゃないのか?いや、ネツァクに来ていたダンや九寧、有留、不破賀たちアルファテスターや、呉人やおれみたいなベータテスターたちの中には普通に10日以上ネツァクにいた者もいたはずだ。ということはまだ完成形じゃないってことか‥‥アルファテストに行き着くまで相当時間がかかりそうな気もする。だとすれば以前の時間軸のようにあと数年掛かるのは納得だ。でも、おれはそんなにも長くレヴルストラのみんなと別行動は出来ない。どうするか‥‥)
「三神くん?」
「あ、すまん。考え事してた」
雪斗は家に帰ってからボードを見ながら整理しようと決めた。
「その研究で死者は出ないのか?」
「出るかもしれない。でも公にはならない方法を取るんだと思う。ダンはそのあたり抜かりないからね」
「そうか。あくまで協力させられたという形がいいと思うよ。ダンは何かあったらその罪を全てあんたに着せようとしているのかも知れないしな。会話を録音するのがいいんじゃないか?」
「そうね、ありがとう」
「他には?」
「仲鬼使密についてだけど、彼を探っている呉人に最近怪しげな尾行がつけられたらしいの。今日呼べなかったのもそれがあったからなの。もし仲鬼使密を三神くんも調べているなら気をつけたほうがいいわ」
「怪しげな尾行‥‥大袈裟ってわけじゃなさそうだな。おれは逆に距離が近いから調べるというより観察してる感じだけど気をつけるようにするよ。そう言えば呉人は既にミネルヴァース社に転職したんだったな。スピード転職だな。まぁそれだけ優秀だってことか」
「そうね。頭の回転も早いし飲み込みもいい。フットワークも軽いし。でもそんな彼だからこそ警戒抜かりなく仲鬼使密を調べていたはずなのに尾行がついたっていうのは本当に危険な人物なんだと思う」
「なるほど。それで他には?」
「以上よ」
「特別なお願いってのがあるんじゃなかったか?」
「え?ええ。そうよ」
急に頭応留美は顔を赤らめて俯き始めた。
「?」
雪斗は怪訝そうな顔で頭応留美を見ていたが、その顔を見てさらに顔を赤らめた。
「どした?」
ビクッ
雪斗の言葉に頭応留美は体をビクッと震わせた。
「は、ハッキリと言うわね。三神くん。私と付き合いなさい!」
「何処へ?買い物か何かか?」
「はぁ?!違うわよ!お付き合いしなさいって言ってるの!」
「!!」
雪斗は頭応留美が顔を赤らめている理由をやっと理解した。
他人どころか自分自身も禁じることが出来ない人生を長らくおくってきて人間不信の塊のような状態であったため、少しでも自分が傷付かず、面倒に巻き込まれないように普段から人間観察を欠かさない習性が身についており、かなり人を観る目は養われているはずなのだが、恋愛とは無縁であったため、愛情表現や恋愛反応だけはいくら観察しても分からなかったのだ。
「あんた何言っているんだよ!おれだぞおれ!稀代の才女と言われてるあんたと一企業のしがない管理職のおれが釣り合うわけないだろ!変なキノコでも食ったのか?!」
「食ってないわよ!しかもそんなキノコ存在しないわよ」
「じゃぁおれのこと揶揄っているのか?」
「そんなわけないでしょ!」
「じゃぁなんで?!」
「三神くんが私を何の肩書きもなく見てくれるからよ!それに全てを包み込んでくれるような包容力を感じるから!見た目なんてどうでもいいの!私の周りにもCGみたいな美形と言われる顔の男どもが近寄ってくるけど中身はスカスカで魅力ゼロだもの!でも三神くんにはなんて言うかとんでもない修羅場を潜り抜けてきた心の強さとそんな中でも何かを守り続けてきた包容力を感じるの!だから‥‥だから私は‥‥貴方に寄りかかって生きてみたいのよ‥‥」
頭応留美は何故か目に涙を溜めて訴えるようにして言ったあと両手で顔を覆った。
雪斗はそれを苦しそうな目で見ていた。
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