<ハノキア踏査編> 88.こいつを知っている
88.こいつを知っている
目を覚ますと頭応留美は部屋にひとりの状態だった。
雪斗との約束を忘れないため痛みと共に記憶に刻む手段として肩にペンを突き刺し気を失ったのだが、その部分は応急処置が施されしっかりと止血もされていた。
「痛‥‥」
傷に触れようとしたが痛みが走り顔を歪める。
(三神くん‥‥この選択は間違ってないのだろうか‥‥私は本当に彼を信じて良いのだろうか‥‥いえ、信じて良いわ‥‥彼は間違いなく別の世界から来た存在。そして私が‥‥いえ、私とダンが作り出した精神体を転送する技術が完成された証明でもある。気になるのは天使と言ったこと‥‥そんな宗教物語にしか登場しない存在が実際にいるなんて‥‥そして私がその天使を乗っ取ると‥‥いえ‥‥あり得るわ。この世界が窮屈すぎるだけだわね‥‥)
「ん?」
頭応留美はテーブルの上に書き置きを見つけた。
"あんたの要求事項のふたつ、異世界と現実世界を行き来する際の知りうる情報の提供と、妹の佳奈美の生活を保証する、は承った。ひとつめに関してはもう一枚の紙に書いておく。 S"
頭応留美はもう一枚の書き置きに目を通す。
「‥‥‥‥なるほど‥‥ミネルデバイス‥‥異なる世界を繋ぐために異世界側にもアンカーを打つ必要があるのね。そして異世界側にも簡易的ではあるけど、現実世界へと戻す装置を用意しなければならないということか‥‥これならば成功する可能性はかなり高くなる。精神体の転送は送る側と戻す側の操作と2つの地点を結ぶ接続が重要ということね 。波形や振動の微細な調整は送る側でしか出来ないから‥‥三神くん‥‥ありがとう」
頭応留美はラブホテルをあとにした。
・・・・・
翌日、頭応留美は瀬良南に現実世界へと帰還する方法について仮説を提案した。
もちろん雪斗からもらった情報をベースにしている。
「‥‥なるほど。確かにこれなら上手くいくね。この発想はなかったな。全てこっち側で制御すべきという固定概念があったからね。偶には君も役に立つということだね」
「‥‥ありがとう」
頭応留美は雪斗から得た情報に基づいた仮説であるため素直に喜べずにいた。
そして素直に喜べない理由がもうひとつ。
この開発を進めることによって雪斗の語った異世界での惨劇が現実のものとなっていく感覚に襲われ、罪悪感を抱いていた。
「電脳世界ならこっち側でプログラムを組んでしまえばいい。こっち側で操作も可能だろう。引き戻すのではなく、電脳世界から現実世界へ送り出すって部分が根本的に間違っていたというわけだし」
既に電脳世界には精神体はおらず瀬良南は新たに試験体を調達しなければならなかったため、直ぐにそれを試すことが出来ないのが気に入らなかったのかその日は一日中不機嫌になってしまった。
・・・・・
ーー翌日ーー
頭応留美は久しぶりにIITT社の本社に出社した。
経営面はほぼ他の役員に任せているとはいえ、肝心な決裁は自身で行うことにしていた。
平均年齢の若い会社であり、役員といってもまだ経験が浅い者が多いため、熟考せずに勢いで判断したり、周囲に相談せずに勝手に決める者も少なくなかったからだ。
出社すると頭応留美の執務室のデスクの上には無数の申請書類が山積みとなっていた。
中には学生時代に友達だったという昔のよしみで役員にした者が好き放題経費を使っている領収書の束も置いてあり、うんざりした表情で承認印を押した。
今時データでやりとりしアプリで経費の決済が行えるのだが、頭応留美はあえて紙ベースで承認行為を行う。
なぜならデータは改竄されてしまうからだ。
(ここのところダンと研究所に詰めることが多かったからか普段はウンザリする事務処理もいい気分転換になるわtお思ったけど、こんなの見ちゃったらうんざりするわね‥‥)
1時間ほどで山積みだった申請書類はほぼ無くなった。
頭応留美は科学者としても天才である一方で経営手腕にも長けていた。
「さて、メールチェックすれば今日の仕事はほぼ終わりね。ここのところ来客は全て断っているからだいぶ楽だわ」
カチ‥‥カチ‥‥カチ‥‥カチカチ‥‥
沈黙が広がっている部屋にマウスのクリック音だけが響いている。
「ん?」
無題のメールが届いていることに気づいた頭応留美は自身がプログラムしたウィルスチェックをかける。
ハッカー並みの知識があるため、どんなセキュリティよりも自身のプログラミングしたツールの方が有効なのだが、商品として売り出さないのは真似されたり対策されたりしないようにするためだった。
「あら、何のウィルスも付与されてないのね。何かしら」
問題がないことが確認できたためメールを開く。
そこにはこう書かれていた。
"生成AIによる
ランダムな構文を
区分することは難しく
例文をご教示頂きたく
トータル的支援を希望
0630.2030.35.6726826.139.6915799"
「?!」
意味深な文面の意味不明な数字の羅列があった。
「何これ気持ち悪い‥‥‥」
頭応留美は誰かの悪戯だと思い、メールを削除しようとした。
その時、なぜ気になってその文をじっくり読み始めた。
「‥‥‥コンサルして欲しいのかな‥‥痛つつ」
頭応留美は徐に立ち上がったが、肩に雪斗が刺したペンの傷跡があることを忘れていたのか、肩に力を入れてしまった。
(三神くん‥‥思い切り刺すんだから‥‥はっ!)
ガタン!
「痛つ!」
頭応留美は何かを思い出したかのように再び椅子に座りPCの画面を見始めた。
「これ‥‥」
頭応留美の眼球が激しく動いている。
(これは縦読みメッセージだわ‥‥そして下の数字は‥‥なるほど‥‥そういうこと‥‥)
頭応留美は肩の痛みを抑えるようにゆっくりと立ち上がった。
(丁度今日じゃない。いいわ。でも流石にひとりで丸腰ってわけにはいかないわね)
頭応留美は執務室から出ていった。
・・・・・
――その日の夜――
頭応留美は代々木公園に来ていた。
西側にある駐車場の近くにあるベンチに座って携帯を見ている。
コツ‥コツ‥コツ‥
頭応留美の方へ足音が近づいてくる。
そして彼女の前で止まった。
彼女の目の前にいるのだ男性だった。
「おい、急用ってなんだ?」
「お、来たね」
頭応留美に話しかけたのは雪斗だった。
「こんなところに呼び出して何があるんだよ」
「さぁね。私にも分からないわ」
「はぁ?!あんた頭おかしくなったのか?」
「おかしくなったかもしれないけどそれでも三神くんよりIQは高いから安心して」
「ちっ‥あんた本当に嫌なやつだな」
「賛辞の言葉として受け取っておくわ。でも突然呼び出したのはごめんなさい。一人では心細かったの。それにきっとこの後貴方にも関係する出来事が起こるはずよ」
「何だよそれ‥‥」
コツ‥コツ‥コツ‥
『!!』
背後から靴音が近づいて来た。
「おやおや、そうか。流石に一人じゃ来ないか」
振り向いた先にいたのは少し背の低い男性だった。
(こいつ!!)
雪斗は驚きの表情を必死に隠しつつ、一方で昂る感情から心拍数が上がり始めた。
(おれはこいつを知っている!)
「でもまぁ、やっぱり天才だねぇ。って言っても低レベルの暗号だから逆に気づかないと思ったけど、ああいうのに気づくのも天才のうちか」
「そうね。でも私じゃなければあれには気づけなかったと思うわ」
訳のわからない会話になっているがそれにも気づけないほど雪斗は驚いていた。
「まぁそうかもね。でもそれすら見越してあれを送ったってわけだけどさ」
「食えない男だわ。とても兄弟とは思えないわね‥‥瀬良呉人」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥‥
何と目の前に現れたのは瀬良南の兄である瀬良呉人だったのだ。
雪斗は驚きを必死に気づかれないように隠すので精一杯だった。
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