<ハノキア踏査編> 87.覚悟の痛み
87.覚悟の痛み
「そして現在に至る‥‥というわけ」
「‥‥‥‥」
「言葉も出ない‥‥って感じね」
雪斗は言葉も出ないほど驚愕していたのではなく、瀬良南と仲鬼使密との繋がり、そしてヘギャザテとの接触の情報が入ったことで思考が回っていたのだ。
(瀬良南‥‥ジャバ‥‥が完全に繋がった。そしてヘギャザテ‥‥ここで瀬良南と繋がったってことか‥‥ジャバがヴァニタスマターを頭応に手渡したってことは、すでにジャバが瀬良南にヘギャザテを召喚する呪文を伝えている可能性がある‥‥だとすれば、ハニエルやエルの話のように暫くすると瀬良南と頭応留美はネツァクに行きヘギャザテと共に天使たちを襲うことになるだろう‥‥いや、待てよ‥‥どうやってネツァクに辿り着いたんだ?今はまだ頭応留美が作り出したヴァーチャル世界への転移でしかない‥‥瀬良南の理屈で言えば電脳世界‥‥いや電脳宇宙が存在し、そこに頭応留美が電脳世界を構築したとある。ネツァクは現実世界だ。どうやって繋げたんだ‥‥そこを突き止めなければならない。瀬良南が‥‥頭応留美が、リリアラに到達する前に何か手を打たなければならない)
「でも貴方が辿ってきた道もまた非現実的では?私の話を否定する理由にはならないわね」
「否定するつもりも、信用に値しないと思っているわけでもない。しっかりと理解もしている。それであんたはどうするつもりだ?研究日誌から読み取るべくもなくあんたは瀬良南に怯えているばかりだ。この後一体何をするつもりだ?佳奈美‥‥妹を救うためにあんたは会社を売り渡した。脅されたようなものだったが佳奈美の将来も経済力としては盤石にはなったが、佳奈美の死を避けるためにはあんたは何でもするだろう。これからあんたは何をしようとしているんだ?いや、しなければならないんだ?」
「‥‥随分と厳しい指摘をするのね。でも貴方に覚悟を示すと約束した手前、誤魔化すようなことは言わない。ダンと私が今研究しているのは電脳世界から現実世界へと戻ってくる手段。その研究の成果が‥‥いえ、戻る手段をあと1ヶ月以内に見つけ出さなければならない。佳奈美が助かるためには佳奈美の悪性腫瘍が佳奈美の精神体転送を行えなくなるほど進行する前にクローンへ佳奈美の精神体を移さなければならない。私は絶対に佳奈美を救うわ。そのためであれば何だってする」
頭応留美は揺るがない決意を表情に見せていた。
「私は貴方が異世界から来たという話を信じる。何故ならそれはおそらくダンと私が電脳世界から現実世界へと精神体を帰還させる手段を見つけたという証明だから。私が打ち明ける前に答えを聞かせてもらったようなものだもの。そして私はそれを1ヶ月以内に実装できる状態にしなければならない」
トン‥‥
頭応留美はテーブルに手をついて雪斗を見た。
「そこで貴方にお願いしなければならないのはふたつ。ひとつは貴方が電脳世界‥‥いえ、異世界と言っている場所と現実世界を行き来した際の状況を詳しく教えて欲しいの。どんな些細な情報でも構わない。私はそれを参考にして1ヶ月以内に佳奈美を救う」
「おれが教えたら矛盾しないのか?そもそもあんたと瀬良南が生み出した技術なんだろ?それによっておれは現実世界と異世界を行き来したんだ。そのおれがあんたに何かを教えるなんてループがあってはならないんじゃないか?」
「予定調和よ」
「予定調和?」
「ええ。おそらく三神くん。貴方がいなくても私とダンは電脳世界から現実世界へと帰還する手段を見つける。早いか遅いかの違いだけなの。その過程で因果にある貴方が私に情報を流したとしても、いずれ見つける手段が先に明確に時間に刻まれるだけだわ。矛盾があるように見えるけどそれは矛盾ではなく、時間のズレだけ。そして収束する未来への影響はない」
「‥‥‥‥」
(桑田向が言っていた予定調和‥‥この天才が言っているってことは桑田向が言っていたことも本当ってことだな。まぁ何となく理解はしたけど)
「それでふたつめは?」
「もし私の身に何かがあれば妹の佳奈美のことをお願いしたいの」
「はぁ?!何言ってんだよ。会ったこともないんだぜ?」
「いいえ、貴方は佳奈美に会っているわ」
(はぁ?!あのカフェのこと覚えているってのか?あの時はおれが勝手に気づいていただけでこいつはおれのことを知らなかったはずだぞ?)
「貴方は未来で佳奈美に会っているでしょ?」
「?!」
「図星みたいね。最初に話してくれた内容と佳奈美のことを伝えた時の反応からおそらく貴方は佳奈美に会ったことがあると思っていたわ。そして佳奈美が貴方と会っていた、いえ会う未来があるとした時、それは佳奈美が私を探そうとミネルヴァース社に接触しようとするはずで、その時三神くんと知り合ったんじゃないかと推測していたのよ」
雪斗は頭応留美の鋭い洞察力に感心した。
「お願いです」
バッ
「?!」
頭応留美は突然雪斗に頭を下げた。
「佳奈美が私を探してミネルヴァース社に接触するのはとても危険だわ。そしておそらく私はこの世にいないのだと思うの」
「!!」
「それも佳奈美に安定した暮らしを提供する前に私は‥‥強制的にこの世から出されているはず。三神くん、貴方が言う通り私は異世界で天使になっているはずだわ」
「ああ」
「だからおね‥」
「断る」
「え?!」
「虫が良すぎないか?頭応留美。あんたは秘密を明かしてそれでおれの要求を満たしたと思っているようだが、おれのそもそもの要求‥‥いや、使命はお前らによって無惨に殺された人々を救うこと、そして樹に変えられてしまった大切な人を救うためだ。それが成し遂げられないのに何故あんたに協力しなければならない?」
「!‥‥‥そうね‥‥貴方の言う通りだわ‥‥」
頭応留美は紙とペンをとった。
そして何かを書き出した。
ブチ‥
そして歯で指先を噛み切ると滴る血と共に母音を押した。
ス‥
差し出された紙に書かれていたのは誓約書だった。
“誓約書
私、頭応留美は如何なる状況に身を置いたとしても三神雪斗氏の仲間に危害を加えるような真似はしない。
三神雪斗氏の大切な人々を死に至らしめる、または樹に変えるなど人間としての活動が損なわれるような状態には決してしないとここに誓約する。 頭応留美“
「こんなものがどれだけの保険になるかは分からない。でも私はこれを絶対に守るようにここに誓うわ。ダンは恐ろしいけど、それでも尚、貴方との誓約を守り通す」
「それは相当難しいだろうな」
「!!‥‥どうして?!」
「あんたが憑依し乗っ取った天使の性格は瀬良南に忠実であり、冷酷で残忍だった。人の心があるならそんな真似は出来ない。記憶が消されたか洗脳されたか。いずれにせよこんな紙切れに書かれた内容を覚えていられる状態にはないだろう」
「‥‥確かにそうね‥‥その通りだわ‥‥」
雪斗は徐にカバンの中からペンを取り出した。
「脳に忘れられない‥いや何らかの切っ掛けがあれば記憶を呼び起こせるという方法はないか?例えば “痛み” とか」
「‥‥なるほど。それはあるわ。同じような痛みを感じた時にその時の記憶が蘇ることはあるかもしれない。心理学的に状態依存性記憶として残る説もあるわね」
「ならばあんたに痛みとともにおれとの約束を思い出してもらう必要がある。おれは今からあんたの体にこのペンを刺す。その痛みを感じながらこの誓約書を目に焼き付け脳の記憶部位に刻み込め」
「‥‥いいわ。やって」
頭応留美は服をはだけさせ、右肩を差し出した。
「どこでもいいのだけど、ダンに何かを悟られたくないから見えない場所でお願いするわ」
「分かった」
雪斗は割り箸にタオルを巻いて頭応留美に噛ませた。
万が一舌でも噛みちぎってしまった場合は重傷になりかねない。
そして雪斗はペンを強く握った。
スノウの体であれば造作もない行為だが、今の雪斗にとっては慎重を要する行為だ。
しくじれば中途半端な痛みとなる。
だが、思い切り刺そうとすると体に他者を傷つけたくないというブレーキが入り、中途半端な傷になりかねない。
(ちっ‥‥こんな行為ひとつでビビってるなんて全くおれはどうしてしまったのか‥‥)
本来精神が肉体をコントロールするため、精神体がスノウである雪斗は問題なく頭応留美の肩にペンを刺すことができるが、現在の雪斗は肉体が精神を縛っているのか、精神にも影響をきたしているのだ。
「それじゃぁいくぞ」
「いいわ」
雪斗はペンを大きく振り上げた。
グザリッ!!
「うぐぅ!!!」
頭応留美が苦悶の表情に変わり、雪斗の刺したペンの周囲から血が滲み始めた。
「!‥‥‥‥」
(流石は覚悟を決めた者だな。これまで感じたことのない痛みのはずだが、誓約書から一切目を離さ無い。それだけ選択肢がない後に引け無い状況ってことだな)
頭応留美は篭った悲鳴をあげながら血走った目で誓約書の一言一句を記憶した。
1分後、雪斗がペンを抜こうとしたが、頭応留美は拒否した。
自分が納得するまで痛みを感じつつ誓約書を頭に刻みつけようと必死なのだ。
痛みで気を失いそうになったのを見て、雪斗は頭応留美の肩からペンを抜き、手当てした。
「あんたの覚悟は見えてもらった。いいだろうあんたの要望ふたつ。おれが受けてやる」
「フ‥‥」
雪斗の言った言葉に頭応留美は安心の笑みを浮かべながら気を失った。
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