<ハノキア踏査編> 82.信頼するために
<本話のレヴルストラ以外の主な登場人物>
【頭応留美】
いわゆる天才で10代で皇承太郎が開設した優秀な若手をさらに伸ばし育成するための私設教育機関である皇塾に入塾し、主席で卒業しており、卒業後はIITT社を設立し、精神を電脳世界とつなぐ技術を開発している。
現在の雪斗がスノウであった際に訪れた未来のネツァクでは頭応留美は緑の天使ペネムの体を乗っ取り、緑の天使ズールーを名乗ってサンバダンと共にスノウ達と戦った。
再びマルクトの日本に戻ってきた雪斗は出会うはずのなかった頭応留美と出会い、起こる未来を変えようとしているが、頭応留美もまた何か大きな悩みを抱え苦しんでいる。
82.信頼するために
「瀬良‥‥南‥‥どうしてその名を‥‥?!」
頭応留美は明らかに困惑している。
必死に正気を保っているかのように顔は今にも泣き出しそうなのを堪えて強張らせている。
「先ほども言ったが、おれがあんたを信用出来るかどうかを判断する質問だ。しっかり答えて貰わなければならない。そしてあんたがおれの味方か敵かによっておれは今後の行動指針を変えなければならない。おれが今こんな話をあんたにしていること自体、おれにとって大きなリスクであることを知っていてもらいたい」
「‥‥‥‥わ、分かったわ‥‥場所を変えましょう」
頭応留美の表情が変わった。
それからふたりは店を出た。
頭応留美の案内に従って雪斗は歩いていく。
「場所を変えるって一体どこへ行こうって言うんだ?」
「黙ってついてきて」
タクシーに乗りとある建物の前で降りて建物内のコインロッカーに到着すると、迷うことなく特定のロッカーから何かを取り出した。
「何だそれは?」
「今は言えない」
「‥‥‥‥」
「安心して。貴方に危害を加えようとしているわけじゃないから」
冷静な表情で頭応留美は雪斗を引き連れてさらに歩いていく。
しばらく歩くとふたりはラブホテルの前に立っていた。
「おい‥ここって?!」
「入るわよ」
「え?!」
頭応留美の強引に中へと誘われ雪斗はラブホテルの中へと入った。
部屋につくと雪斗はどうすればよいのか分からずその場に立ち尽くしていた。
「何、変なこと考えているのよ。場所を変えるって意味は誰かに会話を聞かれないようにって意味でしょ。ふたりきりになるためには個室が適しているけど、登録しなければならないビジネスホテルやカラオケ店では足がつくでしょ。嘘書いてもカメラで撮られていたら足がつく。こういう場所が一番っ手っ取り早いのよ」
「そういうことか」
雪斗は変な想像をした自分を思い返し少し恥ずかしい気持ちになった。
「さて。話の続きだけど」
ズン‥
頭応留美はベッドに座った。
「イエスよ」
「え?」
「瀬良南の中に瀬良南がいること‥」
「!‥‥そうか‥それじゃぁ‥」
「待って。これ以上話を聞きたいのであれば、私も貴方を信頼しなければならないわ。貴方は一体何者?何故瀬良南のことを知っているの?この質問には答えてもらうわ」
「‥‥‥‥」
(どうする‥‥勢いで頭応留美に詰め寄ったが、さすがは天才だ。駆け引きしても勝てる気がしない。おれの方が情報を引き出されてしまう可能性がある。こいつが瀬良南とどういう関係性なのかを聞くまでおれの立ち位置は明かせない‥‥)
「いやそっちが先だ。おれは相当なリスクを背負ってあんたと話をしている瀬良南とはどういう関係だ?厳しい条件を突きつけられているとはどういう意味だ?」
「ふぅん。貴方、焦っているね。私との交渉で勝てる気がしないって感じ。それとその話し方。最初は遠慮しているのか、もしくは自分に自身がない人なのかと思ったけど、私に詰め寄って以降の話し方‥‥特に私を “あんた” って呼んだところを見ると‥‥これは推測だけど、貴方‥‥実年齢は若いわね。それこそ私と同年代。少し私より若い感じかしら」
「!」
「図星か。もしかすると貴方‥‥その体は仮のもので、中身は別の意識が入っているとか?‥‥だったら辻褄が合うわね。遠慮がちというか自分に自身がなさそうな話し方はそれを悟られないようにするため。でも興奮してつい地が出たのね」
「!‥‥」
あまりの鋭い洞察に雪斗は言葉を詰まらせた。
二十代のスノウがアラフォーの姿の体に入り込んでいるなど普通なら想像も出来ないはずだが、何のバイアスもなく雪斗の素性を想像してみせたのだ。
(このまま交渉を続けるか‥‥いや、勝てない。こんな頭のキレる、しかも常識に捉われないやつと交渉で勝てるはずがない‥‥まるでスメラギさんに詰められているみたいだ‥‥)
これまで幾多の修羅場を潜ってきた雪斗だったが、交渉で乗り切った経験は極めて少なかった。
また、少ない経験の殆どが自身の高い戦闘力や仲間の強さに担保された交渉カードであったが、今の雪斗は自身の能力の殆どが失われ力技で切り抜けることも出来ない。
(くっ‥‥どうする‥‥。男であるおれなら力でねじ伏せられる‥‥いや、そんなことでは信頼は得られない。少なくとも頭応留美は瀬良南の存在を知っている。そして何らかの弱みを握られている。ジャバから鉱石を受け取ったことも聞いた。一旦これで十分だ。これ以上リスクをおかすことは出来ない)
雪斗は覚悟を決めた。
「鋭いな。だが、あんたと交渉する気はない。これで会話は終わりだ」
サッ‥ササ‥
「お、おい!何を?!」
突如、頭応留美は服を脱ぎ始めた。
「何してんだよ!」
女性の裸に免疫のない雪斗は決めた覚悟が吹き飛ぶほど慌て、思わず頭応留美に背を向けた。
このまま攻撃されナイフで刺されても今の雪斗では避けることは出来ないだろう。
そのような危険な状態であることも考えられないほど雪斗は狼狽えていた。
バサ‥‥
「こっちを見て」
「はぁっ?!」
「いいから」
「何言ってんだよ。お前服脱いでるだろ?」
「だからこそこっちを見るのよ!」
頭応留美は声を荒げた。
それに気圧されるように思わず雪斗は振り向いた。
「な!」
そこには全裸の頭応留美がいた。
「貴方の質問には答えられない。信用出来ると確信するまではね。でもそれは貴方も同じよね。だったら別の形で覚悟を示すしかないわ。その答えがこれ。でも言っておくけど、私は娼婦でもないし、もっと言うならバージンなの。つまり‥つまり私は‥‥男を知らない‥‥。男性の前で裸を晒すなんてこと‥‥したこともないし、い、今は‥‥死ぬほど恥ずかしいわ‥‥でも私はそんな恥ずかしさなんてどうでもいいと思えるくらいの問題を抱えている‥‥」
「‥‥‥‥」
雪斗はこれまで多くの人たちと関わってきた。
元々雪斗時代、周囲から蔑まれ疎まれることが多かったせいで人間観察が上手く生き抜くための必須のスキルとなり、それを活かしてなるべく空気のような存在になることに精力を注いで生きた。
そのため、今目の前で一糸纏わぬ姿の頭応留美の表情が如何なるものか、想像ができたのだ。
バッ‥バサ‥
「?!」
雪斗は自分の着ているジャケットを素早く脱いで頭応留美に羽織らせた。
「な、何?」
「分かったよ」
「えっ?」
「あんたの覚悟、分かったって言ったんだ」
「三神くん‥‥」
「とにかく服を着てくれ。視線に困る。言っておくがおれには好きな子がいる。その子を裏切ることはしない。つまりあんたをどうこうすることはないってことだ。だから服を着てくれ」
「‥‥分かった‥‥ありがとう‥‥」
ササ‥‥ドサ‥
頭応留美は服を着ると、腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「おい、大丈夫か?」
「え、ええ‥‥本当に恥ずかしくて‥‥死ぬかと思ったわよ‥‥」
「と、とにかくベッドに座るんだ」
「ええ」
雪斗は頭応留美をベッドに座らせると深呼吸を一回し、ゆっくりと話し始めた。
「結論から言う。おれは異世界から来た」
「!!」
とっぴな言葉にバカにするかと思いきや頭応留美は驚いた表情を見せた。
「正確に言うなら、元々はこの日本で生まれ育った。何故か蔑まれ疎まれた人生で何で自分ばっかりと不条理な世の中を呪ってきた。そして周囲の目ばかりを気にして生きてきたんだ。全てを諦め空気になろうと努めてきた。そんなクソみたいな人生を送っていたおれだが、とあるきっかけで異世界に越界した。そこでおれは別の人物、いやおれにとっては異世界にいた自分が本来の自分だと思っているが、今とは違う姿で生活をしていた。そこで出会った仲間たちによっておれは生まれ変わり生きている実感を得た。そして心から信頼できる仲間との旅の目的も出来た。その旅の中で、いくつか存在する異世界のひとつで、とある天使たちに会ったんだ」
「天使‥‥」
「ああ。その天使たちは全部で5体。体は天使だが、精神は別物‥‥。ここまで話したらおおよそ察しはついただろうが、精神の主は瀬良南、不破賀輝久、九寧翔、有留平太、そして頭応留美、あんただ」
「!!!」
頭応留美の体が震え出した。
ガッ‥‥
頭応留美は自分の体を抱えるように両手で腕を掴んで背中を丸めた。
まるで凍えているかのように震えている。
「どうした?」
「い、いえ‥‥貴方の話に納得しただけ‥‥納得して‥‥恐怖しているだけよ‥‥」
「‥‥‥‥」
恐怖という言葉に頭応留美は今抱えている問題を解決したいと望んでいるのだと雪斗は思った。
「そしてあんたたちはおれの大切な人たちを殺し、最愛の人を‥‥樹に変えてしまった」
「!!!」
背中を丸めて俯いている頭応留美の表情が驚愕のそれに代わり、大きく見開いた目は恐怖と罪の意識でおかしくなりそうなほどのものだった。
「おれはその歴史を変えたいと思っている。異世界を旅している中で再びこの日本に戻ってきたんだが、異世界に越界する前の姿であるこの体に入り、丁度越界した直後に戻ってきた。時間が経過しているはずなのにだ。これには何か理由があるんじゃないかと思っている。無念にもお前たちに殺された人たちを救うため‥‥おれに別れの言葉も言えないまま樹に変えられてしまった最愛の人救うため‥‥おれはチャンスを貰ったんだと思っている」
「も、申し訳ないのだけど、お水を一杯貰える?」
雪斗はペットボトルの水を手渡した。
それを飲んだ頭応留美は少し落ち着いたのか、ゆっくりと話し始めた。
「そ、その話‥‥信じるわ‥‥」
「流石だな‥‥普通こんな話、信じるわけがない‥‥」
「分かっているんでしょ?‥‥その話に通ずる研究を私や瀬良がやっていること‥‥だから話した。でもそんな恐ろしい結末に至るなんて思いもしなかったわ‥‥」
頭応留美はゆっくりと立ち上がった。
そしてカバンから先ほどコインロッカーから取り出した袋を開けて、中から手帳を取り出した。
「貴方のこと‥‥信じるわ。三神くん」
そう言って手帳を手渡してきた。
「それを読む前に私の今の状況を話すわね‥‥」
頭応留美は落ち着いた表情で話し始めた。
いつも読んでいただきありがとうございます。




