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<ハノキア踏査編> 83.研究日誌

83.研究日誌


 「それを読む前に私の今の状況を話すわね‥‥」


 頭応留美はゆっくりと意を結したように話し始めた。


 「私は‥‥私は今、大きな問題を抱えているの。私がIITT社を辞める理由でもある」

 「妹さんのことか?」

 「ええ。妹には脳腫瘍があって、おそらく保って半年‥‥長くて1年も生きられないと診断されているの。脳と一体化していることもあって手術では取り除けない状態でね‥‥正確には脳死に至る病状‥‥。佳奈美‥‥妹の名ね‥‥佳奈美本人はそれを知らないわ。悪性の腫瘍は脳細胞を破壊していくのだけど、肥大して脳を圧迫するようなものと違って脳を侵食していくようなものらしく、頭痛などの症状もないから本人は気づいていないの。でももう直ぐ本人も気づくはず。思考が鈍ったり、記憶が飛んだり、今まで普通に出来た生活がおくれなくなってくるから‥‥」


 頭応留美は冷静な表情でありながら目から涙をこぼして話を続けている。


 「そして‥‥それを治す手段を持っているのは瀬良南だけなの」

 「瀬良が?彼は天才だが科学者であって医者じゃないよな?どういう意味だ?」

 「言ったでしょ?佳奈美は手術では治せない。瀬良南も医者じゃないから手術で治すのではないわ。瀬良と私は科学者。そして私たちが行なっている研究は精神を電脳世界へ繋ぐテクノロジーの実装。その可能性は未知数。何せ精神が体から離れて自由に行き来するようなものだからね」

 「‥‥‥‥」


 雪斗(スノウ)はかつてベータテスターとしてネツァクに飛んだ時の感覚を思い出していた。


 「彼と私の共同研究ではあるけれど、そのコアな部分は殆どが瀬良が‥‥いえ、瀬良(だん)が考案したものなの」

 「それと佳奈美‥妹さんを治すのとどう関係しているんだ?」

 「分からない?彼は密かに佳奈美のDNAを入手し、世に出ている様々な研究データを活用して作り上げたのよ‥‥クローンをね」

 「!!‥‥ク、クローンだって?!」

 「ええ。そのクローンは悪性の脳腫瘍なんてないまさに健康体。今の佳奈美に必要な体なの。そしてもう一つ。私たちの研究のさらに先‥‥今の佳奈美の精神をクローンの体に移す、というものなのよ」

 「何だって?!」

 (クローンって!噂では実用化できるレベルだとか言われているのは聞くけど本当に可能なのか?!)

 

 雪斗(スノウ)は一瞬で脳裏に恐ろしい光景が浮かび驚愕した。

 ディアボロスやサンバダンが何人も現れたら対処出来ない状況になるからだ。

 現にネツァクでは空人を何体も複製し日本のネイツァーク・ファンタジオンユーザーの意識を転送させている。


 「実現可能よ。でも精神体が肉体に宿らなければ動かない。いえ、正確には、動くけれど反射と本能で動く意志のない肉体と言った方がよいわね。しかもDNAが解明されているものでなければクローンは作れないわ。たとえば貴方の言う天使などはDNA解析が出来るのか分からない。天使が5体しかいなかったというなら天使のクローンは造れないということだと思う」

 「‥‥‥‥」

 (確かに‥‥天使を造れるのなら、ヴァニタスは空人をアバターにするのではなく天使そのものの複製で軍を作ればよいわけだ。だが、ハニエルを使っても空人を造り出すのが限界だったということか‥‥だとすれば悪魔も同じとみていい。いずれにせよ現在魔王アモンの体を乗っ取っているサンバダンを放っておくことは危険だ‥‥やつの頭脳でいつ魔王のクローンが製造されるか分からないからな‥‥)


 「話を続けても?」


 雪斗(スノウ)は脳裏に浮かんだ恐ろしい光景を一旦振り払って話に集中することにした。


 「すまない、続けてくれ」

 「私は既に佳奈美のクローンをこの目で見ているから分かる。そして私と瀬良の研究の行き着く先‥‥いえ、彼の頭の中にある論理と構造によって佳奈美の精神体をクローンに飛ばし定着させることが可能だとも確信しているわ」

 「分かった。信じよう。だがあんたは何か厳しい条件を突きつけられているということだな?」

 「ええ。その答えがその手帳に書いてあるわ」

 「この手帳に‥‥読んでも?」

 「勿論よ。そのために貴方に手渡したのだから」


 雪斗(スノウ)は分厚い手帳を開いた。

 


――研究日誌――


 “これは瀬良と私の研究の進捗を記した研究日誌である。

 手書きにした理由は複製や復元を防ぐため。

 いざとなればこの日誌は燃やせるようにしてある“


 雪斗(スノウ)は手帳を調べた。

 

 「!」


 確かに小さな発火装置のようなものが付いている。


 「私がスイッチを押せばその発火装置が作動して手帳は燃える仕組みね。スイッチが何かは当然教えられないけど」

 「それほど重要な内容なのか‥‥いや、この発火装置は佳奈美を守るためだな?‥‥あんたは出来ればこの日誌を公開したいと思っている。何らかの交渉のカードになるだろうしな。だが、公開すれば瀬良(だん)が黙っていない。佳奈美を延命させることが出来なくなる。そういうことか」

 「ええ」


 雪斗(スノウ)は再び日誌に視線を戻し読み始めた。



 “11月15日

 実験体であるマウスに精神転移装置を接続。

 モニターに映し出された電脳世界へ意識を転送させる実験を行う。

 電脳世界は私が作った仮想世界であり、違和感がないようリアルな状況を作り出し周囲にマウスの餌を十分に置いてある環境にした。

 仮に実験に成功した際、マウスは自身が電脳世界に精神体が転移していることなど気づかないため、なるべく現実に近い状態にすれば精神が崩壊せずに済むと思われるからだ。

 実験は失敗。

 マウスの精神体はマウスの肉体から離れたようだが、電脳世界に転移した瞬間に死亡した。

 原因は電脳世界で精神を維持するためのイメージを持てないことだと思われる。

 瀬良と私は電脳世界でマウスが精神体を転移させても違和感を持たないように電脳世界におけるアバターを用意すればよいという仮説を立てた。

 

 12月24日。

 妹の誕生日。

 家で佳奈美が待っているが、瀬良に押し切られ実験を続けている。

 既に電脳世界におけるマウスのアバターは完成しており、2度実験を行なっているが、あと一歩というところまで来ている。

 精神体を電脳世界へと送る際に、精神体そのものをデータ化するのだが、その容量が異常に大きいことが原因で精神体が分裂してしまい、転移が上手くいかないというのが我々の結論だった。

 私は精神体のデータの圧縮と展開を行う案を提案したが、瀬良はその案を却下した。

 代わりに彼が提案したのは精神体のデータ化を分割して行い、アバターに転送する際に分割データを接続し直すというものだった。

 私は反対したが、本日はその実験の3回目となる。

 これまで107体のマウスが犠牲になっている。


 実験は成功した。

 マウスは電脳世界で動き回り、周囲に配置した餌を食べ現在は満足げに眠っている。

 精神体にある、本能と記憶と人格を分割し電脳世界にあるアバターに転送する際に結合させるプロセスとしたことが上手くいった要因だ。

 本能と記憶と人格は分割することが可能であるらしいが今回も瀬良の理論が正しいと証明された。

 彼の発想と論理の構築は人智を超えている。

 私は研究者としてとても恵まれた環境にいると実感している。

 データの容量としては予想に反して本能部分が最も大きかった。

 本能は記憶の忘却にも作用しており、いわゆる記憶を暗号化して圧縮しストックする役割も担っていたからだ。

 いわゆる防衛本能であり、生存するために必要な作用を記憶と連動して行なっているということが分かった。

 辛い記憶が鮮明に残っている場合、自責の念から自死を選択してしまうこともあるが、それをさせないための本能作用と思われる。

 同時に人格とも連動しており、精神が崩壊することによって生命が維持できなくなることを避ける機能が働くようだ。

 高齢化すると人格が幼児退行することが多いが、それは死を意識したことで絶望し生命を維持することが困難になることを避ける本能作用によるものであり、理由も解明されたことになる。



 8月2日。

 実験はマウスからモルモット、そして現在は猿へと変わっている。

 研究施設を移した関係でかなり時間がかかってしまった。

 動物実験も度を越すと弊害が起こるため、その危険を避けるため山奥に施設を建設しそこで実験を行うことにしたためだ。

 その間、電脳世界を拡張して様々なアバターを制作した。

 マウスの実験は継続出来たため、マウスの精神体を象や馬のアバターに移す実験も行ったが、上手く行かなかった。

 マウスの精神体自身がイメージ出来ないものへ転送しても上手く結合しないことが原因らしい。

 瀬良は精神体が認識する精神体そのもの存在のイメージを改変する論理と組み替えの方法を模索したが、本能部分に刻まれた内容を改変することで精神が崩壊することが分かり、その研究を断念した。

 本能は精神体転移に欠かせないものであり、本来DNAに刻まれた肉体としての生命維持を目的とした機能と認識されていたが、本能は潜在意識を包含するものであると結論づけられた。

 潜在意識は記憶と人格に大きく相互影響するため、潜在意識が欠落した状態での精神体転移は成立しないという結論に至ったのだ。



 9月25日。

 実験は停滞気味となっている。

 猿の精神体転移のステージに入ったが、本能と記憶と人格が複雑化したため、アバターへ転移させる際の結合プロセスも複雑化し上手く結合できずにアバター転移後に猿が死亡してしまうのだ。

 当然電脳世界の猿のアバター内には精神体が部分的にしか転送出来ていないため、ゾンビのように徘徊するアバターや暴れ出して息絶えるアバターが続いた。

 この頃の瀬良は自分を責めることが多くなった。

 研究を成功させなければならないプレッシャーと上手く進まない状況の板挟みで自分が無能であると責め始めたのだ。

 瀬良が良く言っていた “発明とは100万回の失敗の先にある奇跡だ” と言い聞かせるが、最近はそれでも納得しない。

 


 9月30日。

 自身を責め続け言葉も少なくなった瀬良に休暇を進めたが、突然怒り始めた。

 私はどうやら彼に研究の殆どを背負わせ過ぎたのかもしれない。

 そして研究も急がせ過ぎたのかもしれない。

 

 

 10月2日。

 これまで1日たりとも休むことがなかった瀬良が無断で休んだ。

 とりあえず私の出来る範囲で実験を継続する。

 やはり複雑化した記憶と人格を繋ぐ本能領域のデータ化がネックであり、生存や種の保存の機能だけを備えた本能を持つマウスなどとは違い、食欲や睡眠欲、排泄欲などもあり、さらには承認欲求まで本能に組み込まれてくる。

 それらがひとつひとつの記憶や人格領域と繋がることで複雑なインターフェースが構築されるが、そのデータ化が非常に困難だ。

 現在開発が進んでいる量子コンピュータがあれば解析が短時間で終わるのだろうが、少なくとも後2年は待たねばならない。



 10月3日。

 瀬良が出社した。

 だが、様子がおかしい。まるで別人のように話し方、声色、表情、態度全てがおとといまでの瀬良と違っている。

 何よりこれまで解析が上手く進んでいなかった複雑な情報のデータ化について、人格と本能を繋ぐロジックを1日で構築してしまったのだ。

 そしてそのロジックが明らかに瀬良が瀬良ではないことを証明している。

 瀬良のロジックの癖が全く出ていないのだ。

 だが、研究が数歩前進したことは間違いない。



 10月5日。

 瀬良が別人であることの違和感に耐えきれず、問いただした。

 すると驚愕の事実が判明した。

 瀬良(みなみ)は不敵な笑みを浮かべながら自分は “瀬良(だん)だ” と答えたのだ。

 それから彼にインタビューを行った。

 彼は(みなみ)とは別の人格であり、幼少期の父親からの不条理な虐待を受けていた時に生まれた存在とのことだった。

 ここからはダンと呼称する。

 ダンは南を守るため、父親からの虐待を受ける時に(おもて)に出て南を守っていたらしい。

 IQは南を超えるレベルであり、南とは心の中の部屋で会話することがあり、よく勉強で分からない部分があると教えていたそうだ。

 南自身はダンとのやりとりを夢と捉えているようで、目が覚めるとダンの存在を忘れてしまうらしいのだが、勉強で分からない部分を教えた内容については覚えている、という状態とのことだった。

 瀬良の理論が段階的説明を飛び越えることがあるのだが、おそらくそれは心の中でダンから教えられた内容を記憶として受け止めることで、問題への解決策として一気に結論まで行き着くアプローチとなっていたに違いない。

 今回もダンは南を守るために現れたようだ。

 


 11月25日。

 研究が一気に進んだ。

 ダンの生成した情報の結合のプロセスを踏むことで本能と記憶、人格を結ぶ複雑な結合が短時間で行えるようになったのだ。

 それによりデータ化が一気に加速し、猿は電脳世界のアバターへ転送された後も自分は猿であることを認識し、電脳世界の中で現実世界同様の動きをとったのだ。

 餌としてバナナを用意すると警戒しつつも素早く奪い取り、上手に皮を剥いて食べた。

 最初は現実世界と同様のバナナの味覚データを付与したが、次に味覚データを変更し全く味がしないバナナを猿に見せた。

 猿は先ほどと同様に素早く奪い取るとバナナの皮を剥き食べ始めた。

 だが、すぐに吐き出した。

 味がしなかったことが原因であり、猿は味がしないバナナに違和感を覚えるとともに危険であるという反応をとったと思われた。

 この猿は過去、腐ったバナナや寄生虫がいるバナナなどで苦い経験をしており、それらはデータから読み取れることが出来るのだが、おそらく味のしないバナナなど有り得ないという状況が未知の存在という認識に変わり、過去の苦い経験とリンクしたことで恐怖心へと変化して吐き出した行為を促したものと推測される。

 猿はその後、怒りで周囲のものを破壊し始めた。

 恐怖を与えた我々への怒りを破壊という形で示したのだ。

 これは明らかに実験対象の個体である猿の行動だった。

 つまり実験は成功したのだ。


・・・・・


「三神くん」


 突如、日誌に集中している雪斗(スノウ)に頭応留美が話しかけてきた。


 「この後、私の抱えている問題の核心部分が書かれているわ。この先を読むなら、私に協力してもらう。それが如何なる対応であってもね。私は貴方に貴方の出来る限りの対応をお願いすることになる。それでいい?それでいいなら、先を読み進めていいわ」

 「問題の核心部分‥‥」


 雪斗(スノウ)は頭応留美の緊張した表情からこの先に書かれていることが恐ろし内容なのだと思った。



いつも読んで頂きありがとうございます。

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