<ハノキア踏査編> 80.発端
80.発端
雪斗は七瀬に勇気を貰ったのか、この立場を活かしてミネルデバイス開発の中枢に迫り、何とか自身が再びネツァクへ赴きリリアラを救う手段を考えるようになった。
そして今、ひとり会議室に篭って社内のネットワーク内を調べていた。
徐々に明らかになってきたIITT社の人員がミネルヴァース社に転籍されているのだが、その中に知った名が出てきたため情報を得る必要があったのだ。
(何年でも待ってやる。チャンスが来るのをな。レヴルストラの仲間といつ合流出来るか分からないが、合流出来ればより一層リリアラを救う手段が現実味を帯びるはずだ。いや、合流出来なくても必ずリリアラを救う方法を見つけ出し実行する。時間はあってないようなもんだ。おれは時の樹縛から解き放たれた存在のはず。二十代だったおれがマルクトにきて過去に戻りアラフォーになっているくらいだ。おれが進むべき道に時間の流れは関係ない)
真剣な表情の雪斗の横から桑田向がニヤニヤとした表情で雪斗の顔を覗き込んできた。
「おやぁ?一体何を考えているんでしょうか?まさかご自分がアルファテスターになろうなんて考えているんじゃないでしょうねぇ。あれは既に決まっているですよ?瀬良南のお仲間でね。今更知り合いでもない貴方が入り込む余地なんてありませんよ。残念でしたね。一生懸命考えて考えて徒労に終わる時の三神さんの顔、中々の絶望感を醸し出してくれるんでしょうねぇ」
出社している間は相変わらず桑田向が雪斗の精神を削ろうと話しかけてくる。
この頃になると雪斗は桑田向の言動に慣れ気にしなくなっていた。
まるで家で何かをしている時にBGM的にテレビを付けているような感じになっていたのだ。
(不破賀 照久と九寧 翔。この2名がミネルヴァース社に転籍か。こいつらはミネルデバイスの情報をどこまで得ているのか‥‥いや、まだ何も知らない可能性が高い。そして今分かったんだが、有留 平太は元々ミネルヴァース社にいたのか。次世代SNSの開発部でマネージャーをやっているらしい。どうする‥‥コンタクトとってみるか)
不破賀照久。
かつてミネルデバイス事業本部デバイス研究開発部の部長を担っていた男で金の天使ダネルの体をアバターにして金の天使ファガンテとなりサンバダンやズールーと共にヴァニタスの天使としてスノウたちと敵対した者だ。
そしてもうひとり、有留 平太。
彼もまたヴァニタスの一員として青の天使となっていた者だ。
ミネルデバイス事業本部ミネルヴァース開発部部長としてアルファテスターとなり、青の天使ゲダエルの体をアバターにして青の天使ウルへとなったが、最終的にはスノウたちに寝返りスノウたちを勝利に導く動きをしている。
頭応留美、九寧 翔に加えて不破賀と有留のふたりが雪斗の知れる範囲に現れたのだった。
(残るは瀬良南だけか。他の四人と接点を持てば自ずと瀬良南にもたどり着くはず‥‥)
「どうするか‥‥」
「おやおや。まさか不破賀照久、九寧翔、有留平太の三人と接点を持とうとしているんですかぁ?まぁそれもよいでしょうねぇ。でも接触することで未来が変わる可能性もあるということを理解しておいた方がよいですよ?まぁ貴方の高等な頭脳なら既に想定しているのでしょうけれど。貴方は再びこのマルクトに訪れる。その際の環境が変わっていたらどうなるのでしょうか?無限の変化の可能性がある中、過去の貴方は上手く動けるのでしょうかね。予定調和を知っていますか?」
(‥‥‥‥)
「ご存知ないようですね。未来とは無数の可能性がある。でもそれは観測していないからなのですよ。観測した瞬間に貴方の主観の中で動く未来は固定されてしまうのです。つまり、リリアラが樹木と化す未来、貴方がサンバダンの最高武器技、魂の器でマルクトに来た時の未来、全ては観測されてしまっています。どの時点を変えたらどの時点の観測された未来に戻るのか。まるで絡まった毛糸が一瞬で解かれるように、バラバラになったジグソーパズルが勝手に完成していくかのように観測された結末へと収束するのです。これは宇宙の理なので、どうしてそうなるのかなんて無意味な質問はやめてくださいねぇ」
(‥‥‥‥)
パタン!
雪斗はPCを閉じた。
そしてその日は早退した。
・・・・・
雪斗の部屋。
ボードに貼ってある時系列で整理したネツァクでの流れを見返している。
「くそ!‥‥予定調和だって?!どこでどう未来を変えれば何が起こるって言うんだよ!」
雪斗はボードに思わず殴り掛かろうとした。
桑田向が語った予定調和でいけば、早い段階で歴史が変わる動きをとっても結局リリアラの樹化に帰結するようにそこまでの流れが変わってしまうという意味になる。
「ギリギリでリリアラの樹化を変える動きを取る必要がある。未来に登場する過去のおれは、今の雪斗が未来を変える動きを取ったとしても、フォルティア・オドル連合を勝利に導く動きをとるはずだ。サンバダンやズールーを止める動きを変えることはない。‥‥待てよ‥‥なるほど。予定調和‥‥観測された未来がどこかのタイミングで確定してしまうのであれば、何をしてもフォルティア・オドル連合が勝利することは変わらない。つまり、未来に現れる過去のスノウはいずれにせよヴァニタスを倒すことになる。桑田向の言った話は気にする必要はない。未来に現れる過去のスノウを信じればいい。そしてリリアラの樹化を完全に止める手立てがひとつだけある!」
雪斗は人物相関図の一点を指差した。
「ズールーだ」
雪斗が指差した先には頭応留美が緑の天使ペネムの体を乗っ取りアバターとしたズールーを指差していた。
「こいつの最高武器技の大地の呪咆を使えなくしてしまえばいい。仮に使えなかったとしてもヴァニタスは予定通りネツァクを攻撃し、フォルティア・オドル連合は結束してヴァニタスを倒すシナリオは変わらないはずだ。こいつの武器は‥‥神話級武器ジグマと究極級武器のサザヴだった。究極級武器のサザヴを壊せばシナリオには影響が出ないはず」
雪斗はプランが見えた気がした。
・・・・・
翌日。
雪斗が出社すると本プロジェクトのオーナーとなっている本部長の仲鬼使密、通称ジャバの執務室にとある人物が出社していた。
「!!」
(あれは!頭応留美!)
なんとジャバの執務室に頭応留美が訪れていた。
ガラス張りであるため、執務室内の様子が外側から見えるのだ。
(何故だ?!‥‥いや、おかしなことじゃない!過去のおれが訪れた未来ではジャバがミネルデバイス事業本部の本部長、つまりトップを務めていた。全てを掌握していた立場だ。頭応留美と接触していてもおかしくはないんだ!)
「三神さん」
「!」
ジャバと頭応が会っている状況に気を取られ、突然話しかけてきた桑田向の声に雪斗は思わず反応してしまった。
「おや、やっぱり聞いてくれているんですねぇ。嬉しい限りですよ。それで、気になるんですね?あのふたり一体どんな会話をしているのでしょうか。私が聞いてきてあげましょうか?」
(‥‥‥‥)
「貴方の精神世界に残る残像たる私ならあの執務室の中に入り込んで話を聞くことも可能ですよ?」
桑田向はカラクゥインが雪斗の精神世界に残した残像であり、雪斗の見聞きできる範囲の情報しか得ることはできない。
雪斗の知見以外の情報を得ることは出来ない存在なのだが、それを忘れ思わず桑田向に指示しようとしてしまった自分を悔いた。
桑田向を完全に消し去るためには忘れ去ることだからだ。
桑田向を再び強く意識してしまったことでこれまで無視し続けてきたことによる桑田向を消し去るための積み上げた努力が水泡に帰したのだ。
だがそんなことはすぐに吹き飛んでしまうほど、ジャバの執務室内の会話に意識が向いていた。
(今後も頭応留美はジャバの部屋へ来ることもあるだろう。ジャバの部屋に盗聴器でも仕掛けるか)
雪斗は怪しまれないように少し離れた場所で様子を窺うことにした。
ガチャ‥
「それでは失礼します」
頭応留美が出てきた。
(どうする‥‥)
雪斗は声をかけるべきか否かを迷っていた。
(くそ!)
雪斗は勢いで頭応留美の方へと歩いていく。
「あ、貴方は‥」
わざとらしくならないように注意しながら雪斗は頭応留美にばったり会った体を装って話しかけた。
「あら、貴方以前プロジェクトルームでお会いした‥えっと‥」
「三神です。三神雪斗。同プロジェクトのマーケティングやVR世界の構築などの個別プロジェクトのリードをしています」
「そうでしたか。というと仲本部長直下で動かれているということね。私は研究開発領域を指揮することになる予定です」
「そうでしたか。天才と評判の貴方がプロジェクトの開発領域を指揮されるとなれば、このプロジェクトは成功したも同然ですね」
「いえ、私が指揮するのは少しの間になります」
「どういうことでしょうか?」
「こんなところで立ち話も何ですから、場所を変えましょうか。個別プロジェクトのリーダーの貴方なら話をして問題ないと思うので」
「はい」
頭応留美と雪斗は空いている会議室へと入った。
「私は元々IITT社をミネルヴァース社に売却する際に会社を辞めようと思っていたのです」
「どうしてですか?!貴方ほどの才能があれば、歴史に名を残すほどの偉業が達成できるでしょうに」
「私には妹がいます。両親は他界しているので私は姉でもあり親でもあるの。お陰様で資産は十分にあるから、今後は妹のために時間を使おうと思っていて」
「そうでしたか。でも幸せな人生を送るためには必ずしも仕事で何かを成し遂げるとか、大金を手にいれるとかではないですしね。家族や仲間と向き合って時間を過ごすことも幸せのひとつだと僕も思います。世の中、大した才能や能力もないのに会社にしがみついて本来の幸せが何たるかを考えもしない人たちが多い中、貴方は多くを持っている。それを捨ててまで本来の幸せを優先できるなんて簡単にできることじゃない。尊敬します」
「えっと‥」
「三神です」
「失礼‥‥。私名前を覚えるのがとても苦手で。三神さん、貴方は中々聡明で面白い人ですね。そして感覚が合う気がします。今度食事でも行きましょうか」
「え?えぇ、是非!」
「ではメールを送りますので名刺を頂いても?」
「もちろんです」
雪斗は名刺を渡した。
そして頭応留美が雪斗の名刺をしまおうとした時、雪斗は思わず心臓が高鳴るのを感じた。
「後ほど連絡しますね。それでは」
頭応留美は部屋から出ていった。
ガチャ‥
雪斗はひとり残された会議室の中で、自身の心臓の鼓動を感じつつ、俯いていたがその表情は驚きのものとなっていた。
(あれは!‥‥ヘギャザテを呼び出した鉱石‥‥ヴァニタスマター!!)
過去のスノウが未来のネツァクで見たヘギャザテを呼び出す儀式に使われていた特別な鉱石が頭応留美のカバンの中に入っていたのだ。
雪斗の心拍が乱れているのはそのせいだった。
(何故頭応留美が!い、いや、当然か!だが、あんなもの持ち歩くはずはない‥‥となれば‥‥はっ!‥まさか!)
「ジャバ‥‥」
雪斗は、ジャバが頭応留美に鉱石を渡したのではないかと考えた。
仲鬼使密が鉱石を頭応留美に渡したという推察が雪斗の脳裏に浮かんだ瞬間、今まで自分に対し執拗にパワーハラスメントで潰そうとしてくる上司でしかない、それも今の雪斗にとっては然程精神的な重荷ではない存在のジャバがとてつもない悪の存在となった。
いつも読んで頂き本当にありがとうございます。




