<ハノキア踏査編> 78.詰んでしまった流れ
78.詰んでしまった流れ
数日後、プロジェクトに大きな動きがあった。
ミネルヴァース社がIITT社を買収する話が正式に雪斗の耳にも入って来たのだ。
会社対会社の動きの中、幾つかの手続きや諸々の契約を締結するにあたり各領域から対応者が選抜されたのだが、マーケティング及びVRMMORPG構築の一部をスコープにして立ち上げられたプロジェクトのリーダーである雪斗が当該領域の対応窓口として選抜されたのだ。
選抜されたというと聞こえは良いが、ジャバから面倒な仕事を押し付けられただけであった。
だが雪斗にとっては頭応留美や瀬良南と接触する好機が得られたようなものであり、嬉しいアサインメントだった。
ミネルヴァース社とIITT社の連携は極秘であり、MIプロジェクト呼ばれた。
翌週にはMIプロジェクトメンバーが招集され、プロジェクトの目的と目標などの内容やIITT社との連携、気をつけるべきことや禁止事項などが説明された。
執務エリアも秘匿フロアに設置され、当別なIDが付与された中で当面働くことになったのだが、既にIITT社がミネルヴァース社へ譲渡される契約は締結されているため、IITT社はミネルヴァース社の子会社となっている状態で、この秘匿エリアで行われる幾つかの契約はほぼ事務作業であり、ミネルヴァース社員とIITT社員が一緒に契約書を作り込むという不思議な空間となっていた。
(かなり窮屈な場所だな。窓もない閉鎖的な空間で息が詰まりそうだ。だがジャバがいないだけマシか‥‥それにIITT社員がこの場にいるのは嬉しい誤算だったな。運が良ければ頭応留美と会えるわけだ)
「三神さん。プロジェクトのリーダーとして全体のMIプロジェクトのメンバーにも選ばれて流石ですね。面倒で誰もが出来てしまう程度の仕事かも知れませんが名誉なことですよ?でもあまり嬉しそうじゃないですね。それもそうか、こんな細かい文章のチェックだけの何の付加価値も無いような仕事なのですから。しかも最終的には法務がチェックするらしいですしね。だったら最初から法務が全てやればいいじゃ無いかって顔をしていますね。でもそうはなりません。精々頑張ってください」
「‥‥‥‥」
相変わらず桑田向が雪斗に纏わりつき気分を害する言葉を投げかけてくる。
雪斗はそれを完全に無視し続けているのだが、中々記憶の中から消えてくれそうになかった。
「三神さん、あれ、頭応留美じゃ無いですか?三神さんじゃ一生釣り合わないほどの才色兼備な女性ですね。今の冴えない中年の三神さんじゃぁ会話すらしてもらえませんね。まぁ仕方ないか。三神さん、お世辞にもオシャレとは言えないですし、洗練された部分は欠片もありませんからね」
桑田向を無視して雪斗は視線を頭応留美に向けた。
IITT社の社長でもある彼女の座っている机と椅子は特別製であり一目で彼女が頭応留美であることが分かった。
(やっぱりこの前カフェで見た女性は頭応留美だったんだな。確信はあったが、これであの時の会話が瀬良南であった可能性が格段に上がったわけだ。そして瀬良南もこのエリアにいる可能性‥‥いやそれは無いか。やつはエンジニアだ。こういう面倒な契約事には首を突っ込んでくるはずもないな)
雪斗は少しずつ頭応留美に近づいていく。
「ちょっと、お前ミネルヴァースの社員だな?」
「え?あぁ、はい。そうですが」
「これ以上は入れねぇの知らないのか?親会社だからといって何でも許されると思うなよ?同じMIプロジェクトメンバーってだけでこんな窮屈な箱に放り込まれているんだ。本来なら俺らの技術を使えることを涙流して喜ぶところだぜ?分を弁えろカスが」
「やめなさい」
突如威圧的な若者に背後から聞いたことのある声がした。
「あ、る‥社長」
「ミネルヴァース社の方、えっと‥‥」
「ああ、三神といいます」
「三神さん。大変失礼しました。私は頭応留美。IITT社のCEO兼CTOを務めています。先ずはこの者の無礼をお詫びします。大変失礼いたしました。間も無く同じ会社の人間になるわけですが、色々と手続きや契約が終わるまでは一応会社の区切りは必要とのことなのでどうかご容赦頂けると‥‥」
「いえ、どうかお気になさらず。私こそ知らなかったとはいえ、ズケズケとそちらのエリアに入り込んでしまい失礼致しました」
「いえ‥‥ところで大変失礼な質問ですが何処かでお会いしましたか?何故か面識があるような‥‥」
「面識はないかと思います。貴方はCEOでらっしゃるので多くの方と会われているかと思います。その中の誰かと似ているのかも知れませんね」
「そうですね、では‥‥」
頭応留美は一礼した。
そのまま雪斗に威圧感満々で詰め寄った社員の襟首を持って戻って行った。
「九寧。威圧的な話し方はやめなさいと言ってるよね。しかも社外の人だよ?そんな態度が続く限り昇進はないからね」
「う‥‥分ぁったよ」
(九寧!あいつ、クネイショウか!黒の天使!あんな顔だったか‥‥?)
九寧 翔。
彼はネツァクでサンバダンとズールーによって捕縛された天使のアバターを乗っ取ったひとりで、黒の天使ベカの体に憑依しヴァニタスの黒の天使となった人物だ。
(確かミネルデバイスビジネス企画部長だった気がする。そうか、こいつはIITT社から来たのか。だとすると、有留はいるんだろうか。彼は会社にいるならまともな会話が出来そうだ。‥‥‥いや、危ない。以前接点があったとしてもここはそれ以前の時間軸だ。知り合ってもいないやつを信用出来ないししてもらえるわけもない‥‥)
雪斗は振り向いて頭応留美を見た。
「三神さん、そんなに頭応留美が気になりますか?でも安心してください。全く相手にされず接点なんて生まれませんから。接点がなければボロカスに否定されることもストーカー扱いされて警察に通報されることも無いのですから」
嬉しそうに精神を削ろうとしてくる桑田向を無視して雪斗は自分の席へと戻って行った。
・・・・・
2ヶ月後。
手続きや契約関連もスムーズに纏まりほぼ全ての対応が完了した。
それに伴ってIITT社が完全にミネルヴァース社に吸収される時期が決まった。
あれ以来頭応留美との接点はなかったが、IITT社が吸収されれば接点もあるかもしれないと雪斗は考えていた。
それまでの期間、自宅で雪斗は現在からネツァクでリリアラが樹化し、ケセドへ越界するまでの流れを時系列で整理した。
「おそらくIITT社がミネルヴァース社に取り込まれるとIITT社は無くなりこの5つの部署と共にミネルデバイス事業本部が立ち上がるはずだ」
時系列の流れが書かれているボードにミネルデバイス事業本部の組織が書かれている。
<ミネルデバイス事業本部>
-ミネルテクノロジー研究室
-デバイス研究開発部
-ミネルデバイスビジネス企画部部長
-ミネルヴァース開発部
-ミネルデバイス人事部
「おれの記憶が正しければ、テクノロジー研究室の室長は瀬良南だ。そして研究開発部の部長は不破賀だな。だが、実質は瀬良南が仕切っていたはず。デバイス企画部長は九寧だったはずだ。そこそこは優秀なんだろうが、頭応留美との会話からすると昔の仲間ってとこか。あの口調で仕事しているくらいだ、お情けで部長にしてもらった感じだな。ミネルヴァース開発部長は有留だったはずだが、おそらくここで制作していた3Dのヴァーチャル空間は最終的には使われていない。瀬良南がネツァクと接続した時点で不要になったからだ。何かのカムフラージュに使った可能性はあるかも知れないが‥‥人事部は一旦無視していいだろう」
雪斗は時系列の線を辿っていく。
「ここだ‥‥」
線をなぞっていた指が止まった場所は、リリアラが樹化された点だった。
サンバダン率いるヴァニタス軍と最終決戦があった時点となる。
「エルはおれと出会い、死線を共に乗り越える必要がある。少なくとも2度目のティフェレトではエルがいなければヴィマナは飛ばず今頃ティフェレトはグレイアンたちに占領されていたかもしれないからだ。それは避けなければならない‥‥」
雪斗は腕を組みながら時系列のラインを眺めていた。
「‥‥‥‥」
何度も何度も時系列のラインを見返している。
「ズールーの最高武器技の大地の咆哮を放った後にリリアラが樹化している。ズールーは頭応留美だが、彼女がズールーとなった時点で彼女は姿を消している。つまり、頭応留美がズールーとなってしまえばいずれ大地の咆哮が放たれてリリアラは樹化してしまう。だがそうなる前に頭応留美を殺してしまえば、瀬良南たちは天使の体をアバターに出来ず、おれはエルと出会わなくなっているかもしれない‥‥」
ダァン!
「くそ!」
雪斗は怒りに任せて壁を叩いた。
だがかつてスノウであったころのように壁が壊れるどころか、手の皮が向け、血が滲み始めた。
痛みを感じないほど雪斗は怒りに満ちていた。
一か八か頭応留美を殺すルートもあるが、間違えてしまった時の代償があまりにも大きすぎた。
リリアラを救える代わりにエストレアやティフェレトの者たちを失う可能性があるからだ。
「瀬良南と頭応留美を殺してネツァクへのダイブそのものを止めるか。そしてなんらかの手段で再びネツァクの過去へ飛びエルに全てを話しておれ達と共にティフェレトへ言ってもらい、ゲブラーでマグマ結晶体を手に入れてもらうか‥‥。いや、マグマ結晶体を手にいれるためには相当な苦痛に耐えなければならない。一連の流れで人間として生活した記憶があったからこそエルはおれ達のためにマグマの中で死ぬ思い出マグマ結晶体を手に入れてくれたんだ‥‥だったらおれがゲブラーでマグマ結晶体を手に入れれば‥‥いや流石におれでもマグマの中で生きられるほど強靭な肉体を持ち合わせていない。マグマ結晶体の入手に失敗すればティフェレトは終わる‥‥。いや、そもそも瀬良南と頭応留美を殺したところで何らかの形で誰かが電異霊のヘギャザテを呼び寄せたら終わりだ‥‥」
電異霊のヘギャザテとはネツァクで瀬良南が呼び寄せた外宇宙の存在だ。
ネツァクで青鈍の天使となり四肢を破壊されたヘギャザテが怪しい存在に連れ去られて消えるまで、全てを無に帰す恐ろしい力で猛威を振るったのだが、瀬良南と頭応留美がいなくなった未来でヘギャザテが登場しないとも限らない。
その際の未来が読めないのだ。
「詰みか‥‥」
(リリアラ‥‥)
雪斗は自分の力不足を痛感した。
その時。
ピンポォォン‥
突如来客を知らせるチャイムが鳴った。
雪斗がモニターを確認するとそこには七瀬瑠璃がいた。
「七瀬さん?」
「雪斗さん!これ!」
モニター越しに七瀬は色々と詰まったエコバッグを見せてきた。
「ご飯作りに来たよ!」
「えぇ?!」
雪斗は驚きのあまり数秒間フリーズした。
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