<ハノキア踏査編> 76.内と外の影響
主な登場人物
【雪斗】
人生負け組であった三神雪斗が越界したことをきっかけにスノウ・ウルスラグナと名を変えハノキアの世界で仲間とともにレヴルストラのリーダーとして様々な勢力の企みを阻止しようと活動している本編の主人公。
現在はマルクト(地球)の日本で三神雪斗に戻ってしまい仲間と逸れた状態だが、仲間と合流しマルクトでの問題を解決しようとしている。
【八田野】
雪斗が働いているミネルヴァース社のプログラマーであったが、本部長で超ハラスメント気質の仲 鬼使密に目をつけられ地方の子会社に出向させられた。雪斗に恩義を感じており何かと助けてくれている。
【七瀬瑠璃】
大賢者たる雪斗を見かねた八田野が紹介した女性で27歳。
容姿端麗で会話上手で気遣いも出来る誰も放っておくはずのない女性だが、誰かと付き合ったことがない。
雪斗に好意をよせており気遣ってくれている。
【仲 鬼使密】
ミネルヴァース社の本部長でミネルデバイスの開発プロジェクトのオーナーでもある。スペースウォーズの悪役の宇宙人の容姿にそっくりであることから”ジャバ” と呼ばれているが、見た目はさることながらネチネチした性格や清潔感のない臭いなど人に好かれるようそゼロの人物。
超ハラスメント気質でセクハラ、パワハラはもちろんのこと、視線ハラスメント、スメハラなんでもハラスメントに置き換えてしまうほどの横暴な男でなぜか雪斗を執拗に追い込もうとしている。
【桑田向 ユカイ】
雪斗を辛辣な言い回しで不快にさせる存在で執拗に付きまとう中途採用の社員だと思われていたが、実は雪斗の中のカラクゥインの残憶が出現している現実は存在しない想像上の人物。あくまで雪斗が作り出した残影でありカラクゥインとの賭けには影響しないとされているが、雪斗の精神を削る非常に迷惑な存在。
76.内と外の影響
"三神さん。一体何独り言言ってるんですか?"
(まさか‥‥周囲にはこいつが見えていないのか!!)
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
桑田向の不気味な笑顔が余計に警戒心を強めさせた。
雪斗は八田野にチャットを送った。
"この話は忘れてくれ。おれの勘違いだった"
コメントを送信し終えると雪斗はすぐに会議室に向かった。
カチャ‥‥
雪斗ひとりの状態で会議室に鍵をかけると徐に誰もいない空間に話し始めた。
「出てこいよ。いるんだろ」
スゥゥゥゥ‥‥
すると誰もいない空間に薄っすらと人影が徐々に現れ始めた。
「桑田向ユカイ」
煙のように現れたのは桑田向ユカイだった。
雪斗は警戒心を強め桑田向から一定の距離を保ちいつでも逃げられる準備をしながら立っていた。
「どうかしましたか?」
「通りでイカれた奴だと思ったよ。お前の名前、桑田向じゃなくてクワンタムだろ?いや、もっと正しく言うならクワンタムに化けていたカラクゥインだ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
雪斗と桑田向との間にピリピリとした緊張感が走る。
「決めつけは良くないですね。決めつける人は自分に自信がない賢くない人だと聞きます。自分を賢く見せたい無知な人は決めつけずに "可能性がある" とか "かもしれない" という言い方をしますから。外れても如何にもその外れ値も読んでいたとばかりにね。でも決めつける人は決めつけて押し切ろうとします。自信がないから勢いで何とかしようとするんですね。正しく理解できている人は自分の答えが正解かどうかを確かめる質問を考えます。相手が誤魔化さないように正解を言わせるためです。三神さんは単純に思い込みで私をカラクゥインだと言い切りましたね。つまり自信がなく勢いで押し切ろうとする無知な人ということになります。初めからそう感じていましたけれど」
「誤魔化すんじゃねぇよ。こんな馬鹿げた嫌がらせをするのはお前くらいだろカラクゥイン。愉快なことを求めて人を小馬鹿にして笑いながら殺す。さぁ正体を見せろよ。それとも何か?見せられない理由でもあるのか?あるよなぁ!おれとお前は賭けをしている。この嫌がらせは明らかにルール違反だ。おれが絶望する気配がないからお前が嫌がらせをして絶望を促そうといるんだからな!」
「はぁ‥‥三神さん。全く貴方という人は傾聴力というものがないようですね。私はカラクゥインではありません」
「信じるかよ」
「信じる信じないの問題ではありません。私は貴方の作り上げた存在です」
「はぁ?!何言ってんだお前!」
ダァン!
雪斗は殴り掛かりたい気持ちを抑えつつ机を叩いた。
「私はカラクゥインが貴方と会った際に貴方の記憶に残した痕跡。残憶とでも言いましょうか。それを貴方が勝手に作り変えた。まぁカラクゥインの個性は残っていたようですが、それも貴方が持っている記憶に依存している。故に私はカラクゥインのようでカラクゥインではないのです。カラクゥインの残憶ですからいつかは消えるでしょう。明日か5年後か100年後か、いつかは分かりかねますが。まぁ諦めて下さいと言っても傾聴力の欠片もない三神さんは不安にかられ怒りをぶち撒けるだけの存在に成り果てるのでしょうけれど」
「イカサマだな。お前という存在はおれの中に植え付けられた奴の存在の記憶だとしたらおれにとって不利なことしかしない。現におれはお前に不快感しか持っていないからな。そしてそれは賭けにとっては意図的な小細工だ。つまりカラクゥインが言ったフェアじゃない。公平性に欠ける。これはカラクゥインの負けでいいんだな」
「そうはならないでしょう。これはカラクゥイン本人はおそらく気づいていないからです。カラクゥインもこの宇宙の因の中にあるんです。イカサマをしようとした途端に排除されます。つまり、もし私がイカサマの産物なのであればそもそも存在がすぐに消されているでしょう。それくらい分かっていて欲しいものですが無理な要求ですね」
「‥‥‥‥」
「さて。一旦私は消えるとしましょう。ですがこれからも頻繁に会いに来ますのでよろしくお願いします」
「2度と出てくるなよ」
「あ、言い忘れていましたが、残憶は私のことを考えれば考えるほど残ります。私が毎日出てくれば一生涯私は消えることがないということですね。では」
サァァァ‥‥
桑田向は煙のようにかき消えた。
「最悪だ‥‥」
雪斗は桑田向が言っていたことが事実であることに気づいていた。
途中から万空理の空視で桑田向を視て、桑田向が彼の言う通り雪斗自身が作り出したカラクゥインの虚構に過ぎないということに気付いていたのだ。
(周囲が変な目で見ていたのも納得だ‥‥これまで奴は現実の存在だと思っていたから普通に会話していたけど、周りから見たら独り言言ってるおかしな奴に映っていただろうからな。そんなことより桑田向のやつ、これからも出てくるんだったよな‥‥となると完全に無視し続けなければならない。無視して慣れて忘れる。呼吸していることを忘れるほどに)
雪斗はうんざりした表情でスマホを見た。
「会議か‥‥」
(何かを整理するなら家にしよう)
会議に出席した後、雪斗は早退した。
部屋でこれまでの状況と今後の対応について整理するためだ。
雪斗はノートに書きながら整理を始めた。
(桑田向が雪斗の記憶の中の存在だとしても一定のルールに縛られるはずだ。やつがミネルヴァース社の社員であるという縛りだ。これを無視してこの家にズカズカと踏み込んでくることはおれの既成概念として許していない。それを曲げて現れるとすればそれこそ宇宙の因果に反する。おれの勝手な想像の産物から賭けの結果に影響する存在に変わるからだ)
雪斗は鍵をかけ、インターホンの電源を切った。
(やはりこの状態を脱しないとダメだ。何とかレヴルストラの仲間と合流したい。だがどうやって?‥‥ヴィマナは東京湾から南数十キロで潜航待機中のはずだ。アーリカでシア、シルゼヴァ、エルの3人は上陸しているはずだが特にシアは元々ミネルヴァース社の社員でもあった。おれを見つけてくれるのを待つしかないか‥‥)
下手に動けばミネルヴァース社の動きを捉えられなくなるリスクがあるため、今この時期に会社を休職して仲間と合流を試みることはできない。
土日だけうろついても十分な時間は取れないだろう。
「確か例の会社を買収するのは半年後だったか‥‥」
一方で間も無くミネルヴァース社はとある企業を間も無く買収するタイミングがやってくる。
買収される企業は山波南と頭応瑠美がいるIITT社だ。
ミネルヴァース社がこの会社を買収することによってミネルデバイスとネツァクを模した仮想空間をベースとしたVRMMORPGが世に出されることになる。
その中で山波南と頭応瑠美にイヌトの接触があり、ハニエルたちネツァクの守護天使らが襲われ体をアバターとして乗っ取られることになる。
(エルはこのことを知っている。襲われたことが原因で地上に堕とされ人間として生きることになるのだが、エルはこの状況を止めたいと考えるはずだ‥‥いや、止めてしまうとエル自身が人間に堕ちることがなくなる。そうなればおれとの出会い、レヴルストラへの加入もなくなり、2度目のティフェレトでヴィマナを飛ばすことが出来ない状況に陥る可能性が出てくる。エルはそのことを想像するはずだ。辛い選択を迫られる。レヴルストラがマルクトにいれば防ぐことが出来るからだ。普通の人間である山波南と頭応瑠美をどうにかしてしまえばいい。あの二人がいなければミネルデバイスとミネルヴァースPRGシリーズは世に出ない‥‥)
「エルをマルクト調査チームに入れたのは失敗だったか‥‥彼女に辛い選択を迫ることになる‥‥くそ‥‥上手くいかない‥‥」
雪斗はまるで複雑なパズルのピースを嵌め込んでいるような感覚になった。
順番を間違えると大きな手戻りが生じる難しいパズルだ。
(今はとにかくミネルヴァース社でやれることをやる。その他は仲間を信じるしかない。今おれがこの場にいるのはミネルヴァース社でやるべきことがあるからだ。八田野に連絡をとってみるか。彼は今のこのおれの状況で非常に重要な存在だ。何度も助けられている気がする‥‥)
ヴーン‥
雪斗のスマホにチャットが入った。
(七瀬さんか‥最近会えていないからな)
チャットの内容はデートの誘いだった。
最近仕事に根を詰めている雪斗を心配して外に連れ出そうとしてくれていた。
「七瀬さん‥‥」
雪斗は週末、七瀬と会うことにした。
・・・・・
久々に彼女と会って雪斗はだいぶ気が楽になった。
雪斗はある程度内容を変え、隠すべきところを隠しながら彼女に今の悩みを打ち明けた。
七瀬は言えない部分があることを察した上で雪斗の悩みに自身の意見を述べた。
押し付けるわけでもなく、分からないことを分からないまま興味を示さない態度をとることもなく、まるで雪斗の抱える問題点やモヤモヤを客観的に整理するように言葉を選びながら質問をしてはひとつひとつの回答に結論づけるような話し方をしてくれた。
そして都度、雪斗の考えや思いを肯定し理解を示してくれた。
雪斗の言葉に迎合することなく否定もしない、あくまで雪斗のことを第一に考えてくれている言葉と姿勢が伺え、それが堪らなく嬉しく心が安心できる感覚を持ったのだった。
「七瀬さんはすごいね。こんな歳のおれなんかより何倍も歳上に感じるよ。もちろん精神年齢だよ」
「そんなことないよ。私は雪斗さんを尊敬しているし、大好きだし、もっと知りたいって思っているから、そうやって話してくれるのがとても嬉しいだけだよ。そして私がどう答えるのかも雪斗さんに私を知ってもらう大切な瞬間だから」
雪斗は思わず目に涙を浮かべた。
「雪斗さん‥‥」
「大丈夫だよ。心配はいらない。おれはひとりじゃないからね」
「そうだよね。その中に私も入っているかな‥‥」
「もちろんだよ。今はまだ応えられる状況になけど、七瀬さんはおれにとってとても大切な人だ」
「嬉しい‥‥。よし!ちゃんと彼女にしてもらえるように頑張ろっと!」
雪斗は七瀬の姿を見て堪らなく愛おしく思った。
・・・・・
それから1週間後。
相変わらず繰り返される毎日毎日の桑田向の執拗な嫌がらせを無視し続けた。
同時にジャバの連日のパワハラ三昧も心を無にして流し続けた。
桑田向との会話もなくなり、周囲も雪斗がおかしくなったのではないかという憶測が消え、ジャバのパワハラにも平然と流せる雪斗の精神の強さに周囲の社員たちは雪斗に対して見方を変えつつあった。
勿論良い意味での見方の変化であり、強引にプロジェクトに参画させられている女子社員や男性社員からも相談を受けるようになった。
セクハラを受けそうになる女子社員に対しては雪斗が必ず同席しジャバから無茶な振りや仕事を受けそうになった時、すかさず雪斗から割り込み別の仕事を頼んだりするなど庇いつつ、男性社員に対しては全て雪斗に報告する形にして責任を負わせない体制へと変えた。
社員が優秀であることもあり仕事が進展しているためジャバも必要以上に文句が言えず、雪斗に対して毎日2〜3時間ネチネチと大声でパワハラを繰り出すしかできなかったのだ。
「お前にはこのプロジェクトは無理だ!俺ならこのレベルまで既に終えてんだよ!なんでまだここまでなんだ?ええ?一体どういう仕事の管理してんだよバカが!お前みたいな無能なやつはとっとと会社辞めちまえよ!」
「辞めてもいいですけど、他の社員も辞めますよ。皆会社辞めたいと言っていて私がそれをなんとか引き留めているんです。私をクビにするのは構いませんが、本部長のオーナーとしての責任が問われるほど仕事は停滞するでしょうね」
「はぁ?!生意気言ってんじゃねぇぞ三神!お前みたいなやつが社員の離職を引き止めてるわけねぇだろ!俺だよ俺!俺が彼女たちの離職を引き留めてるんだよ。お前がいなくなったところで会社は何一つ痛まないし俺も全く問題ないんだよバカが!言ってたぞ?お前が最近言い寄ってきて気持ち悪いってな。由香里もアキも優も皆お前がキモいってな!田中も井本も吉川もお前の仕事の進め方に納得できないって文句言ってたぞ?お前分かってんのか?」
「彼らに聞いてみますよ。本当にそうなら改善します」
「無理だな。お前に改善なんてできるわけがねぇよバカが!子会社に空きが出たらそく転籍してもらうからな!覚悟しておけよ三神!」
「その時は私も覚悟を決めますよ。窮鼠猫を噛むではありませんが、せいぜいあがきます」
「出てけ!お前の顔を見ているとムカムカするんだよバカが!」
ジャバの怒号は彼専用の執務室からも漏れてきており、雪斗が部屋から出てきたのを皆勇気づけるような目線で出迎えた。
雪斗は苦笑いしながら皆は大丈夫だというジェスチャーで返した。
・・・・・
それからさらに1週間後。
プロジェクトに動きがあった。
ネットニュースにミネルヴァース社がIITT社を買収するネタが掲載されていたのだ。
誰がリークしたのか知らないが、社員はおろかプロジェクトリーダーである雪斗も知らされていない内容であった。
当然以前にネツァクから越界した際に聞いていたため雪斗は知っていたが、情報として把握できる立場にないということが証明されやりづらさを痛感した。
「いよいよか‥‥」
雪斗は帰宅後に今後の作戦を整理することにした。
いつも読んでいただきありがとうございます。




