<ハノキア踏査編> 74.自分に出来ること
主な登場人物
【雪斗】
人生負け組であった三神雪斗が越界したことをきっかけにスノウ・ウルスラグナと名を変えハノキアの世界で仲間とともにレヴルストラのリーダーとして様々な勢力の企みを阻止しようと活動している本編の主人公。
現在はマルクト(地球)の日本で三神雪斗に戻ってしまい仲間と逸れた状態だが、仲間と合流しマルクトでの問題を解決しようとしている。
【八田野】
雪斗が働いているミネルヴァース社のプログラマーであったが、本部長で超ハラスメント気質の仲 鬼使密に目をつけられ地方の子会社に出向させられた。雪斗に恩義を感じており何かと助けてくれている。
【七瀬瑠璃】
大賢者たる雪斗を見かねた八田野が紹介した女性で27歳。
容姿端麗で会話上手で気遣いも出来る誰も放っておくはずのない女性だが、誰かと付き合ったことがない。
雪斗に好意をよせているが、雪斗を気遣ってくれている。
【仲 鬼使密】
ミネルヴァース社の本部長でミネルデバイスの開発プロジェクトのオーナーでもある。スペースウォーズの悪役の宇宙人の容姿にそっくりであることから”ジャバ” と呼ばれているが、見た目はさることながらネチネチした性格や清潔感のない臭いなど人に好かれるようそゼロの人物。
超ハラスメント気質でセクハラ、パワハラはもちろんのこと、視線ハラスメント、スメハラなんでもハラスメントに置き換えてしまうほどの横暴な男でなぜか雪斗を執拗に追い込もうとしている。
74.自分に出来ること
その日の夜、雪斗は七瀬瑠璃からメッセージを受け取っていた。
"今日はありがとうございました。とても楽しくて時間を忘れてしまったほどです。またお会い出来ますか?今度は私の手料理を食べて欲しいです。 七瀬"
雪斗は理解の範疇を超えているとばかりに思考停止状態となっていた。
ベッドに横になり天井を見上げて暫く呆然としていた。
(何なんだ?マジで揶揄ってんのか?)
だがその後次に会う日が決まった。
会う日は3日後の夜になったのだが、雪斗は仕事でそれなりに忙しい日々を過ごしていたにも関わらず、頭から七瀬のことが離れなかった。
3日後、雪斗は仕事帰りに七瀬と会った。
普通に食事をしただけであったが、前回同様会話の内容や質、テンポなどが奇跡的に合致しており、雪斗自身も時間が経つのを忘れてしまうほどであった。
それから何度か同様に仕事帰りに食事をし、親睦を深めていった。
その頃になると、雪斗は七瀬が自分を揶揄っているのではないかと疑うこともなくなり、純粋に彼女と会うのが楽しくなっていることに気づいた。
ズン‥‥
自分の部屋に戻り、風呂に入った後ベッドに横になった。
脳裏に自動的に七瀬との楽しい時間が流れていく。
その時ふと窓の外の星空に視線を向けた。
(星‥‥少ないな‥‥ティフェレトの夜空は綺麗だったんだが‥‥!!)
雪斗は初めてレヴルストラの仲間のことを考えない時間があることに気づいた。
ガバッ!‥‥パァン!
「おれは一体何をしているんだ?!」
ベッドの上で起き上がり自身の両頬を手のひらで叩いた。
(雪斗になってしまって雪斗時代の環境と意識に呑まれつつあるのか、それともおれがただ単に浮かれているだけなのか‥‥確かに仕事は楽だ。以前もそうだったが結局は関わる人を気遣って遠慮して忖度して仕事をややこしくしていただけで、特におれは空気になろうとしていたから余計に仕事が難しいものだと感じていたが、今は何のしがらみもない。仕事に集中できる。集中して外圧に惑わされなければ仕事なんてそう難しいものじゃない。特に企画段階の今の仕事はな。まぁジャバが毎日ネチネチ説教するし、あれやこれや無理難題を言ってくるが、これまでの冒険の修羅場を思えば大したことじゃない。いやむしろ、ジャバが無理難題を指示してくれているお陰で周りの人たちを動かしやすくなっているくらいだ。そして出来た心の余裕に七瀬瑠璃が入り込んできた。レヴルストラのことを考える隙間がないほどに‥‥いや、おかしい!おれの軸はレヴルストラだ!今のこの生活じゃない!)
「おれは一体何をしているんだよ全く‥‥」
雪斗は自分自身に呆れていた。
・・・・・
――翌朝――
雪斗は体調不良を理由に会社を休んだ。
もちろん体調不良などではない。
仕事は効率的に進め計画よりだいぶ前倒しで進められているため特に休んでも問題ない状況でもあり、他者に迷惑をかけることはなかった。
つまり、安心して休める状態だった。
雪斗はレンタカーを借りて山岳地帯に来ていた。
車を登山が利用できる駐車場に停め、リュックを背負って山の中へと入っていった。
「ここでいっか」
人が訪れることがなさそうな場所でスノウはリュックを下ろした。
「さて。あれが良さそうだな」
雪斗は落ちている太めの真っ直ぐな枝を手に取り、リュックの中に入っているナイフを取り出して削り出した。
シャッ!シャッ!
「やはり筋力は以前のおれとは比べ物にならないほど落ちている。いや雪斗時代に戻ったと言った方が合っているか」
シャッ!シャッ!シャッ!
10分ほどナイフで枝を削っていたのだが、その形は剣を模っていた。
「こんなもんかな」
ヒュン‥‥
スノウはナイフで荒削りの木刀を作ったのだった。
「魔法は使えない。筋力も落ちている。おれが雪斗になる前の能力として確かめるべきは道具作成のスキルと剣術や体術だ。記憶に刻まれたスキルが体で表現できるか。いや、出来るはずだが、もし思うよに剣を振れないとか、体術の型を使えないとなればそれはおれ自身が何かの力で能力を失っていると見た方がいい」
ス‥‥
シャッ!ササッ!ヒュン!バシュン!!
雪斗は華麗に剣を振った。
「若干違和感はあるが、大体思った通りには振れているな。おそらくおれの筋力が雪斗の状態にあるかだろう。だが、これだけで断定は難しい。もう少し確認する必要がある」
雪斗は折った太めの枝に持参したロープ巻きつけて木々の枝に吊るした。
吊るされた枝は30本ある。
ス‥‥
カカカカン!シャ!シュカカン!カカカカンン!!
雪斗の華麗な木剣捌きで吊るされた枝が跳ねるが、それが戻ってくるのを避けながら、別の枝を叩く動作をある程度の速さで行った。
シャ‥シャカカカン!カカカン!!ココカン!カカン!
全ての枝が揺れた状態となり、さらに枝は複雑に動き雪斗に襲いかかる。
それを全て避けながら雪斗はさらに枝を叩く。
シャカカン!‥‥スタ‥‥
「はぁはぁはぁ‥‥この程度なら‥はぁはぁ‥そこそこ動けるが‥‥はぁはぁ‥‥体力が‥‥はぁはぁ‥‥なさすぎる‥‥」
完全に息があがってしまい、これ以上枝を打つことが出来ない状態となっていた。
集中していて気づいていなかったのか、ところどころに擦り傷があり、手にはまめができ、皮が剥がれ血が滲んでいた。
そしてあまりの疲労感に雪斗はその場に大の字で横になった。
今まで当たり前のように自分の中にあった様々な能力がほぼ失われ、強さが自分の存在意義を保たせていた部分もあったことに気づき、雪斗は落胆していた。
だが、脳裏にカラクゥインとの賭けが浮かび雪斗はネガティブな考えを捨てポジティブに転換しようと試みた。
「異世界に越界できればまた元に戻るはずだ。ここマルクトで雪斗の姿になってしまっているのには理由があるはずだ。今のこの姿でなければならない理由が。おれはそれを見つけこのマルクトで果たすべき役割を確実にこなし仲間と合流して越界する。おれは負けない。大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように言った。
「だが、流石にこの体力の無さはまずいよな。元の状態に戻すことは無理だと思うけど、さっきの稽古で息があがらない程度には鍛え直さないとならないな。あと、道具製作のスキルはちゃんと残っている。鍛治絡みは厳しいけど普通に道具は作れる。木剣ももう少しそれっぽいものも作れるはずだ」
・・・・・
その日から雪斗の鍛錬の日々が続いた。
日中は仕事、定時であがるとジムに通いその後、走って自宅まで帰るようにした。
職場から自宅までの距離は約10kmで、行きは疲れで仕事にならない可能性があるため、帰りだけ走ることにした。
定期的に山籠りをして剣の腕に磨きをかける鍛錬も続けた。
その間、七瀬と会う機会は減っていたが、相変わらず一緒にいて楽しい感覚があり、いつしか厳しい鍛錬の日々の合間の癒しのような時間になっていた。
「三神さん、最近雰囲気変わりましたか?」
「え?何も変わっていないけど?」
「うーん‥‥なんか‥引き締まった感じかな?」
「あぁ‥‥ちょっと鍛えてはいるけどね」
「へぇ!すごい!でも何で?」
「何でって理由が必要?」
「いくつかありますよね?例えば‥‥健康維持とか」
「うん、そうだね」
「若い人たちに腕相撲で負けたくないとか」
「腕相撲する機会はないけどまぁそうだね」
「あとは服のサイズを気にしているとか」
「そうだね」
「階段の上り下りを楽にしたいとか」
「そうだね」
「私にモテたいとか」
「そうだね」
「え?」
「え?」
一瞬沈黙が流れた。
数秒後、雪斗が自分が何を言ってしまったのか気づき慌てて否定しようとし始めた。
「あ、違う、いや違わない、いや違わないというかそうじゃなくて‥‥」
「あははは!引っかかったね!こういうのイエスセット話法っていうんだって!」
「イエスセット話法‥‥ああ一貫性の原理を利用したやつか」
「そうそう!でも誘導されたみたいになってしまったけど嬉しかったです」
「え?」
「だって、三神さんに私のこと好きですか?って真正面から聞いても絶対答えてくれ無さそうじゃないですか」
「か、揶揄ってんだろ‥‥」
「そうじゃないですよ。私、三神さんのこと好きだから。両思いになりたいって思うのは普通のことでしょ?」
「!!」
雪斗は言葉を失ってしまった。
それを見た七瀬は雪斗を気遣うように言葉を重ねた。
「でもいいんです。三神さん、何かおっきな問題を抱えているんじゃないかなって思うから。その問題が解決するまで私のことを見てくれたり出来ないんじゃないかなって思うから。私はそんな三神さんが好きだし、きっと誰かを頼ることなく自分で解決していくんだろうし。そこに私が入る余地なんてないと分かってますから」
「七瀬さん‥‥」
「それまではとってもとっても仲の良いお友達という関係で許してあげます。だから‥‥だから早くそのおっきな問題を解決してくださいね!そしてその後は私と向き合って欲しいです」
雪斗は心臓の鼓動が高鳴るのが自分でも分かるほどドキドキしていた。
(おれ、自分のことしか考えてなかったな‥‥)
七瀬が雪斗を好いてくれているのは本当なのだろう。
だが、それを押し付けることなく、あくまで雪斗に寄り添っていこうとしてくれる気持ちが雪斗にとって堪らなく愛おしく、嬉しくもあった。
同時に雪斗は自分が七瀬のことが好きであるということをしっかりと意識した瞬間でもあった。
「七瀬さん、ありがとう。気持ちはとても嬉しいよ。君の言う通りおれは大きな問題を抱えている。それを解決するまで誰かと恋愛なんて出来ないと思っている。だから少し待ってくれると嬉しい。おれも君と向き合いたいって思っているから」
「嬉しいです。本当に‥‥」
七瀬は涙ぐみはじめ言葉を詰まらせた。
「七瀬さん‥‥」
雪斗は早く仲間と合流し、この世界で果たすべき役割を明確にして七瀬に答えられるように、自分の気持ちに素直になれるようにしなければと思った。
いつも読んで頂き本当にありがとうございます。




