<ハノキア踏査編> 70.雪斗
70.雪斗
「う‥ん‥んん‥‥」
スノウは目覚めた。
視界がぼんやりとしている。
いつものようにヴィマナの自室の天井が見えるはずであったが違う景色が舞い込んできた。
バッ!
スノウは直ぐに飛び起きて戦闘態勢を取ろうとするが上手く動けない。
「?!」
何とか態勢を整えるとそこはいるはずのない、かつ知っている場所だった。
(こ、ここは‥‥!)
スノウは周囲を見回した。
「おれの部屋!」
スノウは愕然としつつも冷静に周囲を見回した。
(小さなTVに安っぽいベッド‥‥光の入りづらいベランダに狭いキッチン‥‥この色合いと匂い‥‥間違いない!)
「おれは‥‥マルクトで雪斗になっている‥‥」
スノウは洗面所へと向かった。
自分の顔を確認するためだ。
「やっぱり‥‥」
20代前半の若々しい顔ではなく少し疲れたアラフォーの顔になっていた。
劇的に老けているわけではないが、やはり20代とは違う。
「はっ!おいババァ!」
スノウは思い出したかのようにオボロに話しかけた。
だが反応がない。
そもそも今のスノウは黒髪だ。
オボロに憑依された状態では銀髪だったためオボロが憑依しているはずもなかった。
「おいマダラ!」
スノウの体に透明化して巻き付いているはずのマダラもいなかった。
「そうだ!バルカン!」
スノウは常に背負って持ちあるていたバルカンの炎であるエターナルキャンドルが無くなっていることに気づいた。
「クソ!」
(探さねばならない!最優先だ!ヴィマナにある可能性もあるが兎に角探せる範疇で探す!)
スノウは心を落ち着かせた。
冷静にならなければカラクゥインとの賭けに負けてしまう可能性が高くなるからだ。
「ふぅ‥‥まぁ有り得る話だが‥‥」
ため息をつくと落ち着くと誰かが言っていたのを思い出しスノウは深いため息をついた。
(想定はしていた‥‥。前回ネツァクからマルクトへ飛んだ際はおれは雪斗になっていた。だがそれはサンバダンの魂の器によって生成されたブラックホールに飲み込まれマルクトへとやってきたいわば抜け道のような形だったから同じ状態ではない可能性も考えていたが、どうやら前回と同じ状況になったようだな‥‥)
ようやくスノウは落ち着いた。
そして思考をクリアにして準備して来たことを思い出した。
想定内の状況であったため、プランも用意していたのだ。
「その前に確かめねば」
スノウは人差し指を立てて指先に魔力を集中した。
「?!」
ファイヤーボールの応用で指先に炎を灯そうとしたのだが、炎は発生しなかった。
(おかしい!)
スノウは違和感を持っていた。
魔法が発生しない経験はケテルでもあった。
前回のマルクトも同様だったが魔力を強く込めれば魔法は発動した。
それが今回は全く魔法が発動しなかったのだ。
ケテルの前回のマルクトも周囲にある魔力が異常に少ないため、魔法を発動する威力も大きく抑えられ魔法が使用するに値するほどの効果を発揮できなかったのだが、魔法自体は発動した。
しかし今回はその魔力が一切感じられなかったのだ。
つまり魔法を発動した感覚がなかったのだが、考えられることはふたつあった。
(ひとつはマルクトでは魔法自体の使用が出来なくなっている状態だ。前回と異なる状況だからその理由を調べなければならない。もうひとつはおれ自身が魔法を使えなくなっているという状態だ。これは信じたくないが可能性は否定出来ない‥‥)
ピピピピ!ピピピピ!
「!」
突如アラーム音が鳴り出した。
音のする方に目を向けるとスマホが目に入った。
「朝の6時半か‥‥」
スノウはスマホを手に取りアラームを消した。
画面を開き、メールや予定表をチェックする。
「!!」
スノウは今自分が何年の何月何日に越界したかを理解してさらに愕然とした。
「マジか‥‥」
スマホにはスノウが初めて越界した次の日が示されており、普通に会社に行く予定になっていた。
(ネツァクにいた時に来た際に八田野くんから聞いた話じゃおれが越界した後の数年は行方不明状態だったらしいけど、それを上書きすることになるな‥‥。おれのいた会社はミネルヴァース社でいずれ画期的なVRゴーグルを開発し、ネイツァーク・ウォリアーズというVRMMORPGを世に出すことになる。そしてその後、ネツァク侵略の軸となるネイツァーク・ファンタジオンを出すことになるってことだよな‥‥)
スノウはさらに思案を巡らせた。
(おれの今のこの状況‥‥魔法が使えなくなり、あの苦痛な会社に出社を促されている状態でかつ、仲間とも逸れていていつ再会できるかも分からない。ヴィマナは東京湾のはるか南。しかも潜水艦でもなければ辿り着けない海の中だ。仲間と再会するまでは生活し続けなければならないし、おれに出来ることはやらなければならない。となれば‥‥)
「気は進まないが出社するか‥‥」
スノウは仲間を信じ、今自分が出来ることをしようと思い出社することに決めた。
その奥にはカラクゥインとの賭けに負けられないという決意もあった。
・・・・・
出社すると以前の空気のような扱いではなく皆が笑顔で挨拶して来た。
「?」
(何だこの違和感‥‥若干記憶は薄れているとはいえ、こんな職場じゃなかったぞ?‥いや、職場どころか学生時代からどこへ行っても不遇の扱いだった。これは間違いない。おれの心の奥に深く刻まれた最悪の過去だ)
雪斗は自席に座った。
(確かここだったよな)
コト‥
雪斗の机の上に缶コーヒーが置かれた。
女性の手が見えたため慌てて見上げると見覚えのある顔だった。
(この子、確か八田野くんの彼女‥将来は別れるんだったっけ‥‥確か名前は‥‥田島!田島だ)
「ありがとう田島さん‥‥」
「いえ、お疲れのようだったので何か元気になりそうなものって探したんですがこんなものですみません」
「いやありがたいよ。目が覚めるしね」
田島さんは恥ずかしそうに一礼して自席へと戻っていった。
(何だったんだ‥‥まぁコーヒー飲めるだけありがたい。ってか今更だけど何でおれ財布持ってたんだ?免許証はケリーにあげてしまったし財布は誰かにあげたような‥‥)
異世界で失ったはずの財布は何故か自分の鞄の中に入っている。
朝の通勤時は体が覚えていたのか、勝手に財布を取り出して駅のゲートを通過していた。
「おい三神!こっちへ来い!至急だ!急ぎ!今直ぐだ!」
突然甲高い刺さるような声で呼ばれた。
「何だよ‥‥」
(あぁ‥思い出した。出目金か)
出目金とは雪斗の直属の上司である部長で、本部長の仲 鬼使密の金魚のフンのように引っ付いてゴマばかり吸っている少し目が飛び出だ顔の小男だ。
「遅いぞ遅い遅刻だ!」
(何を言ってんだコイツ)
「本部長がお呼びなのだ!急げこのスカタコが!」
ギン!
「ひっ!」
雪斗が人睨みすると出目金は怯えたような表情を見せた。
「ななななななんだ!そののそののその生意気なた態度は!」
「はぁ‥‥」
「きぃぃぃ!ため息をついたな貴様!」
(貴様って‥‥完全にパワハラでアウトだろ‥‥)
越界前の雪斗であれば胃を痛めながら謝り続けていたであろう。
だが幾つもの修羅場を潜り抜け、大切な仲間を得た雪斗にとって今のこの状況はただひたすら面倒くさい感覚になるだけであった。
「い、行くぞ!」
「はいはい」
「はいは1回だ!三神のくせに生意気だぞ全く!」
雪斗は出目金の後に連れられ本部長の執務室の前に来た。
ガラス張りで有り中が見える状態であったため、スノウの視界に本部長の仲の姿入って来た。
(うわぁ‥‥嫌な記憶が蘇るぜ‥‥)
スペースウォーズに登場する気持ち悪い宇宙人のジャバに似ていることを思い出し、その顔で怒鳴られた光景が蘇って来て不快な気持ちになった。
コンコン!
「‥‥‥‥」
コンコン!
「うるさいんだよ。何の用だ?」
「ももも申し訳ありありありり有りません!三神を連れて参りました!」
「入れ」
「失礼します!」
カチャリ‥
出目金はゆっくりとドアを開けた。
ギュワァァァァン‥‥
(う!‥‥‥)
異様なオーラに雪斗は一瞬立ちくらんだ。
(このオーラ‥‥コイツは一体‥‥?!)
「三神‥‥そのクソムカつく顔、この間の事は忘れてねぇからな!」
(何だよこの間の事って‥‥ああ‥)
スノウは歓迎会でシアに言い寄って来た仲を勇気を振り絞って撃退したことを思い出した。
そのことを根に持っており、人事が楽しみだと主張していたことも脳裏に蘇ってきていた。
「はい‥」
「そこに辞令がある。来月1日付の辞令だ」
雪斗は辞令に目を通した。
(どうせ辺鄙なところの小さな事業所か子会社に出向か何かだろ‥‥全く気に入らないやつに人事権を振りかざす奴ほど無能だよな‥‥‥それで?‥‥何が書いて‥‥はぁ?!)
その辞令にはこう書いてあった。
"次世代技術VRゴーグル開発プロジェクトリーダーに任命する"
(これってまさか‥‥ミネルデバイス?!)
スノウは驚きが表情に出ないようにしつつ辞令を読み返した。




