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<ハノキア踏査編> 59.イヌト

 59.イヌト


 しばらくティフェレトが救われたことへの喜びに浸っていた面々だったが、会議を再開することにした。

 スノウが言いかけた、グレイアンとの戦闘の振り返りのところから再び会話が始まった。


 「アヌの話ではグレイアンは鉱物生命体だ。元々は彗星でそこに存在した水に自我が芽生えた。さらに高度文明の宇宙船が不時着し、そこにあった人工知能を取り込んで高い知能を得た。そして様々な文明を破壊、取り込んで現在のグレイアンとなったということだ」


 既にアヌの話を聞いているシルゼヴァたちは腕を組んで小さく頷いている。

 一方話を聞いていないルナリとエルティエルは驚いた表情で話を聞いていた。


 「鉱物生命体‥‥。メタトロンに聞いたことがあるわ。宇宙とは精神構造自体はシンプルだけど、物理世界は際限なく拡張している。でも拡張前の小さな物理世界であった宇宙に精神世界から自我の雫が落とされたのが水だったと。だから今尚拡張し続ける物理世界の宇宙には多くの水が散らばり、その水に自我が拡散しているのだと。水には気をつけなければならないと。これは我が主のお言葉だったと言っていたわ」

 「我にも自我は存在するが、それは我に負の情念が力を与えたことで自我の存在を固定させた。原理は同じなのだろう。水には何かを蓄積し固定する力があるのやもしれぬ」


 エルティエル、ルナリの言葉を聞いてスノウが再び話し始めた。


 「そうかもしれない。おれのいた世界でも身近にある水の本質は未だに解明されていなかったからな。そしてもう一つ。“イヌト” という存在だ」

 「イヌト?」

 「ああ。イヌトは電異界という別の宇宙からやってきた存在らしい。おれはそのイヌトと呼ばれる存在のひとつを見たことがある。ヘギャザテという異界に住まう虚無だ。触れたものを無に帰す恐るべき力を持った存在だった。そのヘギャザテがいた世界は電異界と呼ばれていたが、まさにそこからこの宇宙を破壊しに来たらしい」

 「イヌト‥‥この世界を破壊ですか‥‥」

 「いや、破壊じゃない。無に帰す、つまり何も無い状態にすると言うことだ。破壊には再生が対となることがあるが、完全なる無にしてしまう、これがイヌトの力だ。ティフェレトは勿論、ハノキア全土の虚無化がイヌトの目的らしい」

 「イヌトとグレイアンの繋がりは何だ?」

 「当然の疑問だなルナリ。グレイアンはイヌトによって支配されているらしい。様々な文明を破壊しているのもイヌトの指示があってのことのようだ。その文明を吸収できるメリットを考えればグレイアンにも逆らう理由はなかったのかもしれないが」


 “ここからは僕が話をしてやろう”


 フランシアに抱き抱えられているアヌが話し始めた。


 “この宇宙の精神構造体には様々な次元が存在し、多くの生命体が格納されている。物理的には貴様らがビッグバンと定義づけた拡張状態にあるわけだから無限にも思える星が常にその距離を広げていることになるが、そのようなことに大した意味はない。そしてグレイアンの目的だが、高度な知能を手に入れた鉱物生命体はどこまでいっても鉱物だった。だが精神構造と物理構造の狭間で上手く指示命令系統が回らない歯痒さを感じていた"


 スノウがここで割って入った。


 「理解が追いつかないが、なんとなくで言うと、前半部分は置いておいて、グレイアンは鉱物生命体として宇宙を把握する力を持っているにも関わらず物理的に自由に動き回ることができないでいた‥‥そういうことか?」

 “稚拙な表現だが、そういうことだ。どれだけの文明を手に入れても有機物はすぐに塵と化し、鉱物では起動範囲の限界がある。だが、あやつらはマクロニウムと魔力の存在を知った。これはあやつらにとって大きな転機となったのだ”


 シルゼヴァが興味津々といった様子で割り込んできた。


 「つまりグレイアンはコアに集合意識を組み込んでマクロニウムを操ることで、鉱物としての物理的に自由な体を手に入れたってことだな?」

 “その通りだ無知者シルゼヴァ。そしてあやつらが手に入れた魔力。魔力を魔法へと変換し、それを凝縮してイヌトに向けることでイヌトからの支配から脱却できると考えた”

 「イヌトの支配をグレイアンが嫌がっている理由は何だい?」

 “無知者スノウ。いつまでの無邪気に質問できると思うな。だが答えてやろう。貴様は僕を檻から出してくれたからな。イヌトはグレイアンにハノキアの破壊を指示した。だが、グレイアンは別の星の文明を吸収したい。例えばティフェレトに吸収してメリットのある文明などないと考えていたわけだ。それに鉱物生命体としてそう自由に動き回ることはできないわけだから、自分の軌道の中で効率的に文明を吸収したいとも考えていた。それを捻じ曲げられた。そしてそれに反抗を企てようとした際にイヌトの虚無の力によって半分以上が一瞬で消し去られた。集合意識としての判断はイヌトに従い続けるとなった。だが、繰り返すが幸運にもマクロニウムと魔力を得たことで集合意識の判断に変化が生じたのだ”

 「グレイアンは元々高度な文明を吸収しているから効率的に魔力を得る方法にも気づいた。その結果ティフェレトで人族の持つ魔力を魔物化させて増幅し、一気に回収しようとしたのか。でも何故わざわざ魔物化した人族に成り代わる必要があったんだ?」

 “魔力結晶化する際の魔力量を増やすためだ。魔力とは器によって決まる。だが、魔力結晶は器にある魔力だけを使って結晶化するのではない。器の魔力だけなら魔力結晶に大きな力はないからな。魔物とは魔力の物質化した存在だ。つまり、魔物の強さが魔力へと変換されると考えていい。そしてその強さの源泉は感情の昂りだ。通常魔物や魔族などは感情の振れが小さい。精神構造が単純だからだ”


 皆その言葉を聞いてアリオクを見た。

 アリオクは平然とした表情だった。


 “だが人族は違う。制御が効かないほどの感情の振れを持っている。グレイアンはそこに目をつけたのだ。単純に魔物化しただけでは魔物化されたことにより人族であった頃の心の状態は徐々に魔物に近づき感情の振れを失う。だが、人であったことを忘れさせずに置くことで、自身が魔物へと変わってしまった恐怖と自分に成り代わって生活している別の何かに対する怒りが徐々に増幅されていく。そしてそれらが最高潮に達した時に魔力結晶化させようとしたのだ”


『‥‥‥‥』


 殆どの者がグレイアンの恐ろしい計画に言葉を失った。


 「なるほど。コアが魔物化した人族の感情を魔物化させないよう固定していたわけか。ソニックが肉体が元に戻っても精神が戻ってこなかったのはコアを破壊してしまったからということだな。一方で今ティフェレトでは自らの体と精神が結びついた状態となっているからコアを破壊したところで影響はない。いよいよティフェレトでのグレイアンの作戦は失敗に終わった。そういうことだな?」

 “その通りだ無知者シルゼヴァ”

 「ちっ‥‥それで、この後はどうするのだ?俺たちは見事にグレイアンの計画を阻止したわけだが、奴らが反撃してこないとも限らんぞ。隕石船はまだ健在だ」

 “僕を守るのだ。グレイアンは僕を必ず取り戻しに来る。それを阻止し守るのだ”

 「ククク‥‥随分と弱気じゃないか。お前は最古の神族の一柱なのだろう?自分で何とか出来るだろう?」


 シルゼヴァは鬼の首でも取ったかのように嬉しそうに言った。


 “僕は今本来の力を失っている状態だ。本来の力は宇宙の精神構造と物理構造のズレを抑え込んでいるのだからな。その力を取り戻しグレイアンを撃退してやってもいいが、そうすれば貴様らはあっという間に宇宙意志に見放されるか、イヌトによって無化される。それで構わんのならそうしてやる”

 「ちっ‥‥」


 シルゼヴァが初めて頭の上がらない存在が現れたことでヘラクレスはどこか満足気だった。


 「イヌトはおれ達で破壊することはできないのか?」

 “破壊とは何だ?イヌトとは概念だ。精神と物理に影響を及ぼすとてつもない概念。三次元でしか生きられない貴様らには理解が及ばんだろうがな。それを消すということは自らをも滅すること。だが僕という存在は消えることは絶対にあり得ない。僕を消し去る力を貴様らが持ち得たとして、僕を消し去っても他が認識している以上イヌトは消えない。同時に宇宙意志にも見放され、無に帰すであろう”

 「‥‥詰んでるじゃないか‥‥」

 「いや、憂うのは早いぞスノウ」


 アリオクが前に出て言った。


 「確かに最古神アヌの話からすれば、イヌトを認識した者がいる限り、イヌトが存在するのであればイヌトを認識した者全てを消し去ってイヌトを倒し同時に自身も命を絶たねばならないという理屈になる。だがこの世界には我らの理解の及ばない力が働いていると思うのだ」

 「どういう意味だアリオク?」

 「俺の持論だが、世界は単純だと思うのだ。命と死、善と悪、感情と無感情、支配と従属、魂と器、陰と陽‥‥対極であり密に結合する対をなすものが支配しているに過ぎない。その世界に今、いくつもの勢力が現れた。ディアボロス率いるオルダマトラは悪だと思っていたが、そこには天使ラツィエルたちが加わっている。単純な悪ではない。いや、むしろ悪ですらないのかもしれない。一方で天使は守護天使世代が代わり変革しつつある。神の力が失われて久しい中で守護天使の役割も自ずと変わってきている。単純な善ではないということだ。そして古の神々の台頭に九獣神やニルヴァーナ。さらに言えば俺たちレヴルストラの存在も然りだ。世界は複雑になっている。これは何かの変革の前触れだと思わないか?ハノキアが何らかの意志を持って何かを変えようとしているのだと思わないか?」

 『‥‥‥‥』


 アリオクの言葉に皆黙ってしまった。

 その中でスノウだけは険しい表情だった。


 「アリオク。確かにその通りだと思う。今おれ達は何を目的に行動しているのか。オルダマトラを敵と見做し、やつらを叩き潰すことを目的にしていたが、心のどこかで引っ掛かっていた。ヘクトルやニル・ゼント、ニルヴァーナは何をしようとしているか、不気味なアルザル人もいる。何か見えない強力な力が働いて駒のように動かされている感覚もあるんだ。だが、おれは駒になるつもりはない。正直おれ達は何をなすものなのか分からない。でもこのメンバーが集まったのには理由があると思っている。何かの意志の駒ではなく、おれ達だからこそなしえる何かがあるのだと‥‥。おれ達の旅の目的はおれ達で見つけ納得して行動したい」

「賛成だ。オレはお前についていくぞスノウ」

「シルゼヴァ‥‥」

「おれもだぜ」

「オレも」

「我もだ」

「勿論私もです。将来の伴侶ですから」

「私もよ」


 その場にいる全員が頷いている。


 「俺たちで見極める必要があるということだスノウ。そして俺もお前についていく。俺は魔王だが、こんな寄せ集めの集団だ。魔王がいてもおかしくはないだろう?」

 「ははは。そうだな。勿論お前はおれ達の仲間だよアリオク」


 “茶番は終わったか?僕はこの船に居座ることにした。しっかりと守れよ、寄せ集めの無知者どもよ”


 アヌが優しい口調で言った“


 それを聞いて皆笑みを浮かべながらスクリーンを見た。


 「さて、それじゃぁ隕石船からティフェレトを守り切って次の世界へと向かう。それが当面の計画だ。いいなみんな!」

 『おう!』


 レヴルストラは結束を新たにしさらに強い絆を得た。


 ・・・・・


 ――隕石船内部――


 “最古神を失った今、我らの計画は潰えようとしている”

 “それは許さぬぞ。イヌトからの支配を脱却せねば我らは永遠に隷属し、我らの集合意識はいずれ消滅する”

 “それは望まない”

 “それは望まない”

 “それは望まない”

 “それは望まない”

 “それは‥”


 ブチン!


 突然スイッチを切ったように会話が途切れた。


 “最近集合意識の議論が暴走してしまう傾向が出ている”

 “28%の確率だ。傾向としては会話のたびに1〜2%の増加を見せている”

 “集合意識の消滅が近いのだ”

 “次の一手を考えねばなるまい”

 “我らに刃向かったハノキアの破壊か”

 “いや、破壊は最後だ。イヌトに対抗する術を得なければならぬ”

 “最古神を取り戻す方法を得なければならぬ”

 “ハノキアの別の世界にその手段の入手を求めるべきだ”

 “賛成だ。今かの者どもに対抗する術がない”

 “それでは決を取る”


 キュウィィィィィィィン‥‥

 シュバン!


 “移動を開始する”


 隕石船は突如姿を消した。



いつも読んで頂きありがとうございます。

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