後編
これで終わりです
城に戻ったシャナンは、活けられた白い花を見てはポロポロ涙をこぼす。
深入りしないようにってわざと名前も聞かなかったけど、もう二度と会えないのなら名前くらい聞けばよかった。
くしゃりと笑った顔をいつまで覚えていられるだろう。
失恋って生まれて初めてしたけれど、こんなに胸を引き裂くような想いなのね。なんとなく学生時代に友人がしていた恋話をもっと真剣に聞いてあげればよかったななんて考える。
さすがに他の侍女には事情は話せないので退室してもらっている。
と、そこに、どこかに出掛けていたケイトが戻ってきた。
「シャナン様。失礼します」
陛下の側近のルミエーラが続いて入室してきたので、思わず顔を背け、手で覆う。
目は腫れてるし鼻は赤いし見られた顔じゃないのになんで今連れてきたの!?
と、入ってきたのはもう1人いた。
「…ごめん…」
「うそ…」
目の前に立っていたのは、二度と会わないと思っていた、柔らかな茶色の瞳と髪の青年。
「え、なんでここに」
「えっと………」
バツが悪そうに視線を落とす青年に向かって、ケイトが冷たく言い放つ。
「さぁ、シャナン様を泣かせておいて、だんまりはありませんよね?」
な、なんでケイトが彼を連れてきたの?というかなんで怒りがMAXなの?よくわからない?
絶対零度の空気に耐え切れずか、青年は声を震わせながら頭をさげる。
「ごめん、騙すつもりじゃなかったのに、君が楽しそうに笑ってくれるから、つい」
「??どういう、こと…?」
「あーややこしいですよね。失礼しますよ」
ルミエーラが彼の頭に手を当て口の中で言葉を紡ぐ。
ぽぅ、と眩い光に思わず目を閉じてしまう。
恐る恐る目を開くとさっき彼が立っていたところにいたのは。
「………………………陛下?」
艶のある黒髪に深い紫の瞳。
まぎれもなく陛下だけれど、いつもの威圧感というか威厳はまるでない。
「うん、あの……」
もじもじ。
「っだー!もう!!モジモジしないでくださいよ!いいですか、シャナン様!あの青年は、魔法で変装した陛下だったんです!」
え………?
ルミエーラ様の言葉に、走馬灯のように彼と過ごした時間が頭の中をめぐる。
「えええええええええええぇぇ!??」
実は側近のルミエーラが魔力を持っていて、陛下のお忍びの際は、私にケイトがしてくれるように魔法で変装させていたのだそうだ。
「でっ、でも、それにしてもキャラ違いすぎません?」
「それについてはお互い様だとは思うんだけど…」
はい、その通りです。盛大に猫をかぶっておりました!
「昔から物腰が柔らかいせいか自信がなさそうに見えるからと、威厳のある王を演じていたんだよね。だから、町であったのが素の自分」
なんということだ。
いつものあの尊大な雰囲気は皆無で、今の俯きがちな美貌からはアンニュイというよりは不安気な子供という感じがした。
陛下も猫かぶりだったのか…!
「…っ、陛下は、私がシャナンと最初から気づいて…?」
「いや、君に再会して渡した花がシャナンの部屋の窓辺にあったのを見て、まさかと思った。あれは、一番好きな花で珍しいから間違えない。そのあと会った時に、ふとした時の表情や仕草がシャナンだと確信させてくれた」
「ちなみに、私はシャナン様を連れ去った直後にルミエーラ様が接触してきて事の次第を把握したのですが。まさかあれほど泣かせてくるとは思いもしませんでした」
「う。シャナン、泣かせてごめん…。自分だと打ち明けようとしたんだけど、威厳も何もない王様か実は全然違うんだとバレたら離れてしまうんじゃないかと不安で言えなくて…」
「そんな……」
「しかもシャナンはいつもの大人で色気のある側室じゃなくて、なんだか溌剌とした可愛い感じで、またこのシャナンとも会いたいと思っちゃって…」
「も、もう、貴方と会わないと決めてたんですよ……っ」
思い出すとまた胸が締め付けられる。
「うん、ごめん……でも、僕が変わりたいと思ったきっかけはあの時森で僕を助けてくれた小さな女の子だったんだ。君を守り、悲しませないと誓う。だから、また、ああして一緒に過ごしてくれないか?こんな僕だけれど、見捨てずに隣にいてほしい、ずっと」
ぎゅっと握りしめた手に口付けたロイに、シャナンは涙と微笑みをこぼす。
「……はい」
手の温かさは、どちらの姿でも変わらないな。そんなことを思いながら。
そこから側妃の1人が正妃となり、強さの中に民への繊細な気配りができる国王だと評判が高まるのは、少し先の話。
最後までお付き合いありがとうございました。