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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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少女、料理を作る

 とある日の昼下がり。

 ロストが森へ散歩に出かけている間、レティは屋敷の厨房で蟻人たちに相談をしていた。


「えっ? ロスト様の好きな料理、ですか?」

「はい。蟻人さんたちは、兄様のお世話をしていたって聞いたんです。だから、兄様の好きな料理を知ってるかなって思って……」


 レティの問いかけに、蟻人たちは顔を見合わせ、しばし考え込んだ。


「うーん……好きな食べ物、ですか……」

「ロスト様、基本的に何でも美味しそうに召し上がるんですよね」

「そうそう。たぶん、好き嫌いは無いと思いますよ〜」

「そ、そうなんですか……」


 レティは少し残念そうに肩を落とした。


「でも、レティ様。どうして急にロスト様の好物なんて気にされたんですか?」

「えっと……私、いつも兄様に助けてもらってばかりだから……。何かお礼をしたくて。兄様の好きな料理を作って、喜んでもらいたいなって……」


「ああ、そういうことでしたか。なら、レティ様が“兄様に食べてほしい料理”を作ってみてはどうです?」

「私が……食べてほしいもの?」

「はい、そうです。何か思いつきませんか?」


 レティはしばらく考えたあと、パッと顔を上げた。


「ありました! プリンです!」

「プリン?」

「はい! 兄様に助けられたあの日、初めて食べたあのプリンが忘れられなくて……。あれを作って、兄様に食べてもらいたいんです!」


「なるほど! それなら、私たちが作り方を教えましょう!」

「ほんとですか!? ありがとうございます! 私、がんばって作ります!」


 蟻人たちとレティは厨房へと移動した。


「では、レティ様。今からプリンの作り方をお教えしますね」

「はい、よろしくお願いします!」

「まずは材料からです。プリン12個分で、コカトリスの卵を4個、卵黄を4個、魔砂糖100グラム、魔牛乳700グラム、バニラエッセンス少々。

 次にカラメルソースの材料は、魔砂糖100グラムに水大さじ2、お湯大さじ2です」

「これが……あのプリンになるんですか? なんだか不思議です……」

「では始めましょう。まず、卵と卵黄をボウルに割り入れて、泡立て器で溶きほぐしてください。ただし、泡立てないように注意してくださいね」

「はい!」

「次に、鍋に魔砂糖と魔牛乳を入れて加熱し、砂糖を溶かします。溶けたら、卵のボウルに少しずつ加えながら混ぜてください」

「こう、ですか?」

「はい、その調子です。バニラエッセンスを加えて軽く混ぜたら、こし器でこして滑らかにしましょう」

「こし器って……これのことですか?」

「そう、それで合ってます。次にカラメルソースを作ります。魔砂糖と水を鍋に入れて火にかけ、茶色くなったらお湯を加えて火を止めてください」

「これでいいですか?」

「上手ですね。では、バターを塗ったプリン型にカラメルを流し込み、その上からプリン液を注ぎます。表面に泡ができたら、スプーンで取ってくださいね」

「分かりました」

「最後にバットにお湯を張り、160℃のオーブンで20分ほど蒸し焼きにします」


 ――20分後。


「これでプリンの完成です!」

「わあっ……! 本当にプリンになってる……すごい!」

「さあ、ロスト様が帰ってくるまで魔冷蔵庫で冷やしておきましょう」

「はい……兄様、喜んでくれるかな……」


 レティはプリンを魔冷蔵庫にそっと入れた。


 ちなみに魔冷蔵庫とは、北の大陸で採れる“魔氷石”と呼ばれる冷気を帯びた石を使った保存箱で、食材の鮮度を長く保つことができる便利な道具である。


「きっとロスト様なら、すごく喜んでくれますよ」

「そうだ! レティ様、ロスト様にもっと喜んでもらえる方法がありますよ!」

「本当ですか!? どんな方法なんですか?」

「それはですね〜……」


 ――3時間後。ロストが森の散歩から帰ってきた。


「兄様! おかえりなさい!」

「レティ、ただいま。……ん? なんだか甘い匂いがするな」

「えへへ……兄様に、食べてほしいものがあるんです。リビングに来てもらえますか?」

「ほう、それは楽しみだな。じゃあ行こうか」


 レティに案内されて、ロストはリビングへと向かう。椅子に腰かけたロストに、レティが嬉しそうに声をかけた。


「では、今お出ししますね……えっと、確かこうやって……」


 レティは魔冷蔵庫からプリンのカップを取り出し、皿にそっとひっくり返して、両手で振って型から外した。


「兄様、どうぞ!」

「おお、プリンか」

「ロスト様、そのプリン……レティ様の手作りなんです」

「……なに、レティがこれを作ったのか?」

「は、はい……兄様に喜んでほしくて……」

「それは嬉しいな。では、いただこうか――」

「ま、待ってください! 私が食べさせてあげますっ!」

「……ん?」


 レティがロストの隣に座り、スプーンでプリンをすくってロストの口元に差し出す。


「兄様……あ、あーん……」

「これは……?」

「蟻人さんたちが、こうやって食べさせてあげたら兄様がもっと喜ぶって……」

「そうか。じゃあ……あーん……」


 ロストが口を開け、プリンをひと口。


「――うん、美味い!」

「ほんとうですか!?」

「ああ、これは絶品だよ。ありがとうな、レティ」


 ロストは優しくレティの頭を撫でた。


「えへへ……」


 レティは嬉しそうに目を細めた。


「なあ、レティ。もう少し、食べさせてくれるか?」

「はい兄様、あーん……!」


 レティがもう一口プリンをすくい、ロストに食べさせる。


「あむっ……うむ、美味い!」

「ふふっ……」


 ロストが喜ぶたびに、レティの笑顔はどんどん輝いていった。


 ――数日後。魔王城・執務室。


「ゼノム様、件の少女に関する観察記録が届きました」


 ゼノムは紅茶を飲みながら書類に目を通していた。


「ほう……読んで聞かせてください」

「はい。少女の名はレティ。普段からロスト様の部下の手伝いをしたり、非常に可愛がられているようで……しょっちゅう頭を撫でられているそうです」


 ピシィッ……!


「ひ、ひいっ……!?」


 ゼノムが手にしていたティーカップに細かなヒビが走った。


「……どうかされましたか? 続きを」


 にこやかな笑顔のまま、ゼノムが促す。


「は、はい……。それから……つい数日前、レティはロスト様のためにプリンを作りまして……そ、それを……」

「それを?」

「……“あーん”して食べさせてあげたそうです……!」


 バキィィン!!


「ひいいぃぃぃっ!?」


 今度はティーカップが粉々に砕け散った。

 ゼノムの全身から黒いオーラがじわじわと溢れ出す。


「……そうですか。それでは、引き続き少女の監視を続けるように。分かりましたね?」

「は、はいっ! し、失礼しますっ!」


 ロウズは一目散に執務室を後にした。


「……あ、兄上に“あーん”……だと……?」


 ゼノムの漆黒のオーラがさらに濃くなり、魔王城の空気が一瞬ピリつく。


「なんと……なんと羨ましくも破廉恥なことをしてやがるんだ、その小娘ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

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