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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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新魔王、襲来Ⅰ

 ――数日後、魔王城・廊下


「はぁ……」


 魔王ゼノムの側近・ロウズは、ため息混じりに廊下を歩いていた。

 そのため息の原因は、例の少女レティに関する観察記録。部下たちがまとめた報告書を、毎日ゼノムに提出しなければならないのだ。


 だが――ゼノムは、その報告を聞くたびに機嫌を損ねる。


 初回の報告では、レティがロストに「プリンをあーんして食べさせていた」との記述に、ゼノムは烈火の如く激昂。手にしていたティーカップを粉々にしてしまった。


(……もし、もっと“濃い”記述があったら……どうなるんだ……?)


 想像するだけで胃が痛くなる。事実、ロウズはここ数日ストレス性胃炎に悩まされていた。

 そんな憂鬱を抱えながら歩いていると、向こうから部下の一人が小走りでやって来た。


「ロウズ様! あの少女の観察記録が完成いたしましたので、お届けに参りました!」


 ああ、来てしまったか――。

 観察記録のファイルを受け取りながら、ロウズの顔はますます暗く沈む。


「……ご苦労。引き続き監視を怠らぬように」

「はっ!」


 部下が去るのを見届けた後、ロウズは深々と溜め息をついて、執務室へと向かった。


 魔王執務室・前

 執務室の前に到着したロウズは、控えめにノックする。


「魔王様、失礼します」


 返事がない。訝しげに扉を開けると――部屋の中は空っぽだった。


「……? 魔王様? おかしいな、外出の予定などなかったはず……む?」


 机の上に、砕け散ったティーカップとティーポット、そして一通の手紙が置かれていた。


「……まさか」


 ロウズは手紙を手に取り、震える手で中身を読む。






 ロウズへ。


 数日ほど出かけてきますので、その間、魔王城のことを頼みますよ。

 ゼノムより





「……は?」


 間抜けな声を漏らしていると、後ろから慌ただしい足音が響く。振り向けば、さきほどの部下が息を切らして飛び込んできた。


「大変です、ロウズ様! 魔王様が……空に向かって飛び去って行きました!」

「…………っ!」


 ロウズは胃を押さえ、崩れ落ちそうになった。


 ――時はさかのぼる、三十分前・執務室

 ゼノムは、執務机に腰掛けながら激しく苛立っていた。


「……兄上に“あーん”だと? 私ですらしたことがないのに……なんて破廉恥……いや、羨ましい!」


 彼の周囲に黒いオーラが漂い始め、手にしていた新しいティーカップにヒビが入る。


「兄上は“妹として可愛がっている”と言っていたが……その小娘が、もし兄上を誘惑して……そして兄上もまんざらではなかったら……ああ、考えたくもない!」


 ティーカップとティーポットが同時に砕け散る。激昂したゼノムは立ち上がり、声を上げた。


「もう我慢ならん! 私が直接その小娘を見定めてやる!」


 だが、執務室を飛び出した直後、急に立ち止まり、眉をひそめた。


「……いや、何も言わずに出ていったら、城の者たちに心配をかけてしまいますね。せめて手紙でも残しておきましょう」


 机に戻ったゼノムは簡素な手紙を書き、そっと置いた。





「おや、魔王様。どちらへ?」


 廊下ですれ違った部下が声をかけると、ゼノムはいつもの笑顔で答えた。


「少し気分転換に庭へ出ようと思いましてね」

「そうでしたか。ごゆっくりどうぞ」


 ゼノムはそのまま庭へと向かった。




 庭に到着すると、ゼノムは大声で叫ぶ。


「シロ、来なさい!」


 数十秒後、空から巨大な白い竜が舞い降りた。全長5メートルの白竜――ゼノムの愛竜、シロである。


「クルルルルゥ♪」


 シロは嬉しそうに鳴きながらゼノムに擦り寄り、頬をすりつけてくる。


「ふふ、久しぶりだねシロ。今日は一緒に空の散歩と洒落こもうか」

「クルルゥ!」


 シロは嬉しそうに地面に伏せると、ゼノムはその背に軽やかに乗った。


「では参りますよ、シロ――飛びなさい!」

「クルルゥ!」


 大きな羽ばたきとともに、シロは魔王城を飛び立った。


「……兄上の居場所は……よし、あっちだ! シロ、そちらへ飛びなさい!」

「クルゥ!」


 指示を受けて、シロは空高く旋回し、ロストたちの元へと向かう。


「兄上、今すぐ会いに行きます……! そして――覚悟しておきなさい、小娘! もし兄上に破廉恥な真似をしていたら……容赦しませんよ!!」


 黒いオーラをまとったゼノムを乗せ、白竜は空を裂いて進んでいった。








 簡易キャラ紹介


 ゼノム・モナーク

 ・年齢:24歳

 ・現魔王。先代魔王ロストの弟

 ・極度のブラコン。隠しているつもりだが、魔王軍の誰もが知っている


 ロウズ

 ・年齢:30歳

 ・魔王軍側近。ロストの時代から仕える忠臣

 ・現在、ゼノムの言動により胃痛悪化中


 シロ

 ・年齢:10歳

 ・ゼノムのペットである白竜ホワイトドラゴン

 ・見た目は恐ろしいが、性格は非常に優しい。好きな相手に頬擦りをする癖がある

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