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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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元魔王、ピクニックに行く

「ふむ……」

「グルルルゥ♪」

「ふふっ、クロちゃん、くすぐったいよぉ」


 庭では、レティがクロと楽しげにじゃれ合っている。その様子を、ロストは縁側に座って魔茶を啜りながら眺めていた。


 ちなみに魔茶とは、魔葉という特殊な植物の葉を乾燥させて作った茶で、香りに癒し成分があると言われている。


 ゆったりとしたひと時のなか、ロストはふと思った。


「そうだ、ピクニックをしよう」






「……というわけで、今度みんなでピクニックに出かけるぞ」


 その日の夕食中、ロストが突然そう言い出した。


「あの、ロスト様……急にどうしてまた?」

 蟻人のひとりが怪訝そうに尋ねる。


「いやな、昼間にレティを見ていたら、ふと思いついたんだ。ピクニックに行きたくなってな」

「……もしかして、またレティ様の笑顔が見たいから、とかですか?」

「ん? いや、今回はそういうつもりではなかったんだが……言われてみれば、レティが楽しんでいる姿を見るのは、確かに嬉しいな」

「まあ、ロスト様がそう仰るなら、我々は止めませんが」


 蟻人たちは苦笑まじりに頷く。


「あの……兄様、ピクニックってなんですか?」


 レティが不思議そうにロストに尋ねた。


「知らないのか? ピクニックっていうのはな、自然の中で遊んだり、食事をしたりして楽しむことだ。綺麗な景色の中で食べるご飯は、格別に美味いぞ」


「なるほど……それ、すごく楽しそうです!」

「レティ、お前は行ってみたいか?」

「はいっ! ぜひ行ってみたいです!」


 レティが満面の笑顔で答える。


「うむ、いい笑顔だ。では、ピクニックはいつにしようか」

「明後日などはいかがでしょう?」

「よし、では明後日に決定だ」


 こうしてピクニックの日取りは決まり、ロストたちは再び夕食に戻った。




 ――二日後


「見事な晴天だな」

「まさにピクニック日和ですね、ロスト様」

「うむ、では出発といこうか」


「兄様、目的地はどこなんですか?」

「ふふ、それは着いてからのお楽しみだ。……クロ、頼むぞ」

「グルルルゥ♪」


 ロストはレティを抱え、クロの背にひらりと飛び乗った。


「レティ、しっかり掴まっているんだぞ。風が強いからな」

「わ、わかりました! あれ? 蟻人さんたちは?」

「我々はこちらに乗って、クロに引いてもらいます」


 蟻人たちは荷物を詰めた大きな箱に乗り込み、縄を使ってそれをクロの尻尾にくくりつけた。


「準備完了です、ロスト様」

「よし、それじゃあ……飛べ、クロ!」

「グルゥ!」


 クロが大きな翼を羽ばたかせ、一気に空へと舞い上がった。


「わあっ、すごい! とっても速いですね!」

「ははっ、楽しそうで何よりだな」


 レティのはしゃぐ姿を見て、ロストは自然と笑みを浮かべた。


 空の旅を約一時間。彼らは目的地に到着した。


「着いたぞ」

「わああっ……すごく綺麗なところですね♪」


 そこは山の麓に広がる一面の花畑。色とりどりの花が風に揺れ、まるで絵本の中の風景のようだった。


「どうだ? 気に入ったか」

「はいっ! こんな素敵な場所、初めてです!」


 レティの目が輝き、頬には嬉しそうな笑顔が広がっていた。


「うむ、今日の笑顔はまた一段と可愛いな」

「あ、兄様……!」


 顔を赤らめて俯くレティの姿に、ロストは小さく笑う。


「ロストさまー、レティ様ー! 昼食の準備ができましたよー!」

「お、じゃあそろそろ食べようか。行くぞ、レティ」

「はい、兄様!」


 蟻人たちは地面にシートを敷き、荷物から昼食用の箱を取り出す。


 今日の昼食は、魔野菜を使ったサンドイッチだ。


「今日のサンドイッチは、レティ様も手伝ってくれたんですよ」

「ほう、そうなのか?」

「ええ、ロスト様に手料理を食べさせたいって、張り切っていましたよ」

「み、皆さんっ、それは内緒にしてって言ったじゃないですか〜!」

「いやいや、こういうのはちゃんと伝えた方がいいんですよ、レティ様」

「そうそう。大好きなロスト様のために、一生懸命作ってましたよ〜」

「あ、あぅぅ……」


 レティが真っ赤になりながらうつむく。


「レティが作ったサンドイッチか……どれ、いただくぞ」


 ロストが一口頬張ると、口元がふっと綻んだ。


「うむ、美味い!」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、本当に美味い。こんな美味いサンドイッチをありがとうな、レティ」


 優しく微笑んだロストは、レティの頭をそっと撫でる。


「え、えへへへ……」


 レティはこの日一番の笑顔で、照れながらもとても嬉しそうに微笑んだ。









 ◆登場キャラ紹介(簡易)

 ロスト・モナーク

 年齢:26歳。

 かつて“歴代最強”と称された元魔王。今は田舎で静かに農業を営んでいる。

 思い立ったら即行動の性格で、周囲を振り回すことも多い。


 レティ

 年齢:16歳。

 森で倒れていたところをロストに助けられた少女。過去については語ろうとしない。

 ロストのことを「兄様」と呼んで慕っており、それはロストの提案でもある。


 蟻人たち

 年齢:不明。

 ロストの忠実な部下であり、かつて魔王だった彼とともに生きてきた家族同然の存在。

 全員で10人。


 クロ

 年齢:10歳。

 ロストのペット。見た目は獰猛だが、性格は甘えん坊。

 気に入った相手の顔を舐める癖がある。

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