》34話
「……まぁ、私達はお互いに仕事中ですので貴殿方が仕事としての範囲を逸脱しないのであればこれ以上の問答は必要ない―――ですよね?」
これ以上の言葉は許さないとばかりににっこりと微笑んで見せれば大慌てで脇二人はぶんぶんと頭を縦に振った。ゲインは相変わらず顔を怒らせているがとりあえずこれ以上の反論は止めたようだ。懸命な判断である。本当はこんな茶番を起こす前に気付いてくれたなら尚良かったのですけれど。
これ以上ここで荒事を披露する意味はもう無い。
……そもそも最初から本当に必要だったのかと問われれば是と答えるのに苦慮しますが。例え師範に『もしも近衛隊が絡んだら絶対相手をしろ』と厳命されていたとしても。
……この人たちに例え無意味に絡まれても私にとって大した利益も、そもそも不利益すらも無いのだが。
勿論エレンに牙を向くと言うのなら全力で叩き潰……ごほん、お相手して差し上げますがね。
でもエレンに限って私に助力を乞うなど天地がひっくり返っても有り得ないでしょう。
彼は優秀だから。私や彼等よりも。
同時にこの場所にいる誰よりも世間を知っている。
そんな彼に真正面からただ貴族という権威(それも完全なる七光りの威光)だけで挑むなど―――愚かだとしか言えない。
正直私が相手をするよりかなり厄介事になるなど―――知らぬは彼等のみ、ってね。
さて、そろそろ本来の仕事に戻らなくては。
「エレン、どのくらい時間を取ったかしら?」
「四半刻といったところですかね?」
「大変、そろそろ急がないといけないわよね?」
「ええ、あまりのんびり(ここで彼等にちらっと視線を向ける)していられないですね、そろそろ面倒がやって来そうです」
「あら、それは大変よね」
「ええ、そうですね」
あはは、うふふとお互いに笑いながら『これ以上の無駄を起こさないように』と釘を刺すと、またしても脇二人はぶんぶん頭を縦に振りながらゲインを二人がかりで抑え込み、一目散に退散していった―――どうでもいいけれど、逃げ足が速い。
やれやれである。
「……ところでエレン?」
「はい、何でしょう?」
「貴方一体何処まで『記録』したのかしら?」
「流石ヒルダさん。彼等は全然気付いてすらいませんでしたが判ります?あくまで保険ですから―――勿論『最初から』です」
……呆れた。
にこにこしながらエレンが手に持っている小型の機械。
確か少し前に魔導師の誰だったかが発明したとかいう記録媒体の機械。稼働条件に必要なエネルギーは風で、つまりエレンにとっては使い勝手のいい『録音機械』である。
この機械は風を駆使しているだけあって、きちんと風で捉えられる音のみを記録する優れものなのだ。つまり、無駄な画策など不可能、偽造などするのはハッキリ言って無駄。出るところに出てこんなに怖い『証拠』など無いのだ。
彼は貴族達に絡まれた際はこういった『保険』を駆使して相手から無駄な圧力を掛けられないようにしているのだ。
頼もしい。
そしてとっても腹黒いわ。
やっぱりエレンを怒らせてはいけないわね。
など思考に耽っていると、「そういえばどうでしょうかね?」とエレンは小声で呟いてきた。
「……それは『どちら』のことかしら?」
「僕としては『正規依頼の毒薬犯』について、と言いたいところですが、まぁ彼等が片付けていそうですよね。四半刻って実はいい時間が経っていますし。師範と別れてからだと一刻くらいにはなりそうですから」
「そうよね。私もそう思うわ。でもエレン、ある意味これは幸運だと思えない?」
「幸運……ですか?」
「ええ……間違いなくこのままずるずると関われば見なくていい面倒事に当たると思うのよ」
「……同感です」
エレンの視線が遠くなる。間違いなく私達の気持ちは今、ひとつになった。
師範からの依頼。
毒薬になったが依頼物は本来『魔術師団』へ送り届けるものだった。
『魔術師団』と『近衛隊』は表面的には大人しいが、ハッキリ言って犬猿の仲である。因みに現在『近衛隊』と仲良い関係が構築されている部所は―――それこそ雀の泪なのだが。
ところがこの『近衛隊』、一口に総てが怪しい動きをしているわけではないのだ―――限りなくグレーな者達が。
毒薬になった薬草を持って来たら周りはどう動くのか―――投入されたのがフラフラとお使いに向かう『私達』。
小回りが利くもの。
毒薬の扱いを熟知しているもの。
貴族に直ぐに折れないもの。
魔術を上手に察知出来るもの。
理由は色々あるがまぁ主だったものはその辺りだろう。
何しろ私もエレンもある意味『目立つ』存在なのだ。
師範ってばこれ幸いと私達を掴まえてさっさと放逐するなんて、本当に、ほんっとーに、面倒な方だわ。
私達が聞かされたのはそこまでの情報のみだが、誰が、どのように、どう立ち回ったのかなど―――詮索はするまい。
触らぬ神に祟りなし。
私はこれ以上自爆したくない。
あの時の私や――――それこそ第三王子達のように。
「では本来の仕事に行きましょうか」
エレンの声にふと意識を戻し、そのまま笑いかけた。
「ええ、それがいいでしょう」
「まさかこれ以上のお言葉を下さる馬鹿など居ないでしょうし?」
「もしも居たらご丁寧にお相手しなくてはならないでしょうしね」
あはは、うふふと再び笑いながら話す。
声を潜めもせず話しているのは当然わざとである。
流石にこれ以上何か起こそうモノならそれこそ余程の世間知らずか―――自信があるのか。
……まぁここでこれ以上絡まれることは無いでしょ。
暗躍していると思われる仲間達に一瞬だけ思考を向け、そしてさっさと御使いを終わらせて『ワナ』任務を完了すべく、目的地へ足を進めるのだった。




