》33話
小さく息を吸い込む。もちろん声を張る為に。
先手必勝、相手を自分のペースに持ってこられるのかが鍵になる。
―――それは父や兄に教えられてきたこと。上に立つ者は自分の空気に巻き込めるようでなくてはならない。
少なくとも学園に居た頃まではごく身近であった行動で、私の長くない人生の中では息をするのと同じように行ってきた。
第三王子の横に立つ者として。
その培われて来たモノはそう簡単に喪うものではない。
「うろちょろと申しましたよね?当然でしょう、私や彼は仕事をしているのですから。それとも何です、仕事をするこの王宮で仕事をせずにいろと仰るのかしら?」
そうですよね?と父仕込みの冷めた目線で見やればゲインはぐっと言葉を飲む。
呆気ないこと。
でもまだよ。
そんな中途半端に逃がさないわ。
「貴殿方の所属は近衛隊ですわね?そもそも近衛隊の管轄区域は西棟のはずです。しかもそちらの二人など上官の指示が無ければ東棟へは立ち入り禁止……指示書は勿論お持ちなので?」
腰巾着達をさらに冷めた目で射抜くと途端にあさっての方向に目線を逸らした。
ええ逸らすでしょうね。
指示書、絶対持っていないでしょうから。
私実は持っていないと断言出来るネタを持っているんですよ。
ああ、本当に面倒事だわ。
――――あー、ヒルダ?
――――何ですか師範…………何故今耳打ちの必要が?
――――実は東棟にな、最近『鼠』を追いかけてきた『オマケ』が居てなー?ちょっとばかり目につく……違う、ウザ……ごほん、問題行動に発展しそうでな。何しろ無駄に権力に媚びるもんだから手を出すのも面倒なんだよ。判るか?
――――…………それを今言われることに更に悪意を感じますよ師範?
――――ちょっ、怖、怖いって!!それについてはマジでただの偶然だから!!それに『鼠』を引っ張り出すのに『餌』っつーのは単純かつはっきりしている方のがいいんだ、分かるだろう!?
――――ええ、分かりますよ?そこで面倒事を私に押し付けるところに悪意を感じますと言っているんですが。
――――だってホラ、ヒルダはか弱い俺と違ってラングランとこのボンボンに絡まれようが何てことない…………っあああーーーっ?!《自主規制発生》
――――最初から完全に面倒事な男を近付けるな、と私は申し上げたのですよ?師範?私と彼等の関係をご存じの上で仕向けてくる所がお腹真っ黒ですこと《自主規制発生》
……師範ったら本当に何処から情報を仕入れてくるのかしら。
きちんと対処してくだされば大変な功績なのに同じくらい変なことに巻き込まれる身としては何とも言い難い。
とはいえ今回に限っては私達が出るのが一番穏便に済むということも納得できるのが悔しいわね。
そしてその問題。
ゲインの相変わらずな苦虫を噛み潰した顔をまた見る。
そちらから仕掛けてきて『下さった』のですから今度は応えますよ。
―――だって今はあの時とは違うもの。
あの人達の冷やかな視線など問題ではなかった。ただあそこが『学園』であったからそれ以上は無駄だと思っただけ。
あのねじ曲がってしまった『学園』の中では、私一人の力など塵に等しい。
それは彼等を中心としたヒエラルキーが存在してしまったから。
でも今は同じようなことが起こるわけがない―――騎士団が居る限り。
私はそれをもう知っている。学園に居た時間より共に過ごした時間は少ないかもしれないけれど、信頼の置き方は雲泥の差なのだから。
「許可の降りていない執務棟に入っているということ、お分かり?」
ふふ、と笑いながら問い掛けると横の二人はいとも簡単に顔色を失っていた。
ゲインだけはどちらかというと怒りが表立っているが三人ともそう簡単に相手に感情を伝えるなど頂けない。
これが屈指を誇る『近衛隊』だと。図らずも自分達で自分達を追い込んでいくなど―――知らぬは本人達だけ。
「それだけでも頂けないのに、他人の仕事の妨害とも取れる行動――こんなに簡単に現すなんて、貴殿方、もう一度学園できっちりとお勉強なさってくれば宜しいのでは?」
精々嫌みたっぷりになるように微笑んで見せればまぁ簡単に『お前に言われる筋合いは無い』と睨み返してくる。ちょろいわ。
彼等を適当にいなしながらも彼等に悟られないようエレンに目配せする。エレンが判ったように目で頷くのを確認した。
……さぁ、此処での仕事はそろそろ終わりね。
「ご自分達の行動―――良く考えてごらんなさいな」
「……随分な言葉だが、今のあなたは侯爵家の娘ではなく、ただ単に引き取られて体よく王宮に収まっているだけの中途半端な立場だろうが」
「ちょっ、ラングラン……!」
ゲインが射殺さんばかりの視線を向けながら吠えてくれば側の二人はぎょっとしたようにゲインを止めようとする。
でも残念、貴殿方ではゲインは止められないでしょうね。
そしてそんな中途半端な言葉では私を砕くことも出来ない。いいえ、その言葉には何の効果も無いとどうして判らないのだ。
歯向かってくる根性を誉めるべきか、馬鹿だと罵るべきか。
クスクスと笑いながら―――畳み掛けてあげましょう。
「何を仰るの?誰が私の今の立場の話をしたのかしら?私は、貴殿方と、仕事の話をしただけでしょう?」
その都合のいいお耳に聞かせるよう殊更ゆっくりと言う。
「私達も、貴殿方も、此処に『仕事』をしに来ているの。今の私達は、ほぼ同じ立場だと言っているのよ。だから同僚として勧告をした―――裁くのは私ではない。貴方でもないのよ、ゲイン・ラングラン。お判り?」
「な……っ!」
「物事は時と、場所によって役割が異なる。私も―――貴方もね」
ぱくぱくと金魚のように口を開ける姿が妙に滑稽で。言葉が出ない人間って本当に間抜けね。
『今』はまだ勧告で済む。
これ以上地雷を踏み抜くならご自由に、というところ。正直任務で彼等に逢わなければこんなに親切にお説教などしてあげはしない。私を詰った人間に恩情を与えるほど―――私はできた人間ではないから。
だから、これは警告。
「あの時言った筈よ」
だから私はこれ以上の言い逃れを許せない。
「『次に見えることがあるのならば、この様な姿を私の前で披露されないで』と……本当に何も変わらないのね、貴殿方は」
ひたり、と視線を向ける。ゲインと目が合うが逸らすことは許さないわ。
「ここは貴族のお遊びの場所ではないの。今までは目零しして差し上げましたが、他の者はそんなに易しくないわよ?……こんなところで懲りもせず同じようなことを繰り返すならば相応の覚悟をなさい」
恐らく、一番熱がこもり―――一番凍った声音だと自分でも思った。目の前の男達がひくり、と身を強ばらせだのも見ただけで分かる。
冷たい床に這いつくばらせ、嘆願を―――自分が悪かったと認めろなどと。
あの時の感情を無くすなど出来ない。
行動は、責任なのだと。
認識も出来ないなら今度は此処で私の手で切ってやってもいいと思えるくらいには―――彼等はとてもとても間抜けで、そして幼い思考だと感じた。




