》28話
引いたわ。
ドン引きってこういうときに使う言葉なのね。
ちなみにドン引きという単語はハルがよく使っているので騎士団では団員が好き好んで使っている。私は滅多に使わないけれど。まさかこんなところで使うことになるとはね。
「……『刻印』って何でもありなのかしらねー……」
どうでもいいことを呟いてみた。
だってこんなの見せられて何だか面倒事しか想像できないんですもの。
というか、『刻印』って本当に何?
「これ、この形。王家の紋章と同じですよね……うわ、凄い……!!」
対してエレンってば何だか嬉しそう。まぁ紋章なんて王宮の中でもかなり中枢区に行かなければその姿を目にする機会なんて無いものね。エレンが見る機会なんてそうそう無かったのでしょう。
え、私?
私は散々元婚約者様が着けていたので特に感慨が沸くわけでもない。
一応敬ってはいますからね、罰当たりとかじゃないわよ!?
仰々しいその『刻印』をぷらぷらと振りながらアインは話を続けた。
「この『刻印』を元に王家の紋章は作られたからな。……まぁだからといってこの『刻印』があるからイコール王、若しくは次の王、という訳ではないがな」
「……え?」
まるで世間話のように呟かれているが、もう話が突拍子もない。えーっと、つまり?
「『王の刻印』は王であることを示すものではない、ということですか?……その名前で?」
「もしそうだったら俺は今すぐ王にならなきゃならないだろう。それによく考えろ。俺は『王』なんて名前の刻印だが、ケインの『盾の刻印』はどう捉えたらいい?意味だけ取ったらケインのほうがバレバレな力だろう」
「………………」
まぁ確かに。
というかケインが盾……何故かしら、何度想像しても彼は攻撃とか破壊とかのほうがしっくりくるのよね……。
まぁ意味なんて何とでも考えられるけれど。
それよりも。
「ねぇアイン。聞いてもいいかしら?」
「何だ?」
「その……『刻印 』を持つ人は何人いるのかしら」
「……はっきりした人数は分からないが、文献を見れば2・3人で終わりと言うことはないな。少なくとも俺の『王』、ケインの『盾』、あとは『剣』なんていうのは歴史上何度も出てきている」
「『剣』……ですか」
「そう、『剣』と『盾』。分かりやすいだろう?」
「そうですね、攻・守でバランスが取れますから」
「ただ残念ながら今『剣の刻印』を持つ者は現れていない」
「……いない、ということは……」
「そう、現れてもおかしくないということだ」
そうそう上手く現れないだろうが、と言うアインを見ながら、私は何となく、何となくだけど。いつかアインの側にその『剣の刻印を持つ者』が現れるのではないかしらと思う。
アインは人を惹き付ける。
ハルやケインもだけど、この騎士団の人はアインを信頼している。仲間として―――そして王族として。
この姿を私は元婚約者と彼の友人の処では見なかったわ。
そして私が信頼するのも――――
「それで、結局その『刻印』を僕達に見せたのは何故ですか?」
エレンの言葉が耳に届いて、はっとする。
いけない、ぼうっとするなんてらしくないわ。
アインは変わらずに苦笑いを浮かべながら『刻印』を撫でて―――アインから『刻印』がふっと消える。
「言っただろう?『刻印』との相性で選んでいる。そのままだよ、相性がいいんだ」
何故か、ふっと、部屋の温度が下がった気がした。
……いやだ、おかしいわね。
何だかまた背筋から嫌な汗が流れてきている気がするんですけど。
「お前達は間違いなく巻き込まれるからな。何時でも護られると想定するな。ただ答えを聞いて添うだけなのはもう問題外。かといっていつまでも抱え込むだけというのもダメだ。判るか?――――答えを待つな。いつも望む答えを出されるだけなのは誰でも出来る。
考えろ。そして迷え。『どう』行動するのか見られ、常に試されているのだと」
ゾクッとした。
ただ真っ直ぐ射抜かれた瞳にただ畏怖を、そして何故か信頼を。
アインの視線から絶対王者の貫禄を今確かに感じた。
隣のエレンもきっと似たり寄ったりの感想を抱いているはず。その見開かれた瞳が何より雄弁に物語っている。
「―――ひとつ」
「何だ」
「ひとつ、聞かせてください」
ごくり、と喉を鳴らして果敢にもエレンは口を開く。
そう、私もずっと疑問だったことを。
「僕が、ヒルダさんが、この騎士団に配属されたのは『決定事項』だったのですか?―――ずっと不可解でした。僕は恐らく魔術師団に配属されると思っていましたし、ヒルダさんは元より王宮に志向する人じゃない。なのに何故か僕達はどういう経緯か騎士団に配属されて、今もまだ騎士団にいる。これは誰かが『決定』したことなのですか?」
おかしい。
最初からおかしかった。
魔術が得意で明らかに魔術としての才能が溢れている平民のエレン。
そして武術が得意でも魔術が得意でもない、ただの侯爵令嬢だった私。どうして私達は騎士団に呼ばれたのか。
エレンと私がじっとアインを見る。疑問だった答えを求めて。アインは私達それぞれの瞳を見て、ただ一言、そう、ただ一言だけ言った。
「いいや」
やんわり笑いながら返された返答はきっと嘘じゃないだろうけど、これ以上は答えないと、ただそう言っているのだけ分かった。




