骨董品 1
全体的な話的には2話目にあたります。
秋も終わり、すっかり肌寒くなった頃。『秋枝洋品店』は今日も平和であった。
『平和』という言い方は店番を任される青年の言い回しであるが、要は朝十時から開けているのにも関わらず、夕方の今時分も訪れる客が一人も現れていないということである。
駅前はつい先日までハロウィン一色であったが、早々にサンタの人形が店先に飾られ始めて、今では町全体が煌めいている。駅前の大通りは人々がイルミネーションを楽しみに訪れ賑わう時期なのだが、大通りから一歩外れればその恩恵は受けられない。
元々古びた建物が群がる、さらに奥地に位置する『秋枝洋品店』になど、はっきりとした目的がない限り近寄るものがいるわけがなかった。
そんな状況であれば店番に身が入らないのも無理はないだろう、と開き直り店奥の畳に寝そべる青年。
だからこそ店先からかかる声を聞いて店番の青年がうんざり顔になってしまうのもまた無理はなかった。
「先生。いるんでしょ?出てきてよー。」
先生と呼ばれた店番の青年こと、渋谷啓吾はむくりと起き上がり声がした店先へとのそりのそりと赴くと、そこには店の中央にある棚を物色する女性がいた。
「あぁ。やっぱり綾さんでしたか。どうしたんですか、こんな平日の閉店間際に。
ちゃんと仕事しないとお給料がもらえませんよ。」
「あんた、それ特大ブーメラン飛ばしてること気づいてる?ちゃんと有休取ってるわよ。
それに閉店間際ってまだ夕方よ。ちょっとは駅前で宣伝しなさいよ。そんなだから店が潰れないように私のような常連が足しげく通うしかなくなるんじゃない。」
「僕は店の留守を頼まれているだけだからいいのですよ。
むしろ個人的にはこんないつ物理的に潰れるか分からない店、早く引き払えばよいのにと思っているくらいです。」
「あんたのその無気力なところも相変わらずね。それより今日は伊吹ちゃんはいるの?」
「伊吹君は本日有休です。」
「…知ってた?有休って給料支払わないと成り立たないのよ?
まぁいいわ。せっかく伊吹ちゃんに癒されようと思っていたけど日を改めることにする。」
「おや、そんな用事でしたか。それでは本日はお引き取りいただく方がよさそうですね。
またのお越しをお待ちいたしております。」
綾の目的が伊吹だと言われて早々に切り上げるように促す啓吾。
そう。彼は今極めて強い眠気に襲われていた。端的にいうとただ、サボりたいのである。
「やる気のなさを前面に出してそんなドヤ顔できるメンタルの強さはなんなのよ。
今日は他にも目的があるの。この前、ここに恵子が来たでしょ。なんか迷惑かけちゃったみたいでごめんね。紹介したのが私だったこともあったから謝っておきたくて。」
綾はそう言うと深々と頭を下げた。
「いえ、しっかりと報酬もいただきましたし問題ありませんよ。
それに最近は不運にも見舞われていないそうで。本人も明るくなってよかったじゃありませんか。」
「あら、やけに詳しいわね。もしかして定期的に会ってるの?」
「たまにご来店されるだけですよ。それよりも本日の本命は他にあるのではありませんか?」
これは痛くもない腹を探られると考えた啓吾は早々に話題をすり替える。
啓吾に促され『ばれてたか』といたずらっ子がイタズラをばらすような顔をした綾が続いた。
「さすがに鋭いわね。そう、今日は依頼があってきたのよ。じつは……この骨董品買ってくれない?」
綾は持参したトートバッグから小ぶりな桐箱を取り出す。
普通の人間が見たら何の変哲もない桐箱であるが、霊視能力を持つ啓吾からは途轍もなく禍々しい姿に映って見えた。
「絶対に嫌です!!」
「やっぱり!あんたにはこの箱が変な感じで見えるのね?じゃあ呪いか何かなの?」
あからさまな拒否反応を示す啓吾を見て顔を輝かせる綾。
二人の正反対の反応を他人が見たら奇妙奇天烈なものを見た感覚に陥ったことだろう。
「……綾さん。もしかしなくても今回の依頼って、本当はその桐箱の中身をどうにかしてほしいというものですよね…?」
「だぁい正解!話が早くて助かるわ。これ中身はティーカップでね、うちの会社が仕入れた商品なんだけど曰く付きなのよ。
輸送中の貿易船にトラブルが発生して着港がずれ込んだり、倉庫の管理をしていた人間がいきなり倒れて救急搬送されたり、これを積んだトラックが事故にあって他の商品が全部ダメになったのにこれだけは無傷だったり。
だから何かあるんじゃないかと思ってここに持ってきたってわけ。
どぉ?この呪いを解いてくれない?無事解決出来たら報酬は会社から出るから金額は弾むわよ?」
金額の話が出て、思わずピクっと眉が吊り上がりかけるが悟られないように努める啓吾。
弱みを握られるとそこを付け込まれるため油断することなく綾に眉間を寄せた顔を向ける。
「しかし、この禍々しいオーラは今まで見たことがありません。
ふたを開けた途端に襲われるってこともあり得ますよ。最悪命を懸けるなんてこともあるかもしれない。そんな危険を冒してまで受ける価値があるとも思えませんが。」
「あら、それじゃ依頼は受けてもらえないのね。せっかく会社と交渉して無傷でこのカップを正常な状態に戻せたらこれだけの金額を出せるようにしたのになー。」
そう言って自身の指を折り曲げて啓吾へそれとなく見せる綾。
その指を見た啓吾は、先ほどみせた強い意志も空しく、盛大に目を見開いて食い入るように綾の顔を凝視してしまう。
自身の失態に気づいたときにはすでに遅くその胸中を綾に見抜かれてしまうが、体裁を整えるためコホンと咳払いをしてから啓吾は口を開いた。
「わかりました。他でもない常連である綾さんの頼みです。やれるだけのことはやってみましょう。
ただし、命の危険を感じたらすぐにこの依頼は中止させていただきますからね!」
「さっすが先生!期待してるわ。じゃあこのカップは置いていくから、あとはよろしくね。もしかしたらこれ、小説の題材になるかもよ?じゃあ頑張ってねー!」
早口でそう言うと、綾は持ってきた桐箱を置いたまま店からさっさと出ていってしまう。
啓吾が上手いこと綾の口車に乗せられたことに気づき後悔して頭を抱える頃には、外はすっかりと夜闇に包まれていた。
綾さんはなかなかに魔性です…




