骨董品 2
綾さんの次は伊吹君登場です。
「それで?上手いこと綾さんに乗せられてこの骨董品を受け取ってしまったと。
はぁ…….。先生、私、常日頃から言っていますよね?お金と依頼はきっちりしましょうって。」
綾からの依頼を受けた次の日。伊吹と啓吾は『秋枝洋品店』の店奥に位置する和室で向かい合っていた。啓吾がいつも請求書処理や小説を書いている机の上には綾から託された桐箱が置いてある。
「いや、しかし伊吹君。これが上手いこと解決できればこの溜まった請求書の処理も一気に終わる。
これは秋枝洋品店だけでなく取引先の皆さんにも喜ばしいことだろう?」
「私はそんな安直な考えで安請け合いしないでください、と言っているのです!この禍々しい霊気を感じられない先生じゃありませんよね!?金に欲張って本当に先生が死んじゃったらどうするんですか!?」
「あの…いや……それは、そう、ですが…………。」
「シャキッとしなさい!」
「はいっっ!!」
猫背でごにょごにょと言い訳を言っていた啓吾に対し、伊吹は活を入れる。伊吹に怒鳴られた啓吾はその勢いに押され丸まった背中をしゃんとさせて正座になる。
「まったく……。それでどうするんですか、これ。」
「そうさな……。」
啓吾は顎に手をあて摩りながら考える。
「うん。開けてみるか。」
顎に当てていた手で膝を叩いて名案を閃いた顔をしながら言う啓吾をみて伊吹は愕然とする。
「せ、せ、せんせぇ!!??本気で言っているんですか?冗談ですよね。いつものつまらない冗談なんですよね??」
啓吾、ちょっと落ち込む。
(いつもつまらないと思ってたんだ…。)
「冗談ではないさ。昨日から見ていたんだが、これはただの悪霊とは少し違うような気がしてね。
なんて言えばいいか。理性的というか、品の良い感じがするというか。」
「そうですか?私にはただ恐ろしい気配しか感じませんが。」
「ほとんど怨念に包まれているから分かりづらいのだろう。
けれど僕には確かに感じるんだ。暗闇の中で蝋燭を一本灯しているかのような弱々しいものだけどね。この骨董品はもしかしたら解放されたいと考えているのかもしれない。」
「へぇ。よくわかりますね。そういうことでしたら後はお任せします。頑張ってくださいね、先生。」
そう言うと伊吹はそそくさと帰っていこうとする。
「まぁ伊吹君、待ちたまえ。…いや、待ちたまえよ。……伊吹君?伊吹くん!?いぶ、ま、待ってぇぇ!」
先ほどまで真面目な顔で骨董品の入った桐箱を見つめていたが、さすがに一人で怨念をバラまく大元に触れるのは避けたいらしい。大慌てで伊吹を留める。
「先生の変な口調が直っちゃうほど慌てるなんて…。なんですか。やっぱり先生も怖いんじゃないですか。」
「そりゃ怖いよ。けれど、これを開かなきゃ解決しようもないのだから仕方がない。だから、遠巻きでいいからそこにいておくれよ。…それから僕の口調は作家としての威厳の表れだから決して変じゃないからね。」
余りにも必死な啓吾を見兼ねて伊吹は溜め息をつきながら了承することにした。
「まったく、仕方ないのはどっちなんだか。
わかりました。私はすぐに逃げられるように店のほうから覗いているので先生は気兼ねなくその怨念と向き合ってください。」
いつでも逃げられるように腰を引きながら伊吹は店に繋がる襖から顔を覗かせる。
「…ふぅ。それじゃあ開くとするよ。伊吹君、もし僕が取り憑かれたら除霊を頼む。」
「私にそんな能力はありません。」
…………。暫しの沈黙。
チラッと目を合わせた二人だが何も言わず、すぐにこの沈黙の元凶に視線を戻す。
「……では。」
啓吾は意を決して桐箱に触れると恐る恐る、中の住人を怒らせないように気をつけながら繊細かつ丁寧に箱の蓋を……開いた。
「うわっ!」
すると堰を切ったように漏れ出ていた怨念が勢いよく溢れ出し一瞬にして部屋を包み込んでしまった。怨念の発生源である桐箱からは渦を巻くように霊気が部屋中を暴れ回っている。その勢いに押されながら部屋にいる啓吾は襖の向こう側にいるであろう伊吹に声をかける。
「伊吹君!怨念の勢いが凄まじいため僕は身動きが取れない!しかし、君まで巻き込むわけにはいかないんだ!僕に構わず逃げたまえ!決して僕のことを助けようだなんてバカなマネはするなよ!……伊吹君?聞いてるかぃ!?……伊吹く、いぶきさぁん!?」
啓吾の思惑が外れたというべきか、思惑通りと言うべきか。伊吹は怨念が溢れ出した瞬間に店先まで避難していて啓吾の声は聞こえなかった。簡潔に述べると早々に啓吾を見放したのだ。
『……さ………ゆる……さ…ん……ゆる…さん……』
一方部屋の中。怨念は部屋の中で渦を巻くながら不気味な声を響かせている。一人残された啓吾は何とか現状を打破しようと藁をつかむ思いで怨念に話しかけてみるのだった。
「な、なぁ。ここは一つ理知的に言葉で解決しようじゃないか。君の品の良さは感じているんだ。冷静になればお互いが納得のいく名案がきっと浮かぶさ。だからまずはその危険極まりない霊気を引っ込めてはくれないだろうか。」
『………ゆるっさんっっっ!!』
啓吾が話しかけていることがわかったのだろうか。怨念は啓吾の提案を拒否するかのように語気と霊気を強める。このままでは本当に飲み込まれてしまうかもしれない。本能的にそれを感じ取った啓吾はある提案を始める。
「…そうだ!こういうのは、どうだろう!君が抱えている問題を教えてくれ。どうして怨霊になったのか、何に対して怒りを感じているのか。何でもいい。君の悩みを僕が解決しようじゃないか!」
啓吾が必死に言葉を並べると誠意が伝わったのか。渦を巻いていた怨念は徐々に集まり始め一塊のなっていき……塊ごと啓吾のほうへと向かっていく。
「わぁぁぁ!!?」
本日二度目の驚きの声を発しながら目を閉じて倒れ込む。
しばらくして怨念の勢いでガタガタと揺れていた窓や扉が静かになっていることに気づいてゆっくりと閉じた瞼を開けてみる。すると視界に入ったのはいつもと寸分変わらぬ畳敷の部屋だった。
「なんだ…?消えた、のか?もしかしてさっきので力尽きて消滅したとか?
はは…なんだ、なんだ。せっかくお悩み解決をしてあげようと思っていたのに。残念だなー。しかし、消えちゃしょうがないなー。あぁ残念、残念。」
「本当だろうな。」
「ぎゃあ!!!!!」
油断しきったところで突然後ろから声をかけられたものだから、啓吾は心臓が飛び出てしまうかと思うほど驚いてしまう。驚きの勢いに任せて後ろを振り向くとそこには燕尾服を纏い、綺麗に整えられた髭を生やした白髪頭の紳士がいつの間にか立っていた。現実世界に生きるものとそうでないものの区別がつかなくともそこに立つ紳士がこの世ならざるものということは一目瞭然であった。
「先ほどの話は本当なのだろうな、と聞いている。小童。」
「あ、あの…先ほどの話というのは、あなたの悩みを解決するという?」
「その通りだ。よもや嘘ではあるまいな。」
「…や、いや!嘘ではないさ。僕はこう見えて君のような霊の悩みをいくつも解決していてね。
その、なんだ。大船に乗った気持ちで相談してくれて構わないよ。」
混乱している頭を何とか冷やしいつもの調子を取り戻しながら、できる限り最適解を出し続けることに気を使いつつ啓吾は紳士の問いに答える。
「そうか。ならば良し。もしそなたが嘘を騙っているのであれば、即刻呪い殺してやるところだった。期待しているぞ、小童。」
啓吾は心の底から最適解を逃していたことに落胆するのであった。




