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悪役刑事  作者: 如月いさみ


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12/13

懺悔

多々倉聖は警視庁刑事部捜査一課第二係のフロアを飛び出した。


桐谷世羅が人を殺して逃亡したという通報が酒蔵太蔵から入ったからである。

それを聞いていた誰もが信じられないと思っていた。だからこそ、世羅を追う必要があったのだ。


聖は車に乗り込みかけてメールの着信音に携帯を手にした。

桐谷世羅からであった。


『あの鍵の貸金庫に政財界の地下組織アースエンドの一覧と犯罪の証拠を入れておいた』

『俺や酒蔵や皆月は奴らの駒として様々なことをしてきた』

『そろそろ面倒くさいから終わらせてくれ』


そう、これまで彼を利用してきた組織の証拠とメンバーの一覧を聖に知らせてきたのである。

聖はエンジンをかけると

「終わらせるけど、あんたの人生を終わらせるつもりはない」

まだ俺は

「あんたのバディらしいことは何一つしていないんだからな」

まだ何もあんたのことが分かっていないんだ

と唇を噛み締めた。


…だから、俺にチャンスをくれ…


聖は以前彼から託された鍵を手に東都銀行渋谷支店へ急行し貸金庫から一枚のCDを手にしたのである。


世羅は酒蔵太蔵に肩を撃たれ服を血に染めながら自らのマンションの中へ入ると小さく笑って

「終わったな」

と部屋の中にあるベッドに体を預けた。


自分はずっと組織に手を貸してきた。そして、同じように酒蔵太蔵も組織の人間だったのだ。そして、裏切ろうとした自分は酒蔵太蔵に粛清されたということである。


だが、それでいい。


世羅はそう心で呟き窓を見つめた。窓から青い空が見え、まるで命の水時計が落ちるようにシンクの水道から水がぽたぽたと零れ落ちていた。


エンディングは流れず、画面が暗転するとスタッフロールだけが映し出された。

残り後2回となると次回予告もなかったのである。


■ 悪役刑事


いよいよ。

次回は桐谷世羅が出演する最後の話である。


桐谷世羅役の荒神静は自宅で10話目の放送を見終えふぅと息を吐きだして一生懸命スプーンでシチューを食べている愛娘の世那を見た。


考えれば警視庁捜査一課2係の撮影当初は世那も連れて行っていたのだ。

途中で新しい保育施設が見つかって、そこで友達もできて今は毎日元気通っている。


父としてこれほど喜ばしいことはない。


静はにっこり笑うと自分もシチューを食べながら

「それに何よりも俺の悪役刑事役が終わるまで世那が他の子に色々言われなかったのが最大の良かったことだ」

と呟いた。


部屋の中に誰かいれば『こそかーい』と突っ込んだだろうが、今は誰もいない。


その時、静の携帯が震えた。

マネージャーの武藤紘一からであった。


武藤紘一は電話口で

「すみませんね、オフの時に」

でも次のオファーが来たので早く知らせたくて

と告げた。


静は笑顔で

「いえいえ」

それで

と顔を輝かせた。


次こそは…悪役以外であってほしいと思ったのである。

桐谷世羅も悪役だったが、最後まで悪役だったというわけではない。


だから、次は最初からと思わず両手で祈った。

が、しかし。

祈りがいつも必ず叶う訳ではない。


武藤紘一は明るい声で

「温泉宿女中の噂の事件帳という二時間サスペンスで探偵の女中に最終的に裏工作を暴かれる今度は…犯人役で…また刑事です」

と告げた。


…それはつまり…

「犯罪刑事役!」


静は前のめりに倒れ込みながら

「…はい、ありがとうございます」

頑張ります

と涙を浮かべて答えた。


同じころ、警視庁捜査一課の応接室で一冊の書類を前に相田光一と坂巻俊也は顔を見合わせていた。


目の前には止々呂美警察庁刑事局長が座っていたのである。

彼は二人を見ると

「先日の東京駅ヒルズビルの事件の時に君たちがサイバー対策課に彼を連れてきたと聞いたので」

と告げた。


相田光一はそれに

「それは…荒神静でしょうか?」

と返した。

「やはり、彼は警察関係者」


止々呂美は二人を見ると

「この件は他言無用で」

と前置きをして

「彼は元キャリア組だった」

そして彼の父親は警視庁刑事部捜査一課の課長までなった男だ

と告げた。


相田光一と坂巻俊也は驚いて顔を見合わせた。


止々呂美は息を吐きだし

「ただ荒神刑事部一課長は実の娘に殺されている」

就任して1か月ほどでだ

と言い

「それがその調書だ」

私の一存でデータ化を禁じた

と告げた。


その意味。


止々呂美は二人を見ると

「だが彼と彼の子息に関しては能力も高く…非常に期待をしていた」

君があの場に連れて行ったというからそれはわかっていると思うが

と告げた。


光一はそれに深く頷いた。

「洞察力、監視力、発想…確かに目を見張るものがありました」

そして正義もある


止々呂美は笑むと胸元から一通の封書を出して

「これをどうするかは、いま君の言葉を聞いて君に託すことにした」

とテーブルに置いた。

「鶴海那波…荒神一課長を殺した実の娘が残した手紙だ」


光一はそれを受け取り

「俺が見ても?」

と聞いた。


止々呂美は頷いて立ち上がった。

「では、彼に関して助力を求めることを反対することはしない」

むしろ歓迎する


光一は頷いて立ち上がり敬礼した。

坂巻俊也も同じように敬礼して、見送った。


光一は封書から手紙を出すとその内容を見て目を細めた。

綺麗な整った文字が綴った罪の自白。


正当化。

肯定。

そして、後悔。

そして、自責の念。


光一はそれを読み終えると封書に戻し

「これは、間違いなく奴宛ての手紙だな」

と呟いた。


そして二人は調書を見たのである。


荒神静の父親は警視庁刑事部捜査一課の課長であった。

と言っても任命期間が僅か1か月と言う短さであったためにその人物が課長であったことを知る人間は少なかった。


そこには当時警察庁に配属になってキャリア組を歩んでいたが退職した荒川静の情報も含まれていたのである。


坂巻俊也は相田光一に

「紙の書類だけしかなかったとは今はコンピュータのデータバンクが主流なので刑事局長が持ってきてくれなければわからなかったですね」

と告げた。


相田光一は頷いた。

「ああ、だがこれで奴があれほど捜査に詳しい理由もわかった」

引っ掛かる部分はあるが


坂巻俊也は紙でしか残っていない荒神警視捜査一課長殺害事件の調書を見ながら

「データ化しなかった理由ですよね」

でもそれは内容が内容だからだと

「まあ、ある意味隠蔽的な感じはありますけど」

と光一を見た。


光一は頷くと

「まあ、そうだな」

と答えた。


坂巻俊也は息を吐きだすと

「きっと他に理由などないですよ」

他に何か裏があったら

「その手紙を刑事局長が託したりはしないでしょう」

と告げた。


相田光一は立ち上がると封書を胸に

「行くか」

と告げた。

坂巻俊也は顔を向けて

「へ?」

まさか

と呟いた。


相田光一は笑むと

「もちろん、奴のところだ」

これからの繋だ

と答えた。


その警視庁を出ていく二人の姿を部屋から止々呂美刑事局長と警視総監である島本が見下ろしていたのである。


島本は止々呂美を見ると

「あの相田光一は中々鋭い男ですが」

大丈夫でしょうか?

と告げた。


止々呂美はそれに笑みを浮かべると

「荒神静は組織の幹部の候補生の一人だった」

脱落したといえど

「花村に託していたかいがあった。漸く、こちら側の鎖に付け替えることができた」

暫くはその能力をこの警察機構のために大いに役立たせてもらう

「そして、何れは」

と告げた。

「それまでは相田警部と坂巻警部補にくれぐれも感づかれないようにな」


島本は敬礼をすると

「ハッ!」

と答えた。


静は同じ頃、目の前でシチューを食べる世那を見つめ笑みを浮かべていた。


思い出すのは世那の母親と自分の父親のことである。

父親は幼いころからずっと憧れの人だった。


刑事になったのも父親の姿を見ていたからである。


人々のために。

正義のために。

懸命に働く父親が子供心に誇りだった。


だが4年前のあの日。

警察庁刑事部捜査二課に配属になって密売ルートを調べているときに中継になっていたスナックで彼女とあった。


実の姉の鶴海那波と出会ったのだ。

彼女は父親によく似ていた自分を見て実の弟だと直ぐにわかり、摘発の協力をするふりをして近づいて媚薬を盛って身体を繋いだ。


彼女はずっと彼女の母親と彼女を捨てた父を恨んでいた。

だから。

父を奪った女の息子であった静の将来を潰すことが彼女の全てになったのだろう。


結局、身体を繋いでもそこに愛はなかったのだ。

彼女が妊娠をしたと告げた時のことは今も忘れることができない。


東京の片隅のぼろったのアパートの一室で彼女は笑顔を浮かべて

『ね、静…私と貴方の子供がここにいるの』

風俗の女の私と刑事のキャリア組の貴方との子供よ?

「どうしようかしら?」

と告げた。


その日は夏の暑い日でセミの鳴き声が響き扇風機しかない部屋の中で静は汗をかいていた。

風俗嬢と警察のキャリア組。

確かに世間体的には何かを言う人がいるかもしれない。


だが。

だが。

静は父のように清廉潔白でありたいと思っていたのだ。


静はまっすぐ彼女を見つめると

「結婚しよう」

一緒に育てていこう

そう告げた。


彼女はどんな言葉を待っていたのか。

今もわからない。

ただ、その言葉だけは待っていなかったのだろうと、今はわかる。


彼女はその返事にアハハハと人形のように笑って

『貴方と私は実の姉弟なのよ?鶴海那波と言う女はね。昔に貴方の父に捨てられた女が生んだ子供なの』

出世のために母親と共に捨てられた子供

『ねえ、どうだった?姉を抱いた時の気持ちは?』

貴方、実の血の繋がった姉を抱いたのよ?

『鶴海那奈と言う名前を聞いてみたらいいわ』

と告げた。


一瞬、静には何を彼女が言っているのかわからなかった。

「え?」


彼女は冷めきった目で静を見つめ

「世間に言う?」

血の繋がった姉を抱きました

「結婚しますって」

子供まで作っちゃいましたって!

と狂ったように笑い続けた。


…姉を抱きました…

…子供まで作りました…


静は漸く理解するとするりと立ち上がって逃げるように部屋を飛び出した。

汗は吹くように溢れたが、心のど真ん中がひんやりと冷たくまるで貧血のように血の気が引いていくのが分かった。


静はどう帰ったのかわからないが家に入ると父親の荒神静一に

「鶴海…那奈と言う女性…に…子供いるけど…本当に…父の子供なのか?」

と震えながら開口一番に聞いた。

「彼女とセックスして…子供ができた」

そしたら彼女が

「実の姉とセックスしてどうだった?って」


父親の蒼褪めた顔で静には全てわかったのである。

彼女の言ったことが本当であることを瞬時に理解したのである。


父の静一は自分のために彼女に謝罪しに行ったのだ。

そこで何があったのかわからない。


だが彼女は父を殺した。

彼女にとっては憎しみの対象の男の息子…弟との子供だ。


中絶してもおかしくはなかったが彼女はその子供を産んだ。

姉弟で交わってできた子供を産みそのまま息を引き取ったのだ。


恐らくその真実に行きつけるのはもう静だけなのだ。


父親の静一は死に。

鶴海那波も死んだ。

あのまま何もなかったように刑事を続けることもできず止められたが逃げるように警察を退職した。


家も売ってマンションに移り、ただただ家の中で座っているだけの日々を過ごしていた。

だが、親友の花村隆太が窮地を知り何くれとなく世話をしてくれた。

そして、彼が映画を撮るというので脇役として映画に出るように誘ってくれたのだ。


手を引かれるように脇役から敵役へとランクアップしながら全てを忘れるように映画やドラマに出るようになった。

それでも何も未来を感じられなかった。


そんな時に連絡が入った。


鶴海那波と恐らく父である荒神静一の関係を知っている人物の後押しがあったのだろう。

刑務所から彼女の死と…そして、彼女が生んだ子供がいるということだった。


引き取りたくなければ施設に入れるという話だった。


絶望の中で見に行って自分を見て笑顔を見せた赤子に心が震えた。

自分の…子供だと分かった。


愛しくて。

愛しくて。

抱いて初めて命の重みを知った。


どんな出生の秘密があっても命の重みは同じだったのだ。


静はシチューを食べる世那を見つめ

「俺にとって世那が世界でただ一人の身内だ」

愛しい子供だ

と告げた。


見つめる静に世那はシチューを食べていた手を止めると汚れた台拭きを懸命に前に出して動かした。

「父、何か悲しいの?」


静は驚いて目尻を触り、涙に濡れていることが分かった。


静はいつの間にか泣いていたことに気づくと世那の手にあった台拭きを受け取り、涙をぬぐうと

「ありがとうな、世那」

大丈夫

「世那がいるから悲しくないからな」

と微笑んだ。


世那は笑むと

「父、世那も父がいるから寂しくない」

と答えた。


静はシチューをぱくりと口に運んだ。


禁断の交わりの子供だが愛してる。

世界がどうあっても。

自分は愛している。


「ずっと言うからな」

世那

「父は世那を愛してるからな」


…彼女が君を愛していなかったとしても…


静はそう心で呟き、不意に鳴ったインターフォンに顔を向けて目を細めた。

「…まさか、また事件とか」


相田光一と坂巻俊也の姿があったのだ。

静は扉を開き、息を吐きだすと

「あの事件起きてないので」

と告げた。


相田光一は真剣な表情で胸元から手紙を差し出した。

「いや、今日はこの手紙を渡しに来た」

君が持つべきだと思ってな

「それから俺たちはその手紙の内容に関しては墓場まで持っていくつもりだ」


静は驚いて受け取った封書から便箋を出して視線を落とした。

書き出しは短かった。

『許してください』


その文字を見て直ぐに誰の手紙か理解した。

あの女の。

彼女の。

姉の。

鶴海那波の手紙だとすぐに理解した。


『まるで八百屋お七のような情念で生きてきたのかもしれません』

母を小学生で失い親戚の元で暮らしましたが空腹と寂しさと

何もかもが満たされない日々でした

『死に際に母に聞いた父である荒神静一を訪ねたこともありました』

名乗り出ようと家の庭を見た時に貴方がいました

明るく笑い父に抱き上げられてその傍らに女の人が笑って立っていました

『私の夢のすべてがそこにありました』

父が恋しくて

父が愛しくて

『あの当時は脳裏にその姿だけが浮かんでただただ悲しかった』

あの日貴方と初めて出会った時に貴方は私を知らなかった

私は直ぐに一目でわかったのに貴方にはわからなかった

『貴方にとって私はただのそこにある石ころと一緒だと思いました』

私はただただ貴方と父に忘れられない楔を打ちつけたくて

その情念が身を焦がしたのです

『なのに貴方はこんな汚れた情念に塗れた私に結婚をいってくれたのです』

愚かな姉でした

どうしようもない姉でした

『貴方の父も両手をついて苦労させたと一緒に暮らそうといってくれました』

そして貴方に罪はないから傷つけないでほしいとそのために何でもすると

貴方を愛していることが分かり

『愛された貴方の清廉さと愛されなかった私の醜さに過ちを犯してしまった』

貴方との子を産もうと思います

でもそれは貴方を苦しめるためではなく

私の中で育つこの子に貴方の清廉さがあると信じたいからです

『貴方のような子が生まれて貴方のように育てられたら…私も幸せになれると思ったからです』

愛しているのです


愚かな姉を許してください

もう二度と会いません

さようなら


貴方は貴方の道を

『愛しい愛しい私の弟へ』


静は目を見開くとその場に崩れ落ちて涙を落とした。


苦しいのは自分だけだと思っていた。

今まで思っていた。


だが。

だが。

彼女もまた苦しみをあの頃抱いて生きていたのだ。


「…俺は、結局最初から最後まで貴女を何もわかってあげられてなかった」


相田光一も坂巻俊也も言葉を紡ぐことはできなかった。

いや、しなかった。

慰めも。

気休めも。

今は何の役にも立たないのだと分かっているからである。


そこへ世那が姿を見せると

「父、どうしたの?」

と光一と坂巻俊也を見ると

「父、いじめたの?」

め!

め、なの!

と怒った。


光一も坂巻俊也はぎょっとした。

「あ、いや…いじめたわけじゃないんだけど~」

と心の中で思わず突っ込んだ。

が、静は世那を抱きしめると

「世那、違うんだ」

父は世那を愛してる

「それから世那の母も世那を愛してるって嬉しくて泣いているんだ」

とキスを落とした。


世那は静をじっと見て

「母?」

世那、母いるの?

と首を傾げた。


静は微笑むと

「ああ、いつか…もっと大きくなって全てを受け止められるようになったら話してあげよう」

きっと世那なら超えていけると思う

「父も母もただただ世那を愛しているそれだけは間違いなく真実だからな」

と抱きしめた。


君の存在が俺と彼女に愛を教えてくれたんだ。

愛する存在があるという尊さを。


光一は微笑むと

「じゃあ、俺たちはこれで…悪役刑事」

また助力を頼みにくる

と敬礼して立ち去った。

坂巻俊也も敬礼すると立ち去った。


夜空には星が輝き世界に温かく優しい光を投げかけていた。


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